2015年2月21日土曜日

高知城(こうちじょう) 山内一豊 1603 ★★★


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所在地  高知県高知市丸ノ内
城郭構造 梯郭式平山城
天守    現存
築城主  山内一豊
別名    鷹城(たかじょう)
築城   1603
機能   城郭
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日本100名城
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2006年大河ドラマ「功名が辻」で上川隆也が演じた山内一豊(やまうちかずとよ)。賢妻として描かれた彼の妻の千代役に仲間由紀恵が配されて、人気を博したドラマである。

江戸時代初期、土佐藩の初代藩主としてこの地に赴いた山内一豊。その最初の仕事として取り掛かったのが土佐藩庁が置かれることになるこの高知城(こうちじょう)。高知県というものが存在しなかった当時は、まずは最初に一豊によって河中山城(こうちやまじょう)と名付けられ、その後高智山城と名を変え、現在の高知城へと変遷したと言う。

地勢的には北に江の口川、南に鏡川という二つの川を外堀として利用し、その間に位置する標高44mの大高坂山の上に築かれた。天守に上っていくとボランティアのガイドさんが観光客に説明をしているので聞いていると、歴代藩主はこの二つの川の洪水に随分悩まされたという。

高知城は本丸の建物が完全に残る日本で唯一の城として知られており、彦根城犬山城とともに、現存天守の一つに数えられる城である。東に賑やかな市の中心街を構え、南には県庁や裁判所など行政機関が立ち並び、まさにこの地の中心地として街の構造に組み込まれてきたこの城。

東側の正面入り口よりアプローチすると、この地出身の政治家・板垣退助の銅像が待ち構える。そしてなんともゆったりとした素晴らしい石垣を眺めながら、標高44mというあまり高くない山の地形に沿った緩やかな石階段を上っていく。

地形の建築化である城の見所は、城そのものよりもそれを囲むこのような階段などが、どのように地形を利用して作り上げられ、どのようにして人の手が加えられ、城砦という建築と都市の間に位置する構築物に作り上げられていったのかを身体で感じること。

緩やかに曲がっていく石階段を上るのは、その下にあるはずのこの地の地形を感じることに違いなく、そして同時に、その地形を見ながら現在の城の姿を思い描いた建築家の視線を共有することである。

そんなことを見事に体現する有機的に右に折れる階段の一部を眺めながら、機能と効率を優先する現代の建築の作り方ではどうしても現れない形状だなと思っていると、頭上には一豊と千代の銅像が迎えてくれる。

それほど高低差が無いために意外とあっさり天守閣に到着し、城の中をいつものように急階段を手すりをつかってあがっていく。天守から眺める高知平野に広がる高知市の姿。風景としてみれば、一豊が眺めたものとそれほど大きな違いは無いだろうと400年の時間に想いを馳せながらまた階段を下りていくことにする。



























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