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2018年10月14日日曜日

季節の風物詩 一級建築士試験2018 設計製図 「健康づくりのためのスポーツ施設」

あっという間に一年が巡ってきてしまうと実感するのが、この秋の風物詩。
今年は何かというと、 「健康づくりのためのスポーツ施設」。2020東京オリンピックに向けて、国をあげてのスポーツ政策に見事にのった課題である。

H23 2011「介護老人保健施設」
H24 2012「地域図書館」
H25 2013「大学のセミナーハウス」
H26 2014「温浴施設のある道の駅」
H27 2015「市街地に建つデイサービス付き高齢者向け集合住宅」
H28 2016「子ども・子育て支援センター(保育所、児童館・子育て支援施設)」
H29 2017「小規模なリゾートホテル」
H30 2018「健康づくりのためのスポーツ施設」

戸建てが立ち並ぶ住宅地、その中に廃校をなった小学校。老朽化し、解体された屋外プールの跡地に、全天候型のスポーツ施設を建設し、高齢化が進む地域の健康維持に役立ち、更に地域の世代間交流の拠点として期待される、市長肝いりのプロジェクトという感じで、縮小社会に突入し、超高齢化社会になり、社会保障費の高騰の問題を、なんとか健康寿命を高めることで手助け出来ないかと、官僚の鳴き声が透けてきそうな課題文を読むことになる・・・・

課題文と解答例を見ていると、恐らく過去数年の課題の中でも、設計として一番難しいのでは思わざるを得ない。 天井高の異なり、無柱空間となる 多目的スポーツ室と温水プール室をどこに配置するかで全体の骨格が決まり、それに付随した更衣室やシャワー室への動線。それとともにスポーツ施設ならではの、上下足ラインの切り替え、さらに地域への振動及び騒音対策など、口うるさい近隣住民のクレームが電話が耳の奥で聴こえてきそうな気がしながら、建物周辺に植えられた植栽の意味を理解する・・・

2017年10月26日木曜日

「江戸東京の聖地を歩く」 岡本亮輔 2017 ★★


東京生まれの宗教学者による東京論。1979年生まれというから、ほぼ同年代でということになるので楽しみにしてパリ行きの機内で読みきるが、帰りの機内でバックの中に本が無いのに気がつき、おろおろと探してみるが結局見つからず。お気に入りのブックカバーとともに、パリのどこかに忘れてきたのだろうと諦める。  

東京からパリへ、オリンピックと同じように聖地の魂も置いてきたことと自らを納得させることにするが、やはりこういう東京論は「アースダイバー」の様に、建築畑の人間でもヒリヒリするような緊張感を感じる内容を求めてしまうが、この本やどちらかというとより一般向けの東京論というところだろうか。



2016年2月3日水曜日

「新国立競技場、何が問題か: オリンピックの17日間と神宮の杜の100年」 槇文彦 大野秀敏 2014 ★★

2015年、日本を揺るがした二つのオリンピック問題。一つは決定したデザインが盗用の疑いがあるとしてコンペのやり直しされたロゴ問題。

もう一つはコンペに勝ったザハ・ハディドのデザインに対する概算が予算を遥かに超えるものになっているものと、周囲のコンテクストにあった規模とデザインではないという日本人建築家を中心とした市民団体からの反対意見によって、最終的にはデザインの変更と新たなるコンペによって隈研吾の設計案になるというスタジアム問題。

そのスタジアム問題に対して、反対の声を上げた建築家による様々な意見をまとめたものがこの一冊というところである。

建築の世界に身をおいていると、やはり様々なところから多くの情報が耳に入ってくる。恐らく建築の知識を持たず外らか見ていると、非常に複雑に見え、誰かを悪者として晒しあげることで、責任問題を避けながら、一定の誰かに対して有利にことが運ぶようにソフトランディングさせているように映っていたであろう当時の状況。建築業界に身をおいているものであっても、その規模や関係性の複雑性のために、なんでこういうことになっているのか、その本質をつかむのは非常に難しいはずである。

予算を想定し設計を行っていても、やはり建築家というのは実際に現場にて資材を調達し、様々な職種に分かれる職人を手配し、工事を動かす職能ではない訳で、その為に長い年月を見通しての現実に即した概算を把握しながら設計を進めるのはやはり難しい。

今までの経験や、過去の数字を元に、およその数字を頭に想定しながら、「これはできる。これはできない。」と設計内容を調整しつつ、実際に工事を行う工務店や施工会社とやりとりを行いながら設計内容と予算とのバランスをとっていく。

しかし、そのような作業は日々行えるわけではないので、やはりある程度設計内容が固まった段階で、何社かの工務店に図面を渡し、それを元に概算を出してもらい比較検討する「相見積」の必要性が非常に高い。

東北の復興バブル、そして東京オリンピックブームによって、全国に散らばる職人がその単価の高さのために出稼ぎとしてある一定地域に移ってしまい、それぞれの場所で職人を確保するのが難しく、同時に工事価格の上昇、または忙しすぎて工事を請けることができない、見積もりすらも出すことをしないという施工側の優位性が一気に高まった2014年以降。その状況の中で作り手の都合で価格が決定されていくこともあちこちで起こり始め、その中で相見積など参加する甘みもなく手間と時間をかけないという工務店も多く見られたのが実際である。

そんな全国的な状況の中、国家プロジェクトであるオリンピックスタジアム建設。その見積もりは複雑に絡み合い、下請け、二次下請け、三次下請けと階層化していく業者関係の中で、ステップを踏むごとに上乗せされるそれぞれの価格が積み重なり、最終的にはかなりの膨らみを見せるのは当然のことである。

そんな中で報道された、予算とかけ離れた概算の問題。それと時を同じくするようにして起こってきた反対の声。

そんな状況を見つめつつ、徐々に世の中に満ち溢れていく違和感。何故これほどまで問題が大きくなったのか誰も明確にできないままに、誰も全体を制御しきれなくなっていった状況が見え始め、と同時に、その状況があえて放置されたかのように一気に報道されていく様子。

通常の建築であるならば、どうにか別の施工会社、なんらしがらみのないところに最新の設計図を渡し、見積もりを出してもらい、現行の見積もりにどれだけの根拠があるのか、またどの部分に異常にコストがかかってしまっており設計を変更しなければいけないのか、もしくはどの部分が常識的なコストより高く見積もられており、それがどんな理由によるものなのか、そういうことを個別に明確化することのほうが、税金としてのしかかる一般市民に対しては責任を果たすことにつながるし、非常に透明性の低い建築事業のコストに関する認識により明瞭性をもたらすのにと思いながら、どのメディアもそんなことを報じることをしないという状況。

兎にも角にも建築業界に身をおくものとして、この問題の議論がそれぞれの陣営において何を焦点として争われたのか、そしてその奥に見えるものがいったい何なのか。せめて建築畑でない友人に意見を聞かれたときに、事実と意見を明確に伝えられる準備のために読んでおく必要のある一冊であろう。

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1 プロローグ―10・11 神宮の杜で 元倉眞琴

2 新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える 槇文彦

3 ひとつの建築を通して、何が問われているのか―シンポジウム 新国立競技場案を神宮外苑の歴史的文脈の中で考える
/問題の根本はプログラムにある 槇文彦
/明治神宮と外苑はいかにつくられたか 陣内秀信
/環境倫理学から街づくりへ 宮台真司
/歴史との対話から都市を計画する 大野秀敏
/いい街づくりには何が必要か パネルディスカッション
/今後の展開とメディアの役割 質疑応答

4 “市民の目”が景観をつくる―アムステルダムから 吉良森子

5 何が問題か、どうすべきか
/新国立競技場は、神宮外苑とオリンピックの歴史を踏まえるべき 越澤明
/今、私たちの見識と想像力が試されている 松隈洋
/東京のランドスケープ・ダイバーシティをめざせ 進士五十八 
/市民の立場から国立競技場を考える―国立競技場のユーザークライアントとして 森まゆみ
/ロンドンオリンピック施設計画・設計の事例に触れて―問題を機に日本の建築まちづくりの仕組みを変える 長島孝一

これからの100年のためにーあとがきに代えて  大野秀敏
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2015年3月5日木曜日

Innsbruck インスブルック

天気予報では山のほうは吹雪くというので、次の目的地であるお隣のオーストリアのインスブルック(Innsbruck)までわざわざ車で何時間もかけて移動してもまともに建築が見れないのでは?という不安を抱えながらも、当初の予定を変更せずにとにかく向かうことにする。

周囲の山々が徐々に壁の様にそそり立つ様に高さを持ち始めることに合わせて外ではかなり強い雪が降り出す。途中休憩を繰り返して3時間のドライブの結果到着するのは険しい山の間を走るイン川沿いに開けたインスブルック(Innsbruck)。

オーストリアのチロル州の州都でウインタースポーツで有名なこの都市は、1964年と1976年に二度のウインター・オリンピックを開催したことでも知られる人口11万のこじんまりとした都市。

今回比較的知名度の低いこの都市が目的地として選ばれたのは、たった一つの広場を実際に見るため。LAACという一昨年にメルボルンのカンファレンスでも一緒になったこのインスブルックを拠点とする設計事務所が手がけた旧市街の中心地に位置する広場であるLandhausplatz。現場打コンクリートでうねる様な滑らかな曲面を採用したその広場の素材が、実際にどのような見え方をするのか、どのような色をしているのか、どのような手触りを与えるのか、どの様な効果を生み出しているのかを実際に自分たちの身体で感じるために訪れることにする。

ウインタースポーツで有名ということで、街の北と南にそそり立つ様にして立ち上がる山の上にはスキーやスノーボードのゲレンデが広がり、北側には街からゲレンデをつなぐケーブルカーの駅、南側にはスキージャンプのジャンプ台という二つの建築がザハ・ハディドの設計という非常に珍しい建築文化を持つ都市でもある。

地理的特徴により中世より交易上の中継都市として栄え、14世紀よりハプスブルク家の支配下に入ったこの都市は、ハプスブルク家の栄光の時代と時を共にするように繁栄を極めた。その面影を偲ばせるかのように、旧市街地中心部には古い町並みが高密度で立ち並び、あちこちに歴史の舞台となった建築物がそのまま残されているのを目にするのはなんとも楽しいものである。

何よりも、ドイツからやってくると、街とその上を行き交う人々がいきなり「カラフル」になったと感じられる。街のあちこちに店を構えるファッション関係のお店も、そのウインドー・ディスプレイはなんともお洒落で色使いも楽しげで、なんとも「カラフル」である。道行く人は老若男女を問わず、寒い都市にも関わらずファッションを楽しむという心意気がその服装に表れているようで、人々の姿を見ているだけでなんとも楽しくなる雰囲気がある。

この様な感じはミュンヘンでは全く感じなかったことをこの街の中を歩いていて突然気がつく。やはり「生活の質の高さ」には含まれない「生活を楽しむことの重要さ」がある国や都市では街の雰囲気として醸し出されるのだと理解する。

そう思うと、東京は十分に「カラフル」な街だと改めて思いながら、短い滞在時間でできるだけ「カラフル」な雰囲気に身体を浸そうと心に決める。

2015年3月3日火曜日

ミュンヘン(Munchen) ★★

現在アメリカで進めている美術館の設計の為に、現在世界で見ておくべきと思われる美術館を回るために、オフィスの3人のパートナーでヨーロッパの都市を駆け足で巡ることにする。その最初の都市として訪れたのがこのミュンヘン。

よくごちゃごちゃになるが、英語やフランス語ではその表記はMunichで[mjú:nik]と「ミュニック」と呼ばれる。しかしドイツ語ではMünchenと表記されてその響きが「ミュンヘン」となるという。有名なサッカーチームであるバイエルン・ミュンヘンが有名だからかはよく知らないが、日本でも英語表記よりもそのままの響きであるミュンヘンが使われているようである。ただし表記はドイツ語をいれたMünchenではなくてそれを英語表記にしたMunchenとする。

比較的日本でも名が知られている都市だけあって、ドイツ内部ではベルリン、ハンブルクに次ぐ三番目に大きな都市という。しかしその市域人口は140万人というから日本に比べて遥かに都市の規模が小さく抑えられているのが良く分かる。しかしバイエルン州最大の都市であり州都の役割を果たすドイツにとっては大都市である。

オーストリアのアルプスから流れてくるイーザル川の河畔に位置し、歴史の中で交易の重要な拠点として役割を果たした。川沿いの街にとり如何に橋をかけるかが交易をコントロールするかにつながり、この街もイーザル川の橋をかけることにより、塩の交易路として発展することになる。

1972年には当時西ドイツと呼ばれていたこの地において、夏季オリンピックである「ミュンヘンオリンピック」が開催され、建築に関わる人間にとっては、フライ・オットーが設計した軽やかなオリンピック・スタジアムが、そして世界の人々には多くの人が犠牲になった「ミュンヘンオリンピック事件」が有名な場所でもある。

そのオリンピック公園の北に位置するのが世界有数の自動車メーカーであるBMW。日本のトヨタ同様、街自体がその企業によって成り立つというまではいかないが、ポルシェやベンツの本社があるシュトゥットガルト、フォルクスワーゲンのヴォルフスブルクとともに、自動車大国としてのドイツ経済を支えるメーカー都市といっても良い場所である。

滞在中にみたニュースでは今年もアメリカのコンサルタント会社が発表する「世界で最も生活水準の高い都市」の常連であり、今年はなんと4位に順位を上げている。そのことが分かるように東京やNYの様に市の中心部が商業主義に犯されものすごい勢いで発展するわけではなく、きっちりと自分たちの生活の速度に合わせ、街並みが保存され、市内には質の高い大学がいくつもあり、また美術館エリアには様々なタイプの美術館や博物館が立ち並ぶ。

まさに「成熟社会」を体現するような都市であるが、激しく変化するアジアの都市に日常をもつ身にしてみれば、、それが少々退屈に映らなくも無い。

そしてもう一つこの都市に対して建築家としてぜひとも見ておきたいことがある。それは
第一大戦後アドルフ・ヒトラーがこのミュンヘンの地にて政治家としての力を蓄えていき、ドイツ労働者党から発展し後に「ナチス」と呼ばれる「国家社会主義ドイツ労働者党」の本拠地として役割を果たすようになる。

1933年にドイツ政権を奪取する「国家社会主義ドイツ労働者党」は最初の強制収容所であるるダッハウ強制収容所を、ミュンヘンから北西の郊外に同年の1933年に建設することになる。そしてその党の本部は市内のケーニヒ広場(Konigsplatz,Königsplatz)周辺に建てられ、ナチスの理想とする建築の姿がそのまま保存され残されている。

そんな暗い影をまといながらも、現代社会の中で質の高い都市空間として世界に知られるこのミュンヘン(Munchen)。美術館だけでなくこの都市の生活と歴史を少しでも感じ取るような二日間なるようにと願い、飛行機を降りることにする。

2014年3月11日火曜日

成熟社会としてのパラリンピック

ソチ・パラリンピックでの日本人選手の活躍ぶりがテレビを賑わす。オリンピックの閉会式後、また別のスポーツの世界を見せてくれるこのパラリンピック。それを見てふと思う。

ソチ・オリンピック  参加国・地域数 83ヶ国+5地域(88地域)
ソチ・パラリンピック 参加国・地域数 45ヶ国

オリンピックに比べて約半数の国がパラリンピックに参加している。
そこでパラリンピックでのメダル獲得国を見てみる。

1 ロシア
2 ドイツ
3 カナダ
4 ウクライナ
5 フランス
6 スロバキア
7 日本
8 アメリカ合衆国
9 オーストリア
10 イギリス
11 ノルウェー、スウェーデン
13 スペイン
14 オランダ、スイス
16 フィンランド、ニュージーランド
18 ベラルーシ
19 オーストラリア


約半数という数字をどうみるかだが、恐らくパラリンピックに参加できるような選手をサポートするためには、選手個人の周囲および、社会自体がよっぽど成熟していないと無理なのではと想像する。

障害を負った選手が、モチベーションを保ちながら、国際レベルで通用するための訓練をすることは、通常の選手が練習をするのとは全く違ったレベルのことであろう。そのために周囲の理解、そしてサポート。時間もお金も相当に必要となってくることであろう。

それを所属する組織や会社、もしくは個人がすべてを負担するのは不可能に違いない。スポンサーや国の大いなるサポートがあってのことだと想像する。

生活を支え、なおかつ競技を続けることを支えていける社会。恐らく経済が行き詰まり、閉塞感に包まれた社会では、恐らく障碍者スポーツを維持していくことはかなり厳しいのだと思わずにいられない。そう考えると、生きにくいと言われがちな日本の成熟した社会のレベルが、今回のパラリンピックを見てその基礎の厚さを証明しているかのように思われる。

2013年9月7日土曜日

「GEQ 大地震」 柴田哲孝 双葉文庫 2010 ★


記憶に新しい東日本大震災。2年半経った今も復興は遅々として進まず、それどころか併発した原発事故後の日本の迷走は未だに行き先が見えない。その地震が起きたのは、政権交代が叫ばれ戦後初めて二大政党制が成立したかに見えた民主党政権時代。

早朝のテレビを見たら、まるで戦場のようになった神戸の風景。高速道路が途中で切れて、車がぶら下がっている姿と火の手に追われる街の姿は高度成長を遂げた日本に大きなショックを与えた。そしてこの阪神淡路大震災が起きた時は戦後始めて自民党以外が内閣を努めた連立政権時代。

巨大大国が近代化の象徴として準備していた北京オリンピック。その直前で起こったチベット紛争。世界各地で起こる聖火ランナーへの妨害。そして各国トップが表明するボイコットへの可能性。そんな中起こった四川大地震。それを契機に世界の意見は逆転し、オリンピックは国家の団結の象徴へ。

911の後ろでささやかれる様々な憶測。結局は誰が得をし、誰が笑ったのか?

あくまでも911は人為的テロであるが、もし地球で起こる超巨大地震が作為的に引き起こされたものだとしたら一体誰が得をし、誰が笑ったのか?

そんなネット上で飛び交うような都市伝説を一つ一つ検証して一つの線として紡いでいく。世界中に起こる不都合な真実。自然現象に必ず結果に対応する理由があるように、自然現象といわれる災害にも、何かしらの理由があり、それは自然的な理由だけでなく、人為的理由も隠されているとしたら。

そんなとっかかりはとても広がりをもったネタではあると思うが、それぞれのネタを繋ぐ大きな物語なしに、あまりに安易に繋げる感は否めない。

「なんなんだ、この終わり方は・・・」と言わざるを得ない、何の説明もない最後。

「何で生きてるの?」
「ケロイドの説明はどうしたの?」
「今はどうやって生活を成り立たせてるのか?」
「何を知ってしまったのか?」
などと想像力を刺激するようなレベルでなく、あまりに詰められてないプロット。

あまりに稚拙なカンパニーの行動。「どこの国のトップの諜報工作員がこんな安易に単独行動をするのだろうか・・・」と突っ込みどころが満載。

一つの国の利益は他の国の不利益ともなり、国家レベルで利益が共有できるというためには相当なところまで詰めていかないといけないと思うが、「そんな簡単に大国間で合意がとれるか・・・。そんなに大勢が知っちゃっていいのか・・・」となんだか悲しくなってページを捲る。

かつての作品は好きだったがそろそろ潮時かと思わずにいられない一冊。

2013年8月25日日曜日

「オリンピックの身代金 上・下」 奥田英朗 2011 ★★

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第43回(2009年) 吉川英治文学賞受賞
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夜、家に帰ろうと駐車場から自転車に乗り込んでオフィスの前を曲がって胡同に入っていく。東京の様に夜も昼間の様な明るさを持つ街ではない北京の更に毛細血管の様な胡同の中は夜になればすっかり闇に包まれる。

そして最初の角を曲がるところで、暗闇の中にうずくまり、道に面した扉を開けばすぐにベッドが置いてあるという、なんともシンプルな家の中から伸ばされたホースの口を側溝のグレーチングに向けて、流れ出る水を使って気持ち良さそうに豪快に歯を磨いているおじさんがいる。もちろん上半身は裸。

周りを気にする様子も無く、あかたもここで歯を磨くのが、朝に太陽が昇ってくるのと同じくらい当たり前かの様にゴシゴシと音が聞こえてくるくらいに磨いている。恐らく日が昇るのと同じくして目を覚まし、この胡同内部なのか外なのかは分からないが、肉体労働と呼ばれる仕事場で身体を動かし、家に戻って夕食を食べ、日が沈んだこの時間には当たり前の様に一日を終えようとしているのだろうと勝手に想像する。

日が沈んで暗くなったら寝る。21世紀のメトロポリスとなった北京のど真ん中に置いてもその当たり前は変わらない。とてもシンプル。恐らくそういう生活なのだろう。起きて、働き、食べて、身体を動かし、一日を終えるために寝る。まさに人夫(にんぷ)と呼ばれる力仕事に従事する労働者。

プロレタリアと呼ばれることも意識せずに、不満はありながらもそれなりに楽しく一日を終えていくのだろうと勝手に想像する。マルクス主義に煽られるようなブルジョワジーとの争いを経ることなく開催された2008年の北京オリンピック。恐らく東京の時とは比べ物にならないほどの人海戦術で整備が進められ、遅れてきた大国はここぞとばかりに近代化を一気に進め国際社会の表舞台へと進み出る。

スポットライトが強烈であればあるほど、床に描かれる影もまた漆黒の闇の様に深く、多くの人夫達の献身の上にその虚構が積み上げられたのだろうというのは想像に難くない。オリンピックと言う舞台が、その時の主人公である国が何を目標に掲げているのかを照らし出す。国民が同じ夢を持つことがまだ可能かの様に「同一个世界同一个梦想」と掲げられたスローガン。

「一つの世界、一つの夢」

2020年のオリンピックが二回目の東京に決まりそうなそんな時期に、東京中が埃にまみれながらも、戦時中とは違った意味での「お国の為に」という国民共通の夢の中で時間が進んでいた時期の話を読む。

50年前の1964年の東京オリンピックは、戦後から復興を遂げ、国際社会に復帰する宣言の様に行われ、持てる才能を適材適所に登用しながら、東京を世界の大都市へと変貌させた国家事業。

オリンピックという、国家が大手を振って税金を湯水の様に投下できる大義名分。その流れ落ちる金の先には、数多の利権に群がる企業群。オリンピックと言う一ヶ月の祭典の為に、それまでの何年にも渡って麻薬の様にある種の思考停止に陥りながら、近代以前には決して行われることの無かった都市改造を可能にする。

その光のど真ん中に立つ東京。それは同時に、東京と地方との格差を拡大する。と同時に、東京の中でも上部構造に所属する人間が享受する利益に対し、それを支える下部構造に所属する労働者との格差を助長することにもなる。

そんな成長する国家の中での摩擦に、労働階級の兄の死を契機に葛藤しだす主人公。その怒りの矛先は、シンボルとなるオリンピック開会式。

犯人も分かっていて、手口も明らかにされている。その為に最初は「何を読まされているのだろう?」と訝しみながら読みすすむ。時間が前後するので、筋を掴みながらついて行きのに苦労するが、「もう犯人は分かってるんだろう?どうやって最終的な犯行に及ぶかをドキドキさせながら引っ張るのか?」なんて心配してしまうが、そこはさすがベストセラー作家の腕の見せ所。結局飽きることなく、その上犯罪者である主人公に感情移入までさせられながら最後まで読みきってしまう一冊。

さぁ、次のオリンピックに向けて、東京にはどんな光と影が現れるのだろうか楽しみだ。

2012年8月20日月曜日

「ベイジン 上・下」 真山仁 ★★


比較的長くに渡ってはまっている作家・真山仁。毎回違う分野において、世界のトップで闘う男の肌がヒリヒリするような生き様を描いてくれる。

原発と中国というタイムリーなトピックに誘われて、帰国したときにブックオフで一冊350円にも関わらず購入する。

あとがきを読んで納得だったが、えらく北京の詳しい街並みや、生活事情に精通しているな、と思っていたら、加藤喜一氏が取材の手伝いをしたということらしい。

それにしても、これほどこの国の表も裏も深く描けるには相当な知識と理解が必要になるだろうととにかく関心してしまう。

毎夜それは生まれ、毎夜それは消えるのの  
それは希望
歌劇『トゥーランドット』より

ロンドン・オリンピックが終わったばかりだが、オリンピックの開幕式と言う、世界的な戦争が無くなった現代社会において、唯一国家が大手を振って国家予算をつぎ込める4年に一度のハレのイベント。

一点の収束点に向かって加速する狂気的な熱狂の中に一体何が含まれているのか?

先進国に名を連ねるターニング・ポイントだった2008/8/8日の北京。そこに先進国として虚も実も必要とされる世界最大級の原発の開発および運転という試金石。そこに技術責任者として日本から赴く主人公。

「能力もなく努力もせずにヌクヌクと生きている連中が生理的に許せない」

と、コンプレックスをもてあまし、激しいまでの正義感に燃えるもう一人の主人公。


「希望とは、人が生きる原動力だ。どんな酷い目に遭っても、どんなに貧しくても、希望を失ってはならない。そして、人々から希望を奪う者がいれば、我々は勇気を持って闘わなければならない。」

という全体と通してのメッセージ。

序章 開幕一時間前
第1章 ミッション
第2章 郷に入っては
第3章 嵐の中で
第4章 柳絮は風に
第5章 鉄飯椀
第6章 カウントダウン
第7章 ブラックアウト

というなかなかよろしい章題に沿ってテンションもピークに達していくのだが、どう描いてもいろんな問題を起こすか消化不良におちいるか、という悩みを抱えて挙句、そこまで描かないと決断したかのような断絶のような終わり方だけは納得いかないというところか。