パリから北へおよそ3時間。高速を飛ばすと長閑な田園の風景の中に街らしきものが見えてくる。あのルーブルが別館を作るというから、もう少し大きな「都市」と想像していたのだが、高い建物もせいぜい4階程度というまさに「町」という感じ。
ランス(Lens)はかつて炭鉱の町として栄えたが、日本同様、炭鉱は既に閉鎖され、かつての賑わいは失われ、町は過疎化を加速させている。パリの衛星都市としてこのままランスを衰退させずに、なんとか新たなる産業を誘致して町おこしをというどこの国でも悩み事は同じのようで、そんな行政側の思惑と、実は膨大な収蔵品を持っているがパリの美術館ではその全てを展示することができずに、新たなる分館の計画を立てていたルーヴル美術館との思惑が一致し、ルーヴルの分館を建てる自治体のコンペが行われ、選考を経て結局ランス(Lens)が建設地としてのポジションを勝ち取ったという。
他にこれといった観光の見どころのないこの町に世界に名だたるルーヴル美術館の分館建設が決定し、その後デザインを決定するために世界から名だたる建築家の参加を求めコンペが行われる。そのコンペを日本のSANAAが勝ち取ったのが2005年。その後7年の月日を費やして遂に2012年に新たなる美術館が完成する。
町に着き、兎に角ランチをとろうと街中を車で回るが、やはりパリがいかに大都市かを認識するように、街の中心がいまいち分かりづらい。駅も平屋で駅前に商業施設が立ち並ぶ訳でもなく、町全体として静かな印象である。
その一方美術館には街の人口よりも多くの人が訪れているのではないか?と思うほどの賑わい。スペインのビルバオが、衰退する産業都市をグッゲンハイム美術館を誘致することで、一気に現代都市としての活気を取り戻したプロセスを研究してこの地での美術館開発に取り組んだというが、ビルバオとランスでは元々の都市としての規模が違うのではと思わずにいられない。
さすがに西洋料理が胃にもたれてきていたので、なんとかアジア料理をと探してみると、恐らく街に一軒のみと思われる中華料理店を発見し訪れる。どこの国のどんな都市に行っても中華料理は見つかるもので、中国から移り住んできたと思われる女店主は気さくな様子で「暫く前まではたまに日本人の人たちが定期的に食べに来てたんだけどね」などと教えてくれるので、SANAAのチームもやはり「米」が恋しくなったのかと想像を膨らませる。
美術館への人の流れは確かにすごい勢いがあり、ルーヴル美術館だけに定期的に魅力的な展覧会を企画していくのだろうというのは想像に難くない。しかし、この街が活力を取り戻すには、いつまでもルーヴル景気に頼る訳にもいかないだろうし、ルーヴル・ランスに行くためにランスに訪れた人たちが、その機会を利用してこの街で時間を過ごす受け皿となるようなコンテンツがこの場所からどう生まれてくるのか、ぜひとも何年か後に再訪し、街の変貌を観察してみたいものである。
ランス(Lens)はかつて炭鉱の町として栄えたが、日本同様、炭鉱は既に閉鎖され、かつての賑わいは失われ、町は過疎化を加速させている。パリの衛星都市としてこのままランスを衰退させずに、なんとか新たなる産業を誘致して町おこしをというどこの国でも悩み事は同じのようで、そんな行政側の思惑と、実は膨大な収蔵品を持っているがパリの美術館ではその全てを展示することができずに、新たなる分館の計画を立てていたルーヴル美術館との思惑が一致し、ルーヴルの分館を建てる自治体のコンペが行われ、選考を経て結局ランス(Lens)が建設地としてのポジションを勝ち取ったという。
他にこれといった観光の見どころのないこの町に世界に名だたるルーヴル美術館の分館建設が決定し、その後デザインを決定するために世界から名だたる建築家の参加を求めコンペが行われる。そのコンペを日本のSANAAが勝ち取ったのが2005年。その後7年の月日を費やして遂に2012年に新たなる美術館が完成する。
町に着き、兎に角ランチをとろうと街中を車で回るが、やはりパリがいかに大都市かを認識するように、街の中心がいまいち分かりづらい。駅も平屋で駅前に商業施設が立ち並ぶ訳でもなく、町全体として静かな印象である。
その一方美術館には街の人口よりも多くの人が訪れているのではないか?と思うほどの賑わい。スペインのビルバオが、衰退する産業都市をグッゲンハイム美術館を誘致することで、一気に現代都市としての活気を取り戻したプロセスを研究してこの地での美術館開発に取り組んだというが、ビルバオとランスでは元々の都市としての規模が違うのではと思わずにいられない。
さすがに西洋料理が胃にもたれてきていたので、なんとかアジア料理をと探してみると、恐らく街に一軒のみと思われる中華料理店を発見し訪れる。どこの国のどんな都市に行っても中華料理は見つかるもので、中国から移り住んできたと思われる女店主は気さくな様子で「暫く前まではたまに日本人の人たちが定期的に食べに来てたんだけどね」などと教えてくれるので、SANAAのチームもやはり「米」が恋しくなったのかと想像を膨らませる。
美術館への人の流れは確かにすごい勢いがあり、ルーヴル美術館だけに定期的に魅力的な展覧会を企画していくのだろうというのは想像に難くない。しかし、この街が活力を取り戻すには、いつまでもルーヴル景気に頼る訳にもいかないだろうし、ルーヴル・ランスに行くためにランスに訪れた人たちが、その機会を利用してこの街で時間を過ごす受け皿となるようなコンテンツがこの場所からどう生まれてくるのか、ぜひとも何年か後に再訪し、街の変貌を観察してみたいものである。
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