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2015年9月17日木曜日

「黒衣の刺客(刺客 聶隱娘)」 侯孝賢(ホウ・シャオシェン) 2015 ★★


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スタッフ
監督 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)
原作 裴鉶(ハイ・ケイ) 「聶隱娘」
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聶隠娘(ニエ・インニャン);舒淇(スー・チー)
田季安(ティエン・ジィアン);張震(チャン・チェン)
鏡磨きの青年);妻夫木聡
青年の妻;忽那汐里
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2015年第68回カンヌ国際映画祭 監督賞
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オフィスのマネージャーはかつて映画産業で働いていたこともあり、どうやらそちら関係の仕事をしている友人が多いようである。トコトコやってきて、「カンヌで賞をとったとてもアーティスティックな映画が今日まで上映しているので、スタッフに鑑賞させてあげるのはきっと仕事にとってもいい影響があると思う」というので、「なら午後に行こう」ということで、興味のあるというスタッフ計15人ほどで映画館へと足を運ぶ。せっかくなので、妻にも連絡をしてみると「興味ある」ということなので途中で拾って映画館へ。

台湾人監督によって、中国では有名な時代小説の映画化で、舞台は唐の時代ということらしい。プロットとしては幼いころに融解された少女が、暗殺者として教育されて地元に戻ってきて、暗殺を企てる相手はかつての許婚ということらしい。全体的に台詞が少なく、しかも発せられる台詞は漢詩のように非常に詩的な表現をとっているらしく、とても外国人が用意に理解できるものではなく、なんとなく雰囲気と後ろの席に座ったオフィスのマネージャーが英語にて耳元で説明してくれるのに耳を傾けながらなんとなく物語を理解していく。

日本でも、妻夫木聡と忽那汐里が出演したということで話題になったようであるが、妻夫木聡は物語上重要な登場人物として広く画面に現れるが、忽那汐里に関してはどうやっても見つけることができず、後々調べてみると彼女は日本版だけでの登場ということになっているらしい。上映場所によって微妙に編集を変えていく現代の映画産業においては、良くありがちなプロモーションの一環ということであろう。

とにもかくにも言葉を発せず、すり足で近づき、華麗な殺陣を立ち回り、それでいて人としての感情に揺れ動かされる主人公を中心に、全体に非常に詩的な雰囲気のある映像で構成される。カンヌで監督賞を受賞したというのも納得できる作品であるが、これを本当の意味で理解するには相当レベルの中国語の能力が必要であり、それが無ければやはり表面の美しさや雰囲気だけで理解して気になってしまうだけだろうと思いながら映画館を後にする。












2014年3月21日金曜日

「うなぎ」今村昌平 1997 ★★★★★

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第50回カンヌ国際映画祭 パルム・ドール
第71回(1997年度)キネマ旬報ベスト・テン 日本映画 1位
第26回キネマ旬報読者選出ベスト・テン 日本映画第2位
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ここ最近は日本人の映画監督だけでなく、日本人の俳優が華やかな現地でのセレモニーに参加することで何かと注目されることになっているカンヌ国際映画祭

海外の映画祭といえば必ずあがる有名映画祭であるが、ベルリン国際映画祭、ヴェネツィア国際映画祭と併せ、世界三大映画祭の一つである。フランスの映画祭だけあって、やはりハリウッドで受けるようなものとはまったく違う価値観とテーマを持った作品が出品される映画祭である。

そんなカンヌ国際映画祭において、日本人監督として二度も最優秀賞にあたるパルム・ドールを受賞した日本人映画監督が今村昌平(いまむらしょうへい)。誰でもその名前は聞いたことがあるくらい、映画監督としては知名度の高く、毎年「今村監督作品の○○が今年の○○国際映画祭に出品されました」などというニュースを耳にしている気がするくらいである。

早稲田大学出身の今村監督。平成18年に79歳にて亡くなられたのだが、あまりに耳にしている回数が多いので、ついついその作品も見た気になってしまっていたが、改めて観てみようと思い何を見るかと考えるとやはりこの作品からかと選んだ「うなぎ」。

二度のパルム・ドールを受賞したというが、その受賞作は1983年の「楢山節考(ならやまぶしこう)」と1997年のこの「うなぎ」である。何とも意味深なそのタイトル。97年の作品なのでそれほど古くはないはずだが、時代設定が1988年にされ、それに合わせるように画面の色もやや色あせたレトロな色調。

釣好きサラリーマンの主人公を演じるのは若き日の役所広司。ある日、差出人不明の手紙を受け取り、その内容を見てみると、「あなたが釣りに出かけている夜には、奥さんが男を連れ込み浮気をしている」と。そんな訳はないと思いつつ、気になってある日早めに釣りを切り上げて帰宅すると、そこには男との不倫の現場の妻の姿。

怒りにまかせ妻と男とめった刺しにしてしまう主人公。そのまま自転車で近くの警察に「妻を殺しました」と出頭する男。そのまま服役をし、8年後に釈放される時には、囚役中に飼い始めた「うなぎ」と一緒に塀の外にでてくることに。

その後世話人の住職の世話により、千葉の佐倉市の川辺のバロックを改修し、質素な理髪店を始める。くるくる回る懐かしの理髪店のサインポール。興味半分で集まる地域のやさぐれ者達。妻の裏切りから人間不信になっている主人公は寡黙に淡々と仕事をこなし、できるだけ深く人と関わりあわないようにと日常を送る。そんな彼が唯一心の内を明かせるのは、飼っているうなぎ。

そんなある日、川辺で自殺未遂をしている若い女性を見つけてしまい、警察に届けることに。命を取り留めたそのヒロインは事情があって東京から逃げ出してきたらしく、「ここで働かせてください」と強引に理髪店を手伝うことになる。

そんな小さいながらにコミュニティがあり、濃厚な人間関係があり、それぞれに深い闇を背負って生きていながら、人とのつながりの中で、やっぱり人間は人間と一緒に出なければ生きられないというような、暖かい日常を描き出す。

何かのきっかけでこうして殺人を犯してしまうことがあるかもしれない。それは人間誰でもわからない。でもこうして人生をやり直すことができ、真摯に生きていれば、それをしっかりと受け入れてくれる人たちがいるという日本の風景は、それはそれで美しいと思わずにいられない。

新自由主義経済の波が押し寄せて、誰もが自分の生活で手いっぱいとなった現代社会。こうして隣人の人生に深く手をつっこみ、そして付き合っていく地域コミュニティのあり方は、これからどんどん難しくなっていくのだろうと思いながら、これもある意味現代から失われた「三丁目の夕日」と同じ風景なのだろうと想像を膨らませる。
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スタッフ
監督 今村昌平
脚本 冨川元文・天願大介・今村昌平
原作 吉村昭
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キャスト
役所広司 山下拓郎
清水美砂 服部桂子
柄本明 高崎保
田口トモロヲ 堂島英次
常田富士男 中島次郎
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作品データ
製作年 1997年
製作国 日本
配給 松竹=松竹富士
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2013年1月20日日曜日

「ハッシュパピー バスタブ島の少女」ベン・ザイトリン 2012 ★★



サンダンス国際映画祭グランプリ受賞に、主役の女の子が史上最年少で米アカデミー賞主演女優賞にノミネートされるなど、何かと前評判の高い一作。

インターネットがインフラ・レベルとして生活に入り込むようになった現代の情報社会では、どんな映画を見る時にも、既に前情報としてどの映画祭で賞を受賞したということを知っていることになる。

それらの情報から、これはどこで評価を得た映画なんだ、どの映画祭がどのような作品に賞を与える傾向があるか大体イメージを持ち合わせていると、見る前にこの作品はやや芸術系で派手さは無いが高い評価をうけた良い映画なんだという先入観を持って見ることとなる。

それが情報社会の宿命であり、それらの偏見のなか、自分なりの受け取り方をできるかどうか、自分の視点で判断ができるかが極めて重要になってくる。そんなプレッシャーを感じなければいけないほど、多方面から絶賛されている一作。

原題の「Beasts of the Southern Wild」。これがデビュー作という29歳の新人監督ベン・ザイトリンが、若かりしころからこのチャンスを掴み取るまでに温めつくしてきたと思えるアイデア、想いが詰まった濃厚な映像作品となっている。圧巻は過酷な環境のなか成長していく子供の心の中で育つその野性の象徴として描かれる獣たち。一体どうやって撮影したのか?と思わずにいられないその迫力。

舞台は原住民文化が多く残るといわれるルイジアナ州。居住が許されない川沿いに独自のコミュニティを作り人種も関係なく住み着く人々。そのコミュニティはバスタブと呼ばれ、コミュニティの中で教育を行い、自足自給的な生活を営む。

そのバスタブの最大の脅威は、突然襲ってくる大規模な嵐。巨大な嵐は川の水を氾濫させ、工業地域へと氾濫が押し寄せないように政府によって作られた堤防が水の流れをせき止め、バスタブのある地域の多くは、水の中へと沈むことになる。

そんな話を見ていると、かつて訪れたデンマークの首都コペンハーゲンで現地の建築家に案内してもらった政府公認の自治区、クリスチャニア(Christiania)を思い出す。税金を支払うことを拒否したヒッピー達が集い独自のルールを作り出して暮らしている地区。

案内してくれた建築家によると、そのコミュニティに入るためにはコミュニティの中の誰かの紹介がなければいけなく、一度コミュニティに入ると、自治会によって割り振られて仕事をして、食事などは給付されるという。そんな訳で、現代社会から敢えて隔絶した理想郷のイメージが重なるのか知らないが、世界中の有名アーティストがここでコンサートを開くことを願う人も多いという。

そんな話を思い出す現代の近代社会に属さない人々の話。物理的距離はそんなに遠くはないければ、自分達の乗っているルールから離れているだけで、異端としての距離が現れて、急に「あちらの世界」的な見え方がしてくるから不思議である。

世界がフラットになった情報社会。何でも目新しくはなく、なんでも聞いたことがある、何でも知っていて、何でも調べればすぐ出てくる。そんな中でも新しい物語を作らないといけない、見つけないといけない。そうなればなるほど、どんどん重箱の隅を突き、こんな人たちもいたんだ、こんな生活まだあったんだ、という風にネットではたどり着くことの出来なかった場所まで世界を広げ、より透明へしていく。

しかし、それは今まで知られてなかったことを、また一つネットのデータベースに加入させて以上にはならず、映画として何かしら新たなるブレイク・スルーをもら足したかといえばそうともいえない。

だから難しい。誰もが知ってる時代だからこそ、作り手の苦難が強く見える一作。それだけ悩み、現代を考慮し、それでも映像の力を信じたつくりでの想いがにじむ一作。

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第28回サンダンス国際映画祭グランプリ 最優秀撮影賞受賞
第65回カンヌ国際映画祭カメラドール
第85回米アカデミー賞主演女優賞、作品賞、監督賞、脚色賞ノミネート
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スタッフ
監督 ベン・ザイトリン
脚本 ベン・ザイトリン

キャスト
クワベンジャネ・ウォレス
ドワイト・ヘンリー
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作品データ
原題 Beasts of the Southern Wild
製作年 2012年
製作国 アメリカ
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2012年12月29日土曜日

「The Kid with the Bike」Jean-Pierre Dardenne 2011 ★★



父親に育児放棄された少年。

自分を捨てるはずはないと、孤児院から抜け出してはひたすらに父親を探し回り、自分を愛してると疑わない。

その想いは純粋だけに、目的以外の人間に対してはひたすらに獰猛。

ありふれた貧困物語だが、ひょんなことから少年に遭遇し、里親として少年を週末だけ預かる美容院の女性。彼女から捧げられる無償の愛が少年に、徐々に希望を与えていく。

愛する人と生きること、そして愛を捧げる対象を持って生きること。

ささやかだけれども、それがどれだけ人生に意味を与えるのかを教えてくれる一本。

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第64回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作品
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原題:Le Gamin Au Vélo
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2012年9月22日土曜日

「Footnote」ヨセフ・シダー ★



footnote :脚注; 補足説明

つまり、本文中では理解されないだろうとする部分に、枠外にて補足説明を行う文章のこと。

タルムード(Talmud)とはユダヤ教の宗教的典範で、中世から現代に至るユダヤ人の精神文化を知る重要文献らしい。

Israel Prizeというのは、イスラエルで最も権威ある章で、毎年、文化や科学の分野で特筆すべき貢献を成し遂げた人に送られる賞で、村上春樹が受賞したエルサレム賞とは違うので注意すべき。

イスラエルという、グローバル世界においてもなお、異国でありつづけることのできる遠い国なので、上記の基本知識を確認して振り返らないと、なかなか理解が難しい。

それでも描いている内容は、同じ分野に生きる父と息子。堅物の父と闊達な息子の性格を反映するかのように、専攻分野への取り組みの姿勢もまったく違ってくる。

「世間に認められなくても、自分の研究はユダヤの文化にとっては大きな意義があるんだ。」という頑なな意志の下に隠されていた、それでも評価されたいという研究者としてのエゴ。それがあるきっかけによって大きく曝け出されることになる。

そしてその裏側には、父を研究者として尊敬する息子と、それでも一人の男としての蔑みの眼差しが同居し揺れ動く感情。

fortress:要塞、堅固な場所

の一言から、それこそ研究者の洞察力と直感により、決して開ける必要の無かったパンドラの箱を開けてしまい、恐らく今後死を迎えるまで、誰かに語ることも無く、ただただ一人でその猜疑心と向き合うことになるだろう老いた男の姿。

見終わってから冒頭のfootnoteの意味をどうにか探そうとするが、脚注という暗喩はどこにも見つからず、恐らく「足元に散らばった満々という紙切れ」という意味でのfoot-noteの方が正しいタイトルなんだと自らを納得させる。

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第84回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート
2011年カンヌ国際映画祭脚本賞受賞
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2012年9月15日土曜日

「フィッシュ・タンク」アンドレア・アーノルド ★★★


ベネフィット・クラス。

2011年の夏にロンドンに訪れた時に起こったライオット。貧富の差が広がることに対しての自らの日常に対する鬱憤を晴らすように、SNSで拡散したその乱痴気騒ぎ的騒動の空気を実際に体験することになった。

その時に街で見かけた10代中ごろと思われる少年達が昼間からフラフラと街をたむろする様子。何か目的がある訳でも無く、ただただ持て余した時間をどうしてよいか分からず、未来に希望も持たないだけに何をするか分からないという予想不可能な雰囲気を醸し出しながら、こちらを見てくるじっとりとしたその視線は未だに忘れられない。

ロンドン滞在でお世話にならせてもらった、日本人とスペイン人の建築家カップル。彼らが教えてくれたのが冒頭の言葉「ベネフィット・クラス」。日本で言えば生活保護受給者層ということになるようだ。働くよりも手厚い保護を受けられるということで、労働に対する意欲を失い、それでも暮らしていけるために持て余す時間。若いカップルにできる複数の子供達。決して高まることも、向上心も教えられることの無い子供達の生活のスタンダードは親のそれそのもの。まさに貧困は遺伝する。その子供達が中心となり起こしているのがこのライオットだと、イギリスの現状を知った、イギリスに住む人の言葉に驚いた。

出来ることなら、少しでも楽をして生きていきたい。それが人間の本性であり、大多数の人がその欲望を抑えるだけの理性を身につけることなく一生を生きていくのが社会である中で、手厚い社会保障が施行されれば、必然として起こりうる事態。それが世代を超えて新たなる社会の根底を形成していくという事実。

自分とはまったく違う常識を持って生きている人が横にいるという恐怖感。

そのベネフィット・クラスの現実を描いたような映画。

イギリス映画に多くある、社会の弱者とされる家庭の日常を淡々と描いていく。ケン・ローチ的な誰もが知っているが、誰もが語ろうとしない、社会の膿の様な部分をしっかりとしたリサーチに基づいてリアリティを持たせて世界に見せ付ける。そんな映画。

ドロップ・アウトするということは時間を持て余すことで、何に時間を費やしたらいいかという対象を持ち得なかった人間には、更に孤独感を加速させてしまということと、母と姉妹二人の家庭に絶対的に欠けている力強い父親の存在。その二点を強く印象付ける作品。最初の30分はなかなか入り込みにくいが、子供と大人の間としての15歳のミアが、娘として、女として、子供として揺れてもがいて行くリアリティに引き込まれるのにそう時間はかからない良作。

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2009年・第62回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞
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