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2017年10月26日木曜日

「ザ・サークル」 ジェームズ・ポンソルト 2017 ★

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スタッフ 監督: ジェームズ・ポンソルト 
原題: The Circle 
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スタッフ メイ・ホランド : エマ・ワトソン 
イーモン・ベイリー : トム・ハンクス 
タイ・ラフィート: ジョン・ボヤーガ 
マーサー:  エラー・コルトレーン 
アニー・アラートン:  カレン・ギラン   
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フェイスブック、ツイッター、インスタグラム・・・

次から次へと生み出される様々なSNS。テクノロジーは我々の生活の効率を高める手助けになるはずが、いつの間にか「SNS疲れ」が叫ばれる程に逆にそのテクノロジーに追われるかのように時間を過ごすようになった現代社会。SNSと上手く距離をとりながら、仕事やプライベートを充実させるために使える人はいいが、そうでなければ自分の誰かを比べストレスを感じ、ネットの先の不特定多数に認められるために自分を演じ、いつの間にかSNSに怯えながらも、それでもやめることができず時間を過ごす人は一体どれほどいるのだろうか。

誰もが発信者になり、誰ともコミュニケーションが取れる燦燦と光が差すような時代の、強い光だからこそ生まれる濃い影。テレビ東京の経済番組では勇ましいナレーションと共に紹介される現在の様子かと思ってしまうほど、手を伸ばせばすぐそこにある遠くない未来を描いたかの様な作品。

カジュアルで効率的で、開かれた社会と世界と人々の為になるイノベーションを追い求める若いテック企業。世界中の誰でも想像できるような企業のことを描いているのかと勘違いしてしまいそうなほど、この映画で描かれる企業の働き方、組織のあり方はインターネットによって生み出された様々なネット巨人の姿が頭に浮かぶ。

プライベートとネットの境目が無くなり、同じサービスでオンタイムで繋がった会員のカメラが全世界を覆う監視社会になり、警察がその行方をつかむことのできなかった犯罪者をほんの数十秒で追い詰めるのは、どこかのテレビ番組か、それともある種の宗教儀式かと思わされる。

この映画が公開されるころには、テック業界では遥か先に進んでいて、ここで描かれる問題はとっくに昔に解決済み課題となるくらいのスピード感で世界は進んでいくのだろうが、かつて毎年でる新しい家電やパソコンに終われたように、今は毎月現れる新しいSNSやアプリに追われるのでは、数年後は数週間で生活が変わるのかとぐったりする気持ちになりながら、自分の中でぶれないものをしっかりもって生きるのが唯一の舵取りなのかと自らの日常を振り返ることにする。

























2016年2月17日水曜日

「格付けしあう女たち: 「女子カースト」の実態」 白河桃子 2013 ★★


白河桃子
柳原可奈子のネタを見ていると、「女同士のマウンティング」がいかにして行われているのかとてもよく分かる。

かつては、大人になって付き合うのは、出身大学や勤め先、住んでいる街や子供を通わせている学校などで緩やかに色分けされていた「階級」とまではいかずとも、ある種の生活レベルを反映した所属クラスの中で、似たような家庭環境、育ち方をし、似たような考え方をもった人と付き合っていれば良かった。

しかし、これだけSNSがインフラ化し、今までは考えもしなかったような形で人と知り合い、そして交流を持つようになった現代。それが多様な人間関係をもたらすのと同時に、今までなら付き合う必要のなかったタイプの人間とも向き合っていかなければいけないことになる。

かつては、限られた人間関係の中で、教養の多寡や地域の中での人望など、時間をかけて養われてきた暗黙の了解で互いの関係性やポジションなどが理解でき、それをやんわりと保持しながら関係性を守っていたが、今は西部劇のように撃つか撃たれるか、もしくは江戸時代の果し合いのように、背景の分からない人とひょんなことで付き合うことになり、しかもその中でどうにか上下関係をはっきりさせるために作り出された様々なルール。

男性のように社会の中でどんな職業に就いているか、また会社の中でどのようなポジションについているのかが明確に分かるのく対して、女性はまたそれで様々なコミュニティの中で様々な人間関係の中でこの格付けが発生し「ルールを作ったもの勝ち」というゲーム理論同様に、様々なルールが決められていく。

そのなんとも生きにくい空気が完全に日本を埋め尽くした現代。学歴や仕事という自分の能力によって決定される要素ではなく、「結婚」という選んだ相手の社会的ステイタスによっていきなり「リボーン」と呼ばれる逆転現象が起こりうるのが女性の性。それによって得られるもの、自分が人生の中で一つずつ得てきたものでないからこそ、相対的に自らの立ち位置を確認し、周囲からの承認によって欲求を満たしていく。

SNSに頻繁にアップする子供の写真。
素敵なレストランで美味しそうな料理を旦那と楽しむ様子。
優雅な海外旅行の写真。
ママ友といくランチの値段。
子供を乗せるベビーカーのブランド。

様々なところで、少しだけ満足感を得ながら日常を生きるなかで生み出されていく多様な「女子カースト」。そんなのは昔からあったことで、ネットのお陰でより外に見えやすくなっただけとも思えるし、ネットの出現によって今までの限られた交友関係から開放され、エゴとうまく付き合えない人間が迷惑を撒き散らしている、とも思える現状。

「生きにくさ」を感じるのは間違いなく、それはネットの出現で今までになかった「便利さ」を得た人類の宿命なのかと受け入れるのか、それともこれはネットの出現によって開拓された新たなる人間の社会的行動であり、あくまでもそれは一過性のものであり、徐々に「生きにくさ」を軽減する方向に収束していく何かしらの方策があり、既に社会の中にその発芽が見えているのかどうか。

そんなことを知ることを期待して手にした一冊であるが、どうも社会に起こる現象を紹介するにとどもあり、言葉にはしないが、誰もが感じていたもやもやした感じを、「ああ、こういうことか」と言葉にしてくれて、納得するための「共感」を世の中にもたらしているのだろうと理解する。


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■目次  
はじめに 

第1章 なぜ女性は格付けをしたがるのか?
/見えない線が引かれる時
/「女子カースト」とは何か
/「女子カースト」のものさし
1-恋愛カースト/彼氏がいる、いない。また、どんな彼氏か。
2ー外見カースト/どれだけ自分に手をかけているか
3-社会的ステータス/自分だけでなく夫や子供
/女同士のマウンティング
/「女子カースト」が生まれる四つの原因
1-ヒマがある集団
2-狭くてぬるい均質な集団
3-逃れられない集団(会社、ママ友など)
4-「悪の種」が集団に紛れ込んだ場合
/外資金融で経験した悪の種

 第2章 「女子カースト」の実態
/ママカースト
・同じような年収・同じような家庭で集まる「ママ友」
・「子供が人質」の交友関係
・夫から生まれるカースト
・ママ達の苦しさの根本にあるものは自分の武器で戦えないこと
・評価されづらい専業主婦の仕事
・独身女性との比較
・「VERY」見て焦る
・ママカーストとは別の世界がある
・いずれは滅びる専業主婦というカースト

/恋愛・婚活カースト
・早く結婚する人、遅く結婚する人
・待ちうけ20代男子と恋愛しない女子大生
・決めきれない40代「センミツ女」
・40代はミスマッチゾーン
・年上女性X年下君の「格差婚」は普及するか
・理想のタイプと現実の相手のギャップ
・100対100のお見合いの婚活カースト
・年齢で振り分けられるお見合いサイト
・婚活カーストにおけるカーストは女子同士じゃない!?
・本当のミスマッチの原因
・女子会は恋愛カーストの確認の場?

/女子大生カースト
・女子大生カーストを決めるのは「コミュ力」
・周囲から浮かないファッションが第一
・SNSの振る舞いもチェックされる
・恋愛経験の有無
・女子会でのカースト
・金銭感覚の違いによる序列
・ブランドによる女子大間カースト
・SNSの利用法
・女子大生カーストは就活の「勝ち負け」につながる
・高学歴女子大生はなぜカーストを感じないのか?
・今の女子大生はいじめとスクールカースト経験世代
・女子高から共学へ「男子に重いモノを持ってもらえない」
・世間に出た後の同窓会の息苦しさ
・女子たちの分岐点

/オフィスカースト
・ワーキングマザーが作る、新しい働き方
・時短で広がる様々な働き方
・働くママでも、スタイルに差が出る
・ダメなのはママではなく上司
・仕事の評価とは違うところにあるオフィスカースト
・立場を守るための威嚇行為
・業務でマウンティングするな!
・男性社員のヒエラルキーとはどう違う?
・従来の上下関係に「男性からの目線」が絡む
・美人が出生すると必ず出る陰口は?
・働く女性は二重の土俵に乗せられている
・カーストに苦しむのは、女性自身に罪がある!?

第3章 今の日本は多様性社会への過渡期
/人を許せない国
/多様化の作法 
・すでに多様性は始まっている
・女子のカーストをサバイバルするための三つの技術
1-複数の足場を持つこと
2-問題解決能力を持つこと
ー集団の居心地に敏感になる
3-自分を肯定すること
ー自分を嫌いな人とは仕事できない

第4章 「女子カースト」のその先に
/なぜ女同士はつながれないのか?
/自分の子育て観を否定されると傷つく
/女性は自分の生き方を否定できない
/たとえば、女子と言う可能性
/鍵は多様性と未来志向
/生きやすい社会とは何か?

おわりに 
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2016年1月9日土曜日

「35歳のチェックリスト」 齋藤孝 2014 ★★


この本の存在を知ったときにはすでに35歳を過ぎてしまっていたが、「念のために・・・」と自らの今までの人生の過ごし方とこれからの時間のために「人生の棚卸し」をどうするかの参考書として読んでみる。

好きな友達と遊んで、興味のある異性とデートを重ね、自分の時間とお金を自分の好きなように使える時期から、結婚をし家族ができて自分のためだけではなく、誰かのために、誰かを守るために人生を生きるようになってくる35歳。そんな時間の過ごし方の変化は、そのまま今までの人生の過ごし方を何かしら違いを求めることになる。

「誰と過ごしているのが一番楽しい時間ですか?」と問うのは、今までどおり愚痴を言い合いストレスの発散目的だけの楽しい時間を過ごす生ぬるい友人との時間ではなく、「5年後の自分にわくわくした喜びを与えてくれる」を基準にして、自らの周りで誰がその刺激を与えてくれるのか、その人と時間を過ごすことがどう自分の明日に活力を与えてくれるのかを基準とすることとする。

これは分かっているけどとても難しい。誰もが働き盛りとなる40代に向けて、昨日よりも今日、今日よりも明日の自分が職業人としてどう向上するか考えて日々過ごすのであるが、それと同時に毎日やるべきことはたくさんあり、終われるようにして目の前の業務をこなし、それに付随するさまざまな人間関係、ストレスに追い詰められ、そんな中でどうにか息抜きと気の置けない友人とあーだこーだといいたくなるのもまたこの年代の求めるところ。

「自分の出身大学を話題にすることはありますか?」では、社会にでてすでに15年近く経った今、それでも出身大学の話で自らのプライドを保とうとするのはすでに賞味期限が切れており、それよりも社会に出てから今まで自らの実績は何かをもとに人間関係を構築すべきだと釘を刺す。フロイトを引用し「人間は生まれつき、快を求め、不快を避けようとする快楽原則を本能的欲求として持っています」という高きから低きに流れやすい人の惰性に苦言をさす。

「ツイッターやフェイスブックを頻繁にチェックしていますか?」では、誰でも日常的に友人や人生で一瞬すれ違ったような人の日常を否が応でも見せ付けられるような現代のSNS漬けの社会。その中で、自らのアイデンティティを誰かとの比較、相対的に位置づけるような過ごし方をしていれば、いつまでたっても「つながっていないと不安だ」「自分の存在感を示すために発信せずにはいられない」ということに陥りやすくなると。

「知的好奇心にブレーキをかけない」では、「何かに対して興味、好奇心が持てないと、人は閉じていきます」と著者らしい言葉で読者を煽り「知的好奇心を失った時点から、老け込んでいく。年寄りくさくなります」とばっさりと切って捨てる。「本を買うことに我慢しない」では、「知的好奇心とは、何かを吸収したいと言う意欲を持てているかどうか。知的体力は、若いころの差よりも、むしろ35歳以降をどうすごしていくかでどんどん差が開いていく部分。読書量。それから何かを習う。学ぶこと、自分へ投資し続けることをやめてしまうと、人間、頭打ちになってしまいます」とたたみかける。誰もが分かっていながらも、疲れていたり、子供の相手で忙しかったり、ネットの動画をついつい見てしまったりと、読書というある種の時間と集中力と身体の拘束を必要とする作業よりも、現代社会で他に幾らでも無料で得られる受動的で享楽的な時間の過ごし方についつい流れてしまうことを反省する。

「目から鱗」のことは決して多くはないが、35歳と自分の将来を心配して本気で自分の毎日の過ごし方に対して苦言を呈し、怒ってくれる人がいなくなる年頃にとって、こうして耳が痛いと思う言葉を胸に刻んで先の人生に向けて、今までの、そして現在の自分の日常の過ごし方を振り返る良いきっかけとなる一冊であろう。

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■目次
はじめに

【第1章】人は35歳で大人になる
1)35歳で何が変わるのか?
2)35歳は「大人」になる最後のチャンス
3)「35歳から」をデザインしよう
コラム あの人の35歳をチェックする 池井戸潤/堀江貴文/タモリ

【第2章】不安を自信に変える作法
1)人生の収穫期への準備をしよう
2)今の会社で「攻め」の姿勢を貫こう
3)30代の仕事力チェック
4)35歳、「できる人」と言われるには
5)できる人ほどポリバレント
コラム あの人の35歳をチェックする ビートたけし/安藤忠雄/奥山清行

【第3章】人生の迷いを吹っ切る技術
1)20代と30代で「幸せ」は激変する!
2)あなたが本当に「急ぐべき」リアルな理由
3)幸せを更新しよう
コラム あの人の35歳をチェックする ヤマザキマリ/菊間千乃

【第4章】35歳からの心技体の整え方
1)ビジネスマンにとって体力とは何か?
2)「疲れさせない」技術
3)ビジネスは「対人体力」で決まる
4)知的好奇心にブレーキをかけない
5)35歳で「真の花」を咲かせよう

おわりに――なぜ35歳なのか。
あとがき
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2016年1月1日金曜日

「つくし世代 「新しい若者」の価値観を読む」 藤本耕平 2015 ★★



数年に一度、如何にも現在社会を短いキーワードで言い表していますよという言葉が出現するようになって随分久しい。

ゆとり世代 さとり世代 つくし世代 負け犬 婚活 マウンティング スクールカースト・・・

結局どんな世界でも短いキーワードでキャッチーなコピーを持つことはマーケット的にも非常に有効なのだろうし、キーワードが定着してそれがじわじわと世間で当たり前なこととして認識を広めていくのだろう。

それにしても結局こうして、新しい言葉をある種強引に生み出すことによって、社会の中に、若者文化のマーケットの中で、何かしら新しいことが起きており、その最前線に自分はいますと世間に対してのアピールであり、その問題の第一人者としてコメンテーターとしてテレビに、講演として企業に、そして何より著書が世間に売れるようにと、仕事につなげようとするなんとも胡散臭い意図を感じずにいられないが、それでも毎日何時間もかけて現在の若者がどういう生態を持っているのか向き合っていることは事実だろうし、自分が同じように時間をかけられる訳もないので、現代の若者の動向を理解し、その彼らが主役となる社会の形をするうえでもやはり目は通しておかなければいけない一冊となろう。

「ゆとり」の次に「さとり」が来て、その後だと著者が定義する「つくし」とは、「自分たちのフィーリングで、コスパを徹底しながら、つくし、つくされ、みんなでハッピーになろうとする」だとする。

「努力が自分のためになるとは限らないし、まじめに頑張れば頑張るほど馬鹿を見ることもあるため、ほどほどに頑張って、ほどほどの生活ができればいい」という空気に覆われた世代だという。

なので「さとり世代」との定義の差異化をどう図ろうとしているかというと、コスパにとことんこだわりながら、欲望を収縮させながらも自分らしさを求めつつ、何よりも常に身近な誰かへの意識が幸福度や行動原理に組み込まれている若者たちということらしい。

その思考経路を決定付けているのは、物心ついたときから当たり前に身近にあったネット環境であり、常に誰かとつながっているという意識ありきの行動を行っているためだということか。

電通、博報堂に告ぐ大手広告代理店であるADKのマーケティングを行う著者だけに、自らの企業が行った「1本満足バー」のCMを画期的なものだと自らの著書で紹介する場合はせめてそれを手がけたのが自社だと宣言しておくほうがいいのではと思わせるところがあったり、様々な意図が隠されているのはしょうがないと思いながら、ビッグデータを活用できる巨大企業だからこそ見える様々な若者の現在進行形を知るために一読しておいて損はない一冊かと思われる。
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■目次
【序章】さとっているだけじゃない 今時の若者は何を考えている?
/広告で若者を動かすことが難しい時代
/流行や文化の作られ方が変わっている
/「チョベリバ」と「激おこぷんぷん丸」
/若者研究のスタンス
/若者たちと一緒に行う若者研究
/1992年というターニングポイント
/若者たちの「波及力」をどう活かすか?
/「ゆとり」「さとり¥だけではない、若者たちの特徴
/本書の構成

【第1章】チョイスする価値観
/若者関連事象からの分析
/なぜきゃりーぱみゅぱみゅなのか?
/「下着コーデ」「メギンス」-常識にとらわれず生み出す新しい流行
/ユニクロ+ユザワヤ
/「自分ものさし」で世の中をはかる
/お酒の飲み方も常識にとらわれない
/「個性尊重教育の第一号世代」
/クリスマスより二人の記念日
/自分らしさを「強調」よりも「協調」したい
/「世界に一つだけの花」と「ありのままで」
/ブランド感の押し付けを嫌う若者たち
/「スキマづくり」の成功事例
/一人一人に「ブランド・ベネフィット」を表現してもらう広告

【第2章】つながり願望ー支え合いが当たり前じゃないからつながりたい
/若者にとっての「宅飲み」
/スーパー銭湯とバーベキューの復権ー手軽な非日常感
/「カラーラン」「エレクトリックラン」-フォトジェニックという要素
/恋愛よりも義理よりも「つながり感」
/「街コン」と「狩りコン」の盛況
/「つながり」に関する意識の変化
/「リア充」と「ぼっち」の二極化
/「一人カラオケ」と「ぼっち席」-つながりからの開放と孤独感の解消
/つながりをサポートする「いじられ役」
/シェアしたくなる動画「バイラルムービー」という手法
/「SNSにアップしたくなる商品」という発想

【第3章】ケチ美学ー「消費しない」ことで高まる満足感
/お金をかけたいものがないから貯金になる
/「レンタル高級品」ー買わずに借りる
/「カーシェアリング」「相乗り」「シェアハウス」-見栄のための消費を嫌う
/「ハイボール」「ストロング缶」「センベロ酒場」-同じ酔うなら安く酔いたい
/「イエナカ消費」「弁当男子」「水筒男子」-外でお金をかけたくない
/消費意欲が芽生える中学時代からデフレ
/納得してお金を払う「イイワケ」が要る

【第4章】ノット・ハングリーー失われた三つの飢餓感
/物質的にもっとも満たされた時代に生まれた世代
/出会いがありすぎて「一期一会」にならない
/「ときメモ」と「ラブプラス」の違い
/「ウィル派」「三平女子」「女子会男子」-ドキドキよりも安心がほしい
/なぜ不良が減ったのか?
/「何でもあった世代」でも見たことがない新しさ
/情報過多の時代に存在感を示す工夫

【第5章】せつな主義ー不確かな将来よりも今の充実
/社会の恩恵を享受したことがない世代
/「若者ボランティア」の流行が意味するもの
/尋常ではない「若者の献血離れ」
/「即レス願望」をマーケティングに活かす手法

【第6章】新世代の「友達」感覚ーリムる、ファボる、クラスター分ける
/日本における「デジタルネイティブ世代」
/大学の入学式前から学生同士が知り合っている
/友達をクラスター分けする意識
/「リムる」「ファボる」-つながりの最小化
/「リツイート」か「リプライ」か
/なぜツイッターを連絡ツールとして使うのか?
/「つらたん」「やばたん」-タイムライン上を汚さない配慮
/つながりから解放されるための切り替え術

【第7章】なぜシェアするのかー「はずさないコーデ」と「サプライズ」
/「複数の自分のチャンネル」を持っている
/「はずさないコーデ」-自分らしさを消す方法
/「コミュ障」「自己満」「リア充撮り」-空気を読みあう意識
/テレビ番組の話題は「それ見てない」で終わってしまう
/「サプライズ」ーつながり感を高められる最高のネタ
/「チュープリクラ」「双子コーデ」「○○会」-つながりの確認作業
/若者たちが「シェアしたくなる」仕掛けを作る
/「推し面メーカー」はなぜ若者たちに受けたのか?
/「制服ディズニー」「コスプレディズニー」-非日常体験をする口実づくり

【第8章】誰もが「ぬるオタ」ー妄想するリア充たち
/8割近くが「オタク要素を持っている」と自覚
/サブアカ、趣味アカが生み出した新しいオタク像
/熱気が生じやすい「趣味コミュ」
/「初音ミク」「カゲプロ」とのコラボで成功した事例
/クリエイター心を刺激した「1本満足バー」のCM
/商品を「擬人化」させるキャンペーン
/バーチャルで妄想させる仕掛け
/「みんなはどう思っているんだろう?」を視覚化し、共有する

【第9章】コスパ至上主義ー若者たちを動かす「誰トク」精神
/使えるお金の減少=満足感の減少ではない
/「い・ろ・は・す」が若者に受けている理由
/ネットワークを活かして情報を駆使する
/「お得な情報」をシェアして感謝されたい
/「2ちゃんまとめ」「Naverまとめ」-情報収集も効率重視
/iPhoneが若者たちに普及したきっかけ
/なぜ、「読モ」の彼氏・彼女まで紹介するのか
/グルメガイドの変遷ー「顔が見えるユーザーの情報」が求められている
/「雪マジ!19」のヒット要因ー明確な「誰トク」を提示する
/年齢でセグメントする広告が効果的なもう一つの理由
/サンプリングも若者ほどシェアされやすい
/若者たちを動かす「友トク」精神

【第10章】つくし世代ー自分ひとりではなく「誰かのために」
/「自分以外の誰か」が意識されている
/「自分ごと」の範囲が広がっている
/「つくし世代」とは何か?
/冷たく合理的な時代だから「GIVE」が感動を生む

【終 章】若者たちはなぜ松岡修造が好きなのか
/「ボスとリーダー」の違い
/若者たちに共感を伝える「それな」マインド
/若者にもっとアウトプットの機会を!

あとがき
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2015年11月21日土曜日

「白ゆき姫殺人事件」 中村義洋 2014 ★★

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スタッフ
監督 中村義洋
原作 湊かなえ
脚本 林民夫
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城野美姫(容疑者) - 井上真央
赤星雄治(映像制作会社・映像ディレクター)  - 綾野剛
長谷川(映像制作会社・編集マン) - 染谷将太
狩野里沙子(典子のパートナー) - 蓮佛美沙子
三木典子(被害者) - 菜々緒
篠山聡史(係長) - 金子ノブアキ(RIZEのメンバー)
満島栄美(美姫のパートナー) - 小野恵令奈(元AKB48)
城野光三郎(美姫の父) - ダンカン
城野皐月(美姫の母) - 秋野暢子
前谷みのり(美姫の友人) - 谷村美月
水谷(情報番組司会者) - 生瀬勝久
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昨年、良くその宣伝や広告を見た覚えのある映画。「告白」、「北のカナリアたち」に続いての湊かなえ作品の映画化。2015年大河ドラマ「花燃ゆ」の主演の井上真央を主役に持ってきて、事件の真相を追う報道番組のディレクターに綾野剛、誰もが認めるいい女役の菜々緒が血みどろで殺される衝撃的な姿と、十分に興味を引く要素は十分。

それに完全にインフラの一部となったSNSを使い、顔の見えない一般の人が自分勝手に意見や推測をTwitterにてつぶやきあきながら物語が進んでいくあたりも、今を感じさせる湊かなえの見事な手腕。

人は自分が見たいように物事を見る

というテーゼがSNSによって集団的に加速され、誰も責任を持たず、誰もが好き勝手に事実を作っていってしまい、それに報道をする側も乗せられてしまい、自分の望む事実を作り上げていってしまう。

そのトリックよりも、SNSの出現によって変わりつつあるメディアの役割や、それによって流されていく人々の心理。そしてネットの向こう側で匿名を逆手にとって好き勝手に振舞ってしまう自分達の姿。その現代性に改めて驚かされると同時に、こういう少し嫌だけど、驚くほどの美人という役がすっかりはまり役になってきた菜々緒にも同じように驚きながら見終えることになる一作。










2015年11月15日日曜日

「ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性」 荻上チキ ちくま新書 2007 ★★


ここ数年、数日に一度は目にするようになった言葉がこの「炎上」。燃え上がっているのは古い住宅がびっしりと建ち並ぶ木密地域ではなく、広大なネットの世界。誰かが何かを言えば叩かれ、鬼女達に追い詰められる。「いつまで続くのだろうか」と思いながら眺めていると、次の標的が現れたらあっという間にそちらに移っていく、まるでイナゴの様な現象。

確かにこれは誰でも、どこでも、即座に、タダで情報を得られ、と同時に、誰でも同じように発言者になれる土壌が整備されたネット時代特有の現象であるのは間違いなく、それを冷静に分析して、そのメカニズムを理解しておくのは、これからネット世界無しでは生きていけない現代人にとってはある種の基礎講座となっていくのだろうと思いながら手を伸ばした一冊。

「ウェブ」や「インターネット」を「怪物」と称する著者のセンスは、現代に生きる人がそこはかとなく共有しているなんとも掴みきれない思いを代弁しているのであろう。問題は、ネットが不可避の存在として生活に入り込んだことによって、我々現代に生きる人間は、無意識のうちに社会的振舞いを変化させられてしまっているのではないか。そうであれば、ネットによってトリガーされた人間の持つ新たなる側面とはいったい何なのか?とあくまで「人」を知ろうとするその態度には、非常に強い共感を感じることになる。

以下本文より抜粋。
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/「怪物」としてのインターネット
「ウェブ進化論」 ウェブはすべての情報を接続し、データベース化していきます

ウェブは、「みんなの意見」をデータベースに取り込み、履歴を積み重ねていくことで、より上質のサービスを個人に向けて提供してくれる
その動きは止まることなく、より正確に、より貪欲に、より膨大に、より高速に、より俊敏に、より多くの人を巻き込んでいきます。ウェブは、あたかも独自の生態を持った生物のようなものだ。

/「メディアはメッセージである」
メディアはそのあり方によって、欲望自体を欲望させるというようなことを生じさせます。
私たちの社会はインターネットという「怪物」によってこねくり回され、生成変化さえられています
「ウェブ以前」と「ウェブ以後」の社会では、どの様に異なるのか

/「可視化」と「つながり」
「可視化」と「つながり」という二つの概念を用いて考察する
インターネットは限りない数の情報を目に見えるように「可視化」情報と情報をどんどんつなげていきます「つながり」
総表現社会

/「ロングテール」という期待の地平
マジョリティ(主流派・多数派)ではない欲望でさえも技術の発展によって肯定され、その欲望が経済市場に貢献する

二章 サイバーカスケードを分析する
ウェブ 自分に入ってくる情報を予め自分用にカスタマイズできるメディアであり、と同時に誰もが情報の発信者になれるメディア

情報フィルタリング 
ウェブ上で人は、自分が知りたいと思う情報を収集します
個人の先入観に基づいて他者を観察し、もともと持っていた考え方や偏見にとって都合のいい情報だけを集め、それにより自分の先入観を補強することを確証バイアスと
印象深い記憶のみが強調されることをセレクティブメモリ

/エコーチェンバーがもたらす分極化
人はより自分に適した集団を求め合う
強調フィルタリング

/集団分極化とサイバーカスケード
人は誰しも自分の見たいものを見たがるし、自分の見たくないものは見たがらない。見たいものを見たら喜ぶし、見たくないものを見たら不快な気持ちになる。

理由の一つは、あらゆる面で多くのコストを払わずに済むから
メディアに触れることで、特定の欲望を喚起させられることがある 

/アーキテクチャという思想
アメリカの憲法学者 ローレンス・レッシグ [Code]人の行為を制約する力には4種類 法、規範、市場、アーキテクチャ
現代社会で働き続ける限り、ほとんどの人が、時間や場所、場合を問わずあなたを媒介しようとする「仕事コミュニケーション」へと接続しなければなりません。
そこから「降りる」ことはよほどの場合でないと難しいようです。

/可視化とつながりによる「誤配」の増大
「これまでつながっていなかったものがつなげられる」ということは、「ウェブ以前」であれば時間的、空間的条件などによって隔てられていたはずのコミュニケーションが遭遇すると言うことを意味します

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■目次  
はじめに(公開中)
一章 ウェブ炎上とは何か
日常化したインターネット
/注目をあつめる「web2.0」
/盛り上がるマーケティング言説
/「怪物」としてのインターネット
/「メディアはメッセージである」
/「可視化」と「つながり」
/「ロングテール」という期待の地平
/集合知は信用できるか
/サイバーカスケードという言葉
/ブログへのコメントスクラム
/個人情報をめぐる騒動
/企業と「祭り」
/商品をめぐる「祭り」
/盛り上がる「投票ゲーム」
/流行語をめぐる騒動
/「怪物」の二面性

二章 サイバーカスケードを分析する
デイリー・ミーとエコーチェンバー
/エコーチェンバーがもたらす分極化
/「デリート・ユー」の誘惑
/集団分極化とサイバーカスケード
/インターネットの起源
/のび太くんに見る道具と欲望の関係
/メディアの不透明性
/アーキテクチャという思想
/議論を左右するアーキテクチャ
/自走するコミュニケーション空間
/ブロガーとして、ニュースサイト管理人として
/複数のコミュニケーションへの常時接続
/可視化とつながりによる「誤配」の増大
/記号流通回路の変容

三章 ウェブ社会の新たな問題
イラク人質事件へのバッシング
/「自作自演説」というハイパーリアリティ
/流言飛語はなぜ生まれるのか
/デマの出現とリアリティの構築
/「分かりやすさ」へのカスケード
/立ち位置のカスケード、争点のカスケード
/「浅田彰の戯言」という流言飛語
/潜在的カスケードと顕在的カスケード
/「ジェンダーフリー」をめぐる騒動
/まとめサイトと抵抗カスケード
/アンチサイトの揺るがなさ
/「福島瑞穂の迷言」をめぐって
/リアリティと「ソース」をめぐる困難
/自走するハイパーリアリティ
/言説空間の不可避的困難とは?

四章 ウェブ社会はどこへ行く?
サイバーカスケードの功罪
/ネットがもたらす過剰性
/道徳の過剰
/ウェブにおける行動と予期の変化
/ウェブと政治の不幸な結婚?
/批判の語彙
/「2ちゃんねらー=右傾化した若者」という間違い
/シニシズムの回路と向き合うこと
/監視の過剰
/討議を豊かにするアーキテクチャへ
/ハブサイトの役目
/「鮫島事件」と自走への自覚
/合意によるリアリティ
/悲観論と楽観論を超えて

あとがき
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2015年10月12日月曜日

「ソーシャルメディアの何が気持ち悪いのか」 香山リカ 2014 ★

一時期の盛り上がりはなりを潜め、Facebookに定期的にアクセスしている人は仕事で使っている人か、それとも食べた物や子供の写真などをアップしリア充アピールに余念が無い人たちばかり。

SNSの枝分かれはまるで生物の進化の過程を見るかのように分化を早め、Twitter、Instagram,Facebook,Google+にLineとメジャーどころの面子がほぼ決まりつつあり、Twitterで呟いて、Facebookで「いいね」を押して、そしてInstagramに画像を上げる。なんてことをしている人はよっぽどのスーパーマンか暇人かというところであろう。

このタイトルが多くの人の目を惹きつけるのは、世にあふれるこれらのSNSは自分が望まなくてもどうしても自分の日常に他の人の様子が目に入ってきてしまう。目の前で実在として存在する人間として発せられるのではなく、パソコンのモニターを前に、他の人がどう思うか十分に考えを巡らせた末に自らのイメージのプロモーションとしてアップされる様々な言葉や画像たち。

「他者」の様に、自分は皆よりも賢いんだと覚めた考察を語ってみたり、毎日いろんなところへ出かけては様々な人に囲まれる幸せな日常を語ったりと、それが視界に入るこちらとしては、「身の回りで承認欲求が満たされるなら、わざわざそれをこうしたパブリックな場に向けて発しなくてもいいのに・・・」と誰もが思ってしまう。その気持ち悪さに完全に覆われた現代の社会。

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「つながり」のメディアが生まれれば生まれるほど、他者の気持ちをいっさい慮らず、「私がこういったり行動したりしたら、他の人たちはどう思うか」という想像ができない人たちが増えている

SNS上にはいつも無数の意見、批判、見解などが渦巻いているので、探そうと思えば必ず自分の考えに近いもの、あるいは自分から見て言語道断だと思うものが見つかる。
サイバーカスケード

人間には本質的に多重な感情や欲望があると主張する。地理的・身体的・社会的制約により抑制されていた多重化への欲望が、コンピュータやネットの出現でその分陰を解かれた。ネット上の多重人格者たちは、テクノロジーの力を借りてその欲望を実現した人たちと言うことだ。

「私のことが問題。他の人がどうなろうと、知ったことではない」というウルトラ個人主義

大学生の4割が一日の読書時間ゼロ、平均27分 本は全く読まずに、スマホを一日5,6時間いじっている

「感動した」「いいね!」が感染症の様に広がる社会。文章はどんどん圧縮されて短くなり、さらには言葉ではなく、スタンプや画像でやり取りをする。果たしてSNSでつながることで、コミュニケーションが深まっていると言えるのか?それとも私たちは何かをなくしつつあるのか?
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人は現在の自分を肯定しなければ生きていけない。自らを否定し絶望の中で生きることは相当に辛い作業である。その為にどうにかして、「自分は幸せである」と思い込ませる必要があり、その為には自分の中である基準を設けて幸せを感じる絶対的なものと、それとは別に周囲の人や他人と比べることによって相対的に自分が幸せだと判断すること。

後者にとっては楽しげな写真をアップし、周囲から「いつも充実してていいね」、「毎日楽しそうだね」と言われ、思われることが何よりも自らの幸せを実感させてくれる承認作業となる。

そして薬やお酒と同じように、一度得た承認欲求はより強いものへ、より多くのものへと増加するのみ。「もっと褒めてほしい」、「もっと認めてほしい」と。

人が誰でもその心のうちに秘めていた様々な欲望。それらがネットという世界の出現により、様々なうちに背中を押され、加速され、増殖されていった。100年後くらいには「ネットが出現し、社会インフラとなった30年で、それ以前には見られなかった犯罪や社会現象が何だったのか」ような分析が、しっかりと統計立ててされるのだろうと想像できるくらい、恐らく今までとは全く違った質の欲望が身体の外、社会の中に渦巻きだしているのだろうと思わずにいられない。

そんな時代に自分を見失わずに生きるには、欲望としっかり向き合い、退屈とうまく付き合って日常を生きるしかほかにない。

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■目次
序章 ソーシャルメディアへの違和感
・不思議な「新型うつ」
・「本音を隠さなくなった人たち」のうつ病?
・「つながり」がはらむカン違い
・不自由なツイッター
・東日本大震災とSNS

1章 「SNS疲れ」という新たなストレス
・「スケスケ下着」に「分娩台」なう」
・SNSでぜんそくの発作が! ?
・心のエネルギーの大量消費
・24時間自分をさらけ出し続ける、『トゥルーマン・ショー』の世界
・「出会い系」のサクラは男!
・会えないほど、純愛度数が高まる法則
・出会い系の驚愕のシステム
・増加する「ネタ消費」
・木嶋佳苗に見る「ウソ」と「盛る」の境目

2章 ネットで人はなぜ傷つけあうのか
(1)非抑制性と匿名性という“魔法"
・広島LINE殺人事件
・「社会的手がかり」の伝わりにくさ
・なぜ「ネット世論」は極端に走るのか
・サイバーカスケードでよく起こる二者択一
(2)自分で自分をだます人たち――ネット多重人格の出現とひとり歩き
・「女装の精神科医」の顛末
・大阪の「子ども放置」事件
・ネットのなかの「こうであってほしいもうひとつの現実」
・ブログに書いた内容に、自分でも心あたりがない
・ネットで「悪意」が解放される理由

3章 ネトウヨが生まれる理由
・「ネットde真実」の女性たち
・何をもって「真実」を判断するのか?
・『アンネの日記』破損事件についてのネトウヨの反応
・「陰謀論」の生成プロセス
・陰謀論に陥った家族を救う方法
・「大きな物語」が終わったがゆえの「自分さがし」
・グローバル化と「新型うつ」の関係
・東日本大震災が復活させた「大きな物語」
・安倍総理の頭のなか

4章 SNSとプチ正義感
・「ゆがんだ平等主義」と「いびつな正義感」
・わかりやすく、攻撃しやすいものに向けられる怒り
・正当な抗議とクレーマーの境目
・「過剰な道徳」をめぐるふたつの問題
・他人に対してだけ道徳的な人たち
・ネット空間を逃げ出した「リベラル知識人」たち
・浅田彰氏のSNS論
・ニューアカの旗手たちに「見捨てられる」不安
・ネトウヨ暴走の責任は誰にあるか

5章 ネット・スマホ依存という病
・「ネット依存」が引き起こす事件
・治療が必要な「ネット依存」の基準
・依存を狙う、「餌付け」ビジネスモデル
・依存症治療に効果がある「動機づけ面接」

6章 SNSは日本人をどう変えるか?
・「自分らしさ」の虚しい内実
・「実は自由ではないのに自由に見せる」ことほど疲れる
・JR九州・新幹線CMのどこが「日本的」なのか?
・「感動した」の広がり方は、まるで感染症
・「いいね! 」によって、何が失われていくのか
・文章だけでなく、思考もスカスカになっていく
・「文字なしの画像」の世界
・画像は文字のおかわりになるのか?
・バイトテロ問題――悪事5分拡散の法則
・ネタ作りのために“放火"する
・「画像で自分を伝える」ことの危うさ
・主流になりつつある「一か八か型コミュニケーション」

終章 SNSがつくる「1・2の関係」の世界
・「携帯電話がなかった時代」は文化人類学の研究対象! ?
・小此木氏が予見した「1・5」の関係
・電話してくるのは困った人
・限りなく自分だけの「1・2」の関係へ
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2015年3月13日金曜日

テクノロジーの無常さ

テクノロジーの進歩の速度はまさに日進月歩で、最先端で更新されるテクノロジーに合わせて仕事のやり方も必然的に更新されていく。

例えば仕事で使うPdfなどのデータ。プロジェクトごとに作成しているSNSのグループに、設計状況を確認する資料を毎日スタッフが何度も送ってくるのだが、数メガになるその資料を携帯上でダウンロードして開くには、やはりそれ相当の処理能力のある携帯端末が必要となる。

常に最新で最速の処理速度を持つ携帯に更新していくパートナーの二人に対して、「そんなに困らないなら無駄に新しいのを買わなくても・・・」と思ってしまう自分では、常に使用する携帯端末のバージョンに差が出ている。

そうなると当然携帯で処理できるデータの大きさにも差が出てきて、こちらの携帯ではまたダウンロード途中にもかかわらず、あちらの携帯ではさっさとその資料に対してコメントを送っている。

世の中の仕組み、もしくはある組織内での仕事の進め方はこの様にその中での最速な単位をベースにして先に進んでいってしまう。誰も遅れた亀にペースを合わせてはくれない。テクノロジーは無常である。

同じことは都市にも言える。行政が完全にコントロールを持ちえる場所でなければ、どうしても民間の競争原理が働いて、都市内が更新されていく。資本主義の市場としての魅力を認めない限り、更新のペースについてこれない場所はどんどんと切り落とされていく。

それが過疎地の様に買い物難民となった高齢者の住まう地域での行政サービスやインフラの整備をどう維持していくか。という問題に直接結びつけることは出来ないが、それでもやはり同じ原理がその後ろには横たわり、社会の変化とそれに対して異なる対応速度を持つ人々に対してどの様に対処していくかが問われてくるわけである。

過疎地を維持するために母体となる自治体が衰退してしまっては元も子も無い訳であり、一番重要なのは新しい時代に適した社会のあり方を模索し、それに向かってそれぞれが可能な限り努力をして変化をしていくこと。

そんなことを考えているうちにやっとファイルのダウンロードが終わったので、資料を確認することにする。

2014年2月10日月曜日

実家堕落論 

休暇にあわせて帰省をし、両親が住まう実家にて数日を過ごす。数日にも関わらず、あまりの快適な環境に麻痺するように自らが堕落していくのを感じて過ごす。

ネット時代から取り残された高齢者の両親の家であるため、ネットへの接続がない環境。普段なら考えられない事態であるが、その為にまともに仕事のメールをチェックすることすらままならない。

仕事をするしつらえになっていない為に、図面を開いてチェックしようとしても、ちゃぶ台にノートパソコンを置いてなんとも疲れる格好で画面に向き合おうことになる。そんな状況でまともな仕事ができるはずもない。

普段なら数十分ごとに各プロジェクトの進行がどうなっているか、SNSやメールでやり取りが行われているが、完全にその世界から蚊帳の外に置かれた状況。始めの数日はその環境にかなり焦りを感じてソワソワと落ち着かないが、それすら「しょうがない」と踏ん張りが効かなくなってしまう。

日常は物凄いスピード感で動いている世界。様々な相手とやり取りをし、問題をできるだけ短期間で解決し、できるだけ設計を進めること。少しでもサボれば、その分後の自分がきつくなるだけ。だからできるだけスピードを落とさず、流れから外れないように仕事を進める。

そんな日常がすぐ隣に存在しているのが嘘の様にゆったりと流れる時間。そして「人は慣れる動物」であるのを実証するように、こんな堕落した時間を過ごしていてはいけないとわかっていても、人は楽を覚えるとドンドン流される。

生きていくうえで負担しなければいけない様々な事。洗濯や家事、家賃負担や料理。掃除や風呂の準備まで、そこに生活を持っている人の日常に入り込むので、短期のパラサイトになる訳で、自分がやらずともおのずとやってくれてしまう親のありがたさ。

とにかく楽。

もし自分が引退し老後を過ごすだけの高齢者ならそれでもいい。しかしこれから現役世代とし家族を養っていかなければいけない年代に、気力が萎えるのが一番恐ろしい。

この環境は頑張る気力を萎えさせる。ここに長くいてはダメだと身体が感知する。

とりわけ、自分の両親が特にダメ、子供に甘い、という訳ではない。恐らく親というのはそういうもので幾つになっても子供の世話をして喜ぶ。問題は大人になっても、その緩い環境に甘んじてしまい、楽をする自分。

それはある種の怖さをもたらす。その緩慢な環境から抜け出せない人が多くいるのも理解できなくない。そしてそれを簡単には責められない。誰もがこんな楽をしていては、自分で生きていけなくなると思いながらも、それでも毎日少し、少しと麻痺し、それでも世話を焼いてくれてしまう親心に甘え、徐々に徐々に堕落の底へと落ちていく。

その先に待っているのは、引きこもり、ニート、パラサイト。親が元気なうちのという期限付きのパラダイス。

親と過ごす時間は必要であるが、適切な距離を保ちつつ、自らに滞在時間を限ることが自身の心の堕落から救う必要があるのだと改めて理解し、子供が出来たらやはり適切な時期には親元を離れて生活させる必要があるのだと実家に戻る為に思わされることになる。

2013年5月4日土曜日

消えた時間

ふと思う。

20年、30年前に比べて圧倒的に進歩したのは情報技術。

かつてなら仕事が終わって会社からでれば、なかなか連絡を入れるのは難しかったのに、今ではメール、携帯、チャット、SNSなどで365日24時間、どこにいても繋がることができる。

やり方によっては一時もオフの無い生活になってしまうということだ。

仕事の効率を上げるために革新されていった情報技術。人は格段に上がった能率で処理するスピードも速くなったに違いないが、そのおかげで仕事が早く終わってゆとりが出来るというわけではなく、「なぜか」やるべき仕事、処理すべき事項は増える一方のようだ。

単純な疑問が湧いてくる。なぜだろうと。

以前なら3日間かかっていた仕事が、パソコンや情報技術の発展によって今では数時間で片付けることが出来る。当時は同じ仕事を三日間かけていても「生きていく」のに困らないだけの給料が発生していたにも関わらず、現在同じ内容を数時間でやって後は余暇に費やしても同じ給料が発生するかといったらそんな訳は無い。

能率を上げる技術によって仕事の能率が上がったはずなのに、決して豊かになっていないのはなぜだろうと。

職業別にみていく。例えば建築家。かつてなら一つの住宅を設計するのに必要だった図面は手描きという時間がかかる手順を踏んでいたこともあり、数枚の平面図に必要な断面図と立面図、展開図に部分的な詳細図と、設計の意図が伝わるような必要十分な図面数をじっくりと描いていた。

どんなに所員が徹夜をしたといっても、現在のCADのスピード感には適うはずが無く、必然的にかけられた時間から割り出される上限の図面数があったはずである。その図面数で表現しうる内容が、その事務所の手がけられる建築内容の限界であったはずであり、空間的にもシンプルな形状のものが多く作られたのも必然であった。

それが今では情報量を圧倒的に増やしてしまう3次元での設計が主流になり、単純な矩形の「四角」の建築から、3次元で確認していかないと把握できない複雑形状の空間へと移行し、それに伴って設計者以外の関係者に意図を伝達するための図面やダイアグラム、3次元模型などの製作量も飛躍的に増加する。描画速度を圧倒的に上げてくれたコンピューターの力を借りても、追いつかない量の資料の数。

かつてなら、数枚の平面図を持っていって、「建築とはこういうものです」というような先生顔をして、「ここがこうなって・・・」とお客さんに「理解しろ」と言わんばかりの打ち合わせの方式から、誰でも直感的に分かるようなビジュアルのプレゼンテーションから、平面・断面・立面にも素材感があわり、機能分布の分かるような着色をして、懇切丁寧に製本までしていかなければいけない現代の建築家の仕事。

かつては経験のある建築家でしか想像しきれなかった空間の構想が、今では学生でも3次元ソフトを使い忠実に再現でき、さらにその中を自由に歩き回れてしまう。そういう時代には「経験」や「知識」の質も、前時代のものとは変わってこなければいけないという話はまた別のことになるが、兎に角建築家の仕事はパソコンと情報技術の発展と伴って飛躍的に増えてしまったことは間違いない。

他の職業を見てみる。

例えば医者。恐らく以前は学会などで集めた知識や経験を元に、自分の患者の診療カルテを丁寧につけていって、自分なりの診療方法を確立していくのだろうが、情報技術の進歩によって、参照すべき症例も桁違いに増えてしまい、どれだけ過去の症例が頭に入っているかがある種の「優秀さ」を示すバロメーターとなるのは避けがたく、足りない時間を削ってはデータベースで受け持つ患者と同様のケースを探し出しつつ、日進月歩の医療技術をメーカーや製薬会社からも仕入れていかなければいけなく、恐らく「なんでこんなに情報技術が進歩しちゃったんだよ・・・」となげいている真面目な医者は多くいることだろうと想像する。

恐らく他の職業を想像するまでもなく、ほとんどの職業について「できることが増えた」為に、より広く、より深く知っていること、調べていることがその時々の「優秀さ」として反映してくるのはある種の常識であり、真面目であればあるほど、仕事に真摯であればあるほど、「もっと、もっと」と時間を使わなければいけないことになる。それが「グローバル社会」の本質で、見えない相手との競争に常に晒されているこのストレス。

そこで考える。20年、30年前と比べても、一職業人、一プロフェッショナルとしては格段に処理している仕事は多くなっているはずである。個人レベルでそうであるように、その所属する会社全体としても、少し前の同じ規模の会社に比べたら飛躍的に処理している仕事量は多くなっているはずである。同じように、国や地球全体としてもそれは同様のはずである。

単純に考えてその「差異」は膨大なはずである。なのに、なぜその分、個人が、社会が、国が、豊かになっていないのはなぜだろう。

少し遡って江戸時代。一日に人々が行っていた労働や仕事を現代と比べたら圧倒的にその量は少なかったはずである。それでも人は飢えることなく暮らしていけていたはずである。比べて現代。少しでも労働をやめれば、少しでも立ち止まれば、あっという間に「生きていく」ことが出来ない「貧困」に陥ってしまう。

明らかに何かがおかしくなってしまった近代社会。我々の消えていった時間はどこへいったのだろうか?その時間の報酬はなぜ消えてしまったのだろうか?

資本主義という名のもとに、見えないシステムの中に張り巡らされた「労働無き富」のネットワーク。「生きていく」だけで搾取されるように植えつけられた資本の根。真面目に生きれば生きるほど向き合うことになるこの事実。

ならばいっそと、そっち側に生き方をシフトさせてみるかといえば、そんな時間を費やすくらいならそれでもこちら側にしがみつこうと根っからの貧乏性に向き合うことにある。そしてまた明日も生き辛い時代の消えた時間を抱えて生きていくことになる。

2011年1月21日金曜日

「ソーシャル・ネットワーク」 デビッド・フィンチャー 2010 ★★★

極東の国ではネットが受験に不正使用され、中東ではネットを使っての革命の勢いが止まらない。

そんな現代を代表するのが世界最大のソーシャルネットワーキング、つまりSNSとなったFacebook。その若き創設者マーク・ザッカーバーグの半生を描いた映画ということでとにかく話題になっている一作。

あのデビッド・フィンチャーがメガホンを取ったことでも話題だが、なんと言ってもまだ現在進行形の一会社の社長の半生がすでに映画化されるということで、その創造力によって世界にもたらされた世界への影響力を物語っているかのようである。

ハーバード大学在学中の主人公が、好きな女の子の興味を引くために特異なプログラミングで学生同士のソーシャル・サイトを開設するところから始まる。何ごろのきっかけは、「もてたい」という根源的な欲望から。

そして「知ってる人の写真だから興味がある」という「知り合いの知り合い」という繋がり感が爆発的に受け、あっという間に急成長をし、ファイル共有サイト「ナップスター」創設者であるショーン・パーカーとの出会いを経て、社会現象を巻き起こすほどの巨大サイトへと急成長するなかでの、摩擦や葛藤を描きながら物語は展開する。

ハーバードというアメリカを代表するアイビー・リーグの伝統が良く描かれているのも楽しめる。フラタニティとソロリティという男子・女子学生サークルによって護られるエリート主義。イエール大学出身のパートナーは構内でKKKのサークルも見かけたことがあるといっていたが、やはりどんなところでも若者は気の会う一生の仲間を見つけていくものであろう。

見終えて感じる少なからぬ危険性。

何かを成し遂げる人は目的がお金じゃなく、ただやりたいから我武者羅にやっているのが、結果的に抜き出ている。毎日、毎時間、ずっとそのことばかりを考えてる。毎日やらなければいけないこと、こなさなければいけないこと、そんなことは考えない。

そういう生き方が出来るのは、ある種の才能を持った人間だから。その準備ができている人だから。

そうではなく、向上するために緊張感を持ってではなく、ただただ惰性と共に日常を過ごしている人間も同じく、「自分もこういうまっすぐな生き方ができるのかも」と思い始めたら、この社会は成り立たない。

創造的活動には、それを支える経済という下部構造が必要だとマルクスも言うように、自由な創造活動を行うためには、その為の下地が必要で、大学というのはまさにその時間的余裕を与えてくれるところ。生きることに必死になって過ごす必要は無く、自分のやりたいことに必死になって向き合う時間。

それが本来の大学のあるべき姿なのだろうと思わずにいられない。それに比べ日本の大学の風景といったら、社会という砂漠にでるまでの猶予期間としてカウント・ダウンされる時間を貪るように刹那的に生きる。

SNSの中で退屈な日常に手を加えて知り合いの知り合いに「素敵な一日だね」と言われて喜ぶような今を過ごすのではなく、今の自分のやれることを必死になって過ごすことが大切なのだと矛盾を孕みながらも突きつけられるような一作であろう。
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スタッフ
監督 デビッド・フィンチャー

キャスト
ジェシー・アイゼンバーグ;マーク・ザッカーバーグ
アンドリュー・ガーフィールド;エドゥアルド・サベリン
ジャスティン・ティンバーレイク;ショーン・パーカー
ジョセフ・マッゼロ;ダスティン・モスコヴィッツ
ルーニー・マーラ;エリカ
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作品データ
原題 The Social Network
製作年 2010年
製作国 アメリカ
配給 ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
上映時間 120分
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