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2017年1月27日金曜日

江川邸 1600年前後 ★★★


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日本の建築空間掲載
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清和源氏を始祖に持ち、伊豆国韮山で世襲によってその地を治めてきた代官が江川家。現当主は42代目に当たるという。その中でも幕末に活躍した36代当主である江川英龍(ひでたつ)が、お台場に設置された大砲の製造などで広く世に知られているが、その江川家の住処として様々な時代におけるこの地の生活の雰囲気を現代に伝えているのがこの江川邸。

何代目といえば老舗を思い浮かべるか三代目 J Soul Brothersとなるのが平成の世であるが、40代以上、年数で1000年程を遡ることができる系譜があるというのも、土地と共に生き、大きな変化の影響を受けなったこの伊豆の地の地政学がなせるものなのであろう。

その江川家。代々当主となると江川太郎左衛門(えがわたろうざえもん)を名乗り、テレビで良く見かける「お代官さま」としての役割を果たしていたことになる。その仕事ぶりが分かるように、室内は様々な時代の資料が展示されており、「お代官さま」がどのような日常を送っていたのかを知ることが出来るようになっている。

さてそんな江川家であるが、建築的にも「日本の建築空間」に掲載されるほど建築史の中で重要視されるのは、なんといっても50坪もの土間空間。そしてその上に架けられた巨大な屋根を支える木造の構造。そこに上部から取り込まれた光が架構を下りてくる様子は圧巻。

飛騨高山の吉島家住宅を思い出させるその空間であるが、あちらはそれでも1907 年と近代に入ってからの民家建築。それに対してこちらは慶長5年(1600年)前後に建てられたとされているので、ゆうに400年は経っていることになる。その為に民家として国内初の重要文化財として指定されたという。

平面図を見ても、一階部分のおよそ3分の1を占めるのが荒々しい土間空間。北と西から入り込む光でその床はうっすらと光を反射し、多くの人が訪れたであろう当時の雰囲気を伝えている。その脇にある生柱とよばれる、この場所に元々生えていたケヤキの木をそのまま柱として利用したものもみることができ、自然の中に溶け込んでいた当時の生活が伺えるようになっている。

様々な映画やドラマのロケ地としても利用されてきたようで、施設内には特にNHKの大河ドラマ「篤姫」での撮影の様子が写真と共に展示されている。表門脇にある枡形には春を待つようにして桜の木が凛凛しく立っているのをみて、竹林と塀と桜で、それはそれは美しい風景として地元に人に愛されているのだろうと思いながら、入り口まえの直販店で旬を迎えた地元名産のイチゴをお土産に買って次の目的地へと向かうことにする。





表門
枡形









2015年10月8日木曜日

旧高野家住宅 甘草屋敷(かんぞうやしき) 江戸時代後期 ★★


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日本の建築空間掲載
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新建築社の「日本の建築空間」に掲載されていたためにその存在を知ることになったこの民家。江戸時代後期に作られた民家を文化財として保存して一般に公開しており、屋敷の内部では地元のボランティアの方が、お茶と冷たいマスカットを出してくれ、屋敷に関する説明をしてくれる。

江戸時代に薬用の植物である甘草(かんぞう)を栽培し幕府へと納めていたために、甘草屋敷と呼ばれるようになったというこの屋敷。急勾配の屋根は元々は茅葺きであったが、現在は銅板葺きへと変えられているが、特徴的なのは中央部分が二段の突き上げ屋根となっており、非常に特徴的なリズムを風景に与えてくれる。

せっかくだからとボランティアのおじいさんに色々聞いてみると、「建築を見るなら上条地区に寄ってかれたら結構保存されている建物がありますよ」というので、せっかくなので足を伸ばしてみようかと考えながら、そろそろ痺れが限界になってきた足を伸ばしながら民家を後にするとする。












2015年3月5日木曜日

黄金の小屋根(Goldenes Dachl, マクシミリアン博物館) Nikolaus Turing 1500 ★

事前にどこのサイトを見てもどうやらここがインスブルック最大の見所の様に紹介されている建物。

1500年にマクシミリアン1世がビアンカ・マリア・スフォルツァと結婚したことを記念して、当時有名な建築家であったニコラウス・チューリング(Nikolaus Turing)に設計を依頼したところ、目の前の広場で開催される様々な祭りや催し物をバルコニーから見れるようにと張り出したバルコニーを設計し、それを2,657枚もの金箔を貼った銅製のタイルで覆うという特徴的なこの建物が生まれたという。

目抜き通りの遠方よりも十分に視認できる非常に目立つその黄金の屋根から黄金の小屋根(Goldenes Dachl)と呼ばれ、現在ではその持ち主であったマクシミリアン1世を記念したマクシミリアン博物館として使用・保存されているという。






2015年2月21日土曜日

高知駅 内藤廣 2009 ★★★


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所在地  高知県高知市栄田町
設計   内藤廣
竣工   2009
機能   駅舎
規模   地上3階
構造   木造・S造(大屋根)・SRC造(北口キャノピー)
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日のある内に建築をできるだけ回ろうとするとなると、朝の時間を活用することになる。図書館や美術館などの公共建築はどうしても開館が9時や10時となり、日の出からそこまでの数時間を無為に過ごすのはどうしても許されない。

そんな訳で、その時間でも建築を体験できる場所に足を向けることになる。それが寺社などであるが、建築の中でも人の営みと時を同じくして時間を動かし始めるタイポロジーがこれに入る。その一つが駅舎。

現代社会においては、駅という国に引かれた都市を繋ぐ線分が人と物の移動を促進し、繋がることが価値を作り出すと言う鉄道網が国の地勢図を大きく書き換えた。中世までの徒歩や馬といった限られたスピードからもたらされる移動距離で長く保たれた地勢図は、圧倒的な動力に支えられたスピードを持った鉄道の前に、多くの地域がその存在感を消していったのは間違いない。

縮小社会を向かえ、コンパクトシティの必要性が叫ばれる現代日本においては、地域拠点としとなる有力な地方都市の中でも、その地域活動の拠点となる場所が全体としてネットワークに結束するこの駅舎。

その駅舎をどう街の中で位置づけていくか。その駅舎を中心としてどうやって新しいこれからの都市像を描いていくか。利権にまみれて、何もしなくても困ることの無い収入を得ることを覚えた駅前商店街の地主たち。高齢を迎えた彼らが自らの利権を守るために、本当は人を呼び込み、人を動かす活力としてあるべき都市の魅力である駅前空間が廃れて久しいのは、日本全国どこでも見られる光景である。コンビニと同じくらいに風景の一部となったその駅前の空間と、いったいどこの都市が変えることができるのか?

そんな期待感がありながら、どこの都市も答えを見せることができないままに、建築を、都市を相手にする建築家が自らの職能の限界を感じながら忸怩たる思いをしてすごしていたこの10年。

そんな中、先見の明のある行政のリーダーと、自分の世代よりも子供たちの世代にこの都市が魅力的な場所であることを願う地域の人々の行動力があり、はじめてその本丸である駅舎の改築という都市の顔を変える大事業が動き出す。

鉄道が線である限り、都市という面の広がりを持つ空間をどうしても二つに分断してしまう。それが現在の技術においては、駅舎を地面から持ち上げることにより、地面レベルを自由にし、水平方向のつながりを再度都市の中に取り戻すことが可能となった。

駅の北/南、駅の東/西という分断から、線分による制限が無くなった都市が繋がることにより、どれだけ大きなインパクトを都市にもたらすか。その価値をしっかりと分析することができ、今までとは全く違った都市の未来、都市の玄関口の価値を作り出すことに一歩踏み出したこのプロジェクトの関係者の勇気を感じずにいられない。

そんな訳で、朝の6時に起きてホテルをチェックアウトし、都市に生きる様々な人間模様が交錯する早朝の駅に向かい、入場券を購入してプラットフォームに。県産材の木材を利用して作られた木造の大屋根と杉板型枠で統一感をもたらしている足元の打ち放しコンクリート。「日本の駅」というイメージを全く覆す風の通り抜ける街に開かれた駅舎。こんな場所から、新たに生活を営む都市へと向かう電車に乗り込むのは、きっと素晴らしいイメージとして地元を記憶させるのだろうと想像しながら、階段を下りていくことにする。

1984年 ギャラリーTOM(東京都)(34歳)
1992年 海の博物館(三重県)(42歳)
1997年 安曇野ちひろ美術館(長野県)(47歳)
1997年 うしぶか海彩館(熊本県)
1999年 十日町情報館(新潟県)(49歳)
2002年 フォレスト益子(栃木県)(52歳)
2002年 ちひろ美術館・東京(東京都)
2002年 九谷焼窯跡展示館(石川県)
2004年 みなとみらい線馬車道駅(神奈川県)(54歳)
2005年 島根県芸術文化センター(島根県)(55歳)
2006年 二期倶楽部 七石舞台【かがみ】
2008年 日向市駅と駅前広場(宮崎県)(58歳)
2009年 高知駅(高知県)(59歳)
2009年 山代温泉「新総湯」(石川県)
2010年 和光大学E棟(東京都)(60歳)
2010年 練馬区立牧野記念庭園(東京都)
2011年 旭川駅(北海道)