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2016年2月13日土曜日

別府温泉 ★★★



大分を離れる前に、最後にせっかくだからと立ち寄ることにした別府温泉。小さなころから「温泉街」といえば熱海や別府という印象であったが、なぜか別府はより大人の温泉街というイメージ。両親も新婚旅行で立ち寄ったという話を聞いていたのでぜひとも一度そのお湯を味わってみたいと思っていた温泉である。

この旅で何度も通った高速から、次第に高度を下げて大分市に下りていく途中に見えてくる、街中から立ち上がるモクモクと湯煙が独特の風景。豊かな源泉が多く分布することで知られるこの別府市はその源泉数および湧出量ともに日本一というから、名実共に日本を代表する温泉の街という訳である。

街のあちこちに分布する温泉は別府八湯(べっぷはっとう)と呼ばれ、それぞれに集中して性格の違った温泉となっているようで、

別府温泉
浜脇温泉
観海寺温泉
堀田温泉
明礬温泉
鉄輪温泉
柴石温泉
亀川温泉

それぞれを回って初めて別府の温泉を味わったことになるのであろうが、今回はそんな時間も無いので、その中の鉄輪温泉でも堪能することに。トロトロとしたお湯と、簡易な仕切りで露天となっているそのしつらえに、「流石は温泉の街だな」とお湯の中で考えを広げながら、駆け足だった大分横断の旅を振り返ることにする。






2016年2月10日水曜日

黒川温泉 ★★★


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日本百名湯
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長い一日の運転を終えて、やっと到着したのが宿泊地の黒川温泉。全国的にも知名度の高い有名温泉街であり、いつかそのお湯を体験してみたいと思っていた温泉の一つである。

田の原川と呼ばれる中心に流れる川の両側に旅館が立ち並び、その地理的条件のためにさらに建物を建てる敷地がないために、計24軒のみのこじんまりとした温泉街ができあがったという。古くから旅館組合がこの特徴を逆手にとり、統一的な街並みを守ることで黒川温泉全体として落ち着いた高級感のある雰囲気を作り出し、全国トップレベルのブランド力を得ていったという。

車一台がやっと通れるほどの細い道を降りていき宿に到着し、細い道でつながれる本館と新館とうつくりの宿を見てまわり、客で込み合う前に宿の中にいくつか用意されている温泉を楽しむことにする。

食事前に少し町を歩いてみると、インバウンドのお陰でではないが、街中にツアーの旗を振ったガイドの後について回る大勢の韓国人ツアー客が大挙しており、有名なシュークリーム屋さんにどっと押し寄せており、間一髪のところで先に買えたシュークリームをもってそそくさと逃げ出すことに。

銀座や秋葉原だけでなく、日本全国どこでもこうした大量のインバウンドのツアー客によって潤うのと同時に、こうした場所の雰囲気もまた少しづつ失われていくのだろうと、「これがグローバリゼーションのもたらしモノなのか・・・」と思いながら石段をあがってその場から離れることにする。




2016年2月3日水曜日

有馬温泉 ★


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日本百名湯
日本三名泉
日本三古泉
枕草子の三名泉
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神戸周辺を巡るのなら、ぜひとも足を伸ばして日本三名泉にも数えられ、阪神間の裏山にあたる六甲山の麓に位置する名高い有馬温泉で一泊したいものだと、かなり強行して日も暮れたあとに到着した新神戸駅でレンタカーを借り、山道を北にとばして有馬の温泉街に到着する。

日本三名泉といえば、江戸時代の儒学者である林羅山が記した三つの高名な下記の温泉地。


それに加えて、日本書記や風土記に登場する古くからの温泉地を集めた日本三古泉にもまた下記の様に数えられている。

有馬温泉(兵庫)、道後温泉(愛媛)、白浜温泉(和歌山)

それだけでなく、枕草子の三名泉にも下記の様に数えられており、とにかく古くから多くの人に親しまれ、かつとても効用の高い温泉だということで知られていた温泉地である。

有馬温泉(兵庫)、榊原温泉(三重)、玉造温泉(島根)

温泉の湯自体は「金泉(きんせん)」とよばれ、鉄分が大目の為に赤褐色のものと、透明な「銀泉(ぎんせん)」と呼ばれるものがあり、宿によってどちらかだったり、もしくは両方入れたりもするが、有馬温泉で有名なのは、かの豊臣秀吉がこの温泉を愛したということもあり、温泉街の東の端に「太閤の湯」という日帰り温泉施設が建設され、2,400円もの入館料を支払えば、金泉、銀泉を含む数々の趣向の違う温泉を楽しめるということらしい。

温泉街の雰囲気も知りたいしということで、宿にチェックインしてすぐにこの施設に向かうのだが、途中通りがかる温泉街中心地はやはりかなり狭い道に沿って、巨大な宿が立ち並び、少々想像していた昔ながらの下駄の音でも響く温泉街というイメージとはかけ離れ、バブル時代にでも阪神間の様々な企業の慰労の場として多くの人を収容する、そんな温泉地として姿を変えてきたのだろうと想像に難くない。

季節はずれのせいか、街中を歩く人の姿も疎らで、その先に到着した「太閤の湯」は巨大な駐車場を併設するハコモノ観光施設という様相。中に向かおうとしてすれ違うのは、さっそく中国人の大家族の姿。閉館も近いので時間割などあるのかと聞いているが、どうやらないようでしっかりと2400円耳をそろえて支払い、一体どんな凄いものが待っているのかと着替えを済ませて温泉へ。

入口周辺のお土産コーナーや、途中の休憩施設など、どうもどこの地方都市にもあるようなスーパー温泉の様な雰囲気に、やはりここも大手による運営の効率化などによって、できるだけ多くの人を受け入れられるように、そして先ほどの中国人の様なインバウンドの外国人も受け入れらるような体制を作っているのがよく見て取れる。

温泉自体はなるほどこれが 「金の湯」「銀の湯」かと思いながらも、秀吉を意識した金の茶室もどきのサウナ室や、なんだか新興宗教っぽい雰囲気のする鉱石を真ん中に置いたサウナがあったりと、「確かにお金はかかっているな・・・」と思わせるのに十分。だがしかし、これが自分が有馬温泉のイメージとして期待していたものか・・・と思うと、これも観光資源を活用し厳しい競争を生き残らないといけない時代のなせる業なのかと少々諦めを感じながら風呂をあがり、せっかくだからと一番賑わっている駅前付近で、食事を取りながらこの街の日常の雰囲気を味わうことにする。


2014年2月7日金曜日

下呂温泉(げろおんせん) 湯之島館 ★★



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前回の飛騨旅行では時間の関係で立ち寄ることが出来なかったこの下呂温泉(げろおんせん)。東海地方の温泉としては珍しく全国的に名が知れた温泉街であり、有馬温泉・草津温泉とともに、日本三名泉として知られている。

飛騨川沿いを中心に旅館やホテルが並び、飛騨山脈の中にぽっかりと開けたオアシスの様に湯気の立ち込めるよい温泉街を形成している。特徴的な下呂の名前は昭和以降に使われ始めた名称で、それ以前は「湯之島」と呼ばれていたという。ちなみに「湯之島」の地名は現在でも「下呂市湯之島」使われている。

そしてその「湯之島」の名を冠するこの下呂温泉の老舗旅館であるのが、「湯之島館」。昭和天皇・皇后両陛下がお泊りになったことでも有名な旅館である。下呂温泉で一番高い場所に位置するだけあり山沿いの道を随分曲がりながら上まであがると、斜面に沿ってへばりつくようにして経つ昔ながらの旅館の姿が目に入ってくる。


その姿を見ると、まるで「千と千尋の神隠しに出てくる湯屋の様な旅館だな」と思わずにいられない。増築された複数の棟が連なって全体を構成している、かなり大規模な旅館ということで、館内はレトロな休館からエレベーターを乗り継いでかなり上階まで上がる新館まで様々な雰囲気が味わえる。

日が暮れる前にチェックインできたので、まずは大浴場で汗を流し、折角なので温泉街を散策しにでかけることに。温泉街の一番上に位置しているので、かなり下まで降りていかなければいけないが、近道は近くに鎮座する「温泉寺」の境内を通る道だと教えられ、その通りに寺の境内を通って斜面に沿ってまっすぐに下りる参道の階段を下りていく。

下呂温泉だから「ゲロゲロ」で「かえる神社」・・・というなんともとんちの効いた観光地を巡り、川を中心に伸びるのんびりした温泉街の雰囲気を楽しみ、夕食に送れないようにと先程下りてきた急な階段を上り宿へと戻る。

夕食をいただくくらいから、今夜から明日にかけて相当な大雪に見舞われそうだということで、宿の中はかなりソワソワした雰囲気に。残念ながら下呂なら少々の雪なら大丈夫だろうということで、チェーンをもたず通常タイヤで来ていたので、受付で「雪が降ったときにタイヤのチェーンの貸し出しを行っているのか?」、「一番近くでチェーンが買える場所はどこか?」などと問い合わせるが、そのような対応はまったくしていないとのこと。

少しの雪でも積もったら、目の前の坂を下りてしたの温泉街にたどり着くのも一苦労になるのは目に見えているが、あまりに良く無い対応に諦めを感じ、もしものことを考えてお酒を飲まずに夕食をいただくことに。折角の飛騨牛も十分に味わうことが出来ず、気持ちはいつ雪が降り出すかにばかり行ってしまう。

食事を終えて天気予報を見ていても、状況は悪くなるばかり。下手すれば明日の朝を待たずに振り出しそうで、一度振り出したら恐らく車で移動することは無理そうだと様々なシュミレーションを繰り返す。電車で帰って後日車をとりに来るのも大変そうだし、雪が降っていない今のうちに下の温泉街にとりあえず車だけでも降ろしておこうかとまさかの温泉街での家族会議。

そんな議論の末に、結局残念だが今夜のうちに戻ってしまうのが一番安全なのではということで、最後にもう一度だけ温泉につかり、宿の事情を説明し深夜を待たずにチェックアウトすることに・・・

翌日には岐阜方面を廻って幾つか建築を廻る予定をしており、事前予約が必要なSANAA(妹島和世+西沢立衛)設計のマルチメディア工房には数週間前からメールでやり取りをして、4人で伺うと警備員にも連絡をしてもらっていたのだが、まずは無事に家にたどり着くことが第一と、深夜12時前に暗い温泉街を車で抜けていくことに。

1時間もしないうちにチラチラと雪が舞うようになり、本格的に振り出す前になんとか高速道路へと入ることが出来た。雪の影響はまだこちらまで到着してないようで、4時間ほどの運転で実家へと到着。ネットで調べるとその時刻には既に下呂ではかなりの積雪量となっている様子。

こうなったら少々不謹慎ではあるが、明日の朝に、「大雪で交通麻痺」というニュースを見て、判断が正しかったと思うことで中途半端に終わった温泉旅行を締めくくりたいと寝床に入ることにする。
























2014年2月4日火曜日

米子 皆生温泉(かいけおんせん) ★



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大雪の為に幾つかの修正点はありながらも、昨年の教訓を生かしてスタッドレスのレンタカーを用意し、幹線道路中心で廻ったことで、かなり予定通りに目的地を回れた津山から倉吉を回り到着した本日の宿泊地である米子市。

鳥取と島根という山陰地方のまさに中心に位置し、県庁所在地で無いにも関わらず、山陰地方の重要な位置を占める都市である。人口は15万ほどと他県に置いては決して大きな市ではないが、山陰地方においては十分大都市と呼んでいい規模である。ちなみにこの鳥取県は日本一県人口が少ない県でその人口は58万人という。

江戸時代初期から商業を中心に発展し、現在では米子北部に隣接する境港市出身の漫画家・水木しげる人気にあやかって、代表作である「ゲゲゲの鬼太郎」のキャラクターを総動員して町おこしに力をいれたことと、その名前を関した地域空港である米子鬼太郎空港にLCC(格安航空会社)が就航した事も手伝い、にわかの町おこしに成功した米子。

その米子鬼太郎空港と、その北の境港に位置するフェリーターミナルからはお隣の韓国や、ロシアに向けて船や飛行機か出ており、近隣諸国からの観光客の誘致にも一役買っている。

日本海に沿った美保湾と中海に挟まれた細長い形状をし、美保湾に流れ込む日野川により市内は東西に二つに分離される。南東には山陰随一の大山が聳え、山と海に囲まれたエリアが、下町エリア・皆生温泉エリア・弓ヶ浜エリア・市街地エリア・淀江エリアと大きく分けられている。

宿泊地は現在の地中心である米子駅周辺ではなく、菊竹清訓設計の傑作である東光園に宿泊する為に、皆生温泉エリアに宿泊している為に、本日の立ち寄り地をすべて終えて、そのまま宿に帰る前に折角なので現在の米子の様子を理解する為に、事前に調べていた繁華街の食事所を巡って腹を満たしていくことにする。

米子の繁華街というと、先ほど立ち寄った米子市公会堂の角盤町か、その近くの朝日町となるらしい。その近くを車で巡り、あまり纏まって店が立ち並んでいる様子が見られず、前もってネットで調べていた感じのよさそうな地元の店を幾つか回って、その中の一つの軒をくぐる事にする。

如何にも頑固そうな大将がカウンターの中におり、他に客のいないカウンターを見て「あ、しまったかん・・・」と思いながらも既に引き返せず、横の椅子に荷物を置いたら、「お客さん、後ろに置いてもらえますか?」と厳しい大将。

「困ったな」と思いながら、車で宿まで帰らなければいけないので、しょうがなくノンアルコール・ビールを頼み、幾つかつまみをお願いしてチビチビ飲みながら、他に客もいないので必然的に大将と話をすると、今ではこの辺りもすっかり人が来なくなってしまったという。

昨年の式年遷宮ブームにのって、ホテルの少ない出雲に泊まりきれなかった観光客が溢れるようにして米子に宿を求めてきたので、昨年は良かったが、今年に入って正月以来はばったりダメだと嘆いている。

それだけでなく、街としてもどんどん活気を失っていき、東芝や日立などの大企業も撤退を決め、ここらへんの飲み屋も随分減ってしまったという。軽く飲んだ後でもう一軒といけるようなスナックも昔は多かったが今ではほとんど無いという。

観光客は駅前だけで、町おこしをした水木しげるロードの影響で、瞬間風速的に訪れる人は増えたが、それが盛り上がって、終わったらもうダメで、次の手を考えずに、それに頼りきり。米子城もまったく整備されておらず、他に行くところといえば大山だけ。それではダメだと切実なるこの街の声を聞きながら酒を飲む。「酒飲みのつまみがすきそうなので」とこのわたをサービスしてもらい話を続ける。

明日の予定を話すと、「自分は実は霊感が強く、かつて大山の上に位置する大山寺に夜のドライブに行った時の話しですけどね・・・」と、なんでも夜に大山寺まで上がっていったら、駐車場のところで急に白い霧に囲まれてしまい、車がガタガタと揺れだしたという。驚いてエンジンをかけようとしても、まったくかからないまま、震えるようにして一時間ひたすら待ちつづけると、すっと霧が引いていき、そうするとエンジンも普通にかかって戻ってこれたという。それだけでなく、他にもいろんな経験をしたところなので、行くには十分気をつけてくれと釘を刺される。

大将に教えてもらったほかの飲み屋を少し覗いて、やはり人が入れ替わり立ち替わりくるような夜の街でもないのを理解し、山陰の現状を痛感する。車と取りに戻り、宿泊地の皆生温泉(かいけおんせん)まで戻る。

この皆生温泉は山陰最大の温泉地であり、弓ヶ浜の皆生海岸に面して多くのホテルや旅館が軒を並べる地域であり、日本におけるトライアスロン発祥の地としても有名だという。

白砂の美しい弓ヶ浜沿いということで、「日本の朝日100選」を始め、「日本の夕日100選」、「日本の渚100選」、「日本の白砂青松100選」、「都市景観100選」にも選定されている。

海岸沿いから一歩内側に入ると飲み屋が並んでいるが、恐らくかつては凄かったが、徐々に寂れてきてしまったのだろうと思われる街並みになっている。この地域のもう一つの顔は山陰随一の風俗街ということもあり、飲み屋街の奥にはいかにもそれらしき看板と客引きが道を埋めている様子が伺える。

事前の調査ではこの皆生温泉は日本百名湯だとばかし思っていたが、どうやらそうではないらしく、それではない「にっぽんの温泉100」などには入ってくる温泉ということらしい。

日本百名湯

にっぽんの温泉100

東西と南北に長い日本列島。その中ですべての場所が「表」として栄えてくるわけでもなく、こうして日本の裏側でその場所にあった繁栄をしてきた土地がいるのもまた事実。そんな日本の裏の玄関である山陰地方。そこに流れてきた時間を感じることができながらも、これからこの都市はどのような形で存続していくのだろうと思いを馳せる事になる。

2014年2月3日月曜日

有福温泉(ありふくおんせん) ★



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有福温泉(ありふくおんせん)は、江津市の山間部にある温泉街。島根県にある百名湯は昨日から立ち寄ってきた玉造温泉温泉津温泉と、残すはこの有福温泉だけである。もちろん百名湯以外にも良質な温泉は沢山あるのだろうが、まず優先順位を付けるとしたらこちらからとなるのだろう。

そんな訳で、朝から駆け足で何箇所か廻ってきたのでその汗を流すためにも立ち寄る温泉。昨日宿泊した温泉津温泉同様、こちらもかなりの規模の温泉街があるらしいので、期待をして随分と山深くなる道を進む。

随分開けた集落に差し掛かったときに左手に見えてきた小学校と思しきものの体育館がなんともレトロな雰囲気を漂わせる西洋建築であり、あまりにかっこよいので停車して写真に収めようかと逡巡するが、まずは温泉だと先を進む。

ナビで到着だと示されたところはどこかの高齢者センターであるが、道路脇の看板を頼りに細い道を進むことにすると、暫く進んだ先に有福温泉入口が見えてくる。駐車場が何処にあるのか分からないまま細い道を先に進むと、左手に公共駐車場が開け、その裏手には山の斜面にへばりつくように温泉街が広がっている。

この光景はかなり壮観であり、温泉街らしくところどころから湯気が出ているのもまた雰囲気を出してくれる。やはり山の斜面に旅館や民家が立ち並ぶ姿から、「山陰の伊香保」と呼ばれているという。

駐車場に車を停めて、案内図を見ると、事前に調べていたように共同浴場は御前湯、やよい湯、さつき湯の3軒。タオルを手にし坂道を上がって物色していると、駐車場に車を停めて、プラスチックの風呂桶にタオルを入れた地元の人と見られるおじいさんやおばさんが多く共同浴場に吸い込まれていく。

少しコーヒーでも飲んでからお風呂でもと、カフェに足を運ぶがまだ開いてないようである。しょうがないので、人の流れに誘われるように木造で雰囲気の良さそうな「さつき湯」に入ると、中にはやはり地元民と思われるおじいさんが二人。

開湯は1300年前とされる湯治場として栄えた有福温泉。入り方を見てみても、やはり2-3週間集中して入るのが治療によいとされるらしい。鄙びた雰囲気を十分に感じ、身体も温まって次へと向かうが、辺鄙なロケーションを物語るように、先程通った道を戻り浜田市中心へと向かう。

ということはと先程見逃した小学校前で車を停めて、のどかな田園の中にスクッと建つ浜田市立有福小学校の体育館をカメラに収める。