--------------------------------------------------------
所在地 静岡県沼津市我入道
設計 菊竹清訓
竣工 1970
機能 記念館
規模 地上2階
構造 RC造
--------------------------------------------------------
期待していた富士山周辺巡り。それが予想しなかった雪の為に突然のルート変更を強いられ、気分が落ちていたときに雲間から差し込む陽の光と覗く青空。そして訪れた心地よい神域空間。
それですっかり気分を良くして、できることなら後三つ回りきってしまおうと、予定していた沼津漁港近くでの食事を諦め、夕方の渋滞で込み合う道を脇道にそれて住宅街の中を通り抜けたどり着いたのがこの文学館。
漁港の街というイメージの強い沼津であるが、その中でも我入道(がにゅうどう)というかなり個性の強い海沿いの地域に立つこの文学館は、この地出身の明治の文学者である、芹沢光治良(せりざわこうじろう)の功績を記念して建てられ、彼の作品や生い立ちなどを紹介している。
もちろん作家が好きでこの建物を訪れたいと思った訳ではなく、その設計をしたのが大好きな菊竹清訓という建築家であるからという理由からであるが、こうして建築を見に来ることは必然に、その中身である作家を知ることにつながることでもある。こういう機会が無ければきっと一生この作家がいたことを知ることも無くすごしてしまうかもしれないが、こうして建物を通して知り、そこから興味を持ち一冊でも彼の小説を読んでみる。それが建築が繋いでくれた文化の縁でもあるのだろう。
そんなことを考えながら、徐々に西に沈んでいき、オレンジ色に輝きだす夕日の中、うっそうとした防風林を背にして建つ、なんとも不思議なプロポーションと様相を見せる建物にまずは驚くことになる。
明らかに普通の住宅でも、そして美術館でもないそのプロポーション。やたらと背が高く、まるで何かエネルギー関係の施設なのかと思わせるその概観。来る途中、渋滞にはまってしまい閉館時間に間にあわなそうだと電話をしたら「まだ待っていますから焦らずに来てくださいね」となんとも感じの良い受け答えをしてくださった係りの方が待ち受けてくれており、いろいろと建物について説明してくれる。
「この前もどこかの大学の建築の学生さんが来られて、いろいろと調べてらっしゃいましたよ」と、沼津市の木である松の葉をイメージした天井のパターンが完全な東西南北を指し示しているとか、トイレの男女を分ける壁の上に伸びている梁の特徴的なディテールなどについて教えてくださる。
こうした交流は本当に気持ちの良いもので、互いに良いと思うものを共有しているという文化的な安心感に包まれながら、「ぜひとも上の階も見ていってください」という言葉に甘えて「肥大化した4本のコア」というコンセプトの上下移動を担う一つのコア内部にある階段に向かうことにする。
このコア内に収められた螺旋階段。建築家の魂のこもったディテールの宝庫を言っていい至極の空間となっており、一人階段を上り下りしながら「ほぉぅ」と感嘆の言葉をこぼしてしまう。中央吹き抜け部に上部からつられた照明器具はガラス玉の漁具をモチーフとしているらしく、そこから放たれる暖かい光が階段の手すりの壁を周囲の壁に投げかける何とも幻想的な雰囲気を作り出す。
階段は一段一段浮いているように仕上げられているのはもちろんのこと、コアという垂直性を強調するために踊り場のみが壁と接地して、階段部分は壁から離されているために、下から見ると壁沿いに上からの光がうっすらと落ちているのが見て取れる。
「うーん」と一人唸りながら、今度は中間の踊り場にはめ込まれたガラスのフィックス窓が明らかにおかしな形状をしているなと思って写真に収めておくと、後ほど下におりて先ほどの係りの方に聞くと、それが「光の十字架」を作り出しているのだと教えてもらい、さらに唸り声を上げることになる。
階段をあがり、二階の展示室から外の駿河湾に沈んでいく太陽の光がいっぱいに室内に入り込んでくるのを感じ、さらに階段を上に上っていく。屋上階レベルには中央部の吹き抜けに浮いている照明器具を吊るす為に中央から伸ばされたコンクリートの梁が象徴的に空間に漂っており、ここもまた「建築的」に空間をつくろうとした建築家の執念を感じて唸ることになる。
氏の作品の年表を見てみると
1958年 スカイハウス(30歳時)
1970年 芹沢光治良記念館(42歳時)
1975年 パサディナハイツ(47歳時)
30代後半のもっとも充実した設計時期の後期に属する作品だと見て取れる。
下の階で展示を見ていた妻に、如何に階段がすばらしいかをざっと説明し、再度階段を上り下りし、せっかくだからと建物の後ろに広がる海岸線まで足を伸ばし、水平線を描く駿河湾とそこに沈みゆく太陽の姿を眺めあと少しで一日の終わりが訪れるのだと感じながら次の目的地へと向かうことにする。
0 件のコメント:
コメントを投稿