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2015年12月5日土曜日

「コキーユ-貝殻-」 中原俊 1998 ★★★

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スタッフ
監督 中原俊
原作 山本おさむ
脚本 山本耕大
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浦山達也:小林薫
早瀬直子:風吹ジュン
谷川次郎:益岡徹
テ藤崎君枝:吉村実子
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日本中どこにでもありそうな地方都市の風景。そこで開催された中学の同窓会。集まったのは中年に差し掛かった面々。それぞれに結婚し、子供ができて、すっかりおじさん、おばさんになりつつも、かつて共に過ごした時間のままに、若かりし頃の自分に戻ったような時間を過ごす。

いかにもありそうな、地方の少しよさげな食事どころ。座敷で20人近くが一部屋で食事を取りながら、各々に一年に一度の昔話に花を咲かせ、かつては話せなかった同級生とも互いに大人になったことで片意地はることなく話ができ、つかの間の非日常を楽しむ風景。

そんな中に、少し陰のある女性の姿。余り思い出せないが、聞く所によると結婚し東京に出て行った同級生。なんでも離婚して娘と二人で地元に戻ってきて今は、「コキーユ」というスナックを待ち外れて営んでいるという。

特別な思いはなしに会社の上司を連れてそのスナックに足を運び、それをきっかけに徐々に一人でもたまに寄るようになっていく。お店の名前の「コキーユ」はフランス語で貝殻を意味し、ジャン・コクトーの詩の一節から取ったものだと教えられ、それは中学の時にプレゼント交換で自分が渡したプレゼントがそのコクトーの詩集だったことを思い出し、糸を繋ぐように記憶の室から徐々に当時の風景を思い出していく。

メーカーの地方の工場に務め、主任としてチームを纏める主人公の浦山達也に小林薫。そして「コキーユ」を営み、中学時代と変わらずに今でも浦山に思いを寄せる早瀬直子に風吹ジュン。

中学の卒業式に浦山への想いを伝えたと思っていた直子であるが、時間を経て再会した今、浦山の右耳が聞こえなく、当時耳元で伝えた告白が届いていなかったことを知ることになる。

浦山が家族揃って東京へと転勤する前に、二人揃って直子の彼岸であった里山へのハイキングを結構する。家族へ東京への出張だと嘘をついて、スーツに鞄といういでたちに、山ガールの様に気合の入った不釣合いな二人の姿。山頂での用意してきたランチを頬張り、山をおりると、帰りのバスを逃してしまったことに気がつき、近くの温泉旅館に宿泊することに。

共に湯につかり、長年の願いを果たす直子。そしてそれを静かに受け止める浦山。

東京への引越しが落ち着いた後に、他の同級生から届けられたのは、直子がトラックに轢かれ亡くなったこと。それを知り、一人故郷に戻り墓を参りに行くが、そこで出会うのは中学時代の直子そっくりな彼女の娘。そして彼女が自分のことを母が常日頃口にしていた「浦山君」だと理解する。

月日が流れ、再度開催された同窓会。そこにいない直子の姿に一人涙を流す浦山の姿で物語りは終える。なんとも切ないが、恐らく多くの人の心を掴む一作であろうと想像する。この国に生まれ育った人なら誰でも経験する同窓会。かつて多感な同じ時間を過ごした仲間が月日を隔てて互いに大人になった後に集い、また言葉を交わす。一緒に過ごしていなかった時間に、どんな変化を経ているのか。かつて好意を寄せていた異性がどんな大人になっているのか。かつてあまり言葉を交わさなかったクラスメイトと思わぬ共通点を持つようになっていたりとか。

同級生という根っこが一緒という安心感があるからこそ話せることもある。日常に追われ、新しい人間関係の中で生きていようとも、だからこそこのような同窓会と同級生の存在は貴重であり、何もしなければすぐに断ててしまう地縁をかろうじて繋ぎ止めるそんな役割を果たしてくれる。

こうして深い人間のドラマ、一人の人間が過ごしてきた濃密な人生にひと時でも触れることが出来るそんな素敵な時間。それを期待してまた次の自分達の同窓会の準備に取り掛かることにする。


2015年10月17日土曜日

月の花 10月 金木犀 キンモクセイ


間に合った。なんとかこの金木犀(キンモクセイ)の香りが街中を満たす前に、家のフォトフレームにその花を絵が飾るために、なんとしても描きあげなければと思っていたが、なんとか間に合った。

小さいころにはその名前からなんとなく天体を想像させ、宇宙的な広がりを感じさせてくれたこの樹木は、どこにでも咲いているがその花のイメージは決して思い浮かばないような地味な木であるにもかかわらず、秋が始まるこの季節、いきなりその強烈な匂いを持って存在感を前面に出してくる。

その匂いの強さのために、汲み取り便所が主流であった時代にはその近くに匂い消しとして植えられたことも多かったという流れより、現代でもトイレの芳香剤として広く親しまれているのもこの金木犀。

その名前の由来は樹皮の様子が犀(サイ)の皮膚に似ていて、金色の花を咲かせるから「金の木の犀」つまり金木犀と呼ばれたという。その花言葉は「謙虚、謙遜、真実、真実の愛、初恋、陶酔」。いくつかは「ぜんぜん違うじゃないか・・・」と突っ込みたくなるが、ほとんど納得できるものばかり。

そんな金木犀の陶酔させるような匂いが不意に襲ってくる嗅覚の体験を楽しみに、秋の街歩きを心待ちにすることにする。

1月 / 水仙
2月 梅 / 椿 / シクラメン
3月 桃 / 沈丁花 / 白木蓮 
4月
5月 バラ
6月 紫陽花 / 花菖蒲 
7月 向日葵 / 朝顔 / 蓮
8月 コスモス / 向日葵
9月 彼岸花  / 金木犀
10月 シクラメン / 山茶花 / 金木犀
11月 菊
12月 水仙




2015年8月22日土曜日

月の花 8月 コスモス

「一ヶ月」というある程度の時間の幅があると、「今やらなければいけなくても、次の月までにはやれるだろう」と人の心の弱さが出るものである。

「一日」という単位で生きてしまいがちな日常。それに違った時間のスケールを挿入しようとやり始めた一年後との干支をその一年をかけて掘り出す「木彫り」。

8月の終わりになって夏休みの宿題を焦ってやりだす小学生時代の様に、「一年」と言うスケールは留まるところ「12月」にしわ寄せがやってくる。

それでいけないと今度は「一ヶ月」のスケールを感じながら日常を生きようと始めた月ごとの季節の花の絵を描いてフォトフレームに入れて飾る習慣。

それも同じく月末を苛めることからズルズルと次の月へと持ち込まれる心の規律の弱さを露呈することに・・・

これはいかんとせめて夏が終わる前にと着手した8月の花・コスモス。

1月 / 水仙
2月 梅 / 椿 
3月 桃 / 沈丁花 / 白木蓮 
4月 桜
5月 バラ
6月 紫陽花 / 花菖蒲 
7月 向日葵 / 朝顔 / 蓮
8月 コスモス / 向日葵
9月 彼岸花  / 金木犀
10月 シクラメン / 山茶花 / 金木犀
11月 菊
12月 水仙

こうしてじっくり向き合って見ると、今まで印象的だったコスモスの風景が記憶に蘇る。何年か前に行った北京郊外の百花山で咲き誇っていたコスモスの風景。あれもやはり8月だったと季節が花で繋がってくる。






2015年3月6日金曜日

反射的な過ごし方

すっかり間が開いてしまった。
やはりブログを書くには精神的余裕と、物理的時間が必要だと改めて実感する。

過ごした時間を改めて積極的に見直すことが出来ないということは、積極的に日常を生きているというよりも、ただただ流れてくるものを対して反射的に生きているようなものだと思う。

目の前に現れる問題や困難を処理する。
様々なストレスを解消すべく、できることを考え実行する。
時間を使ってしっかりと思考してメールをするよりも、ただただ未処理事項を一つ解消するための打つメール。

人々の生活をより豊かにするために発達したテクノロジー。
そのテクノロジーのお陰で我々人間の能力と身体は拡張されたことは間違いない。
ただし、CPUの処理速度が進歩するのと歩調を合わせ、日々の業務で処理すべき事柄の数もまた増加する一方。
人が介在しなければいけない作業である限り、物理的な人の作業と何よりも一つ一つに費やさなれければいけない思考の時間はどうしても圧縮することは出来ず、増加する処理すべき事象と物理的存在である一人の人間の思考速度との間には大きな偏差が生まれることは止むを得ない。

「情報」に翻弄される現代。

「忙しき日常」に少しでも足元をすくわれると、「あっ」という間にその情報の渦の中に吸い込まれ、「引き出しに仕舞う」ことも、「ライフログという糸」を紡ぐこともできずに、ただただ「消えた時間」の前で呆然と立ち尽くし、反射的にその日一日を過ごすのみ。

「喜怒哀楽」という反射的な感情のみに支配される1日。その繰り返し。
その中で人の理性はただただ麻痺し、弾性力を失っていく。

情報社会の中でメディアに流され、踊らされ、自分が何をしたいのか、何をしているのかさえ考えることのない、動物的な日常を送ってゆく。思考を失い、語彙を失うその先には感情さえも失っていく。

そんな危険な反射的な過ごし方から逃れるためには、やはり「記憶の整理」をし、積極的に「忘れていく」ことが必要となる。その為の最も有力な手段として感情や記憶をしっかりと自分の身体から外部化し、いつでもそこにアクセスできるようにログにて管理するブログの有効性はあと数十年近くは続くものと思われる。

そのためにできるだけ「やり残し」を作らずに、簡潔にでも言語化していく作業を貸していくことが必要だろう。

2014年12月17日水曜日

ジュメイラ・モスク Jumeirah Mosque ★★


シェイク・モハメッド文化理解センターでのプログラムに参加し、俄然イスラム文化への興味が沸いてきたので、万に一つでも中を見学できるかと淡い期待を抱きながら向かったのがドバイの街で一番美しいと呼ばれるジュメイラ・モスク(Jumeirah Mosque)。

ネットではムスクと表記されるが、どうしてもモスクの方がしっくりくるのでこちらで統一することにする。

モスク(Mosque)といえば、いわずと知れたイスラム教の礼拝堂である建物。元々は「ひざまずく場所」という意味のアラビア語である「マスジド」が元となり、スペイン語に取り込まれ、英語で訛り現在のモスク(Mosque)となったという。

偶像崇拝を禁止しているイスラム教のため、内部はキリスト教の様に具体的な像などが置かれることは無く、幾何学模様の装飾に囲まれた空間が広がり、メッカの方向に窪みを持った壁が設けられ、人々はその壁に向かって一人一人お祈りを捧げる形になっている。

モスクは基本的にイスラム教以外の人は立ち入り禁止と言うのだが、このモスクはイスラム文化を理解してもらうためにと、シェイク・モハメッド文化理解センターが主宰して内部の見学ツアーが開催されている。しかし残念ながらそのツアーは毎日一回。朝10時から開始ということで、今夜の便で戻らなければいけないので内部を見学することは叶わない。

せっかくだからとモスクの周囲をぐるりを回りながら、かつて同じイスラム国家であるモロッコで偶然にもモスクの内部を体験することができたことを思い出す。メクネス(Meknes)のモスクの入り口から内部の様子を伺っていたら、浅黒い肌をしターバンを巻いたおじさんが寄ってきて、「さぁ来い」と手を引いて中に連れてってくれた。そして横に立ち一つ一つお祈りの方法を教えてくれて、「自分に従ってやればいいから」と、なんとなくジェスチャーで教えてくれる。それに従い壁に向かい、手を上げ、異国のモスクの中で壁に向かってお祈りを捧げた若かりし頃。

そんな記憶が蘇るのもまた、イスラムという時間の成せる業なのだろうと納得し、次なる目的地へと足を向けることにする。












2014年6月16日月曜日

本当にすぐ忘れる

人間はすぐに忘れる生物である。忘れることによって、新しい毎日を生きていける。忘れることが出来なければ、悲しいこと、悔しいこと、辛いことをいつまでもいつまでも心に抱えて生きていかなければいけない。その心の防御として忘れるメカニズムが人間に与えられた。

しかし、人間が生きていく上で必要なレベルの情報を遥かに超えた情報に毎日晒される現代人。本来なら一つ一つの情報に対して、自分の中でじっくりと向き合い、そして消化し、時間をかけて徐々に忘れていく。それが忘れるメカニズムであったにも関わらず、現代においては過度な情報に日々晒されることによって、強制的に忘れることを行わされている。

常に新しい情報。
常に新鮮な刺激。
それは次なる消費に繋げ、
テレビ局の視聴率へと変換される。

ということで、少しでも世間の関心が薄れたと判断されたものは、すぐにメディアから姿を消し、新しいものや人にスポットライトが当てられる。自分で忘れようとして忘れているわけではなく、メディアから姿を消したニュースを記憶から失っていく。外からの記憶の操作。

21世紀の7不思議とあれだけ騒いだ「マレーシア航空機失踪事件」。恐らく多くの人は既に忘れ去り、こうして言葉を聴いたとしても、「ああ、そういえばあったね、そんなこと」というレベルであろう。それは事件が解決したからでも、事実が解明されたからでも、それぞれの中で決着がついたからでも何でもなく、ただただメディアが報道をしなくなったからだけである。

そして何故メディアが報道をしなくなったのか。それはメディアの内部でこれ以上報道しても視聴者を惹きつけられない、視聴率に繋がらない。つまりお金にならないと判断されたからである。

ソウルで起こった、「セウォル号沈没事件」。世紀の事故だと騒がれ、オーナーのトップが姿を消しているなか、根本的な事故原因が解明されている訳でも無いにもかかわらず、それでも世間の関心は既に次に移ってしまっている。何百人という若者が命を落としたという事実にあれだけ嘆いていたにも関わらず。

それだけ日常を過ごすということは、その場に留まっていることを許さない強制力があり、関心を引くに十分な新しい事件や痛ましい事故が起こるのも事実である。そして世間の今の関心は既に南米のワールドカップへ移っている。

忘れることが必要であり、これが資本主義に支配されたメディア世界の成り立ちであるならば、それがスピードアップしていくのは避けがたいことではあるが、それにしてもすぐ忘れるのに程があると思わずにいられない。

これほど全ての人が一瞬で忘れることを経験しているのは、人類史上未だにないことであろう。メディアやニュースで取り上げられなくなったら忘れる。これは既にある種の病気ではないかと思わずにいられない。

自分の意思で覚えているのではなく、自分で選んで記憶しているのでもない。

そう思うとただただ恐怖を感じるだけである。

2014年5月26日月曜日

「忘れられた日本人」 宮本常一 1984 ★★★★

いつも「法隆寺を支えた木」の著者である宮大工の西岡常一と名前が混乱してしまうが、こちらは民俗学と言えば必ず名前が挙がる宮本常一。

日本全国、いたるところを歩き回り、実際に自らその地に入り込み、そしてその土地に住まう人々から話を聞く。決して自分が前に出はしない。ただじっくりと耳を傾ける。

それは作者が炙り出そうとしたのが「無字社会の日本」であるから。様々な事柄や出来事を「記録」として「文字」という媒体を利用して後世に伝えていく文化の継承。しかしその一方、文字が普及せず、ひたすら口伝によって継承される「記憶」の文化もある。そして文字を持たない農村部に住まう人々がどのような文化を継承してきたかをその場に入り込み、その場で生きてきた人々がどのような話を受け継いできているのかに耳を傾ける。

「記録」に残らない、つまり「記録」の積み重ねで作られる歴史の中からは「忘れられて」しまった人々の中にあるのもまた間違いない「日本」であり、彼らもまた「日本人」の一面であるということを描きだす。

その為に、自分の意見をどうのこうの書くのではなく、ただただその地にいる人たちがどのような日常を過ごしているのか、どんな話をするのかをただただそのまま描く。その地に伝わる「語り」と「継承」。そして四季折々に行われる行事の中に見える文化や踊り。そして歌。

アカデミー賞を受賞した、「それでも夜は明ける」を見てみても、奴隷として農作業に従事する黒人がその農作業の辛さを紛らわせるかのように皆で歌を歌いあう姿が何度も描かれる。

日本の農村で田植えに励む人々も「田植唄」という歌を田植え作業をしながら皆で歌いあう。そこに共通するのは時間が過ぎるのを紛らわせるという、単純作業、辛い農作業を少しでも皆で軽くしたいという思い。これはどの時代、どの場所でも同じなのだと理解する。

若い頃いった「夜這い」の話を懐かしい思い出として話す各地の人々。女性もまたそれを一つの楽しみとして話している姿から、娯楽が非常に限られていた時代に、限られた人間関係の中で生きていた人々が長い年月の中である種のルールを構築しながら日常の中にハレの場を作っていたことが良く見て取れる。

「村の寄り合い」の場面で、どんなに時間がかかろうと、皆が納得するまで話し合い、村の将来の為に最後は代表者の判断を信用する。そんなコミュニティのあり方。そのプロセスに参加している為に、自分も強い所属意識を持ちながら日常を過ごすことになる。

「利便さ」という「価値観」によって、ズタズタに切り裂かれることになった現代日本。自分達の祖先がどのような日常を過ごして来たか、ほんの少し前の日本では、どれだけ日常を過ごすのが大変だったのか、如何に今の自分達が様々な技術の進歩の恩恵を受け、楽な時間を過ごしているのか、それすら知ろうともしない多くの現代の日本人。

日本人が住まう場所に広がるのが日本の風景。現代の日本人が一体何を考え、何を語り、何を感じて生きているのか。それを見て、知らない限り、現代日本の風景は見えてこないのだろうと思いながら、できるだけ多くの日本人に出会い、話を聞くことが今後の日本を作る建築家にも必要なことなのだと理解する。

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■目次  
/対馬にて
/村の寄りあい
/名倉談義
/子供をさがす
/女の世間
/土佐源氏
/土佐寺川夜話
/梶田富五郎翁
/私の祖父
/世間師(一)
/世間師(二)
/文字をもつ伝承者(一)
/文字をもつ伝承者(二)
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2014年3月7日金曜日

人は忘れる

人は忘れる生き物である。

それは複雑な現象の中で生きていく現代人として自己防衛のための必要な手段でもある。しかし、一方では繰り返される映像を嵐のように浴びせてくるメディアによって、少し前のことを「すぐに忘れる」ように仕向けられているようにも思われる。

昨日まで、三重で起こった中学生殺害の容疑者として捕まった高校生のことについて熱を帯びていた報道が、今日には柏で起こった通り魔事件ばかりに重点を写し、昨日までの事件がまるでなかったかのように報道しない。

そして明日はまた違うものに重点をシフトしていくのだろう。

すぐに新しいものに、少しでも新しい刺激を視聴者に与えて、その見返りに視聴率を獲得する。メディアも競争社会である以上、生き残るためには、少しでも視聴者が求めるもの、つまりは新しい刺激を与え続けなければいけない宿命。

新聞やテレビといった鮮度を売りにするメディアでは、一度重点的に扱った事件であろうとも、それが何も解決していなくても鮮度が落ちたと判断したら、すでに扱う内容から外されていく。

ちょっと前に起こった大雪による断絶された地域の問題もそうである。本来は、その現象を報道するよりも、なぜそれが起こったしまったのか、何が問題なのか、どんな脆弱性を持ち、次にそれが起こらないためにはどのようなことを準備をすればいいのか、視聴者レベル、行政レベルで何を変えなければいけないのか。

そんなことを突き詰め、分析し、喚起し、提案していくのがメディアのある種の役割であることは間違いない。「一時あれほど騒いでいたのに、どうなったのだろう?」とふと思い出す事件はさまざまある。

餃子の王将
相模原の女児行方不明事件
広島少女遺棄事件
千葉・茂原「77日ぶり発見女子高生」
ゆうちゃん 遠隔操作
村人全員から虐められてた 山口県周南市集落放火殺人事件
京都府福知山市の花火大会
三鷹の女子高生殺害事件
尼崎の角田美代子 
尼崎の中学生男子監禁

「いったいどうしてそんなことが起こったしまったのか」と思いながらも、次から次へと押し寄せる鮮度の高い事件によって、記憶はどんどん棚の奥へとおしこめられ、次第に忘れ去られていく。本当に重要なのは、なぜそれが起こったかを知り、理解し、次に起こらないように気を付けること。

恐らく報道に携わる人間も、相当な葛藤を持って仕事に臨んでいるのだろうと想像する。本当に必要なのは、その真相をしっかりと最後まで視聴者に届けること。内容の薄い、新しいものだけを早く安く届けること、その繰り返しに対して恐らく思いを持ってこの世界に飛び込んだ人たちは相当な自己矛盾の時期を過ごしているのではないだろうか。

恐らく上司に、「いくら鮮度が落ちたといえども、社会的に考えたら重要な意味を持つ事件であるだけに、最後まで追い続け、世間に対して報道し続けるべきではないか?」などと押しかけても、「それでは会社の利益にならない。その取材を続ける経費は出せない」などと会社組織としての現実と、競争社会から抜け出すことができない現実を突き付けられ、次第にそのループに定着していくのではないだろうか。

いくら重要だと思っても、それに付きっ切りになることはできない。次から次へと起こる凶悪事件。世間の関心の高いほうへと人もエネルギーもシフトしていかねばならない。そうなるとどうしても「その後」を終えない。

「その後」

興味がある人が裁判などを追っていくしかなくなる。そうなるとほとんどの一般視聴者は事件があったことすら忘れられていく。本当に重要なのは、なぜその事件が起こってしまったのか、どうすれば防げたのかを理解すること。警察や行政だけでなく、一般の市民も次の犠牲者、次の加害者になるかもしれない現代。少しでも起こったことから教訓を学ぶこと。それが大切。

このような状況を考えると、ネットニュースのあり方としては、自分の興味を引くニュースがあれば、RSSとは違った形で、それを登録しておけば裁判の記録や、事件の背景を調べている記事などが定期的に更新されて調べられるようなメディアが表れていくのだろうと想像する。つまりは受動的にニュースを浴びるのではなく、あくまでも選択していくようなメディア時代。

人は忘れる。だからこそ、何を忘れるのかは自分で決めるべきであろう。

2014年2月2日日曜日

旧JR大社駅 曽田甚蔵 1924 ★★★

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所在地  島根県出雲市大社町北荒木
設計   曽田甚蔵
竣工   1924
構造   木造
機能   駅舎
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モータリゼーションの発達の末に、その役割を終えたかつてのローカル線。朝ドラでよく聞いた台詞に聞こえるが、この駅舎が利用されていたJR西日本大社線も同じくその役割を終え、1990年に廃線とされたという。

その大社線の終着駅であったのがこの旧JR大社駅。先程訪れた一畑電車の出雲大社前駅よりも数年早く、1924年に竣工された駅舎であるが、一畑電車が最先端の西洋建築様式を採用したのに対し、こちらは出雲大社を模したといわれる純和風建築。

設計に当たったのは、後に同じく和風木造駅舎として知られる中央本線の高尾駅北口駅舎や両国駅も設計した、鉄道省本省の建築課所属の曽田甚蔵。当時弱冠25歳の若さであったという。ちなみに伊東忠太がお墨付きを与えたといわれているらしい。

そしてその曽田甚蔵と同じ頃に鉄道省建築課に所属した若手建築家の長谷川馨によって設計されたのが、白壁のハーフティンバーの外観を持つ東京の原宿的。

「ごちそうさん」でも見られるように、当時は新しく創設された帝大の建築学部で最先端の西洋建築を学んだ若者に設計を任せるという、新しい時代に能力を持った新しい人材が上手く登用されていった時代であったようである。

今では当時の様子を残す様に保存され、無料にて一般公開されている。到着した時も、小さな娘と息子を連れた父親が、駅舎外壁沿いに設置されている木造のベンチに座り、お弁当箱を広げておにぎりをほお張っている姿が見られた。

一見老舗旅館の様な堂々たる姿を見せるこの駅舎。天皇陛下も参拝に上がることがあった日本有数の神域空間である出雲の地。その玄関となるべく、一種の国家事業であったに違いないその設計過程。

そのプレッシャーを一手に引き受けた若き建築家の苦悩の日々を勝手に想像しながら、中に入ると木造の優しい表情と、使い込まれ、多くの人の手の記憶が残るその肌目に、生れ故郷の最寄駅でも、かつてはこんな木造の切符売り場や待合室があったなと、うっすらと昔の記憶が頭の中で蘇ってくるのを楽しむことにする。











2013年12月18日水曜日

すぐ忘れる

何かを思いついてメモを取ろうと思ってグーグル・カレンダーを開く。その瞬間にカレンダーに表示されている他の項目が目に入り、それを数秒考える。

すると、何を打ち込もうとしていたか忘れてしまい、思い出そうとするが全然思い出せない。

「そんなはずはないだろう・・・」

と少々おかしくなりながら考えるが、まったく出てこない。こういう時の焦りと恐怖は本当に嫌なものである。

どうしようも無いので、放っておく。

暫くするとたまにではあるが、ふっと思い出す時がある。まさに「アハッ」体験。しかし、それは非常に稀なケース。恐らく70%ほどは、記憶の彼方に忘れ去れ、一生思い出されること無く生きていくのだと思うと、怖いと思わずにいられない。

確かに生きていく上でどうしても必要な情報や考えでは無いのだから忘れてしまうのだろうが、そういう「必要でないもの」にこそ、豊かさや意味が多く含まれているのだろうとこの歳にもなると分かってくるものである。

そういう自分が感じた「価値」を忘れてしまうことなく、途中で余計なことを考えることなくとにかくメモとして外部化し、いつか分からないがそれが他の「価値」と化学反応を起こす可能性を残しておくこと。それだけが「忘れる生物」としての自らに対抗しうるせめてもの方策かと改めて思う年の暮れ。

2013年9月21日土曜日

動き出す時間

一週間以上もジムに行かないと、どうも身体のあちこちにポツポツとにきびが出来てくる。明らかに通常の生活では新陳代謝が十分に成されておらず、強制的に汗をかいて内部から押し出してやらないと身体の内部にどんどん不純物が溜まっていく。

それと同じく身体の中に溜まる膿。

足を運んだ場所、そこで目にしたもの、そこで感じた空間。それらについて何かしら外部化していかないとどんどん身体の中で腐っていく。本来なら時間をかけてその場でスケッチを描き、見たものを平面化してみて、そこで新たなる発見として日常に持ち帰る。

それが出来れば一番良いのだが、それほど余裕のある生活を送れるほど何かを成し遂げても居ないので、とにかく修行の身として出来るだけ多くのことを目にし、見たものから興味を得、それを少なくとも知識として仕舞っていく

体内で腐敗を起こさないように、出来るだけ自分の言葉で見たものを纏め、簡単でもいいが体系立てて理解をする。その作業の中で自分化を行っていく。その為にとても役立つのがこのブログとういメディア。

そんな訳でやっとまとめ終えた100を超える寺社の訪問記。別に誰かに頼まれているわけでも、誰かが喜んでくれる訳でもないが、それでも自分なりにしっかりと今をこなして行く為にちゃんと時間を消化する一つの基準。

ただし時間は待ってくれないから、「今」はすぐに「この前」に変わり、なんとか「かつて」になる前に定着しようと試みる。その為に、どんどん「今」から偏差しながら「この前」の「今」を言語化することになる。チクタクと進む時間との闘い。その間もどんどん増えていく「今」が更におざなりになっていく。

「この前」の「今」を消化するために、別の膿が身体に溜まっては本末転倒もいい所で、なんとかドォッと吐き出す様にまとめては、やっと「今」に追いつく。

歪んだ時間のイメージが「カチリ」と動き出す。

それと同時にすっかり「かつて」に属するようになってしまった、本や訪れた建築。ほったらかしにされて、すっかり記憶も陳腐化してしまってはいるが、カレンダーから掘り起こしてはその時のメモを見返して、「今」の言葉ではなく、「その時」の言葉で外部化していく。

再度の読書体験と共に、自分の記憶のあちらこちらで「カチリ」「カチリ」と様々な時間が動き出す。

2013年8月14日水曜日

所作

学生相手に建築の考え方を指導している時期に一緒にユニットを担当していた教授はその昔、自分もお世話になった建築家の先生。

ある日学生に参考の為に、パドヴァにある教会の話をしていたら、「たしかスケッチブックにプランがあったはずだけど・・・」と鞄の中から取り出したのは分厚いA5サイズの良い感じに色あせた皮のカバーをかけられたスケッチブック。

その中からは溢れんばかりの陽に焼けたベージュの紙に書かれた幾つものスケッチとメモ。それらをペラペラめくりながら、「あ、これこれ」と取り出したのは、ポーチ部分が前面道路に対応して歪んだ教会堂のプラン。

それを見ながら、この先生は、心に残ったものをスケッチし、メモを取り、この一冊のスケッチブックにスクラップしていくとうい作業を何十年も変わることなく続けていたのだと理解し、その繰り返された行動とその結果生み出されたこのスケッチブックは何者にも変えがたい美しさを放っていると感じた。

積み重ねる時間の中で、徐々に収束する一番適した自然な動きを身に着けることが所作だと思う。この先生のスケッチブックもまたその所作の一つであると思う。

その人の生き方に対応した所作を身につけている人は美しいと思う。

決して回りに流されること無く、乱されること無く、どんなにスローであろうとも、淡々と自分の時間の流れ方を知っている。誰もが乱すことができないその所作。

茶道などはその最たるもの。人一人が人生をかけて身に着けるその所作。その身に着けたものを更に次世代へと受け継ぎ、何代にも渡ってより高い極みへと昇っていく。

逆に言えば、職業人として如何に早くその所作を身に着けられるかが重要である。何十年と続く職業人としての時間。その中で経験や知識と共に過ごし方が変わるのではなく、職業人として土台を作るのと同時に如何に所作を身に着け、循環の中で向上を手に入れていくか。

所作が身についたものほど、日常の仕事から受けるストレスも少なくなり、自分のペースで仕事を進めることが出来る。やるべきことをリスト化し、カレンダーに項目化し、一つ一つスケッチによって視覚化し、スタッフとコミュニケーションし、上がってきた資料を確認していく。

建築家としての所作を身につけ、ぞれぞれの所作をより精密化しながらも、その組み合わせで目の前の問題に対応していく。そう頭を巡らしながらも、心を整え新しいスケッチに向かうことにする。

2013年7月20日土曜日

ヴィジュアルの大切さ

最大級の期待を胸に足を運んだ熊野本宮大社。しかし修復の為に本殿の姿を目にすることは出来なかった。ただ外観を修復しているだけで、そこに居るはずの神様は確かにそこにいて、何かが変わった訳ではない。

ただし・・・

やはり長い参道を歩きながら心を整え、登りきった階段の先に待ち受けるのは荘厳な建築の姿を期待してしまう。大きな自然の中で、すくりと立つ人工性。人の手が入ることでこの場の力と可視化し、聖域と変えたその手の痕跡が心に何かを訴える。

そういう意味でやはり建築の外観のもつ意味ははかりしえない。
記念碑として、建物が建築として普遍性を持つためのヴィジュアルの役割。
その重要さを改めて思わされる。

毎日向き合う建築設計。同時に扱うのは機能、動線、構造、コスト、設備、環境、文化、そして外観。恣意性ではなく、より高位なものを表象すべきだといわれがちな現代の外観。

形態との戯れではなく、見えないものを見えるようにするための飽くなき意志である外観。そんなものがやはり必要なのだと確信して、現代を表しながら、現代を超えて残っていける、そんな外観を空想しながら床に就く。

2013年7月17日水曜日

記憶の整理

読書をする時は、読みながら気になる部分に蛍光ペンで線を引く。
読み終えた後に、再度1ページ目から捲っては、線を引かれた文章をパソコンに打ち込む。
箇条書きになったそれらの文章を元に、自分の言葉でその一冊の読書体験を纏める。

3度その本と向き合うことで、なんとか消化していく。読んだだけでは、ほとんどのものが数週間もすれば忘れてしまい、読んだかどうかもあやふやに。しかしこうして消化しておくと、少なくとも海馬に痕跡を残すのと同時に、ブログとグーグル・カレンダー上に検索できるアーカイブとして残っていく。

恐らく人間の脳なんでそんなものだと思う。

見たものや経験したもの。その時は強烈な印象として記憶するが、その色彩を持ちながら記憶の中に留まるのはせいぜい数週間。如何にそれらを血として肉としていくか。

まずは、気になるところをマッピングする。城や神社、名勝や建築。自分の興味にひっかかるかで、随分フィルターをかけることになる。

そして旅程を決めた時に、マッピングの中の選択。事前に余計な偏見を入れないようにしつつも、ある程度の背景をしるためにざっくり調べる。そのリサーチと選択の過程で再度海馬に叩き込まれる。

実際現地で目の前にして感じ、体験し、写真に撮る。

撮った写真を選別し、水平をそろえたり、センターを出したりと編集する。

再度詳しく訪れた場所の来歴などを調べる。

その内容と写真を元に、記憶を辿りながら自らの言葉で体験を纏めアップする。

この6段構成。正直言って手間が掛かるし、しんどい。しかし効率の先に近代を超えるヒントがるのもまた事実。

読み散らかしの子供じゃあるまいし、建築を生業とするものとして体験を言語化し、記憶の中に整理しておくことの重要さは身に沁みて分かっているつもりなので、こんなことを書いては自らを納得させようとし、再度纏めの作業に戻ることにする。

2013年3月26日火曜日

恣意性

行ったり、見たり、読んだりした事を、自分なりの整理をして言葉やスケッチなりに身体の外に出しておかないと、それは便秘の様なもので精神の為には非常に良くないことであるはずだ。

溜まって行くデータを横目に、それならいっそと客観的なデータと写真だけを機械的にアップしてしまおうかと思いがよぎるが、いやいやそれにはそれほど意味は見いだせないと思いとどまる。

情報があふれる時代だからこそ、何かしら自分なりの恣意性を与えて外部化しておくことに必要性があり、それで始めて自分にとっても意味を成す。

成長していく過程で出会う脳に対してのなんらかの「刺激」を、その時々の自分の「言葉」で「恣意性」を加味していく。それはきっと薄い薄い一枚のレイヤーでしかないのだろうが、いつかきっと大きな玉ねぎになっていくのだろうとまた気を奮い立たせることにする。

2012年12月23日日曜日

記憶と記録

今読んでいる本の中に、「記憶と記録」に関するやり取りが出てきた。

これを書きたかったために、著者はこの話を構想したのだなと分かるような内容になっている。

記憶は誰もが嘘で固めらて、その中にほんのちょっとだけ事実が混じっているだけ。それが時間が経つにつれて、何度も語る中において、嘘で固められた記憶が曖昧に本当にこととして定着していく。

辛いことや悲しいことも、記憶の中で薄められること、忘れられることが可能だからこそ、今日を生きることができるわけで、どんなことも克明に覚えていなければいけないのなら、恐らく一日だって過ごすことはできないだろうと。

誰だって望むようには生きられないから、記憶の中で少しだけ手を加え、思ったように行かないからこそ、また明日を生きられるということだ。

記録することで記憶を選り分け、選り分けられた記憶の中で明日を生きる自分を見つける。そうしてキチンと過去に線を引いていくことが、この情報社会で道に迷わず生きる術なんだろうと非常に納得する内容である。


今年のうちに

今日は天皇誕生日。ここまで来ると流石に一年の終わりと意識せずにいられない。

残り数日と迫った一年の暮れに毎年思うことだが、できることなら今年出来ることは今年のうちに区切りをつけたいと願う。

建築という一つ一つのプロジェクトが数年かかるという職業に就いていると、一年というスパンでモノを考えるよりは、もっと長いスパンで物事に向き合う姿勢が必要だと思考の基準時間軸を伸ばそうと努力はするが、やはり一人の社会に生きる人間として、どうしても来年に今年の雑多な事象を持ち込みたくないと思うのものである。

読みっぱなしの本や、見っぱなしの映画、メモで終わっていた徒然なる事柄に、整理されずにいる訪れた建築、彫りかけの木彫りや、仕事の進行状況。

記録するためではなく、記憶化するために、ちゃんと自ら過ごした時間に向き合い、もう一度行ったこと、経験したこと、感じたことをしっかりと見据えて消化する。

忘れる為に言語化し、生かすために身体の外に置いておく。

部屋の中と同に、激しい情報に一年晒されてきた頭の中も、データで埋まったパソコンの中も同じように綺麗に整理整頓して次の一年に向かう。

そんなことを思いながら、残された数日に思いを馳せる天皇誕生日。

2012年12月19日水曜日

「エクサバイト」 服部真澄 2011 ★★★★

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目次
プロローグ 2033年
第1章 2025年
第2章 2025年
第3章 2031年
第4章 2119年
解説 池上彰
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今年度読んだ中でも強烈な印象を残した一冊に選べる一冊。

エクサバイトはデータの量やコンピュータの記憶装置の大きさを表す単位。 EBと略記される。

キロ
メガ
ギガ
テラ
ペタ
エクサ
ゼタ
ヨタ

多くのデータを扱う建築設計という世界に身をおいていても今はテラの時代。10数年前、学生時代にメガバイト時代に増えるデータ容量と、バックアップのためのHDの費用とで四苦八苦していたのが嘘の様に、ギガを超えて既にテラの時代。

もちろんオプティマイゼーションが日常業務の一つとなるのと同時に、来年はひょっとして「ペタ」と口にしているかもしれないと思わずにいられない。

かつては印刷した写真をアルバムに入れていたのがいつのことか懐かしいように、今では日常の中で写真は撮り放題で、見返すかも分からないがとにかくデータとして保存する。それどころか静止画のコマ送りである動画までデータとして保存し、個人がストックする記憶のデータは加速度的に増えていく。

現代の日常においても、「あの時みたあの建物のあの扉のディテール良かった気がするな・・・」と記憶の片隅に残っているイメージを元にして、「あそこに行ったのは何年だったっけ。何月くらいだったから・・・」とフォルダーを掘り起こし、該当する日付の写真を見つけ出す。

もしくは、保存する時にうまい事フォルダー名をつけておいたならば、「建築家の名前、建物の名前、都市の名前」など「タグ」から該当写真を見つけることが出来る。

では、今後この流れはどうなっていくだろうか?

そんな刺激的な問いに自分が知る中では一番現実性を持ち、かつ想像力豊かに答えたのがこの作品。

時は2033年。「ヴェジブル・ユニット」とよばれる極限まで小型化されたカメラを両目の間に埋め込んだ人類は、その15テラバイトのメモリ容量に支えられ、自らが見聞きしたものすべてを一生にわたって記憶し続けける。

「あなたの見てきたことが、映像となって残ります。生涯の記憶、見える日記、見える自伝」

そんな広告に誘われるように、様々な人が「ヴェジブル・ユニット」を装着し、人類の生きた映像データを増加させていく。

そうなると、そのデータを集めて、より多視点の記憶。総体的な記憶を構築しようと試みるものが現れる。まさに現代で言えばグーグルのようなIT巨人。同時間に生きるさまざまな人の見たもの、記憶をトラックできれば、例えばある殺人事件が起こったときに、その時にどういう状況だったのか?当該者達が過去にどのような問題を抱えていたのか?それがどのように発展して事件が発生したのか?などという、「マイノリティ・リポート」に近いことが可能になる。

そしてそれは、次の事件の発生を防ぐ事になる。つまりより多くの人間の記憶を手に入れたものが、より多くの力を手に入れることになる。その時に発生が予想される問題。現代の「グーグル・ストリート」で起こっている問題のより未来版。如何にプライバシーに関する問題をクリアするかまでよく考え込まれており、それがうまく物語りに入り込んでいる。

データが膨大になる時に起こるもう一つの問題。それをどうフィルタリングして、重要なものを選り分けていくか?写真でも何百と言う枚数から重要な一枚を探し出すのはとても大きな労力を使うことになる。しかも「何をポイントとして重要とするか?」というパラメーターが変わってしまえばそのフィルタリングの結果も大きく変わってしまう。

それが今度は一人の人生すべてといえる映像。そしてそのほとんどはなんとも退屈な日常風景。その中からどうやって、その人物の人生を決定付ける重要な瞬間を検索するのか?という「検索」の問題が大きくクローズアップしてくるだろうというのは、流石といえる作者の視線。

何度も何度も映像に表れてくる人物はその記憶の持ち主にとって重要な意味を持つ人物であったに違いない。

というような「タグ」のつけ方。そのタグのプログラミングを行う「検索システムデザイナー」という鋭い視点。移動や冠婚葬祭という人生の大きなターニングポイント。それらを検索し、見たいところだけをすばやく選り分け、頭だしして再生していく。

そんな時代に現れるのは、自分が生きた証を人類の歴史として提供しようとする自尊心をくすぐる巨大なビジネス。歴史に名を残したい普通の人々。通常なら死亡時にデータが消滅するべくセットされているが、本人が望めば百年後に指名した人物に記憶のデータを譲渡することが出来る。それを使って、人類の共通のデータを作って新たなる歴史を編纂しようとする意図。

一人ひとりの一生は何の変哲も無いかもしれない。しかしとある出来事が、世界を動かしているかもしれない。

まさに全人類検索。

なんとも恐ろしいが、実現しないと誰が言えるのだろうか?ではその先に待つのは何だろうか?人類の記憶を手にした一企業が次にあけるパンドラの箱とは?

それこそ歴史の捏造。

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つまり、ものを突き詰めて考えている者だけだよ。一般的には自分の理想像を残したがるからね。個々の人間が記録を美化してしまう。

古代の人間は、現代のような文明の利器や情報手段を持たなかった。けれども、だからといって不幸だったのだろうか?
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過去に何度も行われてきたように、勝者によって都合のよいように塗り替えられる歴史。誰もが懸命に自らの過去を飾り立てようとする。

引用されるのは美術修復や鑑定の技術。進歩した技術は立体画像の修復すら可能にする。しかしそこでも使われるのは修復理論の三原則と呼ばれるブランディの三原則。

1 修復に際して加える処置 その後に見たとき、明確に修復だと確認できるものでなくてはならない。
2 作品の見かけ上の仕上がりを変えてはならない
3 修復処置は容易に元に戻せるものでなくてはならない

修復というのはオリジナルに戻すことではない。あくまでも時間を経た現在の美術品の状態を修復する。

しかし悪意を持ったものが現れ、目の前にある実態を持った作品を偽装するのではなく、その物体をパソコン上に取り込んだスキャンされたデータのほうを加工したらどうなるか。柄は相変わらず偽者。ところがスキャンデータは脚色されたもの。
 
過去や現在をありのまま持ってゆくことはできない。それが現実だ、未来に残された記録データが真なのか偽なのか、誰に確かめることができるというのかね。

何が本物で何が偽者か。その質問すら何を意味するのだろうか。


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病人を献身的に介護するのは、遠隔操作でそれらの位置や角度を調整することができる介護ロボット。家族は病室に足を運ぶ必要が無く、お互いの立体映像を介し言葉を交わし、デリバリー業者によって施設に届けらる花を選ぶような世界。ツールにより距離を一足飛びに縮めていく。

オッジは今日
ドマーニは明日
イエリは昨日

組織を病ませるのは、いつだって個人
一人の野心家の存在が、いつでもすべての無にする

都合の悪いことは忘れ去る、あるいは隠す。そうしなければ、生きてゆけないんだ。人も、組織も。誰にもどうすることのできない定めなのだ。
時と記憶とは相容れないんだ。記憶された事実にこだわりすぎれば、命が危うくなる

ありがたいことに、辛い記憶や苦しい思いでは日ごとに薄らぐ。最愛の肉親を失っても、いつかは涙が涸れる。時折、感情が強く掻き立てられることはあっても。誰しも、苦しい記憶をそのままの形で恒常的に抱え続けてはやりきれない。

心の苦しみは、人をじりじりと死に導いていく。強いストレスは身体を蝕んでいく。激しい憎しみを生み、爆発的なエネルギーとなる。

誰にも、人には知られたくないことがある 万人がごまかし、自分を飾り立てる。

人間の生活は、すべて自己保存につながる行動だ。大部分はエゴの塊なのだ。

幸い記憶では、我々はそれをなかったことにできる。いともやすやすと、人は他人の知らない自分の過去を偽り、飾る。そればかりか、事実を美しい包装紙でくるみ、あたかも一場の夢であったかのように思いなしてしまう。記憶の中で、不意打ちもだまし討ちも英雄の手柄に変わる。自分に関心を持ってくれた何のとりえも無いみすぼらしい女は、歳月の中で薄倖の美女になり、くだらない切手やコインを少しばかり集めただけだったのに、失ったアルバムに備えられていた蒐集品は、どれも選りすぐりの逸品ぞろいだったと思えてくる。昔はそれだけのことができる人間だったのだ、と思い直す。自分には生きる価値があると自身に暗示をかけ、思い込み、あるいはそう振舞う事で初めて、日々、新しく生きてゆくことができる。過去に闇を持たぬ人間など居ないのだ。それでいながら、現実には、皆、そのことをものともせずに生きている・・・
それこそ記憶の効用なのだ。それゆえ・・・真実のみが織り成してきたことなど、この世には存在しなかった。これまでは。絶対にだ。嘘の糸がとめどなく吐かれ、綴られ、なかにほんの数本、真実がごく僅かに混じる、それが我々の織り成してきた世界だ。君達も同じだろう。忘れることができるからこそ、この仕事を続けながら、生き続けられる。そう思わないか。

人間の生活は、ずっと見てゆけば、いずれも似たり寄ったりなのだ。誰もが何より大切にしているのは、自身のイメージの保持だ。滑稽なくらいにね。それも、地位や持っている金の高さに比例して、それらの保持や見栄のためにあくせくして、費やす時間が増えてゆく。死んだ時間が。自分が生まれつき与えられている持ち時間が、何かによって、いつのまにか侵蝕されてゆくんだ。私は、そんな生活はごめんだと思い始めた。君達に、自身の時間はあるのかね?世間対も何も気にせずに、好きなことにかまかけて過ごせる時間が。もし、生きた時間があるのだとしたら、それを心ゆくまで楽しみ、大切にすることだ・・・
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パソコンの進化と共に、人の「記憶と記録」の役割が徐々に意味を変えてきている現代。このまま無意識に技術の進歩に身体を預けていればいったいどんな未来がやってくるのか?その時に我々の「記憶」とは何を意味するのだろうか?

作者が必死に感が抜いた末に人類に慣らした警鐘のような美しい作品。今後の人生で何度も何度もこの本を思い出す瞬間が訪れるだろうと確信しながらページを閉じることにする。


2012年3月6日火曜日

鉄は熱いうちに打ち 思ったことは鮮明なうちに書き留める


引っ越しに合わせ、自宅とオフィスと実家の片付けをするハメになり、出てくるのはデジタルに移行する前にそれこそ高校生時代から三日坊主の繰り返しで書き綴られた日記と手帳の束。

筆跡鑑定は一理あるなと納得させられるほど今と変わらない文字で、それこそ今とたいして変わらない内容が綴られる。

不思議なものでその文を読んだ瞬間にその事象に付随する様々な事や感情が蘇る。アンジェラ・アキではないが、その時々の自分に今の自分が怒られないか何だか身が引き締まる。

高画像で写真におさめ、捨てようとゴミ箱に入れるが、

「文字だけじゃなくて、いろんなものが残ってるからやめた方がいいんじゃない?」

と妻に言われ、捨てられない母親を責められないなと思いながらゴミ箱に手を伸ばす。

人は忘れる生き物で、一度忘れた感情の鮮度は失われるだけならば、せめてこのようにかつての自分を召喚できる記録を残す手段を持つのも悪くはないかと、今日もまた文章を綴る。