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2015年3月13日金曜日

テクノロジーの無常さ

テクノロジーの進歩の速度はまさに日進月歩で、最先端で更新されるテクノロジーに合わせて仕事のやり方も必然的に更新されていく。

例えば仕事で使うPdfなどのデータ。プロジェクトごとに作成しているSNSのグループに、設計状況を確認する資料を毎日スタッフが何度も送ってくるのだが、数メガになるその資料を携帯上でダウンロードして開くには、やはりそれ相当の処理能力のある携帯端末が必要となる。

常に最新で最速の処理速度を持つ携帯に更新していくパートナーの二人に対して、「そんなに困らないなら無駄に新しいのを買わなくても・・・」と思ってしまう自分では、常に使用する携帯端末のバージョンに差が出ている。

そうなると当然携帯で処理できるデータの大きさにも差が出てきて、こちらの携帯ではまたダウンロード途中にもかかわらず、あちらの携帯ではさっさとその資料に対してコメントを送っている。

世の中の仕組み、もしくはある組織内での仕事の進め方はこの様にその中での最速な単位をベースにして先に進んでいってしまう。誰も遅れた亀にペースを合わせてはくれない。テクノロジーは無常である。

同じことは都市にも言える。行政が完全にコントロールを持ちえる場所でなければ、どうしても民間の競争原理が働いて、都市内が更新されていく。資本主義の市場としての魅力を認めない限り、更新のペースについてこれない場所はどんどんと切り落とされていく。

それが過疎地の様に買い物難民となった高齢者の住まう地域での行政サービスやインフラの整備をどう維持していくか。という問題に直接結びつけることは出来ないが、それでもやはり同じ原理がその後ろには横たわり、社会の変化とそれに対して異なる対応速度を持つ人々に対してどの様に対処していくかが問われてくるわけである。

過疎地を維持するために母体となる自治体が衰退してしまっては元も子も無い訳であり、一番重要なのは新しい時代に適した社会のあり方を模索し、それに向かってそれぞれが可能な限り努力をして変化をしていくこと。

そんなことを考えているうちにやっとファイルのダウンロードが終わったので、資料を確認することにする。

2014年1月21日火曜日

デフレにならない都市

長期休暇が近づいてくると、その段取りに忙しくなる。

数日間ホテルを渡り歩くわけだから各都市でできるだけ安くホテルを探すことになる。そんなことを何度もやって、日本の各地方で同じような事をしていると地方ごとの比較が良く見えてくる。

観光客が多く訪れ、常に人気を保つ京都などの観光都市。
ビジネス客が常に出入りする東京や大阪などの経済の中心都市。
地方の経済活動の中心となりつつ、一定の規模を保つ熊本や仙台などの地域拠点都市。
各地域の拠点近くに位置し、温泉や観光資源が保たれる都市。
それらよりも更に周縁に位置し、数少ない観光資源を糧にして生き延びる地方都市。

中心では常に人が行き来するため価格も高めに設定されるが、その分競争原理も働くので、ある程度低い価格のホテルも見つけることが出来る。これは地方の拠点都市でも同じで、ある程度の地域での経済規模を持ちながら、外からの観光、ビジネス客が常にでいるする都市において、健全な競争原理が働き、ある程度の価格の幅が存在する。

しかし、国全体の経済の発展の枠内からやや取り残され、それでも地場の産業でなんとかやりくりをしている都市においては、新規参入による競争原理が働く事もなく、決して全体的に見て適正価格ではないが、ほかにチョイスが無い為に高い価格に据え置かれているという都市も多く存在する。

逆に自らが周縁に位置する事を十分に自覚し、低価格に抑えられた生活コストを反映するかのように、低価格で多くのものを提供してくれる様な都市もある。

そういう様々な都市を実際見てみると、やはり競争原理が働か無いにも拘らず、地元の富裕層はそのまま裕福なままで今を過ごし、外部との循環は徐々に途切れ、ローカルなガラパゴスを形成しているようにしか映らない。

駅前商店街に歯抜けのように現れるエイリアンのような立体駐車場。その脇で怪しく光る「代行」の広告。

デフレ脱却と声高に叫んだアベノミクス。しかしデフレが起こるのは競争原理が働くからであり、マーケットが競争に値すると値踏みをした土地での事。

そこにはデフレからも見放された都市が多くあり、大手は徐々に撤退し、コンビニすら簡単には見つけられなくなっている。

それが田舎ではなく都市であること。

かつて一度はその土地の持つ力、分相応な規模よりも遥かに大きく発展しようとしたツケが、スカスカの現在を作っている。ハコ物の公共建築と同じくらいに肥大した地方都市。

それらの都市にもう一度人の流れをつくり、活気を取り戻し、より大きなスケールの一部に取り込みながら、徐々に適正な規模に修正していく。その途中には既得権益を保持する側からのとてつもない反抗が起こるのは想像に難くない。

大きな大きな不良債権を抱えたような現代日本。30年後はどんな地方都市の風景が広がっているのか楽しみだ。