ラベル 暴力 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 暴力 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年2月17日月曜日

「アウトレイジ」北野武 2010 ★★

先日こんな報道が流れた。

「ガーナ大使「公邸」で闇カジノ」

それで思い出すのがこの映画。ビートたけし演じるヤクザ・大友が率いる山王会大友組。その組員が外交官の外交特権、つまり治外法権で外交官は国内法では検挙できないことを利用し、彼らに契約させた物件の中で違法な闇カジノを運営するというもの。

恐らくその話の元となったのは、もっと以前に摘発されたコートジボワール大使館員の契約した物件の事件だと思われるが、しかし本当にその様な事がまだ横行しているとは、恐らく事件の裏で同じように暗躍していたヤクザが法の網を掻い潜りなんとか人の欲望を刺激しそれを金に買える手段を何ともよく考えるものだと感心せずにいられない。




たけし映画の代名詞となっているその暴力表現。

「まいっちゃったよ。お前のせいで俺が指詰めなきゃいけないんだよ。」

という飄々とした雰囲気から一気に圧倒的な痛みを伴う暴力へと変化する。通常なら暴力を与える方がその「痛み」を理解しながら、同じ人間としてその「痛み」に嫌悪感を感じながらも暴力を振るい続けるという場合がほとんどだが、それをまるで人が血を吸う蚊を払い落とすように、何の感情も、何の痛みも感じてないかのように「暴力」を行使する。そのギャップの冷たさ。

たんたんと業務をこなす様に、冷淡に人を痛め続ける。一般社会での、「人を殺したら法律によって裁かれ刑務所に入れられる。同時に社会的信用も失い人生を棒に振る」という倫理的なブレーキは一切利かず、まったく常識の異なった世界に住む人間の姿にゾットする。

そのパラレルワールドの手法が新鮮であったのは良く分かるが、これほど繰り返し使われてもまだ、欧米の映画祭などで評価を受け続けているのは何の理由なのかと思わずにいられない。

このようなパラレルワールドの住民が、同じ社会を舞台として生きている事。ほんのギリギリの境界を持ったすぐ隣には、まったく常識の通用しないあちらの世界がパックリと口を開けて待っている。夜の繁華街はその世界が同化してしまうその恐ろしさ。

そしてその世界では権力を得る為には、親も子も関係ない、兄弟の絆も関係なく、ただひたすらに騙し、利用し、賢く強いものだけが最後に生き残り、そしてその力もまた新しい力によって奪われる、終わり無き権力闘争。どんなに勝ちを続けようと、勝ったまま終わることは無理な設定。それでも誰もが終わりを見ずに一歩先だけを目指して突き進む。

巨大なピラミッドを形成する組織の頂点に立つ人間は、古代の王族のような生活を送る。それぞれの階層で誰もが「少しでも楽をして、少しでも多くの金を稼ぐ」と願い、自分より上の階層に諂い、下の階層をこき使う。そしてその最下層に属すると、更にその下に一般社会のはぐれ者まで手を伸ばし、薬物や風俗などモラルを破壊してでも自分と組織の利益を求める構図となる。

組長の集まりの様子などを見ていると、一体この世界では全体としてどれだけの経済規模を持っているのだろうかと想像を膨らませずにいられない。

--------------------------------------------------------
スタッフ
監督・脚本・編集 北野武
プロデューサー 森昌行
--------------------------------------------------------
キャスト
ビートたけし 山王会大友組組長 大友
椎名桔平 山王会大友組若頭 水野
加瀬亮 山王会大友組組員 石原
三浦友和 山王会本家若頭 加藤
國村隼 山王会池元組組長 池元
--------------------------------------------------------
作品データ
製作年 2010年
製作国 日本
配給 ワーナー・ブラザース映画、オフィス北野
--------------------------------------------------------


2013年12月29日日曜日

ツーリズム

ロシア語で埋め尽くされたプーケットの街に、「ツーリズム」という名のイナゴに襲われ荒廃した風景を重ねてしまう。

日本でかつて起こったように、巨大な人口を抱える中国とロシアにおいても「中流の夢」として生み出された中産階級と、彼らが実現し始めた「ツーリズムへの欲望」。

恐らく国内のメディアで大々的に煽られて、脳内に刷り込まれている「ちょっと上の休暇の過ごし方」。そこそこの家庭が向かう先としてのタイのリゾート地。その少し上のクラスが向かうタイの孤島や、インドネシアのリゾート。更にグレードが上がるとカリブのリゾートへと。その欲望の受け皿になる為に、開発は止まる事をせず、際限なく地球に手を入れ続ける。

一つの街がその国の母国語以外の多言語に覆われる状態。それはなぜか女性への暴力を思わせる。圧倒的な力を持ち、押し寄せるように強制する。それを拒めば、「多くの外貨」という甘い汁を与えられることなく、他の候補地に流れていく。つまりは生き残る為に拒否できない強要。

それは観光という、他者によって生活が成り立つ都市にとっては受け入れるしかないものであり、英語やロシア語などの街中での比率が上がれば上がるほど、地元言語の世界的優劣を表しているようである。

誰もが無意識に強制参加させられている世界的競争。それによって終わる事のない開発。少しでも他の都市と差異化し、少しでも同じ年の中の競合者と差異化する。普通のホテルには少しでも写真栄えのするプールを設置し、少しでも海への眺望が望めるなら景色を売りにする。差異化の為に、全ては食べつくされ、もっともっとと限界を知らない。

星野リゾートの様に、自ら価値を生み出せる会社にとっては、逆にどこの場所にいってもそのサービスとノウハウで、十分に周囲と差異化をなしえる価値を創り出せる時代でもある。

「中流の夢」が世界中に撒き散らされ、開発の手が世界の隅々まで延びきった後には、今まで雑誌で取り上げられてきた一般的なリゾート地では膨れ上がった欲望は満足しきれなくなり、次に目が向けられるのは今までアクセスが悪い為に手が入ることなく守られてきた北海道や宮古島など毛細血管の先ともいえる場所場所。

そんな場所まで、いつかは中国語やロシア語で覆われる時代が来るのもそう遠くは無いかもしれない。それによってその土地に落とされる外貨。それによって失われる何か。それでは、何処かで「ツーリズム」に対してノーと言うか?まるで「リーガルハイ2」で描かれた一場面の様であるが、これも都市間競争の成れの果ての今の世界の実体。

やらなければ他の都市にとって代わられる。
自分がやらなければ、結局誰かがやる。

この状況は建築もまったく同じ。自分がやらなければ、結局誰かがやってしまう。その資本主義の流れは止められない。なら自分が必死に最善と思えるものをやるしかない。

ツーリズムの片棒を安易に担ぐのではなく、問題を見据え、どこもが「one of them」の世界にならないように、場所のゲニウス・ロキを見据え、何を成すかに意識を払い、日々の設計に向かいなおすしかないんだと改めて理解する。