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2019年8月24日土曜日

「線は、僕を描く」砥上裕將 ★★

週末に書の稽古に通うようになった為か、新聞の書評で紹介されていた時に同じ墨の文化として気になっていた一冊。

先日札幌に出張に出かけた際に、せっかくだからと北海道大学のキャンパスの雰囲気を見に行こうと夜の散歩に出かけ、正門前でとても良い雰囲気を出していた古本屋に吸い込まれるようにして立ち寄ったら、ちょうど棚にこの本を見つける。きっと多感な年頃の大学生が買って、売りに出したのだろうと想像しながら、何かの縁だと購入してみる。

心に傷を負い自分の世界に閉じこもっていた大学生が、ひょんなきっかけで出会った水墨画を通し、水墨の世界の大家と呼ばれる先生や同年代の絵師など、様々な人との交流を経て、徐々に水墨画の魅力にとりこまれ、そして周りの世界との関りを取り戻していく物語。


墨を磨り、筆を浸して白紙に描く。どれだけイメージをしても、どうしても思うように書くことは叶わず、次の白紙に向かうことになる。何百年前にも同じように、この文字を悔しい思いをしながら書き続けていた人がいたのだろうと、邪な想像を膨らませると、また文字のバランスを崩してしまい、また白紙を重ねることになる。
そんな墨と筆が与えてくれる書の時間は、詰まるところ、自分自身と向き合う時間なのだと徐々に気づき始めた時に出会う、また別の墨の世界の物語。大学前の古本屋に並んでいたのにふさわしく、とても爽やかな読み心地をもたらしてくれたために、読み終えた後の最初の書の稽古にて、先生に紹介すると、ぜひとも読んでみたいとおっしゃっていただいた。

毎週末、学ぶものとして足を運べる場所があるということ。「日日是好日」 のお茶のお稽古の世界の様に、先生がいて、共に学ぶ人がいる。長い道のりの学びではあるけれど、季節の移ろいを感じながら、去年より少しだけ前に進んだ自分を感じられながら進む人生は、やはり日本人に合っているのだろうと思いながら、今週末に書く文字に思いを馳せる。

砥上裕將 

2016年2月21日日曜日

「紙の月」 吉田大八 2014 ★★★

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スタッフ
監督 吉田大八
原作 角田光代
脚本 早船歌江子
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梅澤梨花(横領する銀行員):宮沢りえ
平林光太(梨花の不倫相手の若者):池松壮亮(いけますそうすけ)
相川恵子(今時の銀行員):大島優子
梅澤正文(梨花の夫):田辺誠一
井上佑司(副支店長):近藤芳正 
平林孝三(資産家で光太の祖父):石橋蓮司
隅より子(ベテラン銀行員):小林聡美
14歳の梨花:平祐奈
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2014年の日本映画界を語る上で忘れられないのがこの映画。様々な映画賞においてもかなりの受賞を得たことでもその名前が世間に知られることになった。

監督は「桐島、部活やめるってよ」で名声を集めた吉田大八。ヒット作の次に手がけたのは角田光代のベストセラー原作。7年ぶりに映画の主演を勤めたという宮沢りえの姿を始め、至る所で非常に独特な映像を見せてくれる監督である。

夫との関係が冷めつつある、地味な銀行員の主人公・梅澤梨花。外回りの営業として丁寧に日々の業務をこなしているが、夫とのすれ違いの中で徐々に日々をむなしく感じ始めた折に、訪問先の顧客の孫である大学生・光太と出会い、徐々に不倫へとはまっていく。無邪気な光太と過ごすうちに、徐々に気分が大きくなり、少しずつ銀行の金を着服するようになり、その金を使って光太と刹那的な快楽に溺れ、そのことで彼の気持ちをつなぎ止めようとする。さすが原作がよく創りこまれているだけあり、物語の設定に破綻がなく、あとはそれをいかに映像の世界として、小説以上の世界観を作り出せるか否か。

その中ですばらしいのはやはり主演の地味であるが、徐々にそして静かに自我を露にしていく梨花を演じる宮沢りえ。中年女性の哀愁や、大学生にとっては十分大人の女性として魅力的にうつる年齢を見事に演じてみせる。

そしてもう一人はこちらも主演といってよい光太役を演じた池松壮亮(いけまつそうすけ)。甘ったるく「梨花さーん」と呼ぶ、如何にも世間知らずの甘ったれ大学生という感じの演技は、役を飛び越えた不快感を感じさせるに十分な演技。なんでも10歳でミュージカル「ライオン・キング」のシンバ役でデビューした子役出身の俳優で、映画デビューは「ラストサムライ」というから、その演技力には納得。

その演技は十分見事なのは分かるが、どうもイケメンになったバカリズムという印象が強く、やはり骨格が似ていると声も似てくるのだろうか、非常に似た声も手伝いなかなかストーリーが入ってこなくなる。

宮沢りえの地味な銀行員が自らの女としての喜びのために、今までの人生であれば決して踏み越えることのなかった一線を越えてしまった後は、後は流れに流されるままに堕ちていく。それでも日常は淡々と過ぎていくのだということをじっとりした暗い空の下で撮影が行われたのかと思う映像で綴っていくのは非常に雰囲気のある展開である。

徐々に堕ちていく女と、徐々に離れていく若い男。そして臨界点に達して横領が発覚し、逃げ場を失った梨花が逃げ出し、ひたすら走る。途中までは徐々にストレスが溜まっていき、臨界点も近いのでは・・・という緊張感を感じるが、最後がやたらストレートな展開だな、と思ってしまうのは、それは映画というか原作の問題で、やはり映画として観るのなら、十分に素晴らしい映像作品といえるのだろう。
吉田大八









2016年1月23日土曜日

起きた事故の先にあるもの

1月15日に起きた軽井沢スキーバス転落事故。乗客のほとんどがスキー旅行に向かう大学生ということと、低予算でツアーを請け負っていた旅行代理店、ずさんな管理のバス運行会社の実情が相まって、世間の注目を浴びる事件となっている。

その後徐々に様々な情報が出てきて、当日運転を担当していた従業員の経歴や、大型トラックの運転に関する経験と技能が十分であったのかどうか、うねるような峠道が続く上り坂を上りきったあとの比較的見通しのよいゆるい下り坂における、大型バスの制御の難しさなど、具体的に事故の原因も見え始めてきている。

と同時に、メディアでは様々な角度から規制緩和による過当競争による下請けのバス運営会社が低予算にて仕事を請けなければいけないこと、それで多発したバス事故によって最低価格が設定されたりと行政側による様々な対処が行われたが、それでも現場ではやはりできるだけ安く下請けに出すことで格安を売りにして客を集めるシステムは変わるはずがなく、今回も定められた価格よりも低い値段で発注され、それを受けざるをえないバス会社の事情もあり、それが結局は現場で働く運転手などの人々の労働環境や、人材の確保へとしわ寄せが来るという図式が見えてくるだけ。

そのほとんどが大学生だったというツアー客で、いかにも大学生だから少しでも安いツアーに参加してしまうのはしょうがないという報じ方が多く見えるが、おそらく今の時代、年齢に関係なくどの世代でも同じように少しでも「コスパ」を比較し、少しでも安い方にいってしまう、それは時代の流れであろう。

問題なのはその「コスパ」という言葉が、ただ単にどこからどこにいくか、どこから出発か、どんな宿か、そして幾らか、ということに終始し、主催するツアー会社がいったいどんな会社なのか、今までの実績がどうなのか、そして実際にバスを運行する運営会社がどのような会社で、どのような技能を持った運転手が、どのような安全体制のもと運営が行われているのか、などの安全面などに関する様々な要素は知ることができないし、また顧客側もそれを知ろうともしないし、いちいちそれに時間を費やすほど現代の社会はのんびりと過ごしていけない。

とにかく効率とスピードとコスパを追求する現代社会では、「それらの安全面などは市場に出す商品として最低限の基準としてクリアしていてくれよ」という暗黙の願いとなっているが、今回それがやはり守られていないし、守られるようなシステムになっていないのが分かった訳である。

そうなると少し値段が高くても、やはり大手企業が企画するツアーに参加して、安心を買うということに回帰する動きもでるのだろうが、そこで上記の内容をどう知ることができ、どう担保できるのか?

おそらく少なからぬ人が体験があるだろうが、大手レンタカーではない、新規参入のレンタカー業者で借りたレンタカーが何年も型落ちの車で、バックモニターがついてない、カーナビの地図が古くてナビがうまく機能しない、ましてやカーナビがうまく設置されておらず、運転中ゴロゴロと外れて危うく事故りそうになるなんて経験があったりと、結局やっぱり名の知れたところに戻ることになる。

引越し業者も同様で、ネットで比較し少しでもお得なところにと頼んだ中小の業者で、当日やってきたのはいかにも経験のなさそうな中高年の派遣作業員。現場で誰が指示を出すのかもはっきりせず、家具や壁への養生もずさんで、かつ運び方も慣れておらず、家具を角にガンガンぶつける始末。これでは大変なことになると自分で指示をし、最後に業者にクレームを入れると、「正社員の担当者が急に現場にいけなくなり、大変ご迷惑おかけしました・・・」と。

こうなると想定したサービスを受けられる金額はいったい幾らなのか?それを判断する能力が今後はより求められることになる。

と同時に、今回のバスの事故は、「即日配達します」など売りにする、さまざまなネットショッピングのために、数年前に比べ比較にならないほど多くの配送の需要があり、トラックとその運転手が必要とされるようになっている。

そこに押し寄せたのが、近年の「爆買い」に代表されるようなインバウンドの外国人旅行者。個人でくる若者に対し、ほとんどの外国人はツアーに参加し、大型バスであちらこちらへと送り届けられる。そこでも大量に確保されるトラックと運転手。

そんな時代の要請を正面から受けるようになったのがこのバス業界。人材確保と、車体確保が非常に難しくなり、そのためにできるだけ仕事を回していかなければいけないし、その為にできるだけ低価格でも仕事を請けることにつながり、大手で競争にも勝ち抜け通常価格で仕事を請け、従業員の労働環境を担保できる企業に対し、安い価格で受注することがダイレクトに従業員の労働環境の質低下に直結する企業に二極化していく。

この図式は、他に目を向ければ様々なところで同じ様相が見えてくる。たとえば航空業界。こちらも数年前に比べれば恐ろしいほどの人が、都市を越え、国を超えて移動するようになった現代。今まで飛行機に乗ることもなかった人々が、当然のようにして空の交通を利用する。

その需要にこたえるために、大手だけでなく、様々な新規参入の企業が航空機と、それを運行するためのパイロットの確保に躍起になる。路線を確保するためには、客が集まらなくても飛ばし続けなければいけないだろうし、その為に質の悪い労働条件で働かなくなる人もでるような二極化が起こるのは容易に想像つく。昨年から世界の各地で頻発する飛行機事故もこの流れの一環なのだろうと想像すると、LCCをどう選んでいくかも今後の世界では重要な能力となっていくのであろう。

こうして想像を膨らませていくと、起こるべくして起きた事故はこの世の中に多くあふれており、その先にあるのは、規制を強化するだけでは簡単には変わりそうもない構造的な問題。今のところ自分たちでできるのは、どこに危険性が潜んでいるかと想いを馳せる想像力を強化して、その選択には効率やコスパだけでない視点を盛り込んでいくことだろうか。

2016年1月1日金曜日

「ジョゼと虎と魚たち」 犬童一心 2003 ★★★


犬童一心
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スタッフ
監督 犬童一心
原作 田辺聖子
脚本 渡辺あや
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恒夫(つねお):妻夫木聡
ジョゼ(くみ子):池脇千鶴
香苗(かなえ):上野樹里
幸治(こうじ): 新井浩文
ノリコ: 江口のりこ
ジョゼの祖母:新屋英子
現場主任:板尾創路
近所の中年男:森下能幸
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そのタイトルのせいで、きっとお洒落映画に違いないとなかなか手を伸ばすことなしに10年以上経過してしまったこの一本。CMディレクター出身の監督・犬童一心。その後「メゾン・ド・ヒミコ」や「のぼうの城」を撮ることになるということは、やはり能力のある監督であり、そのキャリアの初期に位置づけられるこの作品。

いかにもどこにでもいそうな大学生の恒夫役の妻夫木聡。雀荘でバイトし、大学でもほどほどに講義に出て、女子からもそこそこモテてなんら問題のない生活を送っている。そんな恒夫がバイト先の雀荘で耳にした噂。乳母車を押した老婆が昼時出没すると。「そんなことあるのか・・・」と思っていると、坂の上からものすごいスピードで下ってくる乳母車。かけられた毛布の下には、包丁を持った若い女。ヒロインで下半身に障害を持つ池脇千鶴演じるくみ子であり、彼女は自らのことをジョゼと呼ぶ。

そのジョゼの面倒を見るのは彼女の祖母。その祖母から「壊れ物」と呼ばれながらも、祖母が拾ってくる本を丁寧に読み込むジョゼの姿や、毎食簡素ではあるがしっかりとした食事を取る2人とともに時間を過ごすにつれて、今まで普通だと思っていた日常の世界の捉え方が徐々に変化してくる恒夫。

上野樹里演じる香苗は大学でも活発で男女から人気のあるマドンナ役。恒夫が好意を持つがどうもいまひとつ決め手にかけると思っていたが、いつの間にか障害者の女性に男を取られたと自らのプライドを保つためにジョゼと向き合い叩き合う。そこでも強気にやり返すジョゼに、世間が障害者に持つイメージを覆させられる。

ジョゼに惹かれながらそれが絶対的に自分が手を貸したり、与える側でいるという心理的な施しの思いがそれに拍車をかけているのか分からないままに、ついに結婚を前提にということで両親に紹介するために地元まで車で旅行に出かける。

海辺でジョゼを背負いながら、後に自ら「逃げたんだ」というように、障害者を妻として一生こうして手を貸しながら生きていくことを現実問題として捉え始め、今まで美しい面しかみえてなかった自分に生活をしていくなかでの手触りを持った負の部分を捕らえ始める。

そして結局は実家に向かうことなく、2人は別れ、その後恒夫は香苗と付き合うことになり、ジョゼは自分を壊れ物と罵りながらも、温かく見守りともに生きてきた祖母が亡くなった後も、一人で淡々と生きていく姿で映画は終わりを迎える。いわゆるハッピーエンドではない終わり方。いかにもそれが現実だ、それがお前たちが結局は選ぶ普通の生活だろ。と言わんばかりに。