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2015年3月2日月曜日

映画と読書のギャップ

飛行機の中の過ごし方。まずはどんな映画が更新されているかチェックする。手元には鞄から出しておいた数冊の本があるにもかかわらず、気になっていたタイトルがあるとついつい観てしまう。

「映画を観る」という行為は極めて受動的である。基本的に自分は何もせずに視覚だけを使って物語を追っていくだけ。脳への負担は極めて少ない。それでいながら、小説家が魂をこめて書きあげた一冊の本をたった2時間に集約して仕上げた物語を、あたかも本を一冊呼んだかのように「見終えて」しまう。

一冊の小説を、どんなに内容が薄くてもやはり2時間で読めることはほぼ無い。しかも手で本を保持しながら、頁をめくりながら一行一行追っていく。単語をおい、台詞をおい、行間をおい、人間関係をおっていけば、おのずと脳への負担は大きくなり疲れも出てくる。

それでも、読み進めるとともに視界が開けるように物語の世界が見えてきて、生き生きと登場人物たちが立ち上がってくる。少なくなる残り頁とともに、次のページをめくるのを楽しみに思いながらも、終わってほしくないという相反する気持ちを処理しきれずに最後まで物語を読み終える。

文章から想像力を駆使して作り出した自分だけの本の世界に十分浸り、その中で自分の記憶に残る部分を選択していく。そんな極めて能動的な行為が読書にはある。たとえ映画で2時間で観終えてしまう小説が読み終わるのに1週間かかるとしても、その行為としての体験は遥かに内容が濃いと言わざるを得ない。

忍耐力がどんどん失われていく現代社会。その中で少しの差に見える映画と読書のギャップ。その意味をしっかりと理解してその上で何を読み、何を観るのか選択していく。それがこれから我々に突きつけられている問題意識なのだと思う。

2014年6月3日火曜日

「アバウト・タイム 愛おしい時間について」 リチャード・カーティス 2013 ★★

これだけ飛行機での移動が日常的になってきた世界においては、映画を見る機会が最も多いのは飛行機の中なのではないかと思わずにいられない。人が映画を見る機会の最も多い場所は一体どこなのか?同じ映画を映画館で見た人、DVDで自宅で見た人、そして飛行機の中で見た人の割合をぜひともどこかの調査会社で調べて見て欲しいものである。

つまりは映画を作る側としても、こうして飛行機の中で見られることをある程度前提として映画を作ることも起こってくるだろう。一体それが映画業界にどんな変化をもたらすのだろうかと思いを馳せる。

北京からベニスで行われる建築ビエンナーレに参加するために、スイス航空で乗り換え地のチューリッヒに向かう長距離フライト。手元には建築の専門書を2冊、新書を2冊、そして文庫本を1冊と移動時間を有効活用するために普段なかなか読み進められない読書の準備をして、そしてフライト時間から考えて何が見れるかを映画のリストから探し出す。

「ラブ・アクチュアリー」の監督で、舞台がロンドン、そしてビル・ナイが出てるとなるとこれは見逃せないと選んだのがこの一本。そのほのぼのとした雰囲気からは想像できないが、タイム・トラベル系の内容。過去に戻れることで、人生の中でよりよい選択を積み重ねることができる主人公。

それでも描かれるのは時間をやり直すことができるからこそ理解できる、一回きりの人生のすばらしさ。そしてその人生の中で一回きりで出会った大切な人々。過去に戻れるから、時間をやり直せるからかどうかではなくて、誰でも自分の人生がどれだけ価値のあるもので、それが一回きりしか得ることのできない時間なのだと意識して「今」を過ごすこと。「今」を積み重ねること。そんなメッセージを感じながらも、役は変われど演技は変わらないビル・ナイに癒されながら見終えることができる一作である。

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スタッフ
監督 リチャード・カーティス
脚本 リチャード・カーティス
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キャスト
ティム・レイク  ドーナル・グリーソン
メアリー  レイチェル・マクアダムス
父さん (ティムの父)  ビル・ナイ
キット・カット (ティムの妹)  リディア・ウィルソン
ハリー  トム・ホランダー
シャーロット  マーゴット・ロビー
母さん (ティムの母)  リンジー・ダンカン
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作品データ
原題 About Time
製作年 2013年
製作国 イギリス
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2014年6月2日月曜日

脳の偉大さ

朝、電動スクーターに乗って出勤する。その間にこういうブログに書くような他愛のないことに思いを巡らす。スクーターに乗っている時間はせいぜい10分から15分。それでも頭の中で巡る考えは圧倒的に多くのことが瞬時に展開していく。

同じことは頭の中で考えたことを言葉にして誰かに伝えようとする時にも実感する。自分一人、頭の中で考えていればどんなに複雑なことも、どんなに込み入ったことも、どんなに言葉というメディアに乗せにくいことも、一瞬でしかも同時並行で様々なことがスパークするように頭の中で展開する。

脳の中では一々言葉にしなくてよいので、曖昧な抽象的なイメージを持って考えが展開していく。しかし一度その思考の工程を誰か別の人に伝えるためには、曖昧なイメージからどうしても具体的な言語の力を借りなければいけない。

まずは自分の曖昧なイメージを具体的な言語に対応させる作業に時間がかかり、その時点ですでにかなり失われたしまった意味を何とか補充しようと、様々な言葉を駆使して意味の流れを、つまり文脈を作っていかなければいけない。自分ひとりの脳の中でなら、イメージからイメージへ、最終的な結論すら言葉にすることなくとも、自分で納得できてしまう。

その為に誰かに何かを伝えようとすることは大きなストレスを感じる作業であるのは間違いない。頭の中で考えたことはほんの一瞬の出来事。しかしそれを言葉で説明するには数十分かかってしまう。なんと非効率な作業なのであろうか。

つまりはそれだけ人間の脳というものが、複雑な事象を瞬時に捉えることができる非常に優れたデバイスであるということ。多様な事象を抽象的なイメージでしかも同時にいくつものことを平行して進めながら、ポイントごとにつなぎ合わせて新たなる意味を紡いでいく。

そうして世の中を眺めて見る。他の人を眺めて見ると、まったく違った世界が見えてくる。ぼーっとしているような人でも、ひょっとしたら頭の中でも自分が取りうる行動に対し、数多の可能性を検討し、それぞれにどのような結果が起こるかをシュミレーションし、その結果何もしないことを選択しているのかもしれない。

道端で一日中座っているおばさんも、ひょっとしたらその頭の中では現代社会の問題点に思いを馳せ、その原因と解決法に対し様々な思いを馳せているのかもしれない。その横のおじさんは、この世の始まりに対して終わることない思考を巡らせているのかも知れない。

それは外から見えない。だからこそ、頭の中でどれだけ思考を行っているか、その差はその人の一生として相当に大きな差となって現れてくるだろう。

本当に何も考えずにただただ動物的に日常をお腹が減っただとか、眠くなった、心地がいいなどと欲望に突き動かされて生きている人と、脳の中で様々な思考を巡らせて時間の過ごし方、人生のあり方、自らの生き方、社会の在り方に思いを馳せている人とでは、行動一つとっても大きな違いが現れるに違いない。

そう思いながら、できるだけ能動的にそして効率的に与えられた脳を活用し、思慮深い行動を行いながら少しでも実りの多い人生へとつながるようにしなければと、オフィスに到着してスクーターを駐車しながら思考を一度停止させることにする。

2014年5月2日金曜日

「都市は人類最高の発明である」 エドワード・グレイザー 山形浩生 (訳) 2012 ★★★★

現代はまさに都市の時代であるのは間違いない。どの国に住まうかよりも、どの都市に住まうかの方がよっぽどその人の人生に影響を与える。情報革命と交通革命を伴ったグローバル化を終えた世界においては、人口の流動化は誰にも止められない。チャンスを得ることができる人々であればあるほど、より「良い機会」を与えてくれる「都市」へと流れ込む。

そこに現われるのは、1000万を超えるメガロポリスとなる勝ち組としての数少ない大都市と、そこに向けて若者を吸いあげられ、街の産業を維持することが出来ず、年金などの老人経済に頼るだけの高齢者だらけの地方都市。そしてその中間に位置する、大都市ともならないが、それなりの規模を誇り、地元に残る若者にある程度の快適さを提供することができるが決してイノベーションは生み出さない中核都市。

この3つのパターンに日本だけでなく、世界中の風景が急激に再編成されている現在。誰もがこの現象に危惧を覚え、どうすれば地方を救えるのか、何が都市をそこまで強力にしたてているのか、様々な角度から分析をし、何かしらのヒントを見つけようと必死になる。

それが全世界同時的に行われているのが現代の状況。そしてそれが建築や都市を考える分野の専門家だけでなく、それ以外の分野でも同時に分析がなされている昨今において、20世紀の都市における言説の中で最も読まれたであろうジェイン・ジェイコブズの「アメリカ大都市の死と生」に迫るばかりの勢いで、建築関係者の中で広く読まれたのがこの一冊。そしてその作家は1967年生まれの若いハーバード大の都市経済学者である、エドワード・グレイザー(Edward Ludwig)。

こうしたハードコアな建築関係の書籍は、読むのにもやはり時間がかかるが、必然的にマーカーで線を引く部分も多くなり、つまりはそれをパソコンに打ち込むのに大変な時間がかかる。そしてその後にこうして自分なりに纏める時間が必要になるので、建築関係の本を読んだ後にアップできるのは必然的に数ヶ月以上の時間がかかってしまう。

現在進めている南京のプロジェクト。そして参加したモスクワの都市計画のコンペ。そんな日常を過ごしているとやはり現代の都市が何処に向かっているのか、現在の日本の問題と今後の課題とは何かを考えざるを得なく、じっくり時間をかけて読んできた一冊。その内容を見ていくことにする。
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・はじめに われら都市生物
アメリカ人2億4300万人が、国土の3%を占める都市郡にひしめき合っている。
我々は都市を選ぶ
人類進歩そのものを研究するに等しい行為
距離の死を生み出した技術的なブレークスルーにもかかわらず、実は世界はフラットなどではない。それは舗装されているのだ。
都市は勝利した

NY 人口爆発 運輸技術の変化のお陰 ハブ港の筆頭
距離の死 輸送費の優位性が破壊
都市を人類最大の発明品としているのは何か
都市というのは、人と企業の間に物理的な距離がない
近接性、密度、身近さ、
国の都市人口比率が一割上がると、一人当たりのGDPは3割上がる
多くの小企業と高技能市民がたくさんいると栄える

都市とはその人々なのだ
都市人口は流動的だ

現代の都市は自動車のもの
輸送技術は昔から都市形態を規定してきた 
フレンツェやエルサレム 歩く都市 街路は狭く、くねり、店舗が密集 
マンハッタンのミッドタウンやシカゴループ 鉄道とエレベータを中心に建設された地域、街路の幅がもっと広くて、格子状 車中心の都市 ロサンゼルス
都市とはその人々なのだ
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何度も繰り返される印象的な言葉「都市とはその人々なのだ」。それに象徴されるように、中世の様に生まれた場所に一生縛り付けられる様な時代から開放された人類は、移動することがそのまま「都市の選択」となる。家族、仕事、教育、環境、暮らしやさ、安全、様々な要素が絡み合う中、積極的であれ、消極的であれ、何かしら選択を踏まえて人は都市に住まう。

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・第1章 バンガロールの産物は?
都市教育ハブ

/知的入港地:アテナイ
都市は文化の間のゲートウェイ
紀元前6世紀のアテナイ トルコ西部の羊毛生産港ミレトスはヨーロッパ都市計画の父ヒポダムス ヒポダムスの格子状の平面計画
ソクラテスは独自のイノベーションを行ってそれをプラトンに教える、プラトンはアリストテレスを教えた
アイデアは高密な都市空間で人から人へと移動する

/バグダッドの叡智の館
バグダッド 世界の知識を輸入し、アラビア語に翻訳する 図書館

/バンガロール ブーム都市への歩み
都市は常に文明が知識をやりとりする最も有効な方法だった
都市の持つ近接性
翻訳で必ず何かは失われる
インフォシスの台頭は、距離の死を意味しているように思えるが、一方で近接性がかつてないほど重要になっているという解釈
インフラはやがて陳腐化するが、教育は賢い世代が次の世代を教えるので永続する

/教育と都市の成功
通常アメリカでは、ある場所の技能水準を推計するには大卒者の人口比率を見る
人々が高技能地域に集まるのは、所得が高いからだ
国際貿易とグローバリゼーション 輸送費低下により低技能労働はアウトソースできるようなったという

/明日の都市
効率性の改善、消費が減るどころか増える状況は、ジェヴォンズのパラドックス
情報送信の最も効率的な手段などを手に入れることで、情報送信にかける時間は、経るどころか増える
一部の場所は取り残される。あらゆる都市が成功する訳ではない
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・第2章 なぜ都市は衰退するのだろう?
デトロイト市 空き家
100万人以上減った 総人口の58%が転出 市民の3分の1は貧困状態
工業都市は、こうした古い商業都市や現代の情報時代の首都とは違っていた
自己完結的 外部世界とは切り離されていた

/自動車以前のデトロイト
自動車は二つの新しいアイデアを組み合わせた新アイデア
ジェヴォンスの相補性理論 効率のより情報技術は対面で学んで情報の価値をもっと高める

/ヘンリー・フォードと工業都市デトロイト
古い都市はすべて、いずれは産業の斜陽化に直面する
デトロイトが必要だったのは人的資本

/コールマン・ヤングの正義の怒り
建築は成功の結果であって原因ではない
ビルバオ市のグッゲンハイム美術館の成功で、文化機関が都市刷新戦略として成功するという見方がもっともらしくなった。
140万人だった観光客数は380万人に増えた
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・第3章 スラムのよいところ
リオデジャネイロ市のイパネマビーチ スラム ファヴェーラ
プラトン あらゆる都市は、いかに小さくとも、実は二つに分かれている。一つは貧困者の都市であり、もう一つは金持ちの都市だ
貧困が集中したスラム
都市が貧困者だらけなのは、貧困者を引き付けるから
以前の暮らしでは見つけられない長所を都市が提供するから
自由な社会では、移住によって明示的に 生まれた場所にとどまることで暗示的に、生きる場所を選ぶ
都市に引き付けるのはどんな力か
仕事 労働市場
大都市は雇用主の多様化したポートフォリオなのだ

/リオのファヴェーラ
ブラジルの貧困地方部に住む人々と比べるべきだ

/インナーシティ
交通が都市を形成する力を反映したものだ
あらゆる移動は二種類の費用がかかる お金と時間
お金持ちは、短い通勤時間という特権を出せるお金が多いから

/政策で貧困が拡大
密度には、便益と同時に費用もかかる
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・第4章 貧困者住宅の改善方法
/病んだ都市の治療
紀元前430年にアテナイにペスト
病気に対する公共保健対応
死者の発生パターン観察から生まれたもの
都市は都市の健康を確保するために綺麗な上水を提供しなくてはならない 
自衛する都市のイノベーションの例 都市は自分自身の解決に必要な情報を生み出すのだ

/道路を増やすと交通は減る?
都市のすばらしい利点 人々を結びつけること
道路の利用について課金
道路を増やしても決して交通の遅れは解消されない 混雑課金なら解消する

/都市を安全に
犯罪 
初の近代警察が形成されたのはルイ14世のパリ
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・第5章 ロンドンは豪華リゾートか
典型的な21世紀都市は、労働者達が消費で優位に立てる場所になる可能性のほうが高い
生産的なばかりか楽しい場所にもする
自分にとって興味深い人物と接触する機会を与えてくれる

/規模の経済とグローブ座
ケヴィン・スペイシー オールフォヴィック劇団 監督
劇場やオペラハウス、美術館などの固定費は なぜ都市と結びついているかを説明してくれる
大量の観客を持っていて

/結婚市場としてのロンドン
都市の密度が伴侶候補に出会う確立を高める
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・第6章 高層ビルのすばらしさ
パリのシャンゼリゼ
オースマン 上水と下水 秩序ある全体

/摩天楼の発明
バベルの塔 以降、都市と塔を作ろう

/三つの簡単な規則
偉大な都市は静的ではない
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・第7章 なぜスプロールは拡大したか?
/自動車以前のスプロール
成功した新しい交通手段 3段階 
道路があると車輪交通は大幅にスピードが上がる
道路の建設と維持は、強力で裕福な文明を必要とする
13世紀 ローマ時代以来はじめてパリを舗装
馬はエリート向けの輸送技術
その費用が大量公共交通を通じて分散負担できるようになったときが初めて
ニューヨーク市で初の公共交通 1827年 集合馬車
金持ち向けのアップタウン近隣の成長が可能になった
バスも金持ちの交通手段として始まった
都心から脱出する動き
古い地区は歩行者時代にできて 車輪交通が中心になるとずっと秩序だった都市ができる

2つのネットワークを必要とした 鉄道そのものネットワーク 電力網
都市は空洞化した。ブラウン大学の経済学者ナサニエル・ボームスノー 高速道路が都心を通過すると、一本ごとにそこの人口は18%減る

/アメリカを車中心に再建
公共交通との結びつきが完全に消える例
徒歩交通があることで、古いコミュニティはそこそこ密度を保った、だが自動車はそれを変えた。歩く必要性をなくした
典型的な駐車スペース
駐車ビルが必要
スプロールの根底にあるのは、文化ではなく車

/蓼食う虫も なぜヒューストンに百万人も移住したのか
アメリカ第4位の都市
平均的なアメリカ世帯の稼ぎ
金銭的な得は時間的な損失で帳消しになる
家が買いやすいことなのだ
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・第8章 アスファルトこそ最高のエコ
都市は木々に囲まれた生活よりもうずっと環境によい
田舎を都市に持ち込むこと
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・第9章 都市の成功法
/帝都東京
国の政府が中央集権化されると、首都はそれだけ大きくなる

/マネジメント良好都市:シンガポールとガボロン
シンガポールの成功は、賢い人の高密集積が、驚くほど有能な公共セクターに恵まれたと金、イノベーションを起こして反映するという驚くべき能力を反映したもの
教育に投資

/ドバイは多くを望みすぎ
都市の成功には建設が必要だ。でもだからといって、あらゆる場所がニューヨークや上海になれるわけではない
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・結論 フラットな世界に高層都市
アリの巣が、個別の虫の能力をはるかに超えたことをやるように、都市は孤立した人間ができるよりはるかに大きなことをやる。都市は協力を可能にする。
人類の最も重要な創造物である知識の共同生産を実現するのだ。
人々は才能ある人々の周りにいるためだけに、高い都市物価にも我慢する
人類は他の人たちから実に多くを学ぶので、周りに人が多いほうが学べるのだ。
大都市では、人々は共通の関心を持つ仲間を選べる
インターネットはすばらしいツールだが、対面で学んだ知識と組み合わせたときに最大の効果を発揮する
高い輸送費の為に、よいアイデアを世界中に売ることですぐ設ける能力は制約されていた

/グローバル化を通じた都市化
今日の最も成功した都市 ロンドン、バンガロール、シンガポール、ニューヨーク 
都市は多国籍企業や国際ビジネスマンをひきつける
トップの高給取りと最下層の労働者の両方にあてはまる
オープンな都市が閉鎖的な国の中に存在することはできない

/人的資本に手を貸そう
教育 大学に通うことで稼ぎは8割増える
人的資本 つまり教師の能力

/助けるべきは貧乏な人で、貧乏な場所ではない
古い地域は常に新興都市に追い越されてきた

/消費者都市の台頭
今日のロンドンやニューヨークやパリの成功 一部は消費者都市としての強みを反映している
芸術やオルタナティブな生活様式への寛容性と、おもしろくてエキサイティングな都心を強調する

/都市の贈り物

訳者あとがき
相当部分は既存のアイデアや技術の組み合わせで生じる
近接させること
最も重要なこと その他あらゆる面での多様性を保つこと
高層化
身の丈にあった都市規模を確保しよう
無理に復興させるべきではない
でも今の日本のように、大学進学率が5割を超え、大学生の希少価値がまったくないところで、大学があって大学生が集まるだけでいいんだろうか
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仕事の帰りに胡同という昔ながらの長屋の並ぶ路地を通る。夕方には夕済みの為に道にでて椅子に座って近所の人と喋りこむおばさん。蚊がいない北京のお陰で上半身裸で内輪を仰いでいるおじさん。アイフォンで音楽を聴きながらランニングする若い女性。近所の子と走り回って遊んでいる子供達。その足元では首輪をつけられずヨタヨタあるいている犬の姿。

そのすぐ先には月何十万円という高級マンションに住まうグローバル・エリート達が住んでいる。それがこうして同じ地区に共存し、それぞれがそれぞれの幸せを感じながら、今の生活に満足して住まうことが出来る都市。これはある種現代の都市の抱える問題を解決した究極の姿かも知れないと思わずにいられない。



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■目次
・日本版への序文
・はじめに われら都市生物

・第1章 バンガロールの産物は?
/知的入港地:アテナイ
/バグダッドの叡智の館
/長崎で学ぶ
/バンガロール ブーム都市への歩み
/教育と都市の成功
/シリコンバレーの台頭
/明日の都市

・第2章 なぜ都市は衰退するのだろう?
/赤錆地帯の台頭
/自動車以前のデトロイト
/ヘンリー・フォードと工業都市デトロイト
/暴動はなぜ?
/都市の刷新 一九七〇年以降のニューヨーク
/コールマン・ヤングの正義の怒り
/カーリー効果/壮大な建築物
/赤錆地帯に残る
/縮小して偉大になる

・第3章 スラムのよいところ
/リオのファヴェーラ
/社会の梯子を上がる
/リチャード・ライトの都市脱出
/アメリカゲットーの興亡
/インナーシティ
/政策で貧困が拡大

・第4章 貧困者住宅の改善方法
/キンシャサの窮状
/病んだ都市の治療
/街路清掃と汚職
/道路を増やすと交通は減る?
/都市を安全に
/健康上の便益

・第5章 ロンドンは豪華リゾートか
/規模の経済とグローブ座
/分業とラム・ヴィンダルー
/靴・アンド・ザ・シティ
/結婚市場としてのロンドン
/高賃金の欠点

・第6章 高層ビルのすばらしさ
/摩天楼の発明
/A.E. レフコートのそびえたつ野心
/ニューヨークを規制す
/高さが怖い
/保存の害悪
/パリ再考
/ムンバイの失策
/三つの簡単な規則

・第7章 なぜスプロールは拡大したか?
/自動車以前のスプロール
/アーサー・レーヴィットと量産住宅
/アメリカを車中心に再建
/ウッドランズにようこそ
/蓼食う虫も なぜヒューストンに百万人も移住したのか
/なぜサンベルトの住宅は安いのか?
/スプロールの何がいけないの?

・第8章 アスファルトこそ最高のエコ
/田園生活の夢
/汚れた足跡 炭素排出の比較
/環境保護主義の予想外の影響
/皇太子と市長 二つのエコビジョン
/最大の戦い インドと中国のエコ化
/もっと賢い環境保護論を求めて

・第9章 都市の成功法
/帝都東京
/マネジメント良好都市:シンガポールとガボロン
/スマートシティ:ボストン、ミネアポリス、ミラノ
/消費者都市 バンクーバー
/成長都市 シカゴとアトランタ
/ドバイは多くを望みすぎ

・結論 フラットな世界に高層都市
/都市に競争の公平な機会を
/グローバル化を通じた都市化
/人的資本に手を貸そう
/助けるべきは貧乏な人で、貧乏な場所ではない
/都市貧困という課題
/消費者都市の台頭
/NIMBY 主義の呪い
/スプロール偏重
/エコシティ
/都市の贈り物
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2014年3月7日金曜日

人は忘れる

人は忘れる生き物である。

それは複雑な現象の中で生きていく現代人として自己防衛のための必要な手段でもある。しかし、一方では繰り返される映像を嵐のように浴びせてくるメディアによって、少し前のことを「すぐに忘れる」ように仕向けられているようにも思われる。

昨日まで、三重で起こった中学生殺害の容疑者として捕まった高校生のことについて熱を帯びていた報道が、今日には柏で起こった通り魔事件ばかりに重点を写し、昨日までの事件がまるでなかったかのように報道しない。

そして明日はまた違うものに重点をシフトしていくのだろう。

すぐに新しいものに、少しでも新しい刺激を視聴者に与えて、その見返りに視聴率を獲得する。メディアも競争社会である以上、生き残るためには、少しでも視聴者が求めるもの、つまりは新しい刺激を与え続けなければいけない宿命。

新聞やテレビといった鮮度を売りにするメディアでは、一度重点的に扱った事件であろうとも、それが何も解決していなくても鮮度が落ちたと判断したら、すでに扱う内容から外されていく。

ちょっと前に起こった大雪による断絶された地域の問題もそうである。本来は、その現象を報道するよりも、なぜそれが起こったしまったのか、何が問題なのか、どんな脆弱性を持ち、次にそれが起こらないためにはどのようなことを準備をすればいいのか、視聴者レベル、行政レベルで何を変えなければいけないのか。

そんなことを突き詰め、分析し、喚起し、提案していくのがメディアのある種の役割であることは間違いない。「一時あれほど騒いでいたのに、どうなったのだろう?」とふと思い出す事件はさまざまある。

餃子の王将
相模原の女児行方不明事件
広島少女遺棄事件
千葉・茂原「77日ぶり発見女子高生」
ゆうちゃん 遠隔操作
村人全員から虐められてた 山口県周南市集落放火殺人事件
京都府福知山市の花火大会
三鷹の女子高生殺害事件
尼崎の角田美代子 
尼崎の中学生男子監禁

「いったいどうしてそんなことが起こったしまったのか」と思いながらも、次から次へと押し寄せる鮮度の高い事件によって、記憶はどんどん棚の奥へとおしこめられ、次第に忘れ去られていく。本当に重要なのは、なぜそれが起こったかを知り、理解し、次に起こらないように気を付けること。

恐らく報道に携わる人間も、相当な葛藤を持って仕事に臨んでいるのだろうと想像する。本当に必要なのは、その真相をしっかりと最後まで視聴者に届けること。内容の薄い、新しいものだけを早く安く届けること、その繰り返しに対して恐らく思いを持ってこの世界に飛び込んだ人たちは相当な自己矛盾の時期を過ごしているのではないだろうか。

恐らく上司に、「いくら鮮度が落ちたといえども、社会的に考えたら重要な意味を持つ事件であるだけに、最後まで追い続け、世間に対して報道し続けるべきではないか?」などと押しかけても、「それでは会社の利益にならない。その取材を続ける経費は出せない」などと会社組織としての現実と、競争社会から抜け出すことができない現実を突き付けられ、次第にそのループに定着していくのではないだろうか。

いくら重要だと思っても、それに付きっ切りになることはできない。次から次へと起こる凶悪事件。世間の関心の高いほうへと人もエネルギーもシフトしていかねばならない。そうなるとどうしても「その後」を終えない。

「その後」

興味がある人が裁判などを追っていくしかなくなる。そうなるとほとんどの一般視聴者は事件があったことすら忘れられていく。本当に重要なのは、なぜその事件が起こってしまったのか、どうすれば防げたのかを理解すること。警察や行政だけでなく、一般の市民も次の犠牲者、次の加害者になるかもしれない現代。少しでも起こったことから教訓を学ぶこと。それが大切。

このような状況を考えると、ネットニュースのあり方としては、自分の興味を引くニュースがあれば、RSSとは違った形で、それを登録しておけば裁判の記録や、事件の背景を調べている記事などが定期的に更新されて調べられるようなメディアが表れていくのだろうと想像する。つまりは受動的にニュースを浴びるのではなく、あくまでも選択していくようなメディア時代。

人は忘れる。だからこそ、何を忘れるのかは自分で決めるべきであろう。

2013年4月15日月曜日

質問事項

普段は大体パートナーのマ・ヤンソンが、オフィスを代表して依頼されるレクチャーやイベントの出席するのだが、前持って予定していた参加イベントとのスケジュール調整がどうしてもうまくいかないというので、5月末に開催されるオーストラリア建築協会主催のシンポジウムにオフィスを代表してレクチャーに行く予定になっている。

レクチャー内容もシンポジウムの内容に沿って考え始めないとと思っていると、イベントのスポンサーでもあるオーストラリアの建築雑誌よりシンポジウムに合わせた号で掲載する様に簡単な質問に答えて欲しいと20の質問が送られてくる。

お国柄かと思えるくらい、「カジュアルに楽しんで答えて頂戴!」という言葉と共に送られてきた内容はなかなかウィットの効いた内容で、簡単に終えられると思っていたが、結局一日頭を悩ませて書き上げる事になった。

「なぜ建築家になったのか?」

というような質問から

「自分にとって一番大切な所有物は?」
「高校時代の一番好きな科目は?」
「ベッドサイドにおいてある本は?」
「一番の景色は?」
「一番の建築ホリデーの行き先は?」
「建築家になってなかったら何になっていた?」

などとなかなか抉られており、普段の生活をしているとなかなか思いを巡らせる事ができないような、しっかりと立ち止まって、時間を流れに任せず、落ち着いて自分自身の本質に向き合わないといけない様な内容。

自分の今、立っている場所、見ている風景を改めて実感するよいきっかけになったが、仕事が人生の一部であり、毎日過ごす時間というのはその人が選択し、何に興味を持って、どんな風景を日常の中で見ているのか?そんなことを喉元に突きつけられているような気がする。

「仕事が忙しくて・・・」

なんて言っていて時間を垂れ流すような時間の使い方をしていては、とてもじゃないが興味深い様な生き様は期待できないということだろうか。しっかりと自覚を持って時間を過ごしていかないと、流されるままに人生は終わっていくのだろうと改めて感じることになる質問事項。

2012年12月27日木曜日

新しい時代にあった飛行機の乗り方

年末年始。様々なところから家族で過ごす故郷に向けて、いろんな人が移動する時期。

北京からKLまでの6時間強のフライト。3人がけの席の後ろに陣取ったのは、夫婦と小さな女の子と赤ん坊。チケットが必要な年齢に達していないためか、その席の横にはもう一人若い女性が陣取って、3人がけに5人が座るという事態になり、航空会社のスタッフが「これはありえない」となにやら揉めている様子。「この子達は2歳に達してないから。」という夫婦の説明によって、なんとか横の女性が我々の座る席の間に移動して落ち着く。

そんな訳で、その夫婦、早速空いた席に上の子を座らせてスペースを確保するが、飛び立ちもしないうちからその上の子が泣き叫ぶ。周囲の乗客(正月を国で過ごすと思われる、マレーシア人や正月休暇をあったかい場所で過ごそうとしている外国人)も、さすがに子供だからと、みな困ったなぁという視線は送るがそれ以上何も要求できずという状態。

せめてあやして泣き終えるようにするとか、何かしゃぶるものを与えるとか、少しは周囲に迷惑がかかってしまって申し訳ない的な行動を取るのかと思っていたが、心の相当強い夫婦なのか、それともまったく社会性をどこかに置いてきてしまったのか、それとも自分たちだって困っているんだと開き直ってしまったのか、それとも子供を持つ親というのは大変なんだという方向に行ってしまったのか、とにかく何らかの対応を取る気配はない。

それどころか後ろをチラッと眺めると、泣き叫ぶ二人の子供はほったらかしに、ウトウトと眠りに落ちる夫婦の姿が目に入る。しかしこの子供達は更に激しく泣き叫び、まさに阿鼻叫喚の様。しかもそれが日本人というオチ。

用意しておいた耳栓を奥まで詰めても、アイフォンに入れておいた激しい音楽を最大ボリュームでイヤホンに流しても、その声は鼓膜まで届きBGMとして成り続ける。どうせ眠ることは無理そうだからと激しい音楽を聴きながら、この問題について考えをめぐらせる。

年末年始、ネット上でこの問題に対してあーだこーだと問題になるが、子供は泣くものだとか、子連れでは飛行機に乗るなとか、泣く子供連れならビジネスに乗れとか、逆にそれだとより高いお金を払って苦痛を感じずに旅をするはずのビジネスシートの意味が下がってしまうとか、子供を持った親じゃないとこの苦しみは分からないとか、その場の感情論的な意見は多々あるが、恐らくこれは時代が変わりインフラがその変化について来れていない歪の現れである。

昔の親は子供が自制が効くまでは、このような空間を他人と共有する行動はしていなかった。泣いてしまう子供がいるのなら、時間がかかっても車で高速道路を使って里帰りし、車内で泣いてしまう子供でも、家族としてその時間を受け入れていた。それに比べて今の親は、公共性や他の人に気を遣わず、便利であることだけで公共交通を利用して、迷惑の押し付けが多すぎるという意見も聞く。

しかし、やはり公への気の遣い方のモラルハザードはあるとしても、グローバル化が進んだ世の中において、どうしても個人で所有できる移動手段では辿りつけないほど、家族と自分たちの住まう場所の間に距離ができてしまったことは間違いなく、そうなると公共交通手段に依存をしなければいけなくなるのはしょうがない。

だからといって、「私も大変なんですよ。困ってしまっているんです。だから文句は一切受け付けません」的な雰囲気を醸し出す親たちの姿が正しいのかといえば、それもまたそうとも言えない。

そうならば、そういう抵抗することのできない社会の変化に対応すべく、公共のほうもシステムの在り方を柔軟に変化させていくほかない。数年前に「女性専用」という摩訶不思議な車両を東京の鉄道会社が導入し、世界に日本の異常性を見せ付けたが、今こそこのような空での時間の過ごし方に対して、独自の対策を採用する航空会社が現れるべき時代に入ってきているのだろう。

それなら何が可能かというと、やはり子供連れの乗客にはある一定のシートを「優先して」割り振り、他の乗客と距離をとって空間を分離する方法しかなくなってくるように思える。KLで宿泊予定のホテルも、明確に「12歳以下の子供はお断り」とうたっているように、これは「差別」ではなく「区別」であり、たとえ自分の子供が泣かなかったとしても、同じ子供を持つ親としてそのリスクを共有し、その空間を共有すること。そんなことを実行する航空会社がでてきてもおかしくない時代に来ているのだろう。

後部の座席は子供連れが座るようにして、前に来るにつれて、ところどころに防音の良く効くカーテンで仕切っていく。泣いた子供をあやす姿を横の親が「大変ですねぇ」という言葉にも、これならより一層の重みが加わるというもの。

グローバルに展開する世界では、如何に「差異」化するかが生き残りの道であり、その中では逆に子供連れの乗客はお断り、という航空会社が出てくるかも知れない。そうすれば、子供連れもOKですというチケットはもう少し安くなって差異化が加速し、後は顧客の「選択」次第ということになる。リスクを知り、自らが「選択」をした結果であれば誰も文句は言えないが、「選択」が与えられない中で、ただ「偶然」に乗り合わせてそれを強制されるよりははるかに納得感が増えることになる。

自分の立場によって意見がブレまくるこの問題だが、時代の流れを考えると、上記のような勇気ある航空会社が現れるのもそう遠くは無いなと確信する。

どんな時代に入っていっても、公共性というココロを失うことはしたくないなと心に誓う空の上。