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2014年6月4日水曜日

選択肢に入ること

ファイドンのパーティーを後にして、夕食の会場であるレストランを目指して海岸沿いを歩いていると、前方から明らかに遠近法を無視した船が近づいてくる。

昨日イタリア人のスタッフが興奮気味に、「数日前に凄い大きな船を見たんだ」と言っていたのを思い出す。確かにこれはちょっと想像を超えているサイズである。甲板の上には旅行客がこっちを向いて手を振っている。「なんて俗世的なんだ・・・」と思いながらも、ついつい手を振り替えしてしまう自分達。

イタリア人に聞くと、こうしてカナル・グランデを行き交う大きなフェリーに規制をかける動きが起こっているという。かつての海洋都市といっても、流石にこれだけのサイズまで船が巨大化するとはその時代の誰もが想像しなかっただろうと思いながら、「これだけ資本主義に押されて海を行き交う船が増えれば、環境負荷や燃料消費も相当増加しているのでは?」とイタリア人に聞いてみると、既に規制が敷かれ、かなり限られた船しか運航していないという。

そういうところは流石イタリア・・・と思いながら、ヨーロッパでの仕事の機会を広げる為に様々な人を紹介してくれているフランス人がセッティングしてくれた今夜のディナーの会場が、やや入り組んだところにあるというので、水上タクシーで向かうことにする。

20分ほどで陸に上がり、到着したのはなかなか雰囲気のあるレストラン。既知のフランス人とその古くからの友人だというパリを拠点に活躍する都市計画事務所の3人のパートナー。互いに簡単な紹介を済ませ、どの様な仕事をしているのかを話し合う。

さっぱりした白ワインを味わいながら、こうして「何かの機会があれば、その選択肢に入っている」という状態を増やしていくことが、チャンスをつかむことの下地になっていくのだと再認識せずにいられない。







2013年7月16日火曜日

社格

神社を回っていると必ず目にする「旧○○社」などの言葉。それがこの神社の位を意味するのは分かるのだが、どの様な番付の中のどの位なのかがいまいち分からないので、一度ちゃんと学んでみることにする。

そんな訳で調べてみると、下記のホームページがとても丁寧にそして分かりやすくまとめてくれている。

神社の社格

そこからポイントを書き出していくと下記の通りになる。

・現在の神社界には、社格制度は無い
・今までのものは昭和20年を以って全て廃止された
・制度上は消滅したが、社格は一種のステイタスとして今でも根強く使われている
・例えば、「郷社」と「村社」ではどちらが「上」か?正解は「郷社」。では、「官幣大社」と「一の宮」はどちらが「上」か?正解は「どちらでもない。そもそも官幣大社と一の宮を比べること自体が間違い」
・官幣大社と官幣中社とでは官幣大社の方が「上」で、一の宮と二の宮とでは一の宮の方が「上」だが、官幣大社と一の宮は、それぞれ別個の社格制度に基づく社格なので、比較すること自体意味がない
・現実には、官幣大社と一の宮の両方を兼ねているという神社もある
・国幣大社である一の宮の場合は、当然官幣大社よりも下位とされる

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そして各カテゴリーを分けていくと下記の様になる。
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■式内社・式外社(平安時代)
・「延喜式(えんぎしき)」の神名帳(官社を記載登録した名簿)にその名が記載されているかどうか。
・記載されているものを「式内社」(しきないしゃ)
・記載に漏れた神社を「式外社」(しきげしゃ)
・延喜式撰修当時(平安時代前期)から存在していた神社は、式内社と式外社とに分けることができ、そのなかでも式内社は、特に由緒のある神社とされる

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■延喜式の官国幣社の制(平安時代)
・上記の式内社をさらに四等に分類した制度
・神祇官(国家)から幣帛を受ける神社を「官幣社(かんぺいしゃ)」
・その神社の鎮座する国の国司から幣帛を受ける神社を「国幣社(こくへいしゃ)」
・さらに大社と小社とに分類
・つまり式内社は全て、官幣大社、官幣小社、国幣大社、国幣小社の4種のいずれかに分類
・官幣社は中央(京畿内)に集中し、国幣社は地方に多かった

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■三社(さんしゃ)(平安時代)
・朝廷から特に尊く尊崇され、特別な奉幣使が遣わされた伊勢神宮、石清水八幡宮、賀茂明神のこと
・伊勢の神宮は皇祖の神宮であり、石清水八幡宮は朝廷において大祖、宗廟の扱いを受け、賀茂神社(現在の上賀茂神社と下鴨神社)は皇女や皇女孫が斎院として奉仕し、御歴代の行幸もしばしば行われることなどから、この三社は特に尊い神社とされた

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■十六社(じゅうろくしゃ)(平安時代)
・「二十二社」の前身
・朝廷奉幣のために10世紀前葉に定められた
・伊勢、石清水、賀茂(上下)、松尾、平野、稲荷、春日、大原野、石上、大和、大神、廣瀬、龍田、住吉、丹生、貴布禰の十六社を指し、この十六社に対しては朝廷より格別の崇敬があった

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■二十二社(平安時代)
・朝廷奉幣のために11世紀初頭に定められた
・祈雨・祈晴や国家的大事に際しては特別に奉幣の対象になり、「二十二社」という名で特別な社格の神社として、他の神社よりも優越の地位を占めた

・上七社(伊勢、石清水、賀茂、松尾、平野、稲荷、春日)
・中七社(大原野、大神、石上、大和、廣瀬、龍田、住吉)
・下八社(日吉、梅宮、吉田、廣田、八坂、北野、丹生、貴布禰)

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■一の宮(一宮)(平安時代中期以降)
・諸国の国内で第一の地位を占めた神社を「一の宮」といい、以下「二の宮」、「三の宮」という序列
・この制度は平安時代中期から鎌倉時代にかけて成立
・平安時代の国司は、任国の国内にある主要神社を参拝することが慣例。その際に、まず最初に国司が参拝する神社が「一の宮」とされ、以下、国司の参拝する順序に基づき「二の宮」、「三の宮」が制定
・一の宮、二の宮、三の宮といった序列は準公的な社格として機能
・全国には「一宮」という地名(自治体など)が複数あるが、そういった所は大抵、かつて「一の宮」とされた神社が今でも鎮座している所
・北海道や沖縄など、当時まだ国司が置かれていなかった地域(律令体制化においては日本国内とされなかった地域)には、一の宮はない

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■近代の官国幣社(かんこくへいしゃ)の制(明治時代~終戦)
・近代の「官国弊社の制」は、明治4年に定められた社格制度
・例祭に当たり皇室より神饌・幣帛を供される神社を「官幣社」
・国家(国庫)から神饌・幣帛を供される神社を「国幣社」
・府や県から神饌・幣帛を供される神社を「府社」・「県社」
・郡や市から神饌・幣帛を供される神社を「郷社」
・町村から神饌・幣帛を供される神社を「村社」
・社格のない神社(地方団体から幣帛や神饌料供進の特典がない神社)を「無格社」

・官幣社と国幣社は更にそれぞれ大社・中社・小社に区分
・官幣社のなかでも特に人物神をお祀りしている神社(楠正成を祀る湊川神社、徳川家康を祀る東照宮など)は別格社
・社格を上位から下位の順に並べると、官幣大社>官幣中社>官幣小社>別格官幣社>国幣大社>国幣中社>国幣小社>府社・県社>郷社>村社>無格社の順

・官国幣社を「官社」、府県社以下を「民社」とも云う
・官幣社には主に平安時代の「二十二社」など朝廷に所縁の深い神社が列格され、国幣社には、主に諸国の「一の宮」が列格
・伊勢の神宮には社格はありませんでしたが、これは神宮が尊貴無上であることから社格を与えられなかったのであり、無格社とは事情を異にしている
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これらを理解し再度今まで巡った神社と旧国の配置を眺めてみると、また違った日本が見えてくるだろう。

2013年7月13日土曜日

Hiker's Dinner


妻もハイカー仲間に加入したということで、近しい友人がハイキング仲間の少人数でディナーをするというのにお呼ばれしにいく。

せっかくなので、仲良くしている別のカップルも登山が好きと聞いていたので、彼らにも声をかけることにする。

10人ほどのメンバーで、ほとんどが前回のハイキングかその前のパーティーで顔見知りということもあり、友人のカップルを紹介し、ホストの用意したインドネシア料理に舌鼓を打ちながら時間を楽しむ。

小さいころ想像していたサンタクロースそっくりなスコットランド人の友人は考古学者というだけあった、世界中の色んな場所で登山をしているらしく、この夏にエベレストに行くというメンバーも興味深そうに話に食い入っている。

北京のブラジル大使館で働く友人が、たまたま遊びに来ていたという東京のブラジル大使館で働く友人を連れてきて紹介してくれる。暫く東京にいるというので、今度東京に来るときはぜひ声をかけてくれといい、北京の友人はもうすぐ駐在を終えてブラジルに帰るので、ぜひ遊びに来てくれという。

こうして気さくに増えていく外国の友人のことを思いながら、東京では「外国人ではない」から外国人と出会わないのか、それとも日本人の気質がそうさせるのかなどと思いを巡らす。

まったりお酒を飲みながら先日の誕生日の話に話題が飛び、夫婦間でのプレゼントを今年から止めたというと、サンタクロースの友人が「誕生日プレゼントは普段ほしくても自分ではなかなか買わないものを手に入れるとてもいいチャンスだからぜひやった方がいい」と言う。

それに賛同するほかのメンバーが「今何が欲しいの?」と聞いてくるので、ちょっと考えて「ザイル」と答えると、誰もがポカンとする。先日のハイキングで一人のメンバーが斜面の上からザイルで下の人を引っ張りあげていたことを説明し、「使う機会がなくても、あのロープを持っていることがいいんだ」というと、それでも納得しないような皆の顔。

しかし、今度の帰国時に妻からザイルを買ってもらおうと自分の心の中で決めることにする。











2013年7月11日木曜日

記念日


結婚記念日などは、自分が何かをしたことを記念するタイプ。
それに対して、誕生日は自分で決めることができない。
運命によって左右されるタイプのもの。

そう考えると、記念日と呼ぶのはどうなのか?
と思わずにいられない。
記念日というよりも、ある種の区切りのようなもの。

一年に一日だけ、昨日までの一年間がどうだったのか、
それを振り返ることができる唯一の時間。

そんなことができる区切りの日は一年に数日しか存在しない。

いつもと変わらないはずのリニアな時間の流れにも関わらず、昨日を昨年に変えてしまう元旦。 

同じく、昨日と今日との間に大きなギャップを生み出す新年度の開始点の4月1日。

そして誕生日。


そんな記念日ではない区切りの日。

その中でも国家や人類といった大きな枠での共有項ではない、自分特有の日であるのは唯一誕生日だけか。

なんて思いながら、妻が予約してくれた噂に聞いていたテンプル・レストランに足を運ぶ。

高い天井でとても落ち着いた雰囲気。料理も素晴らしく、こういう場所で記念日を過ごすのも、随分大人になったんだなぁと改めて重ねてきた歳に想いを馳せながら、料理を楽しむ。

春から続いたダイエットのお陰で、随分久しぶりとなったフルコースのディナーに妻もすっかり満足したようで、「明日をどう生きようか」と思いを巡らせながら、二人乗りのスクーターで胡同を抜けて家路につく。




















2013年6月1日土曜日

メルボルン Melbourne Day 3


昨日のうちに、以前から予定に組み込まれていた今日の夕方のパネル・ディスカッションは「パネラーが壇上でディスカッションをして、会場から募集した質問などを纏めてスピーカーに少しだけ振るくらいだから」と聞いていたので、すっかり解放感に包まれながら良い目覚めをすることができた。

昨日は味わうこともままならなかった朝食も、このイベントに向けて仕上ていたダイエットも一段落ということもあり、たらふく平らげ、たまたま横の席に腰掛けたジョージに「頑張ってね」と声をかけてコーヒーを味わう。何とも味わい深い。

といってもイベントは朝9時から始まり、見たかったキャサリン(Kathrin Aste)のレクチャーがあるので急いで会場に。スピーカーが集まっている前列周辺に席を取り、Landhausplatzなどランドスケープから良質な都市空間を作り出す彼女達の作品をプレゼンに耳を傾ける。 


次のセッションは、アメリカからバージニア(Virginia San Fratello)。彼女はRael San Fratelloの主宰者であり、3Dプリンターの素材のパウダーに繊維を混ぜてコンクリート以上の強度を持つ素材を作り出したりと、アドバンス・テクノロジーを使いながら、マテリアルの新しい可能性を試みている建築家。

次はフィリップ・ラーム(Philippe Rahm)。フランスのRahm Architectesの主宰者でバリバリの環境建築の一人者。風、光、気温、湿度など人が快適と感じる目に見えない要素を設計対象としてプロジェクトを進める建築家。

午後のセッションは昨晩のディナーで向かいになって、いろいろとオーストラリア建築業界の話を教えてくれたティム(Tim Greer)。シドニーでTonkin Zulaikha Greerを主宰する一人。如何にも世話好きな人のよいおじさんという感じで、「シドニーに行くなら知り合いの若い建築家にぜひ会ってくれ」と紹介してくれる。プロジェクトも一つの場所で長く建築に向き合っている姿勢が感じられる非常に良質のプロジェクトばかり。

続いては、ジョージ(Jorge Otero-Pailos)。コロンビア大学で建築を教えながら、建築とアートの曖昧な作品を作り続けている建築家。レクチャーは「ダークマター」と銘打って、大気汚染など目に見えないが建築を風化させる物質もまたマテリアルではないかと話を進め、フィリップ・ジョンソンの「ガラスの家」に漂っていた違う年代の臭いを香水にしたりというプロジェクトを紹介するが、「やはり頭のいい人は面白いな」と思いながらも少々の悔しさを感じる素晴らしいプレゼンテーション。

ここまでくると既に脳はクタクタだが、次が最後のセッションだと気合を入れる。

最後はマティアス(Matthias Kohler)。スイスの名門ETHの建築学部の学長を務め、Matthias Kohlerの協同主宰者でもある。ロボットを使ったデジタル・ファブリケーションの第一人者で2008年ベニス・建築ビエンナーレのスイス館のプロジェクトなど、ロボットとアルゴリズムを使っての建築の可能性を追求している相当面白い人。

やっと終わったと思っていたら、スピーカー全員が壇上に呼ばれ、4人のパネラーと一緒にテキーラを一杯飲まされ始まるパネル・ディスカッション。ナダー(Nader Tehrani)が統括しながら、今回のテーマ「マテリアル」という観点から話をし、かくスピーカーに話を質問を降ろうとするのだが、最悪なことにほとんど質問の内容が分からないまま一番はじめに質問を投げかけられるアンラッキー・・・

「参ったな・・・」と思いながら、自分なりの言葉を捜しつつ、なぜこれだけ世界の様々な場所で、このような色々な建築家がそれぞれに「マテリアル」の新しい可能性を見つけようとしているのか?それは皆が無意識のうちに、この数十年で建築分野の中で巨大な力を持つ「環境」という建築すら飲み込み国境すら越えていく大きな概念によって、新たなる建築と環境との関係性に目をむけ、それがその境界線を定義する「マテリアル」へと辿り着いているのでは?などと意見を述べていく。

一度答えておけば、もう質問は来ないだろうとタカをくくり他のスピーカーの質疑応答に耳を傾けるが、ネイティブでも理解するのに相当苦労するのでは?と思われるような英語の言い回しに、母国語でない人にとってはハンデが大きすぎるのでは・・・と思いながらもなんとかパネル・ディスカッションを終了する。少なからずの敗北感を感じながらもとりあえず無事にイベントを終了できてほっとする。

最後は「Closing Party」ということで、会場近くのバーで出席者や聴衆も含めて一緒にお酒を飲みながら、最後の交流を楽しむことにする。ティムに紹介してもらったシドニー在住の若手建築家と明日シドニーのオペラハウスの前での再会を約束し、自由時間が無かったためにほとんど見ることができなかったメルボルンの街並みを少しでもということで、妻と二人でこっそりパーティー会場を抜け出して、夜のメルボルンを散策する。