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2014年3月10日月曜日

自分だけの空白

体調を崩したために、数日オフィスに顔を出さない日々が続く。久々というよりも初めてオフィスに足を運ばなかった週末を経て、月曜日に戻ってくる。

数日間、来なかっただけで自分の中ではもの凄く長い時間が経過したように感じる。いなかった間に、どれだけ仕事が進み、何を逃したのかを心配する。しかしそう感じているのは自分だけで、意外と数日の空白はオフィスにとってなんてことはないようでもある。

時間というのは濃淡があるように、自分がどれだけ密にして時間を過ごし、そこから一瞬足を引いたとしても、その横では普通の濃度で時間が流れていく。そんなことを思いながら仕事を再開することにする。

2014年2月16日日曜日

施工に土日はない

日曜日だというのに、ハルビンからクライアント団を始めとし、内装、外装、カーテン・ウォールの施行会社、それぞれのコンサルタントなどが大量に事務所に押し寄せ、進んでいるオペラハウスの施行の問題点について打合せをする。

今年中に終わらせなければならないオペラハウスという巨大な現場が動いている様子は、あたかも強大な生物が日々蠢いているようなものである。様々な関係する人間が、その内部に入り込み、それぞれの役割を果たすべく作業をし、様々な決定を下していかなければいけない。

少しでも遅らせる事は現場に入っている何百という作業員の一日の仕事が遅れることを意味する。そんな現場に土日は無い。なんとか現場を止めない様に、遅らせないようにと日曜日でもなんだろうと打合せを進めていくわけである。

このプロジェクトに関係するメンバーはもちろん資料を用意し、朝から出てくる訳であるが、幾つものプロジェクトを同時に見なければいけない側としては、このような状況がx10で押し寄せてくる。当然、まともな週末など期待できるわけも無い。

せめて竣工後、こけら落とし公演で自分達が魂を込めて設計したオペラハウスの中で、今度何十年とその地の文化の発信源となる建築で、心地よい音楽を聴きながらアルファ波の中に落ちていく瞬間を期待する事にする

2013年11月23日土曜日

北海公園 (ほっかいこうえん 北海公园) 先蚕壇 1742 ★★


今週末は幾つものプロジェクトが週明けに締め切りを迎えるので、それぞれのチームに「今週末はやることが多いから皆来るように」と伝えて迎える陰鬱な土曜の朝。

普段の週末よりも早く起床してジムに向かって、見始めた「リーガルハイ2」を見ながらランニング。噂に違わずなかなか面白いその内容のお陰で、あっと言う間に30分のランニングが終了する。週末に行う筋トレの半分をこなして、昨日一つのプロジェクトのチームに伝えていた集合時間が迫っているのに焦りながらシャワーを浴びてオフィスに向かう。

オフィスに着くと、火曜日にクライアントに資料を送らないといけない福建省で進めている新しい美術館の脇に更にオフィスとホテルを建設するというプロジェクトを進めているチームにスケジュールとやること、そしてスケッチを送って、今日中に資料のドラフトを纏めて他のパートナーにも送るように指示をする。

次には北京のアート地区で進めている新しい美術館のプロジェクトを担当しているプロジェクト・アーキテクトが数日前に送ってきたドラフトに一ページごといくつものコメントを与え、スケジュールと修正点、加えるコンセプトとダイアグラム、それに参考プロジェクトなどを指示してメールで送る。

その後、アメリカで進めているあるプロジェクトについて、週明けにパートナーがアメリカでクラインにプレゼンをするので、その資料作りとやるべき内容を担当チームにメールで送る。そうすると、すぐにロシアに行っているパートナーから修正コメントがSNSで入り、「先日の資料はとてもじゃないがクライアントに見せれるレベルじゃなく、市計画局に見せるためにも、もっと正確で、もっと美しい資料じゃないとダメだ。これこれをやってまずこちらに確認の為に送るように」とチームに激しいコメントが入る。

「そりゃそうだろうな。こちらもあのクオリティは無いなと思うけど、一日しかなかったんだもんな・・・」とチームに一番近く接しているだけに思いは複雑ながら、仕事量と能力を考慮して別のフルタイムのスタッフを急遽チームに入れて、やるべきことを分担していく。

それが終わるとやっと本日のメインである南京で進めているプロジェクトの締め切りに向けて商業部分を担当する協力会社から出向してきている二人を含めて10人以上となっているチームの作業の進行状況をイタリア人のプロジェクト・アーキテクトと確認する。提出に合わせてパース会社に数枚パースを仕上てもらうために、こちらで制作している3次元模型の内容とパースのアングルの確認をし、更に加工で必要な設計に関わる要素の指示をしていく。

それが終わるとより細かいデザイン要素を担当しているスタッフを回って、方向性を修正して、それぞれが遭遇している問題点に対して解決法を話し合っていく。そんなことを数人やっていると、既に昼過ぎに。自分の席に向かいながら「ふぅ・・・」と大きく息を吐き、なんとか気持ちを落ち着かせ、作業が進むまでの気分転換にとオフィスを抜けて向かった先が北海公園(ほっかいこうえん)。

後残り僅かとなった「壇」採集。「北京に散らばる9つの「壇」を全て採集したら、モクモクとして煙と共に「壇蜜様」でも現れたりすれば面白いのに・・・」などと想像を膨らませ紫禁城(故宮)の北に位置する景山公園を脇目に捉えて更に西へと向かうと右手に広がる大きな水面。そこが北京の発祥の地といってもいい北海。そしてその中にあるのは九壇の中で最も新しく築かれた先蚕壇(xiān cán tán)。

日壇(日坛) 別称を朝日壇(朝日坛 cháo rì tán)
先蚕壇(先蠶壇 xiān cán tán) 北海公園内に位置する

他の壇は全て今まで見てきた「壇」が全て明王朝時代に築かれているのに対して、この先蚕壇だけは清朝の1742年に建立されている。春にここで桑を祭ったと書かれているが、蚕と桑の関係性はいまいちよく分からない。しかし皇帝の変わりにその行事を皇后が代行する事もあったようで、その意味で女性が上がる事ができた唯一の壇ということらしい。

しかし残念ながらこの先蚕壇は既に撤去されてしまっており、かつてあった場所には門が構えられており、漢字と満州文字でかれた「先蚕壇」の額が掲げられている。

壇に関しては残念だが、とにかくこの北海公園、その巨大さもさることながら、その歴史がとにかく古い。1000年も以上前に築かれた皇帝庭園ということで、この地に攻め入ってきた元のフビライ・ハンは、その庭園の美しさに惚れ込んで、この地に都を作る事を決め、それが後の北京の基礎となっているという。

つまり歴史都市北京はこの北海の庭園があったからこそ実現したといえるのである。この庭園が先にあり、その後元王朝がその隣に紫禁城を建設したものを、北京を首都と定めた明王朝が改築をして北京の中心が決められていく。

そんな訳で、という訳でもないがとにかくこの公園は巨大である。先蚕壇が北に位置していると知らず、ついつい南門から入ってしまったので、ひたすら北まで湖の脇を歩く事になる。およそ30分ほど歩いてやっと到着。そして振り返るとはるかかなたに見える白い塔。愕然としながら残り半分をとぼとぼ歩いて戻る事になる。

そんなこの公園の中心をなすのが、湖の真ん中に浮かぶ瓊華島と呼ばれる島。その中心には 1651年にダライ・ラマ5世の北京訪問を記念して建立されたという白塔というチベット仏教(ラマ教)の仏塔。その他にも様々な古い寺院などがあったりととにかく見所には困らないのだが、その距離の長さにかなり疲労する。

それだけに他の公園の様に1元の入場料と言うわけにはいかず、入場料も15元と設定されているが、それだけの価値はあると思わずにいられない。

湖の脇を歩いていると、そのすっきりした境界の空間がやたらと新鮮に見えてくる。日本ではかならず安全の為にとかなり目の細かい手すりが設置され、石と水の境界に、まったく別の人工物が入り込む。かつてあった風景を直接見ることが出来なくしてしまっている現代の法と安全への配慮。それももちろん大切なのだろうが、それ以上に現代の人を信用し、かつてあった風景をそのまま残すという大らかさも必要なのではと思いながらそろそろオフィスに戻る事にする。



















2013年11月16日土曜日

地壇 (ちだんこうえん 地坛公园) 1530 ★★★★


建築事務所をやっていて、いくつか異なるプロジェクトが平行して進行しているのが日常となると、週末なんていう概念はとてもじゃないが望めない。せいぜい午前中は出勤せずに、昼過ぎにオフィスに出てそれぞれのチームの進行状況をチェックしながら、平日に進められなかった設計やスケッチを進めることになる。

建築というやるべき作業は増えるが与えられる時間は変わらないという非常に酷な職業をしている限り、それは浮け入れるしかなく、医者や弁護士などの職業の様に、行政からその労働条件を守られるような職種でもなく、また膨大な報酬が支払われ時間的余裕を持って仕事を進められるようなことはなく、ひたすらに厳しい競争の中で生き残っていくために、昨日よりも少しだけでも効率を上げることを考えていかなければいけない職業であるとかなりマゾ的素質も必要とされる職業である。

そんな訳で、唯一与えられる自分の時間と呼べる週末の午前を如何に有効利用するかが重要となる。体内に溜まった不純物を体外に出すためにジムで汗をかくことも必要であるし、溜まった洗濯物を片付けてたり、食材を買出しに言ったりと家事的なこともこなさなければいけなければ、心の澱を流すために文化的活動の為にオペラハウスなどにチケットを物色しにいったりもする必要がある。

そして自分が住まうこの街を少しでも理解するために、建築的価値のある場所に足を運び、歴史の中で何が残され、何を手がかりに都市が作られてきたのかを身体に入れていく必要もある。と言うわけでここ最近にはまっているのが北京の「壇」採集。

何度も繰り返すようになるが、「壇」というのは歴史の中で皇帝が天と交信を行うために設けられ、様々な祭事を行ってきた地上より盛り上げられた壇である。そして北京には九壇八廟(jiǔ tán bā miào)と呼ばれる歴史的に重要な位置を占める9つの壇と8つの寺社がある。

地壇(地坛) 別称を方沢壇(方泽坛 fāng zé tán)
日壇(日坛) 別称を朝日壇(朝日坛 cháo rì tán)
月壇(月坛) 別称を夕月壇(夕月坛 xī yuè tán)
祈穀壇(祈穀坛 qí gǔ tán)  天壇内に位置する
先蚕壇(先蠶壇 xiān cán tán) 北海公園内に位置する

その中でも最も重要とされるのが、天と地。天壇と地壇 (地坛 Dìtán)である。

北京に住んでいるとその「壇」としての性質よりも、地壇公園として毎年陰暦の正月に当たる春节(旧正月 chūn jiē)に様々な公園などで執り行われう祭りである廟会の中でも最も有名で、最も規模の大きな「春節文化廟会」がこの地壇公園で執り行われることで身近に感じることになる。

以前北京に住んでいた頃。今よりも8年ほど前になるだろうが、その時も日本人の友人数名と連れ立ってこの廟会(miào huì)に足を運んだことを良く覚えている。当時はヒートテックなどというものもなく、ただただ凍てつくような北京の冬の寒空の下、公園のいたるところに行われている出し物や屋台などを冷やかして歩いて回った。

その時の出し物が、それこそかつての日本でも祭りの時に行われていたような「見世物小屋」的なもので、双头姑娘(shuāng tóu gū niáng)と呼ばれるような「頭が二つある女の子」という意味だが、「ビッグ・フィッシュ」でも描かれるような奇形の一種なのだろうが、これはそんなものではなく、箱の中に女性が座っていて、明らかにその後ろから顔の似た女性が肩に顔を乗せているだけで、角度によればそれが顔の二つある女性に見えるというような代物。

もちろんこういうことは現在の日本ではかなりタブーとして扱われているのだろうと想像するが、他にも「蛇食い女」と言った、口から生きた蛇を飲み込み、鼻からその蛇が出てくるというようなかなり際どい出し物だったので、記憶にも鮮明に残っている。

そんな話をオフィスのアソシエイトの中国人スタッフにしてみると、彼の出身の山西省でも昔はそんなのは何処でもやっていたといい、昔はどこも貧しかったので新鮮な肉を食べれるのはそういう「ハレ」の場である春节くらいしかなく、庙会では生きた牛をその場で捌いて、調理して皆に振舞うなんていうことが行われていたという。

そしてそういうのを皆が楽しみにしていたが、今ではいろんな報道のせいで、かつての面白いものがどんどん減ってしまっていると、「何処の国でも同じだな・・・」と思わされるような話をしたのを思い出す。

そんなことを思い出しながら、今度は「壇」採集という明確な目的を持って再度訪問する地壇公園。幸いにもオフィスからすぐのところに位置するので、その後オフィスに戻るのを考えても時間的なロスが少ないのでとても助かる。

北京を首都と定めた明の時代である1530年に天壇と同時に建設された地壇。紫禁城(故宮)を挟んで、南東に天壇、北東に地壇が配され、様々な意味で天壇と地壇は対を成している。

「天は円、地は方」という古代思想に基づき天壇は円形、地壇は方形とされており、この地壇では夏至の日に土地の神が祭られた。方形をしている地壇の周囲、4辺にそって水路が設けられ、それによって別名を方沢壇(方泽坛 fāng zé tán)と呼ばれている。ちなみに「方」は「方形の,四角な」と言う意味であり、「沢」は「沼,沢」という意味である。

そのアプローチも天壇とセットにされており、南から北に向かってアプローチするのが天壇なのに対して、地壇では北から南に向かって入るように設計されている。そして壇に登る皇帝が目の前にするのは、南に設置された皇祈室。

天壇では「天は陽、地は陰とみなす」という陰陽思想に従い、様々な要素が奇数(陽数)で構成されていたのに対し、こちら地壇では偶数(陰数)で構成されている。天壇では9段であった階段がこちら地壇では8段であり、壇は6方丈だという。使用した石版の数も偶数で、徹底した中華思想を体現する場所である。

その大きさも天壇について二番目に巨大な壇であり、天壇ほど観光客で込み合っている訳でもなく、「大きな風景」が見たい時には一番よい場所なのではと思いながら、壇の中心で二段に高さを変えて張り巡らされた塀の中で一つの小宇宙を作り出しているこの場所の空間にしばし身体を浸してみる。

方沢壇をこえて北に向かうと、神宮外苑を思い出させるような黄色に色づいた銀杏並木が目に飛び込んでくる。

地坛赏银杏
北京的秋天,有两种自然所赐的景致是最有味道的:一种是红叶,另一种就是银杏。特别是深秋时节的银杏,树上、地上金黄一片,是活生生、金灿灿的秋日童话。地坛公园的银杏大道就是北京一道美丽的风景。它位于东城区安定门外大街,虽紧邻北二环,却是喧闹繁华中的一片净土。古朴幽雅的皇家坛庙点缀着金灿耀眼的银杏叶,秋意浓烈,是游人赏秋,思秋,怀秋,恋秋的好去处。

と説明されるように、この地壇の銀杏並木の下で、銀杏を拾うことが北京っ子にとっては秋の風物詩であり、その言葉に違わないように多くの市民がビニール袋を片手に黄色に染まった落ち葉のカーペットの中から選りすぐりながら一つ一つ銀杏を取り分けている姿を見ることが出来る。

「たっぷりPM2.5を吸ってそうなのにな・・・」と思いながら、その独特な匂いにかつて通った母校の通りを思い出しながら、そろそろオフィスに足を向けることにする。