寺島実郎
コメンテーターとして様々な番組で世界情勢を踏まえた重みのある発言をする著者。元商社マンで世界のあちこちで培った経験を生かして、今では大学での教育などにも携わりながら、国際人として通用する若者の育成にも関わっているようである。
「日本をでて海外にいく」というのは、様々な形がありえるが、企業人として駐在員という立場で海外に行くパターンでも、歴代の駐在員が長く滞在し、数年の任期をオーバーラップしながら会社としてのネットワークと実績を広げていくなかで、様々な補助がありながら駐在するタイプもあれば、まったくゼロベースで開拓していく駐在員もあるだろうし、比較的馴染みの深いヨーロッパやアメリカの大都市に赴任するのと、文化背景もまったく異なる発展途上国に赴任するのもまたまったく違った時間のすごし方になるだろう。
また大企業のメンバーとして至れり尽くせりのサポートを受けながらのものと、中小企業の開拓メンバー、もしくはまったく個人で海外に渡る時は、それこそ頼れる人も何もない状態から自らの力で切り開いていく、そんなことが要求されて、エネルギーの費やす部分も大きく異なる。
そんな訳で「海外に行く」というのも、内容によってまったく異なる現代においては、その地でどのような環境の中で、どのような時間を過ごしたのかを見なければ、その人となりは見えてこない。
そんな時代においても、言葉の端々から、自らに対してストイックであり、会社人としてではなく、それを超えていかに自らがその場で職業人としての能力を伸ばせるか、会社の人間としてではなく、個人としてどのように現地の世界に受け入れられ、付き合っていけるか、そんなひりひりするような時間を重ねてきたのだろうと想像できる。
冒頭にある
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百数十年前の日本にタイムスリップし、休む間の無く働く女性を見かける。「この人、この村から出たことがあるのだろうか?」と思うような小さな村の中で一日が完結する生活。それが、ほんの百数十年前までの、平均的な日本人の暮らし方。
当時の多くの日本人にとって、「世界」は歩いて二帰りできるだけの範囲ー半径20キロメートルほどの広がりしかなかった。現代行動できる「世界」はぐんぐん広がっているように見える。ヒト・モノ・カネ・技術・情報がボーダーレスす「境界なし」で交流する時代。単純に、交通手段や情報環境の発達と正比例して向上するものだろうか。残念ながら答えは「否」である。わたしたちの認識は、自分の生きてきた時代や環境に大きく左右される。時代や環境の制約を乗り越えて、「世界を知る力」を高めることが痛切に求められているのではないか。
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非常に重い言葉である。「グローバリゼーション」や「フラット化した世界」が叫ばれながら、同時に「内向きの若者」や「マイルドヤンキー」といった、現状に満足し、変化や向上を得るために外にでるなどの行動を起こさないと言われる現代の日本人。ネットの登場により、「世界を知った気」になってしまう我々に対して、痛烈な言葉である。
空海を「全体知」の巨人として、
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異なる国の人たちにも心を開き、自分を相対化してみることのできる人間が「国際人」
エンジニアとしての空海
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体系として知るだけでなく、異文化の中に飛び込んで自らの身体を伴って知を吸収することの大切さを説く。
日本の文化の中に流れている中国との関係性。ネットワークという視座から見た地政学的な世界の見方。それを通して初めて見えるイギリス帝国が生み出した世界に飛び地で存在するユニオンジャックの共通点。そしてどんな場所に辿り着いても活用できる価値、技術や情報を操作するすべを身につけるユダヤの知恵。
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大量の情報にアクセスできるようになるにつれ、膨大な情報のなかから筋道を立てて体系化したものの見方や考え方をつくっていくことが、ますます難しくなってきている。
古本屋にて目当ての本以外の、それまで意識しなかった、あるいは知らなかった本が同じ棚や近くの棚に並んでいるのを目にし手にとることで、私たちに思いもかける相関の発見を促すからである。本と本との相関が見えなければ知性は花開かない
世界最大の売り場面積と書籍数を誇るといわれるフォイルズ書店 Foyles。「この問題意識を深めようとしたら、こういう本を読み、ついていかなければいけないんだな」という知的興奮が高まってくる仕掛けになっている訳
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とパソコン全盛の現代においても、本による知性の成長を保ちながら、世界に対峙する教養を磨くことを説く。
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/書を捨てずに街に出よう
大空から世界を見渡す「鳥の眼」と、しっかりと地面を見つめる「虫の眼」
身体性を有した体験がすごく大事
見聞きした意見したことに関連する文献に当たって調べてみると、そこに、みえざる地下水脈的ネットワークがあることに、だんだん気がついてくるわけである
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あくまでも、自らの体験として知識を消化し、その上でさらに学ぶことによって新たなる意味を付加していく時間の過ごし方。
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/異文化の中へ飛び込め
名もなく貧しく異文化に飛び込んで、孤独と失望の連続を体験することが必要なのかもしれない。数知れない孤独と屈辱。
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この言葉には、本当に著者がどのような思いで若い時代に海外に出て、そしてどんな時間を過ごしたのかが見て取れる。安易な環境に流されるのではなく、あくまでもストイックに、常に自らを問いただし、今ここで何をするべきか、何を得るべきかを考えて、日々を精一杯過ごしてきたに違いない。
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おわりに
ひとり異国の町に立つ機会を重ねてきた。旅愁という言葉があるが、今、この瞬間にこの街から自分が消えたとしても、この街は何の痛痒も感じることなく動き続けるのだろうという思いがもたらす寂寥感ともいえる。何人もの知人や友人がいても、自分がその町での想像や生産に関わっていない場は虚しいものだ。人間とは不思議なもので、やはりその場所と自分との関係性を実感できない限り、寂しい「ストレンジャー」なのである。人間とは社会と時代とに関与して、はじめて人間なのだと思う。
海外に生活するほど人間は愛国者になる
航空機の中で、そして列車の中で、考え込みながら生きてきたようなものであるこの移動空間は、ひとりの時間が確保できる場でもあり、沈思黙考、後にしてきた場所で目撃し、確認してきたことを整理することのできる貴重な機会である
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新しい土地に行くまでは、その土地のことは情報でしか知らない。たった数日の滞在にも関わらず、行った後にはそれが実体を伴った自らの五感を通した体験として身体に刻み込まれる。その時間はどうやっても他者とは共有できないものである。できることは、移動の時間にそこで過ごした時間、見たものを自分なりに考えてその先につなげる、そういうい地道な積み重ねが激動の現代に生きる本当の意味での国際人につながる唯一の道なのだろうと思いながらページを閉じることにする。
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■目次
はじめに
第1章 時空を超える視界―自らの固定観念から脱却するということ
/戦後という特殊な時空間―アメリカを通じてしか世界を見なくなった戦後日本人
①ロシアという視界
/1705年、ロシアの日本語学校
/1792年、初の遺日使節
/はじめて世界一周した日本人
/幕府、北方の脅威に目覚める
/北海道と極東ロシアは瓜二つ
/ウラジオストックで見た一枚の風景画
②ユーラシアとの宿縁
/歴史時間の体内蓄積
/七福神伝説にみる日本人的なるもの
/空海ー「全体知」の巨人
③悠久たる時の流れを歪めた戦後六〇年
/歴史時間を忘却した日本人
/与謝野晶子の世界地図は逆さだった?
第2章 相関という知―ネットワークのなかで考える
/ネットワーク型の視界をもつ
①大中華圏
/広義の「チャイナ」と狭義の「チャイナ」
/大中華圏の強固な実体
/「中華民族」なる言葉の二重構造
/躍動する大中華圏のダイナミズム
/なぜ中国だけがポスト冷戦で台頭したのか
②ユニオンジャックの矢
/世界を動かすユニオンジャック
/シンガポールが持つ地政学的な意味
/情報と価値の埋め込み装置
③ユダヤネットワーク
/世界を変えた五人のユダヤ人
/基軸は国際主義と高付加価値主義
/無から有を生み出す力
④情報技術革命のもつ意味
/「IT革命」というバラダイム転換
/暗転するアメリカ、オバマ大統領の登場
/就任演説にこめられたメッセージ
⑤分散型ネットワーク社会へ
/太陽・風力・バイオマス
/グリーン・ニューディールはIT革命を超えるか
第3章 世界潮流を映す日本の戦後―そして、今われわれが立つところ
①二〇〇九年夏、自民党大敗の意味
/東西冷戦構造と55年体制
/「漂流」を始めた90年代
/脅迫概念にも似た「小泉構造改革」
/民主党政権誕生が意味するもの
②米中関係―戦後日本の死角
/日米関係は米中関係である
/相思相愛から始まった
/メディアの帝王ヘンリー・ルース
/「二つの中国」が日本に戦後復興をもたらした
/アジア太平洋は”相対化”の時代に突入した
③日本は「分散型ネットワーク革命」に耐えられるか
/二つのグローバリズム
/日本の「国際化」は後退している
/「分散型ネットワーク時代」に日本を浮上させる
④「友愛」なる概念の現代性
/冷戦形世界認識から脱却せよ
/アジアとアメリカをつなぐ「架け橋」
/オバマ登場と共鳴する「友愛」なる概念
/プロジェクトとしての「東アジア共同体」
/「大人の外交」にはシンクタンクが不可欠
第4章 世界を知る力―知を志す覚悟
/PCと古本屋
/書を捨てずに街に出よう
/agree to desagree
/異文化の中へ飛び込め
/異国に乗り込んだ「場違いな青年」
/情報は教養の道具ではない
/知ー不条理と向き合うために
おわりに
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