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2016年12月29日木曜日

台北(臺北,Taipei,Tái běi)★★★

行ってそうだが今まで縁がなかった台湾。年末年始、正月感もなく、地獄のような大気汚染に覆われた北京からしばしでも逃げ出そうと、年末年始を過ごすために向かった台北(臺北,Taipei,Tái běi)。

昨日までの気の滅入るような酷い大気汚染のせいで、数多くのフライトがキャンセルになったと聞いて、「せめて飛んでくれれば・・・」と願いながら迎えた朝は、拍子抜けするくらい普通の空模様。定刻に飛び立った飛行機は3時間ほどで台北西部の空港に到着。

海の向こうの次期大統領が例のツイッターで好き放題やるように、世の中の誰もが思うとおりに発言することができるほど世の中は寛容ではなく、様々な気遣いをしながらネット空間でも生きていかなければならないようで、「一つ」か「二つ」かと揺さぶられるこの台湾でどんな年越しを過ごせるのか楽しみにしながら入国審査へと向かう。

驚いたことに、入国審査も外国人用に多くのゲートを用意し、できるだけ長く待たないようにするという心遣いが感じられ、どんなに長く列が出来ていようとも、お構い無しに数人のゲートで作業を続ける大陸のやり方とはまったく違うやり方のお陰で、ストレスを感じることなくあっさり入国。

「これはひょっとしてかなり違うんじゃないか・・・」と思いながら、非常にスムースに荷物を受け取り、とても丁寧な説明を英語で行ってくれるwifiルーターの貸し出しを受け、列に並んで市内までのバスのチケットを買い、周囲の迷惑を考えず大声で話す人々も、そこらじゅうで痰を吐く人もいなく、皆整然と乗り口でバスを待ち、定刻にやってくるバスに乗り込み市内へと。

「ひょっとして・・・」との思いはますます強くなり、古き良き東洋の雰囲気を味わうことを楽しみに、市内までバスで揺られることにする。



2014年11月29日土曜日

「インターステラー」 クリストファー・ノーラン 2014 ★★★★★


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スタッフ
監督 クリストファー・ノーラン

キャスト
クーパー : マシュー・マコノヒー
アメリア・ブランド : アン・ハサウェイ
ロミリー : デヴィッド・ジャーシー
ドイル : ウェス・ベントリー
マン博士 : マット・デイモン
マーフィー(マーフ) : ジェシカ・チャステイン
マーフ(幼少期) : マッケンジー・フォイ
ブランド教授 : イケル・ケイン
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SF映画を見ることの楽しさに、最先端の科学の裏づけと、小説家や映像作家の想像力で創り出された、まったく現在の社会では考えられない世界の可能性を感じること、そして最新のCG技術によってそれをビジュアル化した姿を観ることがある。

もちろん、毎年毎年びっくりするようなまったく新しい世界観や映像を見ることは出来ないが、それでも数年に一度でも、そんな圧倒的な想像力とリアリティ、そして映像美を兼ね備えた作品で出会うことが出来れば、しばらく幸せに過ごせることができるというものである。

この「インターステラー」 は間違いなくそのレベルに達している作品であり、企画のかなり早い段階から物理における権威の科学者が参加し、理論的なバックアップを与え、なおかつその理論を現在のCG技術においてできるだけ忠実にビジュアル化していったのが良く伝わってくる。

ブラックホールやワームホールといった、人類がまだ経験したことのない世界がどのように見えるのか、そして知ることのできないその先の世界がどのようなものになっているのか、我々の理解を超えた空間がこの世界にはまだまだ残されているというフロンティアを見せてくれる。

砂嵐が吹き荒れ、粉塵で外部はとてもじゃないが人が住まうことのできる環境ではなく、風景から人の姿が消え、人々は密閉された室内空間にだけひっそりと住まう。そしてこの環境に住めなくなると知った人類は、自分たちが破壊したこの星を捨てて、外部に新たなる家を目指す。

そんな冒頭の描写は、毎朝PM2.5の予報を調べ、大気汚染に対し完全防備のマスクを装着して、スポーツやランニングなど外部空間での活動はほとんど不可能となっている現在の中国の都市の姿を思わせる。外部に停めた車のフロントガラスは、あっという間に厚い粉塵の層で覆われ、幾らマスクをしても頭痛と咳に苛まる。

そんな中でもまったく意に介さぬように、マスクを装着しない多くの地元民の姿は、海外のメディアは決して報道することなく、自国での報道に分かりやすいどんよりとした空のしたでマスクをして逃げるように街を行き交う人々の姿と、その対策を求めるインタビューの声。本来的に焦点を当てられるべきは、その他大勢のマスクをせず、問題の深刻さに目を向けないマジョリティの姿であるはずであるのにも関わらず。

そんな姿を毎日見続ければ、人類が力を合わせて問題の改善に着手するよりも、行き着くところま
環境を破壊し、そして使い捨てのように、新たなる住むために快適な場所を探しに動き出すのだろうかと、より一層どんよりとした思いを胸に抱えることになる。











2013年7月3日水曜日

寝床


年初から街自体を覆った大気汚染がやっと晴れ、この世にはこんな鮮やかな青色があったんだ、と思わせるようなここちよい夏空が広がるようになった北京の街。

そんな青空を見上げていると、ランチを終えてもそのままオフィスに戻るよりも、少し胡同を散歩していこうかと思うものである。

歩きながら大きく深呼吸できることに感謝する心地よい天候。そんな時は毛細血管かと思うような複雑の胡同の奥へ奥へと足も進んでいく。

ある角を曲がってみると、

「これは、やつの寝床か?」

と思われる場所を発見する。

数台の自転車の荷台に高々と積まれたゴミたち。その積み方がどうにも自分好みなマッスな感じ。どうもゴミの集積所らしく、「ここかぁ・・・」と感慨深く思いながら、さりげなく写真におさめ、「さっそく今夜にでも夕方から張り込みだな・・・」とほくそ笑む。

気分も上々にそのまま歩き続けると、この時期の胡同の風物詩とも言っていい、シャツをあげてお腹を出すして歩く男性の姿を眺めながら、更に道をゆく。

道を南に進み、木々が茂るあたりに差し掛かると、道の左右では思い思いの姿で午睡をむさぼる人間の姿が見えてくる。

昼を食べて、風の流れる木陰の下で眠る。

なんとも贅沢。できることなら便乗したいものだが、狭いフートンの中で身体を横たえられる場所を探すのは一朝一夕にはできるものではないらしく、彼らは自転車の荷台や道端に置かれたソファーなど、それぞれの想像力を発揮することで彼らなりの様々な寝床を発見している様子である。

「胡同の奥に寝床を持つのは猫バスだけではないんだな・・・」

と、この宇宙を見せてくれるような胡同の一面になんだか嬉しくなりながら、そろそろオフィスに戻ることにする夏の昼下がり。





2013年6月4日火曜日

日常へ


早朝6時。
着陸の衝撃で目を覚ます。

シドニーを夜に出て12時間。赤道を越えて帰ってきた北京の朝は相変わらずのスモッグ模様。

満席のエコノミーシートに身体を埋め、泣き叫ぶ赤ん坊の声を耳栓で防ぎ、妻と二人なんとか眠りに落ちようと軋む関節を伸ばしながら、耐え忍んで末にやっと伸ばせる身体を感じる。

早朝にも関わらず大量の外国人がならず入国審査をパスし、理由も無く1時間近く待たされる預け荷物をひたすら待ち、その後はタクシーを待つ人の列。想定よりも1時間遅れての帰宅後、シャワーを浴び、身体を存分に伸ばして束の間の深い睡眠へと落ちる。

そして一時間後。寝たか寝なかったのか分からないまま、いつもの日常へと戻るためにオフィスへと自転車を走らせる。時差が無いのはいいことだが、休息の時間も削られて、こうして確実に寿命が縮んでいくのだろうと思いながら朝靄のようなスモッグの中を日常へと帰っていく。

2013年4月4日木曜日

清明節

清明節と書いてQingming jieと呼ぶ中国の春のお休み。

日本風に読めば清明(せいめい)と読み、24節気の一つであり、春分と穀雨に挟まれた季節の変わり目ということである。

太陽の動きに合わせた季節の移り変わりにより沿った形で進行する旧暦を24分割して季節を表すだけあって、現行の太陽暦に慣れた身体にはやはり旧暦の方が季節の移り変わり合っていて良いのでは?と思わずにいられない。

清明。季節的には万物がすがすがしく明るく美しいころという。

安部晴明もその名前を「清浄」を現す「清明」に改名を願い出たということから、如何に一年のこの季節が人々にとって、「希望」や「暖かさ」を意味していたかがよく分かる。

そんな清明節。中国では祖先の墓を参り、掃除をするということもあり、「掃墓節」と呼ばれている。これは中国語の教科書でもよく出てくる話で、春もうららかになり、お墓の掃除ついでに草原を散歩するという意味もこめて「踏青節」ともいう。

それら全てが納得してしまうくらい、年明けから続いた激しい大気汚染が嘘のように、晴れ渡り、眩いばかりの青空が目の前に広がる。

大地から溢れ出すかのようなエネルギーを少しでも身体に取り込むためにと、妻と一緒に久々にマスクをせずに街に出る。