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2015年3月15日日曜日

法源寺(fǎyuánsì) 645 ★★★


北京市内およびその周辺には多くの名刹が現存する。といっても、日本の様に保存状態を保ち、古いものを慈しみながら大切に次世代に残していくという意識が低いのか、この国ではどこにいっても、創建年は非常に古く書いてある割に、建物自体はばっちりと鉄筋コンクリート造で建て替えられてしまっており、「昔と同じかどうかは別としてとにかく古い時代にここに寺院が建てられたのが重要だ」と主張するかのような雰囲気である。

なので、日本の古い古刹を訪ねる時のような、落ち着いた雰囲気の中この場で過ごされてきた長い年月に思いを馳せる、というような訪問にはなかなかならないものである。

さて、北京市内に現存する最も古い仏教寺院と呼ばれるのがこの法源寺(fǎyuánsì)。唐時代の645年に建設が始まり、696年に完成したと言われている。その後各時代において改修が重ねられその都度名称も変わり、最終的には清時代の1734年に現在の法源寺へと落ち着くことになる。

牛街から程近い場所にあり、周囲を昔ながらの胡同に囲まれ如何にも庶民の寺院という雰囲気を醸し出す。寺院の前の広場では周囲に住まう住民が集いおしゃべりに耽っている横を、お坊さんが袈裟を着て横切っていくという風景が普通に見られ、やはり日本人には仏教寺院の空間構成の方がどちらかといえばしっくり来るなと思いながら、門を後にする。













白塔寺(bái tǎ sì) 妙应寺 1096 ★★★


海外に行き、旅行者として毎日を限界まで最大化して色々なものを見て周る時間を過ごすと、日常においても、旅行者の視線を忘れずいれば、様々な発見があるのではと毎回の様に思うことになる。そして毎回の様に暫くはあくせくと彼方此方を巡ることになる。

そんな訳でなかなか足が伸びない西側を巡ることにし、最初の目的地としたのがこの白塔寺(bái tǎ sì)。正確には妙応寺の一部としての白塔であるが、北京のシンボルともなるほど有名なため俗称として白塔寺と呼ばれている。

そのいでたちから分かるようにチベット式の仏塔である。元は遼時代の1096年に寺院が建設され、元時代の1275年にフビライ・ハンの命により白塔の建設がされる。その時の寺院名は大聖寿万安寺とされていたが、後に火災にあい再建された1457年に現在の妙応寺と改名され現在に至るという。

周辺が昔ながらの胡同に囲まれ背の高い建物が無いため、周辺のどこ場所からもこの特徴的な白い塔が視界に捉えることが出来その景色は北京っ子の原風景ともなっている。この寺院から少し北に建設された周囲の身体スケールと胡同と白塔寺の風景を破壊するように建てられたソーシャル・ハウジングは、多くの批判に晒されたとも聞く。

そんな北京と言えば思い浮かべる風景の一つである白塔寺。内部は博物館として開放されているのだが、現在は修復の為に中に入ることが出来ないため、周辺の路地を歩き、様々な日常風景からみあげる白い塔を眺めることとする。






2014年10月28日火曜日

展覧会「城南计划前门东区2014群展」

夏から準備していた展覧会が開幕した。

北京の中心地、天安門の前にそびえる前門。その西側は大栅栏(Dashila)としてここ近年に様々な再開発が展開され、もともとの生活を残しつつも、アート・ギャラリーやアーティストのアトリエ、こじゃれたカフェなどが入り活性化に繋がっているが、逆の東側に位置する鲜鱼口(Xian Yu Kou)エリアを今後どのように開発していくべきなのか?という問いを世界中から9社の設計事務所に投げかけ、それぞれの回答としての案を展示するという主旨である。


胡同(フートン)と呼ばれる昔ながらの低層住宅が立ち並び、樹齢が数十年から数百年という大きな樹木がところどころに残りながら、各時代ごとの建築様式をまとった重要な邸宅や長い年月この場所に鎮座する寺院などがちりばめられ、非常に心地よいヒューマン・スケールの街区を作り出している。

しかし周辺地域の開発伴い、現行の低い容積率はあまりにも経済効率が悪いということで、現代社会の経済性に見合いながらも、それでも歴史を体現してきた重要地域にどのようにこれからの都市生活を投影できるかという設問である。

そんな訳で参加したのは下記の設計事務所

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BIAD Art Center
Jiakun Architects 家琨
KKAA 隈研吾
K/R
MVRDV
Position 有方
MAD Architects
Neri & Hu 如思设计研究室
URBANUS  
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夕方からのオープニングに行くと、普段は比較的オフィスで作業を進めることの多い自分でも、既に顔見知りとなっている建築家の顔もあり、非常に多くの人で賑わっていた。北京オリンピックの開幕式で舞を疲労したというダンサーで振付も行う人が立ち上げたダンス・カンパニーが会場の中で舞を踊りながら各展示作品の周辺を巡っていくというパフォーマンスがあり、その後関係者一同で前門が良く見えるレストランに移動して食事となる。

その中でもオペラハウスでのコンサートでよく顔を見かけるURBANUSの代表の一人である王辉(ワン・フイ)を見つけ、年明けに開催されるオペラ「アイーダ」のチケットを買ったことや、今年後半の注目演目などについて盛り上がる。

こうして仕事とはまったく関係ない好きなことを共有し、互いに情報を交換し合えることは、都市に生きる大きな喜びであるこだと理解しながらレストランを後にする。









2013年12月31日火曜日

New Year's Eve


早朝7:30に南国から極寒の北京に到着すると、進行中のプロジェクトの進みがよくないとSNSで怒り狂っているパートナーのコメントをみつけ、しょうがないので一度家に帰り、体調を気遣う妻をおいてそのまま出勤する事に。

何とか軌道修正し、結局通常出勤の様に夜の8時まで仕事をしてしまい、フラフラになりながら帰宅する。約束していた友人の家でのカウントダウンの為に、束の間の睡眠も取れずに他の友人と合流して中心地の景山公园近くの胡同に位置する友人の家に。

一緒に行ったドイツ国籍のインドネシア人の建築家の友人。伺ったのはオペラのメンターご夫妻のお宅。まだ他のゲストが来ていないということだったので、早速屋上のテラスにあがり、話をつけてあるというお隣のフランス人のテラスへとフェンスをよじ登りあがっていく。

鍋で熱々にしていてくれていた様々なスパイスを入れたホットワインをいただきながら、すぐ近くに見える景山公园など大晦日だというのに何とも静かな周囲を監察していると、徐々に他のゲストの方も到着。

医者をされている奥さんの同僚のアメリカ人医師とそのガールフレンド。以前にそのアメリカ人とはご飯を食べていたので、久しぶりと挨拶をし、以前つれていた「高校生の娘さんは?」と聞くと「どこかで踊りまわっているよ」と嬉しそう。

続いて同じくアメリカ人ドクターが来て、他にも病院で通訳などをされているという日本人、韓国人、中国人の女性達も合流し、再度テラスにてホットワインとライス・プディングをいただき、メンターの生まれであるスコットランドのしきたりだと言う。

カウントダウンまでそれぞれ気ままに話をして、深夜間際に再度テラスに上がり、英語、日本語、韓国語、中国語での「蛍の光」斉唱。もともとはスコットランドの民謡だとはじめて知る。

そんなこんなでカウントダウン。一通りお祝いしたら、皆ぞろぞろと家路についていく。そんな中最後に残った我々は気の置けないメンターご夫妻と4人だけで、様々な話に華を咲かせ、そろそろ丑三つ時も近づいてきたのでということでお暇し、眠気がすっかり冷めるような凍てつく寒さの中をスクーターで家路につくことにする。







2013年12月21日土曜日

鍼灸(しんきゅう)


我々の「食」のメンターであったインドネシア系アメリカ人の友人が、アメリカに戻る前に行ったフェアウェルで、彼女がかかっていたと言う「鍼灸」の先生を紹介してもらう。

妻も最近、自らお灸をやったりと東洋医学に何かと興味津々らしく、こちらも長年苦しむ肩こりと偏頭痛が取れるのでは?と期待をこめて電話して診てもらうことにする。

土曜日の早朝。指定されたのは胡同の一角の四合院。指定された住所の前で電話をすると「こっちこっち」と中から呼んでくれる人のよさそうなおばさん。一般的な胡同の家屋に招き入れられ、早速お茶を入れてもらいながら紹介してくれた友人のことなどあれやこれやと話をしながら、それぞれの症状を説明する。

「では、こっちのベッドで」と言われるままに薄着になりベッドに横になるが、なんといっても人生初の「鍼灸」。緊張しながら待つが、やはり針をさされた瞬間は「ビリビリ」とかなり刺激が走ったが、思ったよりも痛みは感じることはない。

「何時に寝ているか?」

と聞かれるので、

「大体24時から1時の間」

と答えると、「アイヤー、それは徹夜だよ。何て恐ろしいんだ。」と。

なんでも、人間の身体にとっては夜の11時から1時は一番大事な休息の時間であり、昼間活動して夜は休む。中国語で「排毒」といういわゆる「デトックス」の時間だと言う。つまりは身体がしっかりと休めてない状態を何年を続けているらしい。

10年以上続いた「頭痛」。日本の病院にいけば、首や肩甲骨に注射を打って筋肉を弛緩させても改善されず、中国の病院にいけば「体型不好」と言われ、週に何度もマッサージにいって何とかごまかしていたが、そのマッサージも「マッサージは一時的にリラックスされるだけで根本的な解決ではない」とのこと・・・

ちなみに「ツボ」は中国語で「穴位 xuéwèi」というらしく、頭や首が痛いと言っても、足や肘のツボを押して、「どう?痛みが無くなった?」と聞いてくるのを見ると、流石は悠久の歴史を持つ東洋医学だと思わずにいられない。

40分ほど針をしてもらい、その後ところどころマッサージされ、なんとか頭が軽くなった気がしながら、「仕事してストレスかかった時にも頭痛がなければいいけどな」と思いながら、変わりに針をされている妻を待ちながら読書をする土曜の早朝。

2013年9月20日金曜日

胡同ホテル・ホッピング

北京に住んでいると、その有り難さが骨身にしみる久々に晴れた空。中秋节の休みも重なって、折角だからと妻と電動スクーターに乗り、市内の胡同内部に散らばる、古い四合院をリノベーションして作られたこじゃれたホテルを巡ってみる事にする。

前日夜から妻が英語のサイトなどから集めてきた情報を元に向かうはカナダ人がオーナだと言う小さなブティック・ホテル。狭い道でたらいに入れられた魚の群れを跨いで進んでいくと見えてくる入り口。「ブーー」とブザーを鳴らしドアを開けてもらうととても良い感じの小さなラウンジ。

「朝食は食べられるか?」と聞くと、「二階へどうぞ」と気さくな対応。階上のテラスは周囲の胡同の屋根が連なり、植えられた植物も手伝いなんだか南の島のリゾートにでも紛れ込んだかの雰囲気。

妻も大満足の様子で、それぞれに朝食を注文し、北京ではなかなか見つけるのが難しい美味しいコーヒーに舌鼓を打ちながら小説を開き、久々の休みの朝を満喫する。香港から来ているというスタッフと話をし、ポツポツと部屋から出てくる欧米からの旅行客の姿も増えてくる。すっかり満喫し今度は夜に来ようと次へと向かう。

オフィスで少し仕事を片付けて、次なる目的地である胡同はオフィスのすぐ近くに位置している。それぞれの胡同にそれぞれの宇宙があるというように、まさに一本はいれば違う世界。同じようなおばあちゃんが、外に椅子を出して座っていても、決してそれは同じ風景ではない。

やっと見つけた特徴的な青い門のそのホテル。堅く閉ざされたその扉の横のブザーを鳴らして出てくるスタッフに聞いてみるが、宿泊のみでゲスト以外は受け入れないとのこと。それは残念と思いながら、次の目的地へスクーターを飛ばす。

随分中心から離れたこの胡同。あまり聞いた事もない名前だったので探すのに戸惑いながら、やっと見つけて先ほどと同じように大きなもんで呼び鈴を鳴らす。なかから感じの良さそうなスタッフがでてきて、今度は問題なく入れてもらえる。

長いこと北京にいたが、これほど大きな四合院を使ったホテルは見た事が無いと思えるほど、ゆったりとしたテラス。大気汚染も無く、気持ちのよい光が照らすうってつけの一日だけに、人気の無いテラスで冷たいお茶を注文して二人とも満足して静かに読書。

中国にいると、静かに読書ができるような環境というのは本当に得がたい。最初は静かなところも暫くするとイナゴの大群の様に押し寄せては、もの凄い音量で会話をする中国人で荒らされる。一度荒らされた場所には二度と静寂は戻ってこない・・・

そんな訳で、この静かな空間はとても貴重な場所となる。スタッフの対応も非常に気持ちの良いもので、ここには何度も戻ってくるだろうと確信して門を出る。

怪しくなってきたスクーターの電池の残りが気になるので、一度家に戻って少し横になりながら充電。すっかり暗くなったころあいに再度出かけて今度は紫禁城脇にあるホテルのテラスからライトアップをされた紫禁城を見ながらお酒でもと思い予約をしていたホテルに向かう。

色んなところでも紹介されているのでかなり期待をしていたのだが、すっかり観光地化されているようで、外国人に混じり多くの中国人達も賑やかにおしゃべりをしている。加えて店側が客数に対応しきれておらず、15分待っても注文を取れない姿を見て、「これははずれだな・・・」と妻とうなずき席を立つ。

はずれがあれば、当たりがある。いくら引いても当たりが出ない詐欺のようなくじ引きでなかった今日の胡同ホテル・ホッピング。時間のある週末にテラスでコーヒーを飲みながらの読書を楽しみにして家路につく。