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所在地 三重県津市美杉町上多気
年代 室町時代
作庭 細川高国
形式 武家書院式庭園、枯山水と池泉庭園
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北畠神社境内の左隅に位置するこの庭園。
「こんな山奥に?」と思ってしまうが、日本の庭園100選として選出されるほど素晴らしい室町時代の庭園の姿を見ることが出来る。
設計は7代北畠晴具の義父であった関東管領・細川高国(ほそかわ たかくに)によって室町時代(1336–1573)の1530年に作られたとされる。
この細川高国は都付近で政治的な動きを行うが、最後は追ってから逃げるかのように各地を落ち延びていく。その中で庇護してもらったのがこの北畠家。その時に手がけたのがこの庭園という。
ちなみに同じように京より足利義晴が滋賀県高島市の旧秀隣寺に落ち延びた際に、義晴を慰めるためにと庭園を造ったのもこの細川高国。その旧秀隣寺庭園とこの北畠氏館跡庭園、そして越前一乗谷朝倉氏庭園を加えて、三大武将庭園というらしい。
入園料の300円を支払い、自分で門を開けて中へ。右は池を中心とした池泉(ちせん)庭園。左は築山を背景にした枯山水(かれさんすい)となっており、結構な広さを持った庭園のようである。とりあえず真ん中の石橋を渡り右回りに進むことにする。
高低差を持って変化する視線。苑路(えんろ)を巡り、背の低いカエデの青々を繁った葉の下を潜るようにして先を進む。さぞや秋に来たら美しいのだろうと想像する。
ぐるりと回って入口にたどり着き、そのまま今度は左手の枯山水部分へ。背後にはまさにあふれ出さんばかりの自然の風景が広がっているので、一見そのままに見えるが確かに整えられた風景を作り出すその設計の妙を感じずにいられない。
やはり京の禅庭園とは違い、自然の風景の良き部分を抽出し、少しだけ手を加え整え、人間が感じることができる空間へと昇華させる、まだ自然の荒々しさを残したその庭園の姿に、険しい峠道を越えてきた甲斐があったかなと自分を慰める。
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