恐らく二度とこの街を訪れることはないだろうから、ということで、折角だから見ておこうと、山の中腹にあるザハ・ハディド(Zaha Hadid)によるケーブルカーの駅舎(Nordpark Cable Railway)を見ていくことにする。
イン川を北に渡り、急な斜面の為に十分は道路幅を確保するのが難しかったと想像できる時に一車線のみになる非常に狭い峠道をおどおどしながらあがっていく。上にあがっていけば、どんどん周辺に残る雪の量も多くなり、ゆっくりと走りながら進むこと20分この先はスキーリゾートという感じの場所へと到着する。
その目の前には、スキー客用のリフトがあり、多くの地元民が平日だというのにスノボーやスキーを手にリフトへと吸い込まれていく。その先に見えるのが、麓に位置する街からこの中腹のリフトステーションまで運んでくれる急斜面を走るケーブルカー。
白く染まった山の背景に完全にスムースな曲面を持った軽やかなその構造体はまさに風景を異化させるのに十分なインパクトを持つ。近寄ってみると、曲面でぐしゃりと歪んだように反射する周囲の風景が写りこみ、その滑らかな建築はまるで宇宙から送り込まれ生物のような今まで見たことのない風景を作り出している。
コンピューター上で作り出された滑らかな曲面を人間が作り出す施工という条件のもとに落とし込むと、どうしても何枚かのパネルに分割しなければいけない。そしてパネルとすることによって、そこに生まれる分割線。Landhausplatzでもあったように、人間が立体を理解する時にその助けとなるのが表面上の分割線。この分割線をどのように「デザイン」するかが現代の曲面建築を手がける多くの設計事務所における大きなチャレンジとなっている。
捩れたサーフェイスは、その幅が常に一定ではなく、その為に分割する線分の幅もどうしても変化することになる。2本の線が一点に収束するとそれはパネルと三角形にすることになり、逆に収束せずにある線と交差する部分で線が消えれば不正形な台形となり、なにより全体を覆う線のダイナミズムがそこで止まってしまうことになる。
サーフェイスのコンセプトを踏襲しつつ、かつ施工的、制作条件に沿った適した分割線を見つけることができるか。その試行錯誤の後をこの表面にも感じる。
なんと言ってもこの作品は、大学院時代を共に過ごしたチームメイトと、ザハ事務所時代によく一緒にプロジェクトを手がけていた友人が中心になって完成させた作品でもあるので、よく話しに聞いていただけあって自身としてもなんとも思い入れのある建築である。
ネットで見ていたよりも、実際にこうして3次元に滑らかに曲げられたガラスパネルがこれだけスムーズに接合されて全体を構成している姿を見ると、ある種の感動を感じる。それが装飾としてではなく、しっかりと構造と一体となり、緩やかに内部と外部を隔てており、ケーブルカーの駅舎としての機能も満足しているようである。
頭痛の種であったであろう雪の処理もその形態からなんとか処理仕切れているようであるし、何より完成からすでに5年たってこのクオリティーを保っているのならそれは素晴らしいことだと思わずにいられない。
そして何より、その駅舎の向かいに設けられたビュー・ポイント。恐らくこれもこの駅舎のデザインに合わせて共に設計されたのであろうが、滑らかに外に張り出すようにして眼下に広がるインスブルックの街を見下ろしながら、その先に広がるアルプスの山々の風景は圧巻である。
その風景の中にもう一つこの駅舎と向き合うようにして建つザハ設計のジャンプ台を見つけるのもまたこの場所の楽しみになのかと思いながら、次の街へ向かうことにする。
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