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2014年10月28日火曜日

展覧会「城南计划前门东区2014群展」

夏から準備していた展覧会が開幕した。

北京の中心地、天安門の前にそびえる前門。その西側は大栅栏(Dashila)としてここ近年に様々な再開発が展開され、もともとの生活を残しつつも、アート・ギャラリーやアーティストのアトリエ、こじゃれたカフェなどが入り活性化に繋がっているが、逆の東側に位置する鲜鱼口(Xian Yu Kou)エリアを今後どのように開発していくべきなのか?という問いを世界中から9社の設計事務所に投げかけ、それぞれの回答としての案を展示するという主旨である。


胡同(フートン)と呼ばれる昔ながらの低層住宅が立ち並び、樹齢が数十年から数百年という大きな樹木がところどころに残りながら、各時代ごとの建築様式をまとった重要な邸宅や長い年月この場所に鎮座する寺院などがちりばめられ、非常に心地よいヒューマン・スケールの街区を作り出している。

しかし周辺地域の開発伴い、現行の低い容積率はあまりにも経済効率が悪いということで、現代社会の経済性に見合いながらも、それでも歴史を体現してきた重要地域にどのようにこれからの都市生活を投影できるかという設問である。

そんな訳で参加したのは下記の設計事務所

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BIAD Art Center
Jiakun Architects 家琨
KKAA 隈研吾
K/R
MVRDV
Position 有方
MAD Architects
Neri & Hu 如思设计研究室
URBANUS  
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夕方からのオープニングに行くと、普段は比較的オフィスで作業を進めることの多い自分でも、既に顔見知りとなっている建築家の顔もあり、非常に多くの人で賑わっていた。北京オリンピックの開幕式で舞を疲労したというダンサーで振付も行う人が立ち上げたダンス・カンパニーが会場の中で舞を踊りながら各展示作品の周辺を巡っていくというパフォーマンスがあり、その後関係者一同で前門が良く見えるレストランに移動して食事となる。

その中でもオペラハウスでのコンサートでよく顔を見かけるURBANUSの代表の一人である王辉(ワン・フイ)を見つけ、年明けに開催されるオペラ「アイーダ」のチケットを買ったことや、今年後半の注目演目などについて盛り上がる。

こうして仕事とはまったく関係ない好きなことを共有し、互いに情報を交換し合えることは、都市に生きる大きな喜びであるこだと理解しながらレストランを後にする。









2014年4月10日木曜日

塔のある風景

モスクワの地に数日滞在することで、日常の中に塔のある風景を持つことの意義について考えることになった。と同時にその効果を身体的に理解をすることができた。

街のどこにいても、あれがセブンシスターズの一つであり、あれがどの大聖堂かを理解していることは、頭の中でのメンタル・マップの作成に大いに役立つことになる。

姉妹が多くいれば、それこそ不細工なものもいるかもしれない。それでも姉妹がそろっているからこそ愛嬌があるものと同じように、ある程度の数があるからこそ塔のある風景として成立している。そしてその姿がなんとも愛らしい。

西方教会の教会が持つようなカテドラルと訳される、祭壇の内陣中央に設けられる司教が座るための椅子を持ち、天に繋がるかのような高貴な光が落ちてくる空間を持つことの無かった、東方教会の大聖堂。そして権力の集中したモスクワの地の力。それが重なることで生み出されることになったこの「塔のある風景」。

セブンシスターズという150mを超える近代の塔。救世主ハリストス大聖堂に代表されるような100mの大聖堂の塔。そして街中に散らばる地区教会の塔たち。スケールと時代を異なる様々な塔が共存することで、多様性のある塔の風景を作り出す。

アジアには決して生まれることの無いこの風景にある種の美しさを感じずにいられない。

2014年3月2日日曜日

建築家としての期待

オフィスには様々な国籍のスタッフが在籍している。それぞれがまったく違うバックグラウンドで建築を学び、何かしらの理由をもってこの北京にやってくる。

その為彼らが思い描く、「国際的建築事務所での生活」というものには個人によってかなり異なることがある。何人もの建築家が応募をしてくるが、理想と現実、思い描いていた時間の過ごし方と、リアリティでは恐らくかなり差があるのだろう。その原因は一つは中国という新しい環境ということ。そしてもう一つはそれぞれの設計事務所での仕事の進め方やスピード感。

そんな訳で3ヶ月の試用期間を経てその内容次第で本契約を結ぶかどうかとなるのだが、中華新年前にオフィスに来た何人かの新しいスタッフが、その試用期間を待たずにオフィスを去っていく。このような事は上記の理由から残念ながらよくあることである。

建築家にとって籍を置くオフィスを探す事は恋人関係と同じく、なかなか簡単にはいかない。ネットや雑誌でそのオフィスの作品を見て、いろいろと調べてみて、住まう国を変える決意を持って応募をし、書類審査、スカイプ面接、そして現地での直接の面接を経て試用へと進むのだから、それなりに大変な労力を要する。

それだけに自分が何をそのオフィスに求めるのかをはっきり理解する必要がある。

ヨーロッパの安定した事務所の様に、決して新しい建築の可能性を追い求めるような面白そうなプロジェクトを手がける訳ではなく、高いレベルの労働環境が守られ、建築士としての技能を高める事ができる高齢の上司達がいるようなオフィスでは、比較的早い時間から、しっかりと定時まで働き、その時間内でできることをベースにプロジェクトのスケジュールが組まれていく。仕事の後には友人達と食事に集まったり、美術館に足を運んだりとする時間だって得られるであろう。

日本の住宅作品をメインで行う小規模のアトリエ事務所では、大学を卒業したてて設計が出来ると思っていたが、それは建築という実務の中ではまったく無知に等しい事を知りながら、先輩について住宅を設計していく中で、どう建築が出来上がっていくのかを学びながら、デザインが、法規、構造、機能、設備、クライアントの要望、予算などという様々な条件の中でもまれながら、バランスを取りながら進められるものだと学んでいく。

木造、コンクリート造、鉄骨造などそれぞれに異なる造り方をする構造形式の建物を数年間の中で経験する事ができれば大変ラッキーな事で、徐々に建築ができるルートを理解し、そこから自分で始めから設計を進めることを学んでいく。そんな時代にはもちろん事務所の戦力としてなることができることは難しく、それよりも事務所として将来への投資としてなんとか給与を払ってもらえても、それでもなかなか世間一般の社会での給与体系には遥かに及ばない。

それでも「今は自分の職業的能力を向上し、半人前でも建築士として仕事ができるようにならなければ」と膨大に覚えることのある建築設計の実務を覚えていくことになる。

異なった環境、異なった条件で自分の中の要望に優先順位をつけていかなければいけない。思い描く全てを手に入れたいと願うのであれば、相当に高い能力を要していて、そしてそれを与える準備が出来ているオフィスに応募しなければいけない。

給与、
条件、
労働環境、
プロジェクトに与えられる時間、
関わるプロジェクトの内容、
自らの職業的能力のレベル、
住まう都市環境、
同僚、
上司、
仕事の進め方、
仕事の中で学べる内容、
自分の力を発揮できる環境かどうか、

などなど、様々な事が仕事をする中に含まれる。その中で求める事の順位をはっきりし、それにそって応募する建築事務所を選んでいく。そして恋愛同様、相手側にも相手側の条件と優先事項があり、それがうまくマッチしない場合には、その関係はおのずと長くは続かない。

常に自らの職業的能力のレベルを把握し、その建築事務所が行っているプロジェクトに必要とされる建築家としての資質を理解し、その距離感、自分に何が足り、何が足りてないのかを自覚的に毎日を謙虚に過ごしながら、少しでも早くそのギャップを埋めること。どうすれば一番早くそのギャップを埋めることが出来るかを考えて時間を過ごすこと。

それはプロジェクトの為でも、オフィスの為でもなく、建築家としての自分の為であるということを理解してすごす事が必要だと思わずにいられない。そんな建築家としての期待を考えながら、自分にとって今期待する事は何かを再度振り返りながら仕事に戻ることにする。

2013年11月8日金曜日

見下ろす東京

先日、六本木ヒルズの森美術館に展覧会を見に行った折に、高層ビルから見下ろす東京の街を見て思う。

一体この眼下に広がる街の中に、どれだけの土地が空いていて、どれだけの人がそこに新しい建物を建てようと思うだろうかと。

建築家という職業は、もちろん様々な形が存在する。行政の側に入り、都市計画や規制などを作っていく、言わば建つものの設計に携わらないものもいれば、ディベロッパーの側となり建築家に発注する側となるものもいる。

建物の設計を日常の業務とするものでも、ゼネコンなどで巨大企業が手に入れてくる大プロジェクトに対して、構造、設備、環境などの各分野ごとに設計に関わっていく人もいれば、ハウスメーカーや不動産会社の一員として、パッケージ商品として効率とコストを徹底的に苛め抜き、少しだけお洒落な雰囲気を演出する人もいるだろう。

そしていわゆる世間一般がイメージする建築家の様に、事務所を構え、個人住宅などを主に手がけて、いわゆる「先生」的な生活をするアトリエ事務所と、そこに勤める多くの所員建築家。その規模は数十人という大所帯もあれば、一人二人という小規模のものまで果てしない。

これらの建築家にとって、設計する対象があるというのがまずは存在の大前提となる。どんなに設計が優秀でも、それを発揮する機会がなければ仕事が続かない。どんなに賢い先生でも、事務所を回していく経済概念がなければ設計を続けられない。どこかで、どうにかして、仕事を取ってこないといけないし、その仕事でお施主さんを満足させ、世間に発表できる良い仕事を続けていかなければいけない。

そういう訳で、建築家が仕事も取ってこないといけないのが、このアトリエ事務所の大きな特徴。設計しか学んでこなかった人間が、そんな簡単に営業のスペシャリストになれるわけも無く、ハウスメーカーやゼネコンではもちろんその職責は切り離されている。設計畑は設計だけに時間を情熱を費やす事ができる環境を手に入れる。

建築家にとって、どこかの誰かが家を、建築を建てようと思った時に、その選択肢に自らが乗っていることが仕事への第一条件となる訳だが、その前提の前に、「誰かが建築を建てようと思う事」が必要となる。そして弱肉強食の自由経済の中では、組織の存続の為に大企業も大御所事務所も牙を剥き、獰猛さを剥き出しにしてその仕事を取りに来る。

一つの空き地に群がる建築家達。

市場経済では如何に他社と差異化をなすかが重要となるので、それぞれがどうにか付加価値をつけようとする。ある人は環境建築を謳い、ある人は税制の優遇への知識を旗とし、あるものはコネを使って信頼を得ようとし、あるものは雑誌などに取り上げられている華やかさをアピールし、ある物は長期的なビジネスプランまで作成し、解体から建替えまでをセットとして施主に迫り、既に設計だけの土俵というもの自体をひっくり返す。

そんな獰猛なる市場経済の中にぽつねんと放り出された無垢な建築家。スター建築家制度が蔓延する学校教育の中温室栽培の様に育てられ、いつか自分にもチャンスが巡ってきて、誰もが思いもしなかったアイデアと建築言語で一躍表舞台に踊りだし、自分も学生時代に舐めるように見ていた建築雑誌の紙面を賑わしこの国の風景を変えていく。そんな純粋で穢れの無い若き建築家が、この荒廃した東京の大地に放り出されているのを想像する。

土地の数だけ建物があり、建物の数だけオーナーがいる。

アベノミクスは、その既に「持てる者」を更に裕福にし、局所的な富の集中を生み出した。既に建ち切ってしまった東京の街。どこもかしこも建築で埋め尽くされてしまっている。建築家が設計という学問を始めた当初に喜びを感じた分野で日常を過ごせる時代はとうに終えたということだろう。

富に明るい「持てる者」は、更なる富を欲望し、彼らが求めるのは風景や街並み、良質な空間よりも、より確実で高い賃貸収入であり、不動産投機としての回収プランである。

視界のはるかかなたにのっぺりと広がる住宅街。そこにも空き地は見えないくらいに埋め尽くされて、数十年前よりもはるかに少ない新築住宅の着工数、そして建替えやリノベーションなどのプロジェクトを含めても、明らかに今までの様に建築家が社会の中で同じ数を保持していくのは難しいのは誰の目にも明らかであろう。

既にネットワークを構築し終えたエスタブリッシュされた「先生」のいる事務所はまだ血を流しながらも生きながらえる事ができようが、これからそのジャングルに飛び込んでいこうという若い建築家は、ジャングルの厳しいルールすら知らずに、地図もコンパスも持たず素手で森の中に迷い込むようなもの。

そんな彼を誰も護ってくれない。少なくなるパイを誰もが競い合って手を伸ばす世界では、誰もが「品」などかまってられず、ただただ自らと自らの組織のみが生き残ることを至上目的とする。

足元に広がる東京の風景。7年後のオリンピックということで笑ったのは間違いなく「持てる者」達。そしてこれから「持てる者」の仲間入りを果たそうとするものたち。

いつ命を落とすか分からない大海原かジャングルか。そんな東京の風景を見ながら、この街を拠点に建築設計活動を行っていく事の不可能性に再度思いを馳せる事になる。