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2013年12月19日木曜日

処理速度

建築家の仕事と言われてもさまざまな事がある。設計事務所というのは一つの会社組織である以上、会社が持ち合わせる「営業」「人事」「総務」「経理」などの各業務内容に加えて、もちろん一番重要な「設計」という業務もこなしていかないといけない。

その「設計」業務も、あげれば切りが無いほど多岐に渡った内容が含まれる。新しいプロジェクトの敷地の中に条件を考慮してどのような建築を作り出すかのコンセプト段階から、現場でコンクリートの打設が10センチずれてしまったので、構造体を覆う断熱材を入れるスペースを確保できずにコールド・ブリッジになる部分の処理をどうするか?という現場処理まで、本当に幅広い知識と経験が必要となる職能である。

一つの建築の一つの平面図を決定するのにも、構造、面積、機能、規制、眺め。多様な要因を同時にバランスしながら、ベストの解答を見つけていかなければならない。このような作業に関しては、もちろん何人ものチームが何日もかけてやっても、ある一人が一時間でやったほうが良い結果がでるということもあったりする。それはエンジニア的な経験と知識と共に、建築家としての美的センスを同時に要する非常にバランスを要する作業であるからである。

しかし、建築事務所の日々の業務の中の大半は、上記のような作業とは別に、それでも「処理速度」が必要となる仕事が占めることとなる。

毎日必ず何かのプロジェクトのある部分に関して問題が起こる。施工図を担当するLDIから「空調の関係から、構造の荷重の問題で、地下の駐車場のレイアウトから、外装材の施工性から・・・」などと様々な理由と合わせて、「この部分はできないから設計を変えてくれ。この部分はどう処理すればいい?」と何十という問題点が送られてくる。それらは「今日中に返答をもらわないとこちらが処理しきれない」というリミットと共に。

これらの問題を如何に事務所が望むデザインを確保しながらも、条件と折り合いをつけながらどうやって解決していいか?その「処理」をするのに多くの時間が費やされる。

その問題ががどんな要因が絡み合って発生しているのか?
コスト、施行、設備、構造。何を考慮し可能性を探らなければいけないのか?
条件を把握し、可能性を洗い出し、それらの上にデザインを考慮してスケッチをしていく。
それらを与えられた時間の中で、どう仕事を進めるのか?
チームの中の誰に伝えて、どう処理するかを伝えて、いつチェックが必要かを考える。
どの部分が、外部のどのコンサルタントや協力会社とのコミュニケーションが必要になるのか?
最終的にどのような資料を誰にいつまでに渡さないといけないのか。

毎日発生し、毎日過ぎ去っていくこれらの業務は、ほぼ処理すべき仕事である。
アーティスティックな側面では決して無く建築事務所の中のエンジニア的な仕事。
そしてこの業務が建築事務所を支えるとても大切な業務でもある。
それだけに日々の多くの時間がこれらの仕事に割かれることになる。

決して指の間からこぼれ落とすことができない業務であるからこそ、どれだけ効率的に、どうやってこなしていくかを真剣に考える。与えられた時間は変わらず、その間にもたらされる問題は加速度的に増加する中で、諦めることができないのなら、唯一できるのは自らの処理速度を高めること。

毎日朝にやるべき仕事内容と、その考慮すべき項目を書き出し、カレンダーの中でスケジュール化。それぞれのプロジェクトのそれぞれの問題部分をスケッチして、何度も何度も描き直し、描いてみてはじめてて見えてくる別の問題を考慮して、再度スケッチを描いていく。

それを元に、プロジェクト・アーキテクトと話し合い、修正を加えてパートナーと確認。それをもってチームに割り振る。プロジェクトの数とその規模を考えると、毎日やるべき作業はものすごい量となる。

自分の手からこぼれ落ちてもオフィスの中のどこかの網に引っかかるようなシステムを作ることはもちろん平行して行っていくが、何よりも自らの職業的能力を高め、処理速度を加速度的に向上させていくことでしか、満足する建築への近道は無いのだと改めて認識する2013年の暮れ。

2013年12月17日火曜日

フィルタリングとセレクション

出来るだけ仕事に関する事は、この場では書かないでおこうと心に決めている。もちろんまだ外に出せない事項などがあるから不用意に言葉にするのも憚られるというものもあるのだが、何よりも一度仕事の事を書き出すとどうしても愚痴や忙しいことへの文句など、「グチグチ・・・」と自分のできない事へのへたれっぷりを晒す事になりそうなのが怖いというのと、それが止まることなく加速していくのも怖いという理由から。

そしてもう一つは、オフィスをオフィスをするのは人であり、仕事について書くというのは、どうしても「人」について書く事になってしまう。なので、ある特定のスタッフの個人的評価に繋がってしまうような事が無いようにと気をつけるとどうしても仕事についてかけなくなってしまうという訳である。

しかし、年間330日以上オフィスに居て、一日のほとんどを仕事関係のことを考えながら過ごしていると、どうしても仕事と日常の境目が曖昧化してしまう。

そして建築事務所なんていう「ノウハウ」が伝わりにくい日常を過ごしていると、随分長い年月をかけて「あーでもない、こーでもない」と考えてやってみてはうまくいかず、やり方を変えてみてのトライ・アンド・エラーの末になんとか自分達なりの方法論を見つけていく。

しかしポイントさえ理解していれば、そんな無駄な時間をすっ飛ばし、もっと建築家として大切な事に時間を割けるだろうと毎日思いながら過ごしている身としては、少しでも現在の体験が未来の有望な建築家達の貴重な時間を有効利用するのに役立ってもらえればと思わない訳も無い。

そんなことを考えると、やはり少しだけでも「建築家の仕事」についてなんらか記録を残しておく事がベターだと自分を納得させることにして、日常を吐露する言い訳として使用する。

50人を超える所帯となり、10カ国を超える多国籍のスタッフを抱え、国内外でプロジェクトを進めるようになると、幸いな事に沢山のインターン希望の学生や学校を終えたばかりの人材から多くのCVが送られてくるようになる。

自分が学生の時はそんなことを思いもしなかった。どうやって応募していいのか?どうやって建築事務所で経験を積むことができるのか?どうやって建築事務所の門をくぐることができるのか?きっと知り合いやツテがなければいけないのでは・・・。コンペなどで名を馳せてそれが目に止まって声をかけられないといけないのでは?と勝手に想像を膨らませていた。

今の学生は、気軽にHPを見て、「インターン募集を見ました。どこどこ大学の何年生です。添付のCVとポートフォリオ。」

なんとも手軽なものである。かつての自分の気負いっぷりが恥ずかしくなるくらいの軽さ。「カルヴィーノが次のミレニアムに残そうとした「軽さ」もこれと同じものであろうか?」と首を傾げたくなるほどである。

月曜の朝。アウトルックに入れてある個人とは別のHRのアカウントのを開くと、黒く未読になっている膨大な数のメール。特に今週は建築系のサイトに募集を掲載した事もあり、いつもの倍ほどのメールが届いている様子。げんなりしながらも、お茶を用意し先週チェックしたところまで遡って一つ一つ開けていく。

どうチェックするかというと、まずざっと文面に目を通す。細かく追っている時間は無いので、添付されているCVを開きまずはどこの国、どこの大学、大学院かどうか、何年生なのか、どんなソフトウェアが使えるか、インターンとして建築の実務の経験があるか、どこのオフィスでインターンをしたか等々を理解する。

その後別途添付されているポートフォリオを開いて学校やコンペなどに参加して、どのような作品を作っているか。それが個人の作品なのか、それともチームとして誰かと一緒にやった作品なのかを見て、実際にCVで書かれている事と照らし合わせながら、応募者が何ができるのか?を見て取っていく。

年間軽く1000以上ものポートフォリオを見て、その中から何人かは実際にオフィスに来て一緒に仕事するようになると、ポートフォリオの中から、図面の描き方、レイアウトなどからどれくらい建築的理解度があり、どれくらい美的センスをもった設計能力があるのかくらいは分かるようになる。

同時に、どこかの雑誌に載っているような派手なパースだけ載せていてもまったく建築として成り立ってないものもあれば、自分達が学生だった時代の様に、手描きの図面に模型写真という古風なポートフォリオもあったりする。

「これは」と思う応募者は再度CVに戻ってチェックをし、よさげだなと思えばHRの担当者にチェック済みで選択済みと転送する。その後は担当者が人数などを調整しながら、各応募者にコンタクトをとり調整をする手はずとなっている。

この選択する時に注意することは、以下の項目。

男女比
国籍比
CADなのか3Dなのか得意な分野のバランス
中国人の比率
常に10人以上のインターンがオフィスに在籍するようなスケジュール


国籍別のバランスをとる目的は、グローバル化を果たした建築世界において、世界中様々なところで行われるコンペティションはより良いプロジェクトを得るための大切な機会。ほとんどのページが英語表記されているといっても、どうしてもその地に出身の人物で、その地の事情を知るもので無いとそれが良い機会が否かは中々判断が出来ないし、その地出身のものがオフィスにいないと、そもそもそういう情報をキャッチするアンテナを持たないことになる。

なのでオフィスとしてはできるだけマルチ国籍のチームをオフィス内に持ち、母国語でなければ知りえないコンペ情報などをできるだけインターンに拾ってもらう。情報が網に引っかかるようなシステムをオフィス内に持ち、各インターンはそれぞれの国、もしくは地域でこれはというコンペがあればオフィスに知らせるように」と言っている。

それでなければ、このグローバル化した世界といえども、グローカルの情報はやはりローカルを取り込んでいかないと視界に入ってこない

が、これはなかなか徹底しなくて、結局は長く付き合っているコンサルタントや外部の人から情報を聞いたりしてコンペに応募する事が多いのだが、システムが機能するまでは時間がかかると少し見守っている状況である。


それとは別のこうして様々な国からの応募を見ていると、色々な事が見えてくる。その一つが各国の建築水準。そしてその国でどこの大学が良い建築教育をしているか。そしてなんといっても各国の経済状況と若者がその国の未来に何を見ているか。

最近の傾向としては応募者の内訳は圧倒的に、イタリア、スペイン、ポルトガルとなっている。普通に選んでいたらイタリア人、スペイン人、ポルトガル人ばかりになってしまうが、その中でも作品のレベルが高いのはイタリア人であり、それぞれの国でどういう建築教育がなされているのかが良く分かる。そうして選んでいくとオフィスにイタリア人ばかりになるのも困るので、その中でもバランスをとりながら選択することになる。

その他にも中国各地はもちろんアルゼンチン、インド、イラン、レバノン、ロシア、アメリカ、バングラディッシュ、エジプトなど様々な国から届き、やっている事もやはり国柄が出ると言うか、水準がバラバラなのを新鮮に見ていくことになる。

しかし、100以上のメールをこのようにしてチェックするというのはかなり体力と集中力を使う事だけでなく、同時に貴重な時間を消費してしまう。なので、HR担当者に上記のポイントを伝え、最初のセレクションは自分がやらなくても、世界の建築大学のレベルが大体分かり、CVの見方が分かっているフルタイムのスタッフに、セレクションのバランスとポイントを理解させてフィルタリングさせる。そのフィルターをくぐってきたものを最終的にこちらが目を通して最終の選択をするようにする。

それがHR担当者と自分の時間のロスを少なくしてくれるはずである。何の為に行い、どういう意図の元、どうすれば一番効率的に行えるか。それを常に考えていかないと、現代社会で生きているとあっという間に高齢者へとなってしまう。フィルタリングとセレクション。その違いに思いを馳せながら、来週は1時間ほどで終わる事を願って通常業務へと戻っていくことにする。

2013年11月4日月曜日

インターンとフルタイム

建築家の仕事には本当に様々なものが含まれる。

日常的な「設計業務」も、一つ一つ内容をみていったら本当に多岐にわたることとなるが、設計事務所というある種の組織を率いていくとなると、必然的に経営や人事など組織を運営していく業務も同時に行わなければいけなくなる。

「上司にとって最も重要な仕事は部下を公正に評価すること」

そんなことを以前何かの本で読んだことがある。事務所のスタッフやインターンとして来ては離れていく何百という人間と接しているとその言葉の意味が徐々に分かってくることになる。

世界の様々な国からスタッフやインターンがやってくる国際性を持った建築事務所をやっていくと、常にオフィスには様々な文化的、または教育的バックグランドを持ったスタッフを抱えることになる。

その一人一人が、それぞれに何かしらの目的を持ってこの地にやってきて、この事務所を選び、自らが持っていた期待通りに何かを得よう、何かを学ぼうとして毎日を過ごしていく。

それと同時に日本ではまだまだ定着していない制度であるが、この国を始め多くの国では「新卒」という制度に囚われず、大学を卒業しても建築家として働き報酬を得るにはまだまだ経験と知識が足りないと思う人材が、興味を持っている建築事務所でインターンとして入って実務を実際の現場で見ながら学び、その中で経験を積みながら次はスタッフとしての職を探すということが良く見られる。

大学を卒業したから即スタッフ、つまりはフルタイムとして働かなければいけないとはそんなに思ってなく、それよりも自分が何を求め、今の自分がどの程度のレベルで、何が足りていないのか、それを良く考え今自分が行くべき場所を見つけているようである。

そんな訳で我々MAD Architectsにも何人ものインターンが世界中からやって来てくれており、その中には大学を卒業し終え、経験を積むためにこの街へとやってきてくれている人もいる。そんな彼らもインターンとして数ヶ月を過ごし、オフィスのプロジェクトの進め方を理解し、なおかつ配置されたプロジェクトの中で十分にその能力を発揮する子達もいる。

このような流動的な雇用関係の世界では、それこそ恋愛と同じく、お互いが何を考え、何を期待し、どうしたいのかを知ることが重要である。そんな中、何人かのインターンが、インターンを終えてフルタイムのスタッフとなって事務所に所属したいと申し出てくることがよくある。

オフィスのマネージャーと、普段から彼らが属するプロジェクトを率い、直接彼らに接している担当プロジェクト・アーキテクト、そして他のパートナーとアソシエイトと意見を交換し、彼らをどう評価するかを話し合う。

そんな中、フルタイムになることを望んでいる3人のインターンと面談をし、オフィスの意向を伝える機会を設けた。オフィスマネージャーと二人のアソシエイトと一緒になって、一人一人打ち合わせ室に呼び面談を行う。

まずはオフィスとして彼らがインターンとして過ごした数ヶ月を何を評価するかなどを伝える。そして事務所として外国人を雇い入れるということがどういうことか、オフィスがフルタイムのスタッフに期待し、求めることが何か、その責任がインターンと決定的に何が違うのか、オフィスとしてどのようなタイプのスタッフを求め、彼らがどのタイプだとオフィスが評価しているのかなどを伝えていく。

それと同時に、まだまだ若い彼らが自らの建築家としてのキャリアをどう考え、この先数年間をどのように過ごそうと思っているか、将来どこでどのように建築と携わっていこうと思っているのか、そしてこの事務所で何を期待しているのかなど相互理解を深めていく。

そうしながら、インターンとフルタイムの差を彼らに理解してもらいつつ、オフィスとして彼らをフルタイムとして迎えたいと伝えることになる。いきなり呼び出され、何人もの中年達の目の前に座らされ、あれやこれやと言い聞かされながら最後まで聞いた彼らは、それぞれがやはり誇らしげに嬉しそうな表情を見せてくれる。

外国人には英語で、中国人には英語と中国語で話し終え、横に座るアソシエイトとオフィス・マネージャーに何か付け加えることは無いか?と聞くが、それぞれに「がんばって」だとか、「おめでとう」と声をかけてあげている。

そんな姿を見ていると、遠い場所から建築家として時間を過ごしたいと思ってくれる若者がいる、そんな事務所になったんだと改めて思いながら、その期待に応える為にも彼らが望んだものをしっかりと手にして成長していけるような深みのある場所にしていかないとと気持ちを引き締めることになる。

2013年1月30日水曜日

「Absolute Towers」竣工のお報せ

弊社MADの設計したカナダ・トロントに建つアブソリュート・タワー(Absolute Towers)が昨年竣工したのに伴い、プロジェクトの概要などがまとまってネットに紹介された。

Absolute Towers

そのほとんどが既に事務所を離れているチームの名前と共に、Director in Chargeとして自分の名前も載っている。


「今までの常識に囚われることなく、新しい時代に相応しい建築の姿を追い求める。」

そのプロセスで幾度と無くぶち当たる様々な困難。経済性や機能性など、決して後ろにおいてくることができない与件を、厳しい条件の中、捻り出すアイデアによってクリアすること。建築の世界に身をおいている人間なら、誰でも身に染み、理解している産みの苦しみ。

「美しい」だけでは建築は成立せず、その後ろ側、一枚の竣工写真の裏側に隠れた様々な過程と乗り越えてきた困難。外からは決して目にすることの無い、身を切る思いとともに時間を過ごし、容赦のないやりあいを経て設計を前に進めていく。

その過程で学んだのは、いくら経験が足りなくとも、想いによっていくらでもそれを補えること。

三人のパートナーである、マとチュンと一緒に、必死に考え、自分達の信じるものを実現するために、何ができるか、何をしないといけないか、その為に闘い、葛藤し、言い合い、苦しみ、すべてを投げ打ってでしか、成しえないこと。

安易な妥協では誰にも感動を与えられないことは誰もが分かっていながら、問題を解くためには既存の方法が一番容易だという甘い蜜に吸い寄せられる気持ちに胸をギュウギュウ締付けながら、それでもオリジナルであろうと前を向くこと。

それほど、常識の範囲から飛び出るということがどれだけ難しいかということを身をもって実感したプロジェクトであり、我々MADに多くのことを教えてくれた時間となった。

建築というのは、設計図として未来を思い描いた時から時間が進みだし、様々な思い、様々な経験を通してプロジェクトを体験し、それが完成し、世の中に見ていただける時にはすでに建築家は次のステージでより新しいことを考えているという建築というモノの集合体がもたらす時間のスパンという宿命を背負っている。

現在も、同じように別のプロジェクトに毎日、毎時間、苦しみながら、何でこんなことをしているのだろうと思いながらも、それでも投げ出すことができない想いをもって建築に向かっていく。

いつの日か、そんな想いを持って産み出した建築が少しでも多くの人の目にとまるように。それが少しでも多くの人の素晴らしき記憶の中の空間としていつまでも残っていくように。

建築家の毎日が、この竣工写真のような晴れがましい時間ではなく、その後ろに隠れた、そして決して外部に知られることも無く、またその必要もない苦しみの時間をただ粛々と消化していくことの積み重ねであるということ。それを改めて考えるひと時となった。

2013年1月17日木曜日

建築とアートの違い


建築という世界に身をおいていると、定期的に向き合うことになる設問。

「建築とアートの違いとは?」

学生などに話をする時にはよく聞く様にしているのだが、これこそ建築の本質をよく現してくれる設問に他ならない。

人によってその答えは違い、その人が何を重要視して建築に取り組んでいるかが良く透けて見えるともいえるが、現在の自分にとっては「クライアントがいるかいないか」にしかないと思われる。

では、それどういう意味だろうか?

建築はあくまでも自分以外の誰かの要望があって作り出す機会を与えられるものであり、つまりはその自分以外の誰かが何を思って、何をイメージして、どんなものを作りたがっているのか?それを知らないといけない。
つまりは建築の存在の前提には、コミュニケーション能力が横たわっているということ。

コミュニケーション力には「語学力」と「コミュニケーション能力」が大きく関与してくるのだが、「語学力」とは一般的に言われるような言語の問題ももちろん含むが、それ以上に大きな枠組みでの「語学力」とする。

ある人が何か建築物を作りたいとして、ある建築家のところにやってくるとする。その誰かが、建築家である自分と同じ言語を介するとはもちろん言えなくなってきたのがこのフラット化した世界。何をどうという機能的なことを理解するための「基本的」な言語能力。英語や中国語が新たなる世界の標準語として成立し始めている現代において、仕事がボーダーレスしていくのを食い止めることができない状況で建築家にも当然その能力は求められてくる。

その上で、多言語を母国語とするその誰かが発した言葉の裏に潜む、文化的慣習まで含んで理解していく意味での「語学力」。これはその地で生まれ育っていない外部からの人間にとっては一番ハードルが高い障害となるのだが、その言語を解する仲間と共に設計をするか、それとも時間をかけて、当地の人間とのコミュニケーションや文献などからの知識によって壁を越えていくしかなくなってくる。

そのような基本的な「語学力」だけではなく、同じ言葉を母国語とする人の間にも存在する言語のギャップ。たとえば、建築を生業としている以上、自分の親のような世代の方からも「先生」と呼んでいただき仕事を行う機会に出くわす。自分よりも遥かに長い時間を生きてきて、自分よりも遥かに良質なモノと空間を体験してきている人たちと、どのような「言語」でコミュニケーションを行うのか?

デザインがどうのとか、形がどうの、性能がどうのとかではなく、それらすべての前提に存在する、違った時間を過ごしてきた人たちとどのように未現在の空間のイメージを共有するインターフェイスを構築できるかの問題としての「語学力」。

80歳のお祖母さんが、冬場の階段の上り下りが膝にきついと言う時、その痛みをその人のものとして理解する能力があるかどうか。

経験してないこと、見たことがないこと。そのギャップをどう埋めるか、その距離をどう縮められるか。

「語学力」というのは、英語や日本語という言語の問題ではなく、その人が長年過ごしてきた時間の中で、自分の中で培ってきた想いが乗せられて発せられたある言葉の意味を、その人が意図した意味として捉えられるかどうか。

その想像力としての「語学力」。

その為に有効な手段として、自らが主人公として数々の世界を、そして時間を体験できる疑似体験として小説を読むこと。文字というものから想像力を駆使し、世界と風景を構築し、自らの身体体験として経験し理解すること。

それと同様に映画という視覚芸術によって、国籍も時間も超えて生活と空間を体験すること、知ること。

そして何よりも、できるだけ自分と異なった年齢、異なった国籍、異なった時間を過ごしてきた人々と交流を持ち、話をし、人間を理解すること。

それをどれだけ積みかさねていくことができるかが、ある建築家が生み出す空間に良い時間を重ねてきた人の肌の様に、どれだけの「皺」が刻まれているかに比例していく。

その時間の積み重ねで養われた「想像力」によって、ある誰かとの会話の中で、その人が何を意味して発しているのか、どんな空間がその欲望を満足させうるのか、それが「コミュニケーション能力」。

「語学力」と「コミュニケーション能力」。その二つがあって初めて設計というスタート地点に立てるのだとやっと分かってきた30代半ば。

今年も出来る限りこの二つの能力を伸ばすことに力を入れようと心に誓うことにし、久々に時間が取れそうな週末に溜まった映画を見ることへの口実とする。

2013年1月9日水曜日

HR

構造改革にともなって、できる限り組織の効率化を考えることになる。

人事・経理・営業・PR・設計・総務等々、設計事務所が会社という不特定多数の人が集まり、業務をこなしていく場である以上、組織を円滑に運営していくべき必要な環境を整えたほうが、より毎日の仕事がスムースに進むというのはしごく常識的なことであり、数人という個人事業主的な形態から10人を超え、30人を超えていくに連れ、「自分達で全部やる」ということが通用しなく、「組織」としての在り方に変容していかなければならない時がやってくる。

という訳で、我々MADも現在に至るまでに何度も事務所内の構造改革を行ったのだが、今年もまたそれが必要な時期だろうということで、会社を成り立たせるそれぞれの分野において現状分析と仕分け、そしてどうすればより良くできるかを検討する。

設計事務所を成り立たせる設計業務。
その活動を外の社会に向けて発信するPR業務。
自分達の作品がどのような場所に行けばより良いマッチアップが可能になるか、世界の様々な場所で行われるコンペ情報を精査したり、どのようなメディア戦略をもってオフィスの作品を発表していくか、そんなことを行うPRとは別の営業業務。
パソコンが必須となった現代の設計業務なだけに、複雑化するデジタル環境のアップデートや、テラをあっというまに超えていくまで増えていくデータの管理などを行うIT業務。
日常経理や、年間の経費の管理を行う経理業務。
クライアントとの窓口になったり、日常的な業務の雑多なことがらをカバーしたり、外国人スタッフのビザの発給手続き、保険のやり取りなどの総務業務。
そして組織の心臓部とも言える人事業務、つまりHR(Human resource)。

流動する世界を反映するように、現在までに在籍したスタッフとインターンの総数は既に数百を超える。人がいて初めて成り立つのが会社組織なわけで、彼らの存在がなによりもの宝であり、展覧会や出版物などでプロジェクトを発表するときには、必ず担当チームに属した彼らの名前は記してあげたいというのがオフィスの誠意でもある。

しかし、「建築家」という全うな社会からはやや距離を置き、会社という「しっかり」した組織に属することなく、漂うように生きてきた建築家にそれだけで一つの専門領域とも言える人事の仕事の経験がある訳も無く、誰もが独立という時点から自分なり、自分たちなりの会社組織の在り方、そしてHRの在り方を模索していくこととなる。

引き継ぐべきこともなければ、模倣する対象もなく、教えを乞う上司もいないところから出発するので、ひたすら原理原則へと回帰し、自分でどういうことが必要か、何が出来たら会社として良いのか、現状の分析から改善点などを考えることとなる。

考えうる様々なシナリオを考えては、どのようなシステムが適しているかを検証する。何年後でもそのシステムが成立するために、よりシンプルで、よりフレキシブルで、より原則的であるように。何年の何月の時点で、あるプロジェクトに関わっていたある国のスタッフを知るためには、一元的なタグシステムでは成り立たず、ある種のパラメトリック・デザインの要素が必要になる。

そんなことを繰り返し、書き出した20にものぼる検討事項やシナリオと、その対策を踏まえるて導く第一の結論から、手持ちのソフトやウェブベースのシステムでは対応できないとなり、ならばと市場に出回るHRソフトを検索する。基本言語が英語と中国語ということもあり、日本市場のものでは需要にマッチせず、英語ベースのソフト検索をして、最終的にはスタッフとプロジェクトの管理にも使えるHRソフトの購入とその業務だけを専門的に行うスタッフの確保の二つが急務だという結論に達する。

その結論を他のパートナーに伝達し、オフィスのマネージャー・スタッフに伝えて手配をお願いする。そこに費やされた半日以上の時間と労力。

「建築家の仕事って一体何をしているの?」

とよく聞かれることがあるが、これもまた「建築家の仕事」の一つなんだと自分を納得し、またトレーシング・ペーパーに向かうことにする。

2013年1月5日土曜日

構造改革

パートナーと今年の一年について話をする。

今年は竣工を向かえるプロジェクトは一つも無く、その代わりに現場が始まるプロジェクトがいくつかあるので、

オフィスも9年目に入り、世界で活躍する他のオフィスを参考にして、自分達で改善できるところはどこかを探す。

オフィスの構造改革。

我々3人のパートナーと、デザインや実務など得意分野に責任を持ってもらうスタッフ。彼らを専門的にサポートするチーム。プロジェクトをいくつか掛け持ってマネージメントするマネージャーとしてのスタッフと、その下でプロジェクト・アーキテクトとしてチームを纏めるスタッフ。プロジェクトを発展させていくプロジェクト・チームとそのサポートをしてくれるアドミニのスタッフ。そしてインターンのメンバー。

限られて毎日の時間を過ごす職場。ここに残ろうと思えるような環境にすることと、その為にできるだけ効率的に仕事が進み、クライアントにも満足してもらえ、スタッフにも達成感やここで働く喜びを与えられるような場を作ることが、オフィスとしての成長の何よりの課題。

口だけの「仕分け」ではなく、本気で自ら脱皮するための「仕分け」。

異なる文化圏と異なる考え方を持つ国から来ているスタッフの多くは、コロンビアやイェールといった、建築業界でトップと言ってよいような教育のバックグランドを持つ人材ばかりである。

そんな一人一人の良さを引き出し、チームとして科学反応を起こさせ、一つの有機体としてオフィスが毎日活動することを目指し、毎日の時間を過ごすことにする。

2012年11月7日水曜日

一年検査


設計・監理を行わせてもらった住宅の竣工後一年を過ぎたということもあり、季節ごとの様々な負荷にさらされて出てきた改善点や、実際に生活してみて分かってきたところなど、毎日この家と時間を共にするお施主さんからの正直な意見を聞かせていただき、担当していただいた工務店の担当者の方と共に、どのような対応策が一番効果的かを検討するために熊本にやってくる。

住宅の設計というのは、住むための家を想定して設計を行うことであり、本来の目的は建てることではなく、住まうことであるということをつくづく再認識させてくれる瞬間である。

設計の時には実際にお施主さんもその家に住んではいないので、できるだけ細かい部分まで想像しながら、こうなるのでは?と想定をベースとして設計を進めていく。しかし、人の生活とは想定どおりいかないもので、ましては日々変化する自然に晒される建築の宿命から、理想的な青図からの徐々に徐々にづれていってしまう。

そのズレを修正し、施主の生活に合わせてカスタマイズしていきながら、実際に住宅という建物が、その人たちだけの「家」と成長していく。その過程を見守りながら、そして一緒に悩みながら、より良い「家」を作っていくことこそが、建築家の仕事なのだと痛感する。

引渡しとしてとりあえず、社会的な職責は果たすことになるが、工事を担当した工務店と共にその後の成長がいかに自らの頭の中にあった青図を完成させていけるか。それが同じ必要もなければ、もっと良いように描きなおすことだって可能だということ。

そんなことを思いながら、建築が物理的な存在で、一つ一つの部材の組み合わせであり、自然素材はソリや膨れで日々形状を変えて、日の光によってはげてきた塗装や、鉄から出てくる錆びなどを見て、時間の先を見据える力の大切さを再度思い、それと共に時間と共に色あいを変え、より周囲の環境に溶け込み始めたその姿に喜びを感じる。

想像する青図の中から聞こえてくる沢山の喜びに満ちた声が、実際にこの家の風景になっていけるように建築家としてできることは沢山あるのだと心に誓う。