ラベル 播磨国 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 播磨国 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016年2月5日金曜日

海神社(わたつみじんじゃ) 不詳 ★


--------------------------------------------------------
所在地  兵庫県神戸市垂水区宮本町
主祭神  上津綿津見神・中津綿津見神・底津綿津見神
社格  式内名神大社
本殿の様式  三間社流造銅板葺
別名  日向大明神
創建  伝神功皇后朝
機能  寺社
--------------------------------------------------------
播磨三大社(伊和神社・粒坐天照神社・海神社)
--------------------------------------------------------
国道2号線でもある海岸通を東に向かい、徐々に神戸に近づいている雰囲気を感じていると、周囲から相当な量のパトカーと救急車が大きな音を立てて駆け抜けていく。「これは相当な事故があったんじゃないか・・・」と思ってしばらく車を走らせると、パトカーとJR関係者の車が集まっている箇所があり、左手を見ると上の線路の上にも多くの関係者が・・・。後ほど調べてみると、JR神戸線の垂水駅-舞子駅間で人身事故が発生し、その事故対応のために相当な時間がかかったようである。

そんなことに気を取られていると、海岸通沿いにいきなり現れる鳥居を見逃しそうになり、急いでハンドルを切って鳥居をくぐる。相当な交通量がある通り沿いにある神社で、敷地も限られているためであろうか、境内の多くの部分は駐車場になっており、しかも入り口は鳥居をくぐってそのままアクセスするタイプ・・・

「参拝です・・・」と伝えると、料金は取られず「ここに停めてください」と。恐らく参拝客以外の注射客がほとんどなのだろうと想像するのに難くない係りの人の対応。なんとなく申し訳なくなり、迷惑かけないようにと、そそくさと参拝をすることになる。

参拝を終えて振り返ると、目の前に広がる明石海峡。そして今度は下から見上げる明石海峡大橋。流石海の目の前に鎮座する神社だけあって、祀られている祭神ももちろん海に因んだ神々。

上津綿津見神(うわつわたつみのかみ):海上=航海の神
中津綿津見神(なかつわたつみのかみ):海中=魚(漁業)の神
底津綿津見神(そこつわたつみのかみ):海底=海藻、塩の神

この地の生活がどんなものだったかを想像させるような神々の役割。それにしても境内まで響いてきて、一向に止まる様子の無いサイレンの音に、相当な事故だったのだろうと想像し、最後まで気を抜かずに安全運転に気をつけようと駐車場から車を出すことにする。





柿本神社(かきのもとじんじゃ) 不詳 ★


--------------------------------------------------------
所在地  兵庫県明石市人丸町
主祭神  柿本人麻呂朝臣
社格  旧県社
本殿の様式  一間社流造銅板葺
別名  人丸さん・人丸神社
創建  伝・仁和3年(887年)
機能  寺社
--------------------------------------------------------
明石公園からすぐの人丸山の頂上に鎮座しているのが、歌聖と仰がれる柿本人麻呂を祭神として祀る柿本神社(かきのもとじんじゃ) 。高台となっている境内からは目の前に広がる明石海峡とそこにかかる明石海峡大橋が美しく見渡せる。

その視界を遮るかのようにそそり立つ塔は一体何だろうかと思って調べると、明石市立天文科学館ということで、左手に見えたのはプラネタリウムの丸い屋根の様である。





射楯兵主神社(いたてひょうずじんじゃ) 播磨国総社 不詳 ★


--------------------------------------------------------
所在地  兵庫県姫路市総社本町
主祭神  射楯大神(いたてのおおかみ)・兵主大神(ひょうずのおおかみ)
社格  式内社(小社)・播磨国総社・別表神社
本殿の様式  二間社流造
別名  そうしゃさん
創建  不詳
機能  寺社
--------------------------------------------------------
播磨国の国府は現在の姫路市の中心部、姫路城のすぐ近くである本町付近に位置していたと想定されている。とういことで、その近くに位置したのが播磨国の総社であったこの射楯兵主神社(いたてひょうずじんじゃ)。創建は不詳であるが、総社であった名残が境内にはが多くの摂社・末社鎮座し、それほど広くはない境内が小さな神社郡に埋め尽くされている印象。

姫路城に近く、その歴史を考慮しても、歴代の姫路城主の崇敬を受け、この地に生まれた名軍師の黒田官兵衛ゆかりの地としても有名だという。

境内は節分の豆撒きの為なのか、境内を埋め尽くすかのように提灯が吊られており、まるで水の中にいるような不思議な日の光と影の揺らめきを足元に作り出してくれる。
















広峯神社(廣峯神社、ひろみねじんじゃ) 734 ★★


--------------------------------------------------------
所在地 兵庫県姫路市広嶺山52
主祭神 素戔嗚尊(すさのおのみこと)、五十猛命(いそたける)
社格  県社・別表神社
本殿の様式 入母屋造り 桧皮葺
創建  (伝)734
機能  寺社
--------------------------------------------------------
円教寺の鎮座する書写山のすぐ東に位置するのが広嶺山。その山頂に位置するのがこの広峯神社(廣峯神社、ひろみねじんじゃ)。円教寺に負けず劣らず歴史の古い神社であり、伝説によれば、734年の創建といわれているという。

山の上に鎮座する。
駐車場から歩いて境内に向かわなければならない。

この二つの条件を満たすと、駐車場から一体どのくらいの時間を徒歩で歩くことになるのか?どれくらい勾配の道で、どれくらい体力を消耗するのか?などなど、その後の行程に影響がでる恐れもあるので、どうしても早足で歩くことになるのだが、こういう山奥の寺社は時に素晴らしい雰囲気の神域を体験させてくれるから、期待を感じながら歩き出すと、意外にあっさりと境内に到着。

なんだか寺院っぽい雰囲気の拝殿に手を合わせ、説明を読むのだがいまいち良く分からない。なんでも、現在の主祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)であるが、明治の神仏分離令以前の祭神は牛頭天王(ごずてんのう)であり、その牛頭天王というのは釈迦の生誕地に因む祇園精舎の守護神とされ、日本における神仏習合の神であるという。京都の祇園社(現八坂神社)の主祭神も現在は素戔嗚尊であるが、かつては同様に牛頭天王であったという。つまり明治の神仏分離令以前の江戸時代には徳川将軍家の菩提寺である寛永寺の支配下にあったという名残が、境内全体に漂う仏教寺院っぽい雰囲気に繋がっているということらしい。

そんな訳で拝殿の裏に回ると、この寺社の特徴でもあり、かつての主祭神である牛頭天王が非常に重視されるという陰陽道との関連を示すように、小さな境内社がいくつも立ち並び、それらが向き合うのは本殿の裏の面に設けられた9つの穴。これらは生年月日に応じた運命星によって定められているようで、その穴にお賽銭を入れて、また向き合う境内社にも手を合わせることにする。