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2015年3月4日水曜日

ニンフェンブルク城 (Nymphenburg Palace,Schloss Nymphenburg) アゴスティーノ・バレッリ 1664 ★★


少し休み暇も無く、約束の時間になり午後の観光をスタートさせる。車を手配してくれていたので、まず向かった先はバイエルン国王の夏の別荘として建設されたこのニンフェンブルク城。

イタリア人建築家のアゴスティーノ・バレッリが1664年に設計し、その後歴代の国王により何度も拡張がされて、現在は全幅が700メートル以上といわれる巨大なバロック様式の宮殿となっている。なんとこの宮殿、現在でも個人の所有物となっているという。

散歩やランニングを楽しむ市民の姿が見える中、中央の池の中ではのんびりと鴨やかなり大きな白鳥がのんびりと翼を広げているなんとものどかな風景が広がる。その庭園は計20haという強大なもので、もともとはイタリア式の庭園から始まり、その後フランス人造園技師によりベルサイユ宮殿の庭園を手本に設計されて現在の姿となっているという。

なんとも驚くのはその軸線の強さ。まっすぐ東西に伸びるその軸線の真ん中には運河が設けられ、静止画のような風景の中に水の流れを作っている。その先には植物園もあるといい、都市の中に見事にはめ込まれたこの軸線。

「冬の期間中、木製の覆いで囲われた彫像がもうすぐ外される」というガイドの話を聞きながら、「これも日本のような社会ではみられない成熟社会のなせる風景なのか」と思いながら車へと戻ることにする。















2015年1月2日金曜日

南屏晩鐘 浄慈寺 西湖十景 ★★


蘇堤を渡りきり、西湖の南岸へとたどり着く。そこからぐるりと湖を巡るようにして徐々にその全容を現す雷峰塔を前方に捕らえながら進んでいく。

西湖南岸には西湖十景の二つが存在するが、まずは外側の「南屏晩鐘(南屏晚钟)」から立ち寄ることにする。といっても、それが何を意味するのか誰もちゃんとリサーチしてきている訳でもなく、分かりやすい案内板がある訳でもないので、それらしき施設に行って「南屏晩鐘はここか?」と聞いていく。

右手に見えてくるのは浄慈寺(じょうじじ、jìng cí sì)というお寺で、その南に広がる南屏山の麓に鎮座している。この寺は五代時代の呉越王が建立した寺といわれ、時代に鐘楼が消失したが1985年に日本の永平寺の僧侶たちにより再建されたという。

⑧「南屏晩鐘(南屏晚钟)」 (なんびょうばんしょう、nán píng wǎn zhōng)
浄慈寺の境内にある鐘楼。少し小高い丘の上にある境内から、夕暮れ時にこの鐘の音を聞きながら夕日に染まる西湖の風景を見ることを指す。

それを知らずに境内を何かを知らずに探し物をするかのごとく歩き回り、結局何が「南屏晩鐘」指すのか分からずお坊さんに聞くと、「この鐘だ」と教えてくれる。せっかくなので鐘の上に上がっていくと、ちょうど係りのおばさんがご飯を食べて帰ってきたばかりで、口の中に大量の食事を詰めながら門を開けてくれ、「鐘を一つ突くには10元だ」とい言うので、4人を代表して煩悩を飛ばすかのように「ゴォーン」とやっておく。 

日本の除夜の鐘の習慣も、中国から宋代に渡来した習慣というから、南宋の首都であった杭州で鐘を突くのもまた、何かの縁なのかと思いながら、リスの走り回るのどかな境内を後にする。


西湖十景
①「蘇堤春暁(苏堤春晓)」
②「曲院風荷(曲院风荷)」 
③「平湖秋月(平湖秋月)」
④「柳浪聞鶯(柳浪闻莺)」
⑤「断橋残雪(断桥残雪)」
⑥「花港観魚(花港观鱼)」
⑦「双峰挿雲(双峰插云)」
⑧「南屏晩鐘(南屏晚钟)」 浄慈寺
⑨「三潭印月(三潭印月)」 
⑩「雷峰夕照(雷峰夕照)」 雷峰塔








花港観魚 西湖十景 ★


「三潭印月(三潭印月)」 から船に乗り、遠景として視線を受け止める役割を果たしている西湖の南岸に建つ雷峰塔を左手に見ながら到着するのは蘇堤の上の船乗り場。そこのすぐ東側に位置するのが次なる目的地である「花港観魚(花港观鱼)」。

⑥「花港観魚(花港观鱼)」(かこうかんぎょ、huā gǎng guān yú)
蘇堤の南端に位置し、南宋時代は別荘地として使われてい花港公園の風景を指す。園内には多くの花を咲かせる牡丹園や7000尾以上と言われる緋鯉や金魚の泳ぐ魚楽園があり、花や魚を眺めながら、その眺望を上手く取り込んだ別送建築が風景の中に取り込まれている場所である。

今だ地理感覚がつかめていない為、携帯で地図を確認しながら、少々北に戻って入口へ。どうやらここは入場無料の公園の様で、多くの中国人観光客が他よりも少しでも音を大きくしようと競っているかのようなガイドの説明を受けている。

その騒音を避けるように脇へ避け、それらしき池で泳ぐ小さな魚の姿を確認する。ここも予習不足がたたり、曖昧な記憶によれば「魚が沢山いて綺麗なところ」というイメージであったが、やはり冬ということもあり、花も魚も季節はずれということだろう。

それよりも、太陽も昇ってきて徐々に増えてきた団体客の騒音から逃れるようにして次なる目的地へと向かうことにする。

西湖十景
















2011年2月23日水曜日

旧イタリア大使館別荘 アントニン・レーモンド 1928 ★★★

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所在地  栃木県日光市
設計   アントニン・レーモンド
竣工   1928
機能   別荘
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鎌倉以来、東国の仏教拠点だけあって、やはりよい気が流れているんだろうと思わせてくれる日光。明治の外国人たちもそれを敏感に感じたのであろう、やはり夏の高湿時期にはこんな心地の良い場所を選んで住むべきだと納得。

霧霞む中禅寺の夕暮れを目にするとなんとも贅沢だと感じずにいられない。

「地元の材を配することに妙味がある」

それはなんたって、その土地の気候に耐えうるというのが保障されているからであり、建物が建つその土地の材料に注目するレーモンドらしくこの地方の特産である杉、それもその皮を外壁から内部まで徹底して使っている。

横縞や市松模様の外壁面。杉皮張りされたその壁面は一枚でペラッと白く仕上げる昨今の軽さとははるかに遠く、手で触ることを誘発する。

搬入やバリアフリーなどという言葉で包まれて、玄関までできるだけ近く車でアクセスできる様にされた現代建築とは違って、そのアクセス、配置も含めたセッティング自体が建築なのだと言わんばかりに、車で近づくことはできないそのロケーション。

決して冬に心地よいとは思えないが、季節によって住まう場所を変えることができた次代の夏にもってこいの空間だと納得の一作。