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2015年2月28日土曜日

都波岐神社・奈加等神社


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所在地 三重県鈴鹿市一ノ宮町
主祭神 猿田彦大神 (さるたひこのおおかみ)、天椹野命 (あまのくののみこと)
社格  伊勢国一宮、式内社、旧県社
創建  不詳
機能  寺社
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両親を連れ出して三重まで有名なイルミネーションを見に行くことにする。そのついでにではないが、周辺の神社も巡ろうと少し早めに家を出て到着したのがこの都波岐神社・奈加等神社(つばきじんじゃ・なかとじんじゃ)。

「都波岐」と書いて「つばき」とはなかなか読めないが、ここも伊勢国の一宮とされている。この次に訪れる予定の椿大神社も同じく伊勢国の一宮としているために、恐らくどちらが本来的に一宮であったのかその由来について長く対立があるのだろうと想像する。

しかし全国の他の一宮の所在地同様、この周辺も神社に近づくにつれて地名に「一宮」という表記が見られる。そうなると少し気分が高揚し、さぞや立派な社が建っているのだろうと期待するが、到着すると「あれ?」と思うほどそっけない社。しかも都波岐神社と奈加等神社の二社を合併したということで、鳥居の前にその二社の名前が刻まれた石碑が建っている非常に珍しいタイプ。

伊勢神宮に近い土地柄からなのか、主祭神は猿田彦大神。万事を最も良い方向へと「おみちびき」する神様に両親と妻とともに手を合わせ、次の目的地へと向かうことにする。







2014年2月7日金曜日

加子母村ふれあいコミュニティセンター 安藤忠雄 2004 ★



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所在地  岐阜県中津川市加子母
設計   安藤忠雄
竣工   2004
機能   コミュニティセンター
構造   木造
規模   平屋建(一部2階)
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中津川から下呂に向かう山間の道。今は中津川に合併されたが、町の人口は3400人足らずという小さなこの町にあの安藤忠雄設計の建物があるというので、休憩がてらに立ち寄っていく事にする。

細い道を曲がり到着すると、木造で作られた平屋の建物が広がっている。安藤忠雄と木造というのは余り印象に無いので、どのような建物かと期待していたが、どうやら機能的には過疎化が進むこの町のコミュニティセンターと呼ばれているがその実はケアセンターとしてリハビリなどに使用されていたりする様子である。

この加子母村(かしもむら)は東濃檜で有名な土地であり、林業が盛んな地域として知られ、その森林の一部は伊勢神宮の遷宮時に木材を納める「神宮備林」として江戸時代から管理されているという。

スギ集成材を用いたV字の柱が木造の建物としては開放的な長いスパンを作り出しているのがこの建物の大きな特徴のようである。全体をトラスとして捉えて壁からフリーにしているようである。全部が全部V字になっているわけでもなく、構造的に重要な場所に集中的にV字を配している様子。

機能的にケアセンターと管理棟、そして子供のための施設と分かれているのを、大屋根で一気に覆うという形をとっており、屋根にも三角形のスカイライトが設けられている。

どうも町の規模に対しては相当大きいと思われる施設規模と、今後は子供部分よりも高齢者部分の施設の需要が増してくるのではと思われる中での機能分割が適切なのかと思わずにいられない。

もう一つはどうしてもこの土地柄、「木造で」というのが設計条件になっていたのは想像に難くないが、代名詞でもあるコンクリートを使用せず、開放性を求めるのにスパンを飛ばせる鉄骨を使うことなく、あくまでも集成材での設計にこだわったようであるこの建物。

豊かな自然の残る地域での、平屋の木造の公共施設だと考えると、周囲の環境に対応した豊かな空間が作れるアプローチがもっとあったのではないかと思いながら次の目的地に向かう事にする。






2014年2月2日日曜日

日御碕神社(ひのみさきじんじゃ) 安寧天皇13年 ★★



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所在地 島根県出雲市大社町日御碕
主祭神 天照大御神、神素盞嗚尊
様式  権現造
社格  式内小社、国幣小社
創建  安寧天皇13年
機能  寺社
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今朝の巡礼の中で、もっとも期待値の高かったのがこの日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)。出雲大社の力が及ぶ山陰地方にありながら、大社造ではなく権現造を採用し、伊勢神宮と強いつながりを持つ神社。

日が昇る東の伊勢神宮に対して日が沈む西の日御碕神社として、「日沈の宮(ひしずみのみや)」の名をいただく神社である。

創建の由緒は、伊勢神宮が「日本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日本の夜を守れ」 との「勅命」を受けたことによるという。下の宮である「日沈の宮(ひしずみのみや)」と、上の宮である「神の宮(かんのみや)」の上下二社からなり、両本社を総称して日御碕神社という。

日沈の宮には天照大御神(アマテラスオオミカミ)が、神の宮には神素盞嗚尊(スサノヲノミコト)が祀られている。そしてこの本殿である「神の宮」は西を向いて配置されており、日本海に沈む日を眺めることになる。外部から日本に向かって放たれた邪気を、この場所で受け止めている、 この国を護り続けて来た格式の高い神社である。

沈む夕日に染まるかのように、本殿は朱色に塗らており、またこの場所は日本夕日百選に選ばれている。そして今の社殿を立てたのは3代目将軍である徳川家光。本殿に参拝をし、境内脇から外にでて、西の海岸沿いまで歩いていく。こちらも漁村らしく港には多くの漁船が止められており、その先にはウミネコの繁殖地として有名な経島が浮かんでいる。

山陰地方で異彩を放つこの神社。伊勢神社からこの日御碕神社へと伸びる太陽の軌跡。日本有数の特別な場所を体験し、次はこの旅最大の目的地である出雲大社へと向かう為に粉雪がちらつく中駐車場へと足を向けることにする。
















2013年7月21日日曜日

月夜見宮(つきよみのみや) 927年以前 ★★


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所在地 三重県伊勢市宮後
主祭神 月夜見尊(つきよみのみこと)
社格  式内小社
社殿の様式 神明造
創建  927年以前
機能  寺社
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本日訪れる伊勢神宮領域での最後の神社となるのが、この月夜見宮(つきよみのみや)。

伊勢神宮の外宮の別宮であり、朝からあちらこちらと回ってきたが、別宮の中で内宮・外宮の境外に位置するものではこれが最後の訪問地となる。

・内宮の別宮 10社
 荒祭宮(内宮境内)
 月読宮   
 月読荒御魂宮 (月読宮境内)
 伊佐奈岐宮 (月読宮境内)
 伊佐奈弥宮 (月読宮境内)
 滝原宮
 瀧原竝宮 (滝原宮境内)
 伊雑宮 
 風日祈宮 (内宮境内)
 倭姫宮 

・外宮の別宮 4社
 多賀宮(外宮境内)
 土宮(外宮境内)
 月夜見宮
 風宮(外宮境内)

もちろん外宮の別宮ということで、場所ももちろん外宮の近くに位置している。航空写真を見ても良く分かるように、住宅地に囲まれた中に、切り取られた人工性を表現するかのように、綺麗に四角に取り残された森。その中に祀られているのが、先ほどの月読宮と同様に月夜見尊。

外宮別宮としては豊受大神の魂を祭神とする多賀宮(たかのみや)、外宮の地主の神である大土御祖神(おおつちみおやのかみ)を祭神とする土宮(つちのみや)に次ぐ3位で、風宮(かぜのみや)より上位であるという。

通常、神宮の別宮は1の社殿につき祭神は1神であるが、この月夜見宮は月夜見尊と、その魂の月夜見尊荒御魂の2神を祀る。神様とその魂というので違いが良く分からないがとにかく表参道の鳥居近くに車を駐車させ境内へ。

ここまで参拝してきた他の宮の様に、広大な森を宮域として持っておらず、境内は比較的コンパクトになっている。その為か参道も90度に折れる形で左、右と折れると目の前に大きな木を中心軸として右に古殿地、左に社殿が見えてくる。先ほどの倭姫宮もそうであったが、どうも右・左と遷宮する場所には決まりがあるようで、今は左の古殿地が使われる期間ということだろう。

これで伊勢神宮の正宮・別宮に全て参拝したということで、やや長めに手を合わせてお参りをし、振り向くと右後ろになんとも雰囲気のある巨大な神木が待ち受ける。ここも夜中に一人で境内に入り込んだら、この神木が恐ろしい姿をした神様に見えるのだろうと勝手に想像し、伊勢を離れて次なる立ち寄り地に向かうことにする。













伊雑宮(いざわのみや) 804年以前 ★★★


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所在地 三重県志摩市磯部町上之郷
主祭神 天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)
社格  式内大社,論社,志摩国一宮,皇大神宮別宮
社殿の様式 神明造
創建  804年以前
機能  寺社
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瀧原宮から伊勢市内を飛び越え、一気に志摩までやってくる。

志摩と言えば、「華麗なる一族」にて万俵家が正月を過ごす志摩観光ホテルがあり、生まれついてのお金持ちが余暇を過ごす温暖な場所だと言うイメージに加えて、東海に住む人間として、「志摩スペイン村パルケエスパーニャ」というテレビで繰り返されたコマーシャルによって植えつけられたカラッと晴れ上がった陽気なイメージ。

太平洋に面した温暖な気候の下、新鮮な魚介類を食べたりとなんだか健康的なイメージを想起させる海の街。古代の神様が、伊勢からこの地に足を伸ばして神社を建立したのも納得できるような素晴らしい天気の中辿りついた伊雑宮(いざわのみや) 。

住宅地の中の田圃の上に、ぽっかり浮かぶように存在する森。その中に鎮座する伊雑宮は先ほど訪れた瀧原宮同様、皇大神宮(内宮)の別宮。しかし伊勢神宮の別宮でありながら、14社ある別宮の中で唯一、旧国の伊勢国の領土の外に位置している。内宮の別宮の10社の中では、荒祭宮、月讀宮、瀧原宮に次ぐ順位とされるという。

ちなみにこの伊雑宮は志摩国一宮でもあり、長い時間この地域を見守ってきたのだと思われる。また瀧原宮とともに、「天照大神の遙宮(とおのみや)」とも呼ばれているという。

駐車場から道にでて歩いていくと、鳥居の前には鰻屋があるようで、なんともいえない食欲を誘う匂いを漂わせている。土用の丑の日が明日だということもあり、きっと多くの地元民が鰻の良い匂いに誘われてお昼を食べにくるんだろうなと想像して鳥居をくぐる。

境内に入って見えを引くのは、右に建っている社務所の横に立つなんとも不思議な形をしたご神木。なんというのか、たまねぎのような形に変形し、確かに霊性はあるのだろうけど、神木としてはやや愛嬌が強いなと思いながら参道を進む。

100mほどの砂利道を進むと、右に見えてくるのは神明造の伊雑宮。式年遷宮をされる伊勢神宮別宮の一つであるから、瀧原宮同様来年に遷宮される予定で、現在の本殿は20年近い時間を経ているのだと思いながら参拝をする。

なんとも気持ちのよい暖かい光の下で参拝をし、その横にぽっかりと空いている古殿地を眺め、来年にはこの地に神様が移されるんだと想像すると、長い年月の中で繰り返しながら、生を紡いでこられた伊勢の営みを感じずにいられない。

参拝客で溢れかえる伊勢市の中の神宮ではなく、のんびりとした住宅地の中で体験する伊勢神宮の時間もまた、格別なものだと感じながら参道の砂利を踏みしめながら次の立ち寄り地へと向かうことにする。