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所在地 高知県土佐清水市足摺岬字東畑
設計 團紀彦
竣工 1999
機能 ホテル
構造 RC造
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過酷な移動を繰り返しやっと辿りついたのが高知県の南西部に突き出した形で位置する足摺岬(あしずりみさき)。土佐清水市に属するが、中心地から離れ太平洋に飛び出た形の足摺半島の先端に位置する岬である。
「足摺岬」と聞くと、どこかで聞いたことがあるから恐らく有名な観光地であるのだろうと思うのと同時に、何か暗いイメージが付きまとうのも感じる。
調べてみるとその通りのようで、「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で二つ星に選ばれている名勝地であるとともに、同名の有名小説をきっかけに自殺の名所となった経緯があるという。
それは荒々しい断崖絶壁と、その上から望む青い太平洋の景色が、南方にある浄土へ渡るという「補陀洛信仰」へと結びついたことから分かるように、太平洋に晒され削られた高い崖と、その先に広がる水平線の景色が人々の心理にもたらす表と裏の影響であろうと納得する。
折角、土佐清水市にある「海のギャラリー」に宿泊するのなら、何か特別な宿泊施設は無いだろうかと調べたらヒットしたのがこのホテル。團紀彦(だんのりひこ)による設計により1999年に完成した段状の地形を利用したモダンなホテルである。
建築家である團紀彦はその名前から分かるように、物凄い家系に生まれた建築家であり、品の良さを感じさせる作品を多く手がけている。深夜を越えてのチェックインとなったが、夜は夜の空間を体験しないとと、疲れた身体に鞭打ってとりあえずまだ空いている大浴場へと向かうことにする。
建物自体は地形に沿ってセットバックしながら段々状に配置され、各客室は前面に屋外テラスがあり、そこからオーシャン・ビューを望める配置となっている。そんな訳で実際は5層くらいになっている為に、上下階の移動は斜面に沿ったなかなかの急勾配の中央階段か、それとも最も奥に引っ込む形になる最上階で場所が決定されるエレベーターとなるのだが、下層に行けば行くほど、エレベーターの到着する場所と、斜面との距離がでるために暗い廊下が長くなるという、斜面建築の宿命を感じ取りながら、奥行きが取れないというもう一つの斜面建築の宿命から、横に移動した別の棟に設置された大浴場への距離を歩きながら考える。
恐らく外部の人にも立ち寄り湯として開放されており、この立ち寄り湯での収入がかなり重要な位置を占めているのだろうと理解できるような設えになっているガランとした脱衣所で長い一日の汗の染みた服を脱ぎ、暗い太平洋の景色を眺めながら湯に浸かる。
深夜過ぎにチェックインし、早朝にチェックアウトするために、建物内部をじっくり見る時間はあまり無い。そのために疲れた体に鞭打ち風呂上りに深夜の館内を観察することに。斜面地に建つ建築の宿命の横長い動線と、エレベーターホールから客室廊下までの距離を感じ部屋を観察するが、各客室の風呂はトイレと一体となったユニットバス・・・地方都市の安いビジネスホテルかと思うようなしつらえに「何故?」と首をかしげる。
宿を楽しむというよりは、できるだけ日の高いうちに建築や自社を巡ることを目的とした旅なので、基本的に宿では食事をしない。大体どこの宿も朝食は早くて7時からで、できることならその時間にはどこかの神社の境内にいたいと望むために、よっぽどのことが無い限り素泊まりとなる訳である。
その為に大体どこの都市にいっても同じ宿泊形式で比較が容易であるために、おおよそどの観光地としての知名度とアクセスのし易さで値段が想像できるのだが、今回は素泊まりにも関わらずそれでも一泊8600円。かなりのお値段である。
そんな訳で到着以前に、相当なしつらえの宿なのだろうと勝手に想像を膨らませていた。そこに現れたのがこのユニットバス。「いったいどういうことだろう?」と眠りにつくまでに妄想を膨らませることにする。
1999年のオープンということで、恐らく1995年ころには計画が立ち上がり、建築家の選定も始まっていたのだろうと想像する。ここまでの行程で十分理解できる通り、恐らく日本でも指折りのアクセスの悪い場所。プラスこれといって観光客をひきつけるような名勝地があるわけではない。
そう考えると、個人の観光客が頻繁に足を運ぶというシナリオはなかなか考えにくく、「足摺岬」にある程度の思い入れがあり、かつ足摺温泉のブランド力に優雅なリゾートホテルというイメージをプラスすることで、どこかの旅行会社が企画するような大型のバスで何十人単位でやってくる観光客を主なターゲットとすることになろう。
そこで求められるのは、各客室のしつらえよりも客室の数。建設費をぐっと高める水周りなどの設備関係は、客室が多くなればなるほど一つ一つの内容が全体に与える影響は大きくなる。ならば、できるだけこの部分は安く押さえたい。というクライアント側の要望が大きく、「どうせ皆大浴場で風呂に入るのだから、各部屋の風呂にお金をかけなくてもいいだろう」という意見に対し、恐らく建築家側と相当なやり取りがあったと想像に難くない・・・
それよりも、収益率の高い館内での食事に関しては、逆に人数が多く、近くに他で食事をする選択肢が無いために、確実にホテル側の収入をあげることになる。という訳で、「高知の南端でこんな豪華なフレンチ?」と思うような豪勢なメニューが並ぶこととなる。
などと妄想が止まらなくなり、明日は9時に開館の「海のギャラリー」に行くために、その前に道すがらの漁港で朝食を楽しむとして、その前に日の光の下で再度このホテルを見て回ろうと少しでも早く眠りに落ちるように妄想を吹き飛ばす。
朝、6時起床。再度大浴場で風呂につかり、太平洋の絶景を眺める。着替えを済ませて、カメラ片手にまずは朝日が昇り始めた時間を逃さないように敷地内に接地されている恋人の聖地とうたわれたアネモネという展望台から、眼下に広がる温泉街とその向こうから昇る太陽を眺める。
かなり強い風の中、昨晩見れなかった正面玄関上に設置されたテラスに上ってみる。急斜面を利用して階段とアンフィシアターが作られており、夏にはここで簡単な催し物でもあるのだろうと想像する。
斜面に立っていて、上からアプローチするために、正面玄関は平屋の表情。これはなかなかいいものだと思う。そしてヨットをイメージしたかの様なオブジェが示す玄関を入り、いきなり階段を下っていくと、段々上に配置されてレストランと簡単なラウンジスペース。広いスペースが設けられないのも斜面建築の宿命だが、受付が廊下スペースと被っているのは少々残念。
メインの空間といえる、各層の客室の真ん中を突っ切る大階段。上部はガラス張りになっており、アーケードのような空間になっている。最低部から外にでれるようになっており、各部屋が覗けてしまわないような配慮がされつつも、広がりのある空間が開けている。そこから眺める西側の棟の立面や水切りのディテールなど見ていると、いたるところに「デザインしよう」という気迫が感じられてくる。
ここは少し持ち出したほうがプロポーション的に良いのでは?
雨樋をつけるより、斜線を利用した水切りにしたほうが地形とマッチするのでは?
階段や床、それらと壁の見切りなど、ところどころに考えて痕跡、スケッチを重ねてこの建物に合う納まりの在り方が検討された痕跡が各部位から伝わってくる。ユニットバスから見るに、相当に予算に関してシビアなやり取りがあったと思われる中、これだけ細部まできめ細かくデザインしようとし、それを形にしているのは、やはり素晴らしいことだと思う。
建築としてほとんど紹介されていないこの建物であるが、たった数時間の滞在の中で、徐々に印象が変わっていった建築である。ビジネスとして成功しないと建築として存えないホテルという機能の中で、最大限施主の要望に応えながらさらに自らのデザインを作り上げる。なんだか爽やかな気分を覚えて宿を後にする。