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2017年10月19日木曜日

烏鎮(乌镇,Wū Zhèn,うちん) 浙江省 ★★★




杭州、蘇州そして上海を結んだ三角形の真ん中辺りに位置するのが、江南の歴史的街並みを保存し、美しい水郷の街として中国国内では非常に人気の観光スポットとなっている烏鎮(乌镇,Wū Zhèn,うちん) 。

北京の四合院に代表される北部の建築とも違い、またお隣の安徽省にある宏村などの村落とも違って、近くを流れる長江の恵みを引き込んだ線上に伸びた街並みが特徴の江南の風景。

その中でも政府の政策も助け、この20年で古い清時代の街並みが保全・修復され、重点的観光地として整備され、それに歩調を合わせるように、街をあげて様々なイベントが一年を通して開催されることで、この小さな街に中国全土から人を呼び込んでいる。

そのイベントの一つである烏鎮演劇祭(乌镇戏剧节,Wuzhen Theatre Festival)。街の中には東西南北にそれぞれ区として名づけられ、古い町並みが整備されているエリアがあり、その中でも重点的に整備された東区と西区はエリア全体が歴史保全エリアとして、入場料を支払って入るゲーティッドエリアとなっているのだが、その中でも最大の広さを持つ烏鎮西区(乌镇西栅,Wuzhen Xizha)全体を使い、エリアの中様々な場所でパフォーマンスやシンポジウムが数日間にわたって行われるイベントである。

この街出身の俳優の黄磊(huáng lěi,ファン・レイ)や、廃れていた烏鎮を何とかかつての美しい場所にと行政に働きかけ、設計・整備を統括した陳向宏(陈向宏,chén xiànghóng, チェン・シャオホン)などが発起人となって始まったイベントで、すでに7年続いており、毎年多くの人がこのイベントに合わせてこの街を訪れるという。

その演劇祭の一環として、「建築と演劇」というテーマで黄磊さんがホストで陳向宏さんと二人で二時間ほどのトークイベントに参加するためにこの場所に足を伸ばす機会を得ることとなった。

最寄の杭州空港まで飛び、そこから車でおよそ1時間半。深夜に到着した烏鎮は想像していたよりも、大層小ぶりな街の印象。イベントの合間を縫って、ぜひとも江南の雰囲気を充分に吸い込んで帰りたいものである。







2015年1月4日日曜日

杭州東駅 ★

朝、ホテルに頼んで手配していた貰っていたタクシーの運転手を相談し、駅に向かう前に少しだけ市内に向かい、例のレンタル自転車カードを返却し、デポジットとして預けてあるお金を返還してもらうことに。

時間的にギリギリかと思ったが、思ったより渋滞が発生しておらず、カードの返却もスムースに行き、無事に一人300元のデポジットを受け取ることができた。その後、紹興へ向かう快速電車が発着する杭州東駅は2013年に完成した中国最大の駅舎であり、なんとその総工費は約4100億円で、あまりにお金を使いすぎてしまい、その後の公共建築がなかなか進めないとタクシーの運転手がいろいろと説明してくれる。

駅に近づくと、周囲の景色と比べても遠近法を無視したかのようなその巨大スケール。その総面積は32万平米で、計34路線が乗り入れる巨大駅。中国の駅舎では基本的にプラットフォームに自由に出入りすることはできず、空港浪の安全検査を受けて2階部分に位置する待合いホールに入り、そこで列車が来るの待つ。そして出発15分間になると各ホームへ降りる階段前に乗客が並び、切符のチェックを受けてホームに下りて、既に到着している電車へと乗り込むというシステム。

出発の時刻まで暫くあるので、同行ご夫婦とバラバラになり駅構内を妻と二人で散策する。二階部分が一番人が溜まる主要ホールになるために持ち上げれた構造であり、さらに巨大な駅をできるだけ開放的にするために建築というよりは土木的なスケールである屋根架構を支える特徴的な斜めに傾いた巨大な柱や、幅広い建物の為に内部が暗くなるのを防ぐため、自然光を取り入れる為の巨大なトップライト、柱と同様に斜めに傾けれらた壁など、特徴的な建物だけに出てくる問題が見えてくる部位を見てまわる。

それより何より、こうして都市から離れる人々と、都市に到着する人々が同じ空間を共有すること無い空間はやはり都市のダイナミクスの現れである「出会い」の空間である駅舎の歴史から見ると少々寂しいのではと思わずにいられない。

待ち人が想い人の到着を今か今かと待ち受ける頭端式ホーム。人々が再会と別れをかみ締める「溜り空間」のあるターミナル駅はこうして徐々に現代の都市から姿を消していくのかと思うのと同時に、新しい速度の時代にあった新しい「都市の舞台」としての建築が登場するのもまた遠くないのだろうと思いながら、そろそろプラットフォームへと降りていくことにする。






















紹興 ★★★


杭州に来たのだからぜひとも訪れたいと思っていたのが杭州の東に位置し、電車で30分で行くことができる水郷の都市・紹興(绍兴、しょうこう、Shào xīng)。あの魯迅(鲁迅、ろじん、Lǔ Xùn)の出身地でもある都市である。

かつての名称は会稽(かいけい、huì jī)といい、歴史にも登場する春秋時代の「越(えつ、yuè)」の国の都でもあった場所である。この「会稽」の名は、「会稽の恥」ということわざが有名で、その由来もまた春秋時代に争っていた越と呉(ご、Wú)の間で、争いに敗れた越の越王・勾践(こうせん、Gōu Jiàn)が、呉王・夫差(ふさ、Fū chā)に終われ、この紹興(会稽)の街の南に位置する会稽山において屈辱的な講話を結んだという故事より、「恨みを晴らすこと」を「会稽の恥を雪(すす)ぐ」という様になったという。ぜひとも今度、誰かとの会話の中で使ってみたいことわざである。

現在の市区人口は64 万人と言われ静岡市や岡山市の70万人よりやや少なく、船橋市や鹿児島市の60万人よりやや多いという規模である。やはり何といっても日本にも留学をして縁の深い魯迅の出身地ということで、旧市街地に位置する魯迅の故居を中心とした観光地を中心として多くの観光客が訪れる街であるが、水郷の街が現代においてどのように姿を変えて生き残り、魯迅の小説の世界がどのような場所で生まれたのか、それを感じるために朝早くホテルを出発して駅へと向かうことにする。

2015年1月3日土曜日

ピンとこない西湖十景 

「杭州に行く」と決めてから、色々なサイトで「杭州で何を見るべきか」を調べてみる。そうすると必ず中心となるのがこの西湖。そしてその西湖を語るときに必ずセットして紹介されるのがこの「西湖十景(さいこじゅっけい、Xī Hú Shí Jǐng)」。つまり「西湖周辺の素晴らしき10の風景」ということなのだが、ネットで見ている限りどうもピンと来なかった。

通常ではどこの街に行っても、中心となる歴史地区があり、それを象徴する建物が建っており、そこから幾つかの主要道路が走っていて・・・と街の構成とスケールが何となく理解できるのだか、この西湖十景に関してはどうも掴めないまま現地に到着してしまった。

その理由が、こうして2日間西湖周辺を巡り、実際にそれらの西湖十景を訪れてみて分かった気がする。

それは、「風景」というものの難しさ。

文化の中でも一番高位におかれるという「風景」というものの伝え方の問題である。目に映る世界の中からフレームを美しい絵として切り取る「風景」。それには自分の立ち位置に近いものを見る「近景」から、徐々に距離を持ち出し、建物などを視界に捕らえる「中景」、そしてずっと距離を離して自然の世界を全面に捉える「遠景」から構成される。

「近・中・遠」という距離の問題と、それぞれのスケールに合わせた見るべき対象の問題。この二つが複雑に組み合わされて風景が出来上がる。

そしてその風景を構成するための道具、背景となる自然の山などの起伏、その前にポイントとなる人工物、そして風景の焦点となる建築物など、それらが上手く視界の中に配置されることで美しいバランスを作り出す。

それらを上手く整理しない限り、サイトで簡単に「西湖十景」を説明することは不可能で、それがネットで見ていてもどうも「ピンとこない」ことの正体だと理解し、これを簡易に説明するためには都市的な視点と建築的な視点が同時に必要なのだと妻に熱弁を振るう。

せっかくなので、これから西湖に行く方の参考になればと少し自分なりに纏めてみることにしてみる。

まずは背景となるもともとの西湖周辺の風景を想像してみる。平らに開けた東側は古来より住宅地として利用されていたのが想像される。北、西、東には湖畔まで迫るように美しい山が地形に高さを与える。湖の内部には北側に大きな自然の島である孤山が浮かぶ。

そこに西湖の西で湖を東西に分断する強烈な直線としての蘇堤。
西湖の北に湖をさらに南北に分断する短い直線としての白堤



そして風景の焦点となるタワー。
北の「宝石山」の頂上にそびえる「保俶塔(ほしゅくとう)」
南の「夕照山」の頂上にそびえる「雷峰塔(れいふぉんた)」
南東の「呉山(吴山、ごさん、wú shān)」の頂上にそびえる「城隍閣(じょうこうびょう、chéng huáng miào)」



湖の中心に人口の島である小瀛洲・湖心亭・阮公墩が平面の中に点を作り出す。


直線の蘇堤・白堤にも、船の行き来を可能にするために、石橋がかけられ、植えられた柳の切れ目と少し高く持ち上げられた橋が視線の受け場所として作用する。



これらを踏まえて、再度「西湖十景」を、どこから、何を、「近・中・遠」のどの距離感で切り取る風景なのかを図にしてみると、黄色の遠景、白色の中景、赤色の近景と分類できる。

これらの壮大な風景の創作が、時代を超えて様々な人間の手を経て受け継がれてきたこと、そしてそれを現代も多くの人間が感じ取り、感動する対象としていることに、「風景」の持つ大きな力を感じずにいられない。