ラベル 津和野 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 津和野 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年2月3日月曜日

津和野 ★




高校時代の修学旅行に訪れた萩・津和野。幕末の中心舞台となった街だと理解し、鍾乳洞や松下村塾を回りながら、古い街並みをレンタル自転車で駆け抜けていたのを良く覚えているが、改めて「山陰の小京都」と呼ばれるその街並みを見てみようと立ち寄ってみる。

雪はまだ微妙に降り出してはいないが、今にも空気中の臨界点に達しそうな雰囲気の空模様と、できるだけ空に太陽が昇っている間に建築をめぐれるようにと思い切って夜のうちにこの津和野から津山まで山陰道を突っ切る予定をしているので、逸る気持ちを抑えながら、狭く一方通この続く路地を抜けながらなんとか街の構成を理解しようとする。

街を南北に走る津和野川沿いの西側に開けた街のようで、極めてリニアな構成をしているようである。津和野駅が位置する街の北側から立派な商家が立ち並ぶ本町通りを南に向かうと武家屋敷が続く殿町通りへと変わり、白壁やなまこ壁の城下町の風情を良く残している。

津和野の歴史は、山頂に聳える津和野城(三本松城)に由来し、鎌倉時代に吉見頼行が蒙古襲来に備えてこの城を築いたのがその始まりだという。江戸時代は石見国鹿足(かのあし)郡津和野に藩庁をおいた津和野藩として栄え、山陰道の果てに位置することになる。今の地図で言えば島根県から山口県に突き出す形となり、かつての山陽道の周防国や長門国といった現在の山口県に近く、そのお陰もあり幕末から明治にかけて、小さな街にも関わらず森鴎外の文化人を輩出した。

残念ながら個人旅行者が街中に軽く車を駐車し、街中を散策するような、手ごろな駐車場の案内が見つからず、しょうがないので街の東の郵便局に車と停めて少しだけ中心どおりの写真を撮るが、他の「小京都」と呼ばれている街よりもその規模が小ささも手伝ってか、想像していたよりは街並みというよりは街の一角に保存されているという印象を受ける。

これだけ現在の交通網である高速道路や鉄道網などから距離があると、昔の良さを残しながら現代社会の中で発展していくのはかなり難しいのだろうと思いを馳せながら、空模様を見上げて長い津山までの運転へと出発する。







永明寺(ようめいじ) 1420 ★★


--------------------------------------------------------
所在地 島根県鹿足郡津和野町後田ロ
山号  覚皇山
宗派  曹洞宗
創建  1420
開基  吉見頼弘
機能  寺社
--------------------------------------------------------
--------------------------------------------------------
津和野の古刹と言えば必ず上がるのがこの永明寺(ようめいじ)。

1420年に津和野城主吉見頼弘によって創建され、津和野藩の代々の菩提寺として栄えたこの寺院。森鴎外の墓も境内にあることで知られている。

津和野の北側、山の麓に位置し、車で入っていくとかなり細い住宅街の路地を抜けていくことになる。案内板が無いので、危うく境内へと車を入れそうになるが、その脇に小さな駐車スペースが用意されている。そこから徒歩で数分で到着する境内は、山の中に包まれる古刹といった良い雰囲気を醸し出す。

左に折れて開けた空間を経由し、その左に位置する墓を眺めて右を向くと、津和野城の総門を移築した山門が出迎えてくれる。その奥には茅葺きの大きな本堂が頭を覗かせている。静かな境内で一人本堂に向かって手を合わせ、自然豊かな参道を再度戻ることにする。












太鼓谷稲成神社(たいこだにいなりじんじゃ) 1773 ★


--------------------------------------------------------
所在地 島根県鹿足郡津和野町大字後田
主祭神 宇迦之御魂命、伊弉冉尊
社格  郷社・別表神社
創建  1773
機能  寺社
--------------------------------------------------------
日本五大稲荷
--------------------------------------------------------
ある場所に戻って来なければいけない行程の時に、どこで引き返すのかを決めるのは一番難しい。もう少し遠くまで行けば、あれも見ることが出来る。そんな誘惑に引きずられ続けると、引き戻す時間が足りなくなってしまう。

そんな訳で当初考えていた米子から福岡までの一直線の行程を予算の関係から諦めて、米子へレンタカーを返してそのから電車で戻ることに決めた為に、西の果てを何処に設定するかを決断しないといけない。

益田まで行くことは決まっていたので、そこから先、何処まで行くかの目処となったのが、「山陰の小京都」と呼ばれる津和野の街。高校時代の修学旅行で萩・津和野というなんとも渋いチョイスで足を運び、吉田松陰などの松下村塾などを見た以来となるが、今回津和野に向かわせた一番の理由は、「日本100名城」にも、Discover Japanの「いま、見ておくべき城 100」にも選ばれている津和野城跡(三本松城跡)の存在。

今では石垣や石畳が残るのみと言うが、事前の調査ではリフトで登れるとのことなので、長い一日の最後の目的地として城から「山陰の小京都」を見下ろしながら、高校生の時には知りえなかった「城」の良さを改めて感じるかと益田から1時間ほどかけ、山深い道を通り抜けて到着する津和野の街。

しかし、迷いながら辿りつく津和野城跡へのリフト乗り場は閉鎖されており、しょうがないので、その上に鎮座するいかにもこの街で一番の権威を持つと思われる神社に向かい、そこで案内のおじさんに聞いてみると、「今は週末しかリフトを運行していなく、がけ崩れの為で徒歩では登れなくなっている」とのこと。この規模の街の観光の在り方と情報の出し方から考えればしょうがないのかもしれないが、せめて正しい情報を出していて欲しいとがっくりと肩を落とし、代わりにといってはあれだが、事前に訪問地リストに入ってなかったこの神社を参拝することにする。

通称「津和野おいなりさん」と呼ばれというこの太鼓谷稲成神社(たいこだにいなりじんじゃ)。全国で唯一「いなり」を「稲成」と表記する稲荷神社だという。言われないとなかなか気づかない点である。

その規模からかなりのものだと想像していたが、日本五大稲荷に数えられるといい、稲荷神社は伏見稲荷(神道系)と豊川稲荷(仏教系)の系統に別れるという。学生の頃なんども初詣に訪れた豊川稲荷も改めて足を運ばないとと思う。ちなみに日本五大稲荷は下記の通り。

伏見稲荷大社  近畿の京都市伏見区
笠間稲荷神社  関東の茨城県笠間市
竹駒神社    東北の宮城県岩沼市
祐徳稲荷神社  九州の佐賀県鹿島市
太皷谷稲成神社 中国の島根県津和野町

なぜこれに豊川稲荷が入ってないのかと思いたくなるが、恐らく伏見稲荷(神道系)のものから選んだということなのだろう。

冷たい雪雨になり始めた空模様の、暗い背景に朱色の社殿が良く映える。しかし如何にも商業主義的な空気が支配しており、好みのしっとりとした神域性はまったく感じられないカラッとした空間。上を見上げこの山の頂には石垣に囲まれた津和野城跡があるのかと、なんとも後ろ髪をひかれる思いで足元の小京都の街並みへと下りていくことにする。

津和野城跡へのリフト