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2016年2月9日火曜日

深大寺(じんだいじ) (伝)平安時代初期 ★★


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所在地 東京都調布市深大寺元町
山号  浮岳山
宗派  天台宗
創建  伝・天平5年(733年)
寺格  別格本山
開基  伝・満功上人
機能  寺社
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東京出身でないものとして、東京で大学時代を過ごし、社会人として何年か過ごすうちに、うっすらとその存在を知ることになるのがこの深大寺(じんだいじ)。そしてその印象は、恐らく東京出身の人にとっては原風景となるような重要な場所であろうというもの。どうしても23区よりになりがちな生活の中ではなかなか足を伸ばすことも無く、三多摩地区を理解する上でどうしても立ち寄らないといけないと思われる名刹であろう。

随分と自然が残る風景の中を進むと、道の左右に「駐車場」の看板が見えてくる。一体どれが有料で、どれがお寺の専用駐車場だろうとキョロキョロしながら運転するが、どうにも参拝者専用駐車場は見つけられず、しょうがないので一番お手ごろそうなコインパーキングへと車を滑り込ませる。

このような観光地となっている寺院などの門前町で、商売っ気たっぷりのこの駐車場の看板を見ると、せっかくの景観が台無しになってしまうことに鬱々とするが、何よりもその剥き出しの欲望に参拝前に少々あてられてしまう。

調べてみるがどうやら無料の参拝者専用駐車場は無いようで、参拝に訪れる人は周囲の蕎麦屋が提供する有料駐車場やコインパーキングを利用しないといけないようである。多くの参拝者が訪れる有名寺院としては当然のことなのかと思うが、結構敷地に余裕がありそうな寺院だけに、少しくらい駐車場を用意したらいいのに・・・と思いながらも、これも門前町に住まう人々との共存の仕方の一つなのだろうと車から境内へとむかう。

東京では浅草寺についで歴史の古い寺院らしく、初詣には20万人以上もの人が訪れる東京における特別な寺院として知れらているようである。天台宗の別格本山というその寺格からも、その歴史の長さを感じることができる。

境内よりも、なんといっても周囲の豊かな湧水の恵みを利用した蕎麦つくりで知られており、「深大寺そば」は名物として広く知られているという。確かに深大寺の「そば饅頭」はどこかで耳にしたことがあるなと思いながら、妻の実家と今夜久々に会う建築関係の仲間たちにお土産としていくつか買い込むことにする。集まる人数分よりも一つ多く入っていたので、下手な問題を起こさないようにと、パクリと一つ処理をする。

なんだか全体的に商業主義的な雰囲気が漂う気がするが、それでもやはり長い歴史の中で多くの人々から信仰され続けてきている寺院だというのが良く分かる雰囲気をもった境内である。












金剛寺(こんごうじ、高幡不動尊) (伝)平安時代初期 ★★


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所在地 東京都日野市高幡733
山号  高幡山
宗派  真言宗智山派
創建  (伝)平安時代初期
寺格  別格本山
開基  (伝)円仁、清和天皇(勅願)
機能  寺社
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関東三大不動(成田山新勝寺、高幡不動尊、不動ヶ岡不動)
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東京で生活をしていると、なんとなく耳にする「高幡不動尊」の名前。その響きから想像されるのは、田舎ものの集まる東京ではなく、この地で生まれ生活を持つ東京生まれの人にとって、懐かしさを感じさえる「ハレ」の場であり、祭りなどの賑わいを想像させる歴史のある名刹なのだろうというイメージ。

これだけ長く東京にいながらも、一度も運んだことが無いというのも都市や場所性を相手にする建築家としていかがなものか、そしてこれだけ多くの人に親しまれている場所にはどんなゲニウス・ロキがいるのかを確かめるために立ち寄ることにする。

三多摩地区における京王線は流石だなと感じるほどに、京王線高幡不動駅はほぼこの金剛寺(こんごうじ、高幡不動尊)に直結。境内の前には門前町が開けており、非常に視界が抜ける気持ちの良い街並み。境内も仁王門を前にして、地形が徐々に起伏を持って上昇し、奥に向かって互いにずれるようにして建物が配置されているため、五重塔や大日堂まで奥行きを持ちながら境内の空間が眺められる非常に快適な配置計画になっているようである。

流石は成田山新勝寺や不動ヶ岡不動などどともに、関東三大不動に数えられるだけあり、境内は多くの人でにぎわい、常香炉(じょうこうろ)の煙が立ち込め、多くの幟が掲げられている。そもそも「不動尊」とは何かと気になるが、寺院のなかで、不動明王像を祭る寺院のことを指すようであり、この高幡不動尊は本来なら金剛寺と呼ばれるが、本尊は大日如来坐像であるが、中央の不動堂の本尊が不動明王二童子像であることと高幡の地名にちなみ高幡不動尊とのことである。なんとも分かったような分からないような。

とにもかくにも、少しずつ勾配を挙げる坂を上がり、階段を上がり、一番奥の大日堂までお参りし、戻りがてらにこの武蔵国出身でこの寺が菩提寺である新選組副長であった土方歳三の銅像の横を通り過ぎ、都内有数のアジサイの名所であるというがなんとなく分かるような豊かな緑地を眺めつつ境内を後にする。


仁王門

不動堂




大日堂
五重塔




土方歳三

2016年2月4日木曜日

浄土寺(じょうどじ) 1194 ★★★


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所在地 兵庫県小野市浄谷町
山号  極楽山
宗派  高野山真言宗
創建  建久年間(1190年~1198年)
開基  重源
機能  寺社
国宝  浄土堂
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日本の建築空間掲載
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神戸を離れて今度は内陸に位置する小野市へと車を飛ばす。たった一つの目的地のために、往復数時間をかけることが、この寺院の境内にある建物の建築史的な重要性を物語る。

神戸とは打って変わってガランと開けた土地に広々と用意された駐車場。車を停めて徒歩にて境内に向かうと、案内板が見てくる。一段高くなった境内にあがると目の前に目的の建物である浄土堂がいきなり視界に飛び込んでくる。なんともそっけないその表情。

ぐるりと境内をまわり、東に浄土堂と対を成すようにして鎮座する薬師堂を巡り、再度浄土堂の前に。池を挟んで西に浄土、東に薬師如来というのは、東方浄瑠璃世界の教主・薬師如来と西方極楽浄土の教主・阿弥陀如来の居所を意味してのことだという。

どうやら中に入っていいのだと理解し、脇の入り口から中に入ると住職さんがおり、拝観料を納めて中央に安置された阿弥陀三尊像を見物する。お堂の中に響く、CDで再生される機械的な説明。空間の中には自分と住職さんと阿弥陀三尊像。境内の西に立つこのお堂の真ん中で、東に向かって立つ像の後ろに位置する朱赤に塗られた蔀戸(しとみど)からは、徐々に暮れていく西日が徐々に境内を赤く染め上げていく。

説明を聞いていると、この建物がどのような由来で、またどうしてこれほどに高い評価を得ているのかが良くわかる。まずはなんといっても仏像と建物が一体として設計された空間であるということ。

東大寺の再建に尽力した平安時代の僧である重源。中国の宋に何度も渡り、当時最先端であった大陸のさまざまな技術を学び戻ってきた彼は、平重衡の軍勢によって焼き払われた東大寺の大仏・大仏殿の再興に先立って、その事業の拠点となる東大寺「別所」を各地に定める。伊賀(三重県)や周防(山口県)とともに、7つの別所のうちの一つとして選ばれたのが、この播磨国の浄土寺という訳である。

その為に重源が大陸で学んできた様式を採用してこの地の建物が建設され、その様式とは大仏様(だいぶつよう)または、天竺様(てんじくよう)と呼ばれ、貫(ぬき)を使い構造を強化したり、天井を張ることなく、屋根の構造をそのまま露出して見せるなどの特徴を持っており、重源が手がけた大仏様建築で現存するものは東大寺南大門と同寺開山堂のとこの浄土堂だけとなっている。

堂の平面は方三間と呼ばれ、正面・側面ともに1辺に柱が4本立ち、つまり柱間が3つとなる構成で、それぞれの柱間が約6メートル。そして屋根は宝形造(ほうぎょうづくり)で四角錐状となっている、非常にシンプルなつくりである。外部に見えてくる屋根のつくる輪郭線に反りなどはもうけられておらず、ほぼ直線とされ、なんともストイックな表情を見せている。その表情をよりミニマルにするために、瓦の縁の下に位置する垂木の先端の端に「鼻隠し」という板材をつけることによって、個別の材の表情を消している徹底ぶり。

一目見ただけではその素晴らしさが分かりにくいが、こうして説明を聞き、時代背景に思いをはせ、太陽の動きとともに表情を変えるお堂の内部にて仏像と向き合うことによって徐々にその空間の本質が見えてくるとともに、ここを拠点として重源がその先に見据えていた大仏殿の再建のイメージを発展させていったということがよく理解できる見事な建物である。















薬師堂

2015年10月24日土曜日

「かぐや姫の物語」 高畑勲 2013 ★★★


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スタッフ
監督 高畑勲
原作 『竹取物語』 
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キャスト
かぐや姫(タケノコ):朝倉あき
捨丸:高良健吾
翁 :地井武男
媼 :宮本信子
相模:高畑淳子
女童:田畑智子
斎部秋田:立川志の輔
石作皇子:上川隆也
阿部右大臣:伊集院光
大伴大納言:宇崎竜童
車持皇子:橋爪功
北の方:朝丘雪路
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原作を、その成立時期や作者は不明であるが日本最古の物語と言われる「竹取物語」としている本作品。少なくとも平安時代初期の10世紀半ばまでには成立したとされており、その内容には現代とはまったく世界の捉え方の違い、人間というものの認識の違いがその奥底に見えるのが、文字として残り、時代を超えて読み注がれる物語の強さである。

そうして見ていくと、何かしらの罪を犯したために、月の世界から下界であるこの地球におとされたかぐや姫。しかしながら、生まれながらにして大量の黄金と、誰もが認める美貌を持ち合わせているという設定が、「金」と「美」というものが時代が変われど人間の根源にまとわりつくものであり、言葉を変えれば、人の欲望はどの時代でも同じであるという悲しき性を示している。

しかもその美しさを兼ね備えた娘には、「高貴な人」とされる裕福な貴族の妻になることが何よりの幸せだと考える翁と、それを当然の様に振舞う都の人々。つまり美しいということはそれだけで価値であり、更にその上に「教養」などを付け加え、その外見の美しさに相応しい内面を備え付けていく。人の力ではどうしようもない、生まれ持った美しさの前には、人は情けないがどうしてもひれ伏してしまう、どうしても魅かれてしまうというのは、まさに時代を超えた人類の原理原則であるかのように物語りは描かれる。

表現としては、CGではできないこと。
アニメーションである強みとは何か。

そんなことに固執して生み出したような表現が重ねられ、「見たこと無いな」と思わせるある強度を持っているかのようである。音楽では久石譲、そして声優陣には高良健吾、地井武男、宮本信子、高畑淳子、田畑智子、上川隆也などなど、「良くぞこれだけ」と思ってしまうほどの豪華なメンバーを揃え、制作側の気合の入れようと、予算のかけ方が感じられる。

満月の夜、かぐや姫を迎える月からの使者達のシーンは、この世の常識とは全く違った力が降りてきているという感情を湧かせるのに十分な演出と音楽で、相当な出来になっている。様々な宗教観すら超越した存在を作り出すために、「パプリカ」のそれを思い出させるような高揚感のある音楽。

それと対比を成すように、作品内で何度も繰り返されるのは長閑でありながら、美しく整っている日本の風景に重なる童謡の数々。子供達が楽しげに口ずさみ、田植えの疲れを紛らわせるように農民が謳うのは、四季の恵みを与えてくれる大地への賛美。そしてその自然に包まれたつつましい地上での生活の姿。

使い古された「竹取物語」に新たな命を吹き込むために何かが必要だとした時に、その役割をこの作品で託されたのは「音楽」であり、この物語が描かれた時も、そして現代においても、この日本という風景の中で響きあい、共鳴するそれらの歌に時間を越えた「日本」の姿をその音楽の中に写し出そうとしたのではと、勝手な想像を膨らませてしまう、そんな一作である。