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2013年7月18日木曜日

小野神社(おのじんじゃ) 不詳 ★★

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所在地  滋賀県大津市小野
主祭神 天足彦国押人命,米餅搗大使主命(たがねつきのおおおみ)
社格  式内社,旧郷社
創建   不詳
機能   寺社
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いくらキラキラネームが増えようとも、どうにも変えられないのが氏名。そして地元愛知でもクラスメートの中でかなりの割合でいたのを覚えている「小野」姓。そしてこの小野神社はそれらの小野の氏族の発生地、祖神でもあるという。

もう一つ「小野」と言えば出てくるのが、「小野妹子」。

「いもうとこ」と書いて「いもこ」と読む。しかも女性を思いきや男性。

そんな相当インパクトを持つ彼は小学校時代に強く多くの子供の海馬に記憶として残っていることだろう。その小野妹子ももちろんこの小野氏の出。

この小野氏。なんでも、大和朝廷成立以前この地において、今の大阪府、京都府、奈良県、三重県、愛知県、滋賀県の広い地域を統治されていた王族であるという。

ナビで表示される「小野神社」に向かうと、間違って永豊稲荷大明神に向かってしまったらしく、その道はトンでもなく狭く、切り返すこともできずに、恐る恐るバックで戻る。同じ過ちは犯さないと、次の角で駐車をし歩いて参道に向かうことにする。

この小野神社。祭神は米餅搗大使主命(たがねつきのおおおみ)であり、応神天皇の頃に日本で初めて餅つきをしたと伝えられ、日本の餅作りの祖と言われていることから、例祭のシトギ祭には、全国の菓子業界からの参拝を受けているという。そして我が国初の遣随使小野妹子の祖先といわれているらしい。

境内の左奥にあるのが、小野神社。そして参道の軸を受ける形で鎮座するのが摂社である小野篁神社(たかむらじんじゃ)。この二社共に先ほどの道風神社同様、切妻造の本殿となっており、全国的にも珍しいと言う。

創建年は不詳というが、如何にもこの地で長い時間に渡り重要な位置を占めてきたというのが十分伝わるとても整った境内の空間。上空で響く蜩の鳴き声を聞きながら一人静かに参拝をする。
















小野道風神社(とうふう) 1341 ★

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所在地  滋賀県大津市小野
主祭神 小野道風
社格  式内社
創建   1341
機能   寺社
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17時を回り、寺院は既に参拝時間を終え門を閉めた後のこの時間。ここからはどんな時間でも決して門を閉めることのない、自然の中で生きる神社めぐりへとシフトする。

日の入りが19時過ぎ。なんとか建物を見れるのは19時半までだとすると、あと2時間半をどう有効活用できるかを考えながら、比叡山ドライブウェイを下り通行料金2,320円をしっかりと徴収される。

琵琶湖沿いを更に北に向かい、小さな集落に入っていくとそろそろナビも怪しくなる。対向通行にはかなり厳しい道幅を、軽でビュンビュン減速することなく走り抜けていく地元民の車を避けるようにして、横道を上がっていくと右手に鳥居を確認する。

この小野道風神社は、もう少し北に位置する小野神社の境外社にあたる。この辺りは古代氏族である小野氏の居住区域で、小野神社、その境内に小野篁神社、川を越えて小野天皇社、そしてこの小野道風神社など、関係神社が多く見られ、小野氏の勢力が如何に大きかったを見受けられる。

階段を上がって、境内のやや左奥に見えるのが社殿。説明によると切妻造に向拝(こうはい)を設けた本殿の形式は珍しいとのこと。「向拝って何だ?」となるが、社殿(本殿や拝殿)の入り口に屋根(庇 )が張り出した部分のこと。つまり現代のキャノピーで、その下で参拝客がお参りをする場所である。

つまり良く見られる流造(ながれづくり)と言われる、切妻造・平入で側面から見た屋根形状は対称形ではなく、正面側の屋根を長く伸ばしてそこが向拝となるタイプと違って、切妻造・平入ではあるが、側面から見ると左右対称になっており、向拝の奥行が狭くなっているということである。恐らくこの説明であっているかと思うが・・・

静かな境内に良く響く拍手を鳴り響かせ、お願い事をして次の小野神社へと向かうことにする。