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2014年2月2日日曜日

日御碕神社(ひのみさきじんじゃ) 安寧天皇13年 ★★



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所在地 島根県出雲市大社町日御碕
主祭神 天照大御神、神素盞嗚尊
様式  権現造
社格  式内小社、国幣小社
創建  安寧天皇13年
機能  寺社
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今朝の巡礼の中で、もっとも期待値の高かったのがこの日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)。出雲大社の力が及ぶ山陰地方にありながら、大社造ではなく権現造を採用し、伊勢神宮と強いつながりを持つ神社。

日が昇る東の伊勢神宮に対して日が沈む西の日御碕神社として、「日沈の宮(ひしずみのみや)」の名をいただく神社である。

創建の由緒は、伊勢神宮が「日本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日本の夜を守れ」 との「勅命」を受けたことによるという。下の宮である「日沈の宮(ひしずみのみや)」と、上の宮である「神の宮(かんのみや)」の上下二社からなり、両本社を総称して日御碕神社という。

日沈の宮には天照大御神(アマテラスオオミカミ)が、神の宮には神素盞嗚尊(スサノヲノミコト)が祀られている。そしてこの本殿である「神の宮」は西を向いて配置されており、日本海に沈む日を眺めることになる。外部から日本に向かって放たれた邪気を、この場所で受け止めている、 この国を護り続けて来た格式の高い神社である。

沈む夕日に染まるかのように、本殿は朱色に塗らており、またこの場所は日本夕日百選に選ばれている。そして今の社殿を立てたのは3代目将軍である徳川家光。本殿に参拝をし、境内脇から外にでて、西の海岸沿いまで歩いていく。こちらも漁村らしく港には多くの漁船が止められており、その先にはウミネコの繁殖地として有名な経島が浮かんでいる。

山陰地方で異彩を放つこの神社。伊勢神社からこの日御碕神社へと伸びる太陽の軌跡。日本有数の特別な場所を体験し、次はこの旅最大の目的地である出雲大社へと向かう為に粉雪がちらつく中駐車場へと足を向けることにする。
















斐伊神社(ひいじんじゃ) 不詳 ★★


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所在地 島根県雲南市木次町里方字宮崎
主祭神 素盞嗚尊
様式  大社造
社格  式内小社、旧郷社
創建  不詳
機能  寺社
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須我神社の山登りで噴出した汗が引かず、到着した斐伊神社(ひいじんじゃ)前の人気の無い空き地で風邪を引かないように着替えをする。この時点でまだ8時半なのでここまでは予定通りにこなしていることになる。気持ちを落ち着かせ一車線でまっすぐ伸びる木次線のすぐ脇に鎮座する斐伊神社(ひいじんじゃ)を参拝する。

この斐伊神社(ひいじんじゃ)、宮崎大明神とも呼ばれているそうであるが、一の鳥居をくぐるといきなり相当な急勾配の石階段。その右手には二股に分かれたとてつもない大木が目に飛び込んでくる。

勾配に立っているのでその圧迫感は更に強烈になるが、幹の表情などとにかく普通ではなく、御伽噺にでてくるような霊気を漂わせるような神木である。その上の境内はそれほど広くなく、社殿もこれといったインパクトは無い。

ただしこの斐伊神社の凄いところは、境内をでて、すぐの線路を渡ってまっすぐ100メートルほど路地を行くと右手に見えてくるこんもりとした小さな森。なんでも素戔嗚尊(スサノオ)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治しその8本の角を埋めた場所に杉が生え、「八本杉」をして祀られている場所であるという。

ちなみに、この八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は「日本書紀」での表記で、「古事記」では八俣遠呂智となっているという。

更にだが、同じく「日本書紀」では素戔嗚尊(スサノオ)といい、「古事記」では須佐之男命(スサノオノミコト)と表記されており、八岐大蛇の尾から出てきた例の剣も、「日本書紀」では草薙劒(くさなぎのつるぎ)で、「古事記」では草那芸之大刀(くさなぎのたち)らしい。なんとも複雑な・・・

住宅街の中に森の一部が切り取られたような背の高い8本の杉。その杉をしたから見上げていると、なんだか自分も古代の時間にタイムスリップしたような気分に陥る。行き交う人の姿も見えないなんとものんびりとし、ひなびた感じの田舎の風景。なんだか映画に出てきそうな田園だなと思いながら、なかなか来ない電車がどんな姿かを想像しながら、再度線路をまたぐことにする。
















2014年2月1日土曜日

八重垣神社(やえがきじんじゃ) 不詳 ★★


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所在地 島根県松江市佐草町
主祭神 素盞嗚尊(スサノオノミコト)、櫛稲田姫(クシナダヒメ)、大己貴命
様式  大社造
社格  式内小社、県社、意宇六社
創建  不詳
機能  寺社
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真名井神社があまりに観光地化されていないにも関わらず、とてもすばらしい聖域と境内空間を保っていたので、これは「意宇六社」は相当期待できるのでは?と思いながら向かったのはこの八重垣神社。

真名井神社から車で5分ほどの位置に鎮座し、比較的大きな駐車場も整備されており、車で近づいている段階で「これは相当に観光地として整備されている神社だな・・・」と感じることが出来る。

この八重垣神社も意宇六社の一つに数えられ、この地で長く崇拝を集めてきた神社である。旧称は佐久佐神社(さくさじんじゃ)といい、伝説によれば、素盞嗚尊(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した後、稲田姫命(クシナダヒメ)と住居を構えたのが須賀(現在の雲南市大東町須賀)の地(須我神社)であり、後に現在の地に遷座したという。

その素盞嗚尊と櫛稲田姫の故事から縁結びの神社として信仰を集め、多くのカップルや女性参拝客の姿が境内のいたるところに見られた。いつの時代でも神社を支えるのは恋に悩む女性達であり、その女性の気持ちを掴むのはやはり縁結びの神々なのだと納得する。それは現在の日本全国何処でも見られる、明らかに女性参拝客が多い神社に共通することだろう。

観光地化に成功しているだけあって、境内とその付近にはいわゆる「パワースポット」と呼ばれる場所が数々見られる。まずはなんと言っても社殿の後ろに回っていくとすぐに見えてくるのが「鏡の池」。その手前では何人もの女性がしゃがんで何やらお願い事をしている様子。

というのも、この「鏡の池」は、その奥に鎮座する「奥の院」の手前に設置されており、素盞嗚尊(スサノオノミコト)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治している間に、稲田姫命(クシナダヒメ)がこの奥の院で身を隠している間に、鏡の代わりとして自らの姿を映したとされる池である。

その伝説から、社務所で薄い半紙を購入し、その中央に小銭を乗せて池に浮かべ、遠くまで流れていけば、遠くの人との縁があり、早く沈めば、縁も早く訪れるという占いができると言われている。どこかでも同じようなことを見かけた気がするが、やはり目の前の女性達はまさに真剣に手を合わせながら自らの紙の行方を追っているようである。

「少しでも早く・・・」という重いからか、思い100円などのほうが重石としての効果を発揮するようで、池のそこには10円や100円玉が煌いている。

境内に戻るところには、この八重垣神社に3本あるという、二股に分かれた椿、夫婦椿のうちの一本を見ることが出来る。後の二本は境内に一本と、社殿の正面、道を渡った場所に一本生えている。

事前の調査で、この神社だけ参拝時間が9:00~17:00と表記されているので、なぜだろうといぶかしんでいたが、これだけ観光地として人気を集め、社務所で半紙を買わないと鏡の池での占いが行えないとなると、恐らく過去に「聞いてないぞ」というクレームでも入ったのだろうと勝手に想像する。

恐らくこの神社を目指して多くの観光客がこの地を訪れているのだろうと思えるなんとも心地の良い境内の空間。大社造の社殿の前にかかる太く立派な注連縄の姿も含めてやはり山陰地方を代表する神社であるのは間違いないだろう。