2016年2月27日土曜日

「12人の優しい日本人」 中原俊 1991 ★★★★

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スタッフ
監督 中原俊
原作 三谷幸喜
脚本 三谷幸喜、東京サンシャインボーイズ
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キャスト
陪審員1号(陪審員長、40歳の女子高校体育教師):塩見三省
陪審員2号(28歳精密機械製造会社社員、 妻と別居):相島一之
陪審員3号(49歳の喫茶店店主):上田耕一
陪審員4号(61歳の元信用金庫職員):二瓶鮫一
陪審員5号(37歳の商事会社庶務係):中村まり子
陪審員6号(34歳の医薬品会社セールスマン):大河内浩
陪審員7号(32歳、独身):梶原善
陪審員8号(29歳の主婦):山下容莉枝
陪審員9号(51歳の開業歯科医):村松克己
陪審員10号(50歳のクリーニング店経営者):林美智子
陪審員11号(年齢不詳の役者男):豊川悦司
陪審員12号(30歳の大手スーパー課長補佐):加藤善博
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「25年も前にこれほど完成度の高い映画があったとは・・・」と思うと共に、陪審員役の12人の役者がそれぞれに見事に個性を打ち出していて、やや無理がある展開にもぐいぐいと引き込まれていきあっという間に見終えてしまう一作。

物語のほとんどは陪審員用の会議室の中で完結し、召集された12人の個性豊かな面々の掛け合いだけという舞台劇のような脚本で、その後実際に舞台化されたというのも納得。こういう映画を見るとやはり思い出すのは「キサラギ」「ドッグヴィル」であるが、1991年でこのクオリティなのはやはり凄いとうならずにいられない。

登場する俳優たちも現在でも活躍する面々ばかりで、やはりどの分野においても能力のある人は早い段階でよい作品を残し、ある程度メンバーが固まりながら世代を構成していくのだろうと想像しながら、久々に舞台でも見に行こうかと思わされる一本である。

中原俊




陪審員1号:塩見三省
陪審員2号:相島一之
陪審員3号(49歳の喫茶店店主):上田耕一
陪審員4号(61歳の元信用金庫職員):二瓶鮫一
陪審員5号(37歳の商事会社庶務係):中村まり子
陪審員6号(34歳の医薬品会社セールスマン):大河内浩
陪審員7号(32歳、独身):梶原善
陪審員8号(29歳の主婦):山下容莉枝
陪審員9号(51歳の開業歯科医):村松克己
陪審員10号(50歳のクリーニング店経営者):林美智子
陪審員11号:豊川悦司
陪審員12号(30歳の大手スーパー課長補佐):加藤善博

2016年2月23日火曜日

「日本人はなぜ美しいのか」 枡野俊明 2014 ★



海外でもその庭園作品が知られ、随分とさまざまな場所で講演に呼ばれたり、作品を手がけていることで、建築に関わる人間であれば、禅僧というよりは、ランドスケープデザイナー、作庭家として認識している著者。いつか一緒にプロジェクトに関わることができたら良いなと思っている一人でもある。

そんな著者の名前を本屋で見かけ、「これは手にとっておかないと」と購入した一冊。京都などでよく見ることができる枯山水と呼ばれる庭園は、室町時代の禅宗寺院で発展された世界観であり、そのために禅僧であり、かつ作庭も手がける著者が何を語っているのかぜひ知ることができればと期待した一冊。

「日本人の美しさとは、しなやかな強さである」という著者。具体的な作庭への思想や方法論がかかれているかと思ったが、どちらかというと「日本人がどれだけ巣晴らしか」ということが主なトピックを占めているので、「あれ?」と思い調べてみると、驚くほどの著書を出版している著者・・・

個人のクライアントへの庭園プロジェクトが多いようであるが、一度ぜひその作品を実際に体験してみたいものである。

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■目次  
はじめに-「禅の庭」から見える、日本の美

第1章 外国から見たときの、日本の圧倒的な美しさとは
/なぜ私の仕事が海外から求められるのか
/スティーブ・ジョブズも、ビル・ゲイツも、禅に傾倒していた 
/贅沢と真反対の「禅」こそが、心の癒し
/西洋人の日本文化への憧れの根源とは
/「禅」と日本文化の密接な関係
/禅文化が花開いたのは、中国ではなく、日本だった
/西洋が好むのは完全な美、日本が好むのは不完全なる美
/移ろうのか、壊れるのか
/墨絵と油絵ー’その瞬間’を描くのはどっち?
/墨一色で、世界は無限に広がる
/いけばなとフラワーアレンジメント。何故ここまで違うのか?
/自我を形にする西洋の庭、無我をかたちにする「禅の庭」
/枯山水とは何か
/’自然を借りる’という、庭園の発想
/日本家屋の、理にかなった美しさ
/光と風を読みきった日本家屋ー京都の町家に見る
/日本家屋は「狭い」からこそ、凄い
/「椅座」ではなく、「床座」の文化が思索を深めた

第2章 まわりにある日本の美を再確認すべし
/食のシーンは、四季を感じるのにベスト
/食材の「添え物」には、日本人の知恵が詰まっている 
/四季に応じて、住いに季節を取り入れる
/企業は日本の美しさに目をむけよ
/禅の思想に最先端の技術を載せた・・・アップルにしてやられた!
/一品にこだわるがゆえに生まれる美
/日本人は繊細である
/味覚の鋭さも、日本人ならでは
/見えないところはど手を抜かない
/家事を機械まかせで、その間ダラダラする時間は美しくない

第3章 「禅の美」とは何か
/京都の庭はなぜ美しいのか
/日本の庭は「おもてなしの心」からできている
/「禅画とは、禅僧が描くもののこと」はまちがい
/禅文化の歴史と変遷に、「武士」の存在あり
/禅の美しさとは①-均斉がとれたときは、「終わり」である
/禅の美しさとは②-簡素であるからこそ、豊か
/禅の美しさとは③-「悟っている」自分に酔う人は美しくない。「枯高」を目指す
/禅の美しさとは④-たくまない。あるべきように。自然に
/禅の美しさとは⑤-「間」や「余白の空間」がなければ、日本の美は完成しない
/禅の美しさとは⑥-こだわらず、自由な心で生きる
/禅の美しさとは⑦-騒音や情報が消える、「静かな心」を持つ瞬間を得る
/日本人は美しい’遺伝子’を持っている
/美しさに理由を探しても意味がないー龍安寺石庭が教えてくれること
/「禅の庭」の正しい見方とは?
/’最高の贅沢’とは、何も持たないこと!?
/時代の流れや変化を取り入れてこそ、’本質’は守られていく

第4章 日本人の「心」とは
/日本人は、死後に「無形のもの」を受け継いできた
/古きよき風景を、子どもや孫に語り伝える。それだけでも日本の力になる
/茶の湯にみる「おもてなしの心」
/利休の発明
/和菓子や伝統工芸品にあらわれる、日本人の繊細な美意識
/日本人の「おもてなし」は、「無私の実践」である
/’白黒つけない’という美学
/「お蔭様」「お天道様」という言葉を見直すと気づくこと
/真摯さ、精密さ、正確さとともに「融通」が利くのが、日本人の美
/かつて日本人は、「質素」が心を満たしてくれることを知っていた
/四季の変化は日本最高の宝
/「月を愛でる」日本人の完成の豊かさ
/禅では「月は悟り」
/水の様に生きる
/無言の所作にこもるおもてなしの心

おわりにー日本人の美しさとは、しなやかな強さである
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「東京2025 ポスト五輪の都市戦略」 市川宏雄 2015 ★★


市川宏雄

建築を学び始めて、数年経つころから、建築という単体を包括する「都市」というものに、誰もが興味を持ち、そのダイナミズムや賑わいがどのようにして作り出されるのか、また活力を失う都市や再興する都市の間に何の違いがあるのか、都市計画として計画する側の人間が、何を学ぶ将来につなげることができるのかなどなど、様々な文献やプロジェクトを通して、「いつかは自分も都市に関わるような仕事を」と願うものである。

それでも実務として関わるプロジェクトはどうしてもそれよりも遥かに小さなスケールで、とても視野を広げて都市を視界に捉えることはできず、単体の建築を設計する実務者としての自分と、ショッピングモールなどに足を運ぶ都市の一ユーザーとしての自分が乖離しながら、徐々に都市への関わりは思考上だけのものとなっていく。

そんな風に葛藤を感じながら時間を過ごす中でも、都市に対する書籍を読みながら、様々な都市に足を運び、身体を通して都市を感じ、そこで生活を営む人々との対話を通して都市の現在形を理解しながら、都市から完全に離れることを拒否し続けると、時に幸運に恵まれて都市の息吹を感じるようなプロジェクトに関わりを持つことになる。

それでも、経済、社会、格差、交通、インフラ、気候、政治などなど様々な要素が複雑に絡み合いながら、そして様々な人々のそれぞれの立場の思惑が作用しながら生み出される都市であるために、どんなにその本質を理解しようとしても、一分野からの視点ではどうしても解明しきれないことに気がつくことになる。そして改めて「都市」というものの実態の無さや、全体像の捉えにくさに打ちのめされて、再度様々な文献に手を伸ばすことになる。

そんなこんなで建築を通して、都市との付かず離れずの関係を保っていると、世界の様々な都市で関わりを持つ建築プロジェクトが、その奥に見え隠れする都市の変容の片鱗を見せていることに気がついてくる。オリンピック招致に失敗したパリ政府がその用地を再開発に利用することになったパリの北部のプロジェクトには、その奥にパリが広域での再開発を進める大きな青図があり、マンハッタンで進めるプロジェクトには、NYのあちこちで進むスキニーと呼ばれる細い超高層ビル群によって新たなるフェーズに入ろうとしているNYの戦略がある。

それらは世界中の中核都市において同時並行で進んでいる変革であり、同時にそれはグローバル化した世界において、世界地図が再編成されていることを意味し、その中で各都市が激しい都市間競争において一歩でも抜きに出るために、行政と民間の垣根なく必死に新しい都市の骨格を作り出そうとしている文明史の新たなる一ページを目撃していることでもある。

都市を見下ろす神の視点
都市の中を歩き回る人の視点

この二つの視点を交互に使い分けながら、実感を持って都市で時間を過ごすと、それぞれの都市の良さが、異なった面で見えてきて、たとえば公共交通の便が圧倒的に良いとか、文化施設が充実しており、かつそのコンテンツも素晴らしいとか、あるいは質の高いレストランが多くある、住んでいる人の民度が高い、家賃と住環境が乖離していないなど、ことなる評価点でことなった都市ランキングを感じながら生きていくことになる。

自分勝手にそれぞれの都市の良いところを合わせて自分の住まう場所とすることができたらどんなに良いかと思うが、そんなことは許されない。また一つの都市だけに住み続けるのならこの比較は生まれてこないだろうが、現代のように循環して生きなければいけない状況の中、自分の意思に反してもある都市にすまなければならない状況に追い込まれ、そうなるとなおさら、今まで住んだり訪れたりした都市への各項目の評価をつけつつ、都市生活としてのランキングが自らの中にできあがり、そのランキングの中で今自分が住んでいる都市がどの位置にあるかが更なる葛藤を生み出すことになる。

そういう視点で考えると、やはり東京はどのポイントにおいても非常に高いレベルを保つ都市だと思わずにいられない。交通の便利さ、治安の良さ、知的好奇心を満足させる様々なソフトの充実度、住まう人々の民度の高さ、得られるサービスの質の高さ、多様性を持った娯楽や文化施設、質の高い食の文化、等々。おそらく日本人として生まれ、日本の環境化で育った人にとっては、これ以上心地よい都市は無いのではないかと思う場所である。

ただし世界の状況がこれほど変化している時代において、心地よさだけでは太刀打ちできず、どうしても世界の都市間競争の中で競争力を高めて、その地位を高めていかなければいけない。その為に、良いところを評価し、他の都市を見比べて、さらに発展の余地があるところ、もしくは劣っているところを強化していく。これは国家的な戦略が必要となり、これを間違えると下手をすれば数十年に渡って国が傾く、そんなことにもなりかねない。

その為には、ある専門分野を超えて、神と人の視点を兼ね備え、具体性をもって3-5年後の近未来から、30-50年後の中期的、そして100年を超える長期的な異なる時間軸をもったビジョンを描くことのできる知識と想像力を兼ね備え、そして過去から正しい評価を選び出し、そして将来に向けて適切な人材と資金の投資を行うことのできる本当に優秀な人が必要である。おそらくそのような人は国を見渡しでもそれほどいる訳ではなく、ほんの数人でも存在していれば十分であり、重要なのはその人の力をしっかりと発掘し、そして思い切った改革を行う権力を与えて信じること。それが本当に豊かなこの国と都市の未来を作ることにつながるのだと思わずにいられない。

ロゴやスタジアムのオリンピック問題でもめた2015年は、既得権益を保持し、利権に群がる旧態依然としたこの国の形を世界にさらすことになったのを見ていると、未来よりも現在の、そして公よりも私の利益が優先されているこの国には、どのような未来が待っているのかと暗くならずにいられない。

そんなことを思いながら手にした一冊。第4章の「海外ライバル都市の動向」に関しては、独立させて一冊の本とし、もう少し詳しく海外の都市が何を見て、どう変容しているのかを、その背景もともに多くの日本人に知ってもらい、変わらなければいけないという危機感を普及させてほしいものである。

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■目次  
プロローグ 2025年の東京—海外出張するビジネスパーソンからみた東京の風景
・東京駅ー新橋
・浜松町ー品川
・品川ー羽田空港

第1章 東京をとりまく環境の変化
/成長戦略としての「国家戦略特区」
・東京都の「アジアヘッドクォーター特区」が目指す者
・「国家戦略特区」の試みとは
・国際競争力強化の鍵を握るのは当初の5地区
・国際競争力強靭化の実現可能性

/日本再興戦略としての「地方創生」
・「地方創生」とは何か
・「国土の均衡ある発展」の時代は終わった
・地方法人特別税の恒久化は東京の活力を削ぐか
・「東京への一極集中」は自然の流れ
・「地方創生」のキーワードは「コンパクト化」
・「限界集落」は「国土保全」の問題として考える

/日本の将来を展望する
・日本の危機は2030年からの15年間
・国の活力を「西日本国土軸」で考える
・リニア中央新幹線が創出する巨大都市圏
・大阪への延伸は実現するか
・国交省が目指す「スーパー・メガリージョン」とは

第2章 東京の都市力を分析する
/東京の都市総合力における強みと弱み
・「世界の都市総合力ランキング(GPCI)」とは何か
・東京の「都市総合力」は世界4位
・六つの分野から東京の都市力を概観する
・東京の「強み」と「弱み」

/集積の進む東京都心
・世界8と市の「都心」の力を比較する
・都心の総合力比較
・経済と食で強みを見せる東京都心
・東京都心にもどめられる「国際ネットワーク」と「文化・観光施設」
・東京都心の集積は他都市を圧倒する

/世界に比類なき「東京都市圏」の力
・都市の力を「都市圏」で捉える
・「機能」と「ダイナミズム」で都市圏を評価
・高い人口集積を誇る東京都試験
・東京の都市運営ノウハウは世界最高レベル
・「機能」「ダイナミズム」ともに東京都試験は世界トップ

/国際競争力をもった東京の実現
・問題の認識
・東京の力を強靭化する必要性
・都市圏の縮小と都心回帰
・都心をいかに魅力的に更新していくか

第3章 大きく動き出す東京都心
/2020年東京五輪とその経済波及効果
・五輪開催都市は都市力をアップさせる
・2020年東京五輪の経済波及効果を試算する
・1964年東京五輪が生んだビジネスとは
・2020年東京五輪が生むビジネスチャンス

/東京五輪後に東京は失速するのか
・途上国の五輪直後に見られる経済の低迷
・長期的にみれば、五輪は経済にプラスに働く
・2012年五輪後に沈まなかったロンドン
・五輪後の東京が沈まないための二つのポイント

/東京の都市構造の組み換え
・東京都心の人口は住宅供給に左右される
・移動する東京都心

/世界と戦える都市へ
・生まれ変わる5つのエリア<大手町・丸の内・有楽町/日本橋・八重洲・京橋/虎ノ門・六本木/渋谷・品川>
・まだインフラ整備の余地はある
・環状2号線(新虎通り)が「オリンピック通りに」
・羽田空港を真の国際空港に

第4章 海外ライバル都市の動向
/世界を牽引する東京のライバル都市たち
①ロンドン
・ロンドン・プラン 次の25年のための空間開発戦略
・オリンピック・パーク 東ロンドンの成長を担うレガシー・パーク
・ロイヤル・ドックス ロンドン東部テムズ川沿いの大規模開発ゾーン
・キングス・クロス 歴史的コンテクストを活かした再開発
・ナイン・エルムズ ロンドン中心部の新たな国際業務・文化地区
・クロスレール ヨーロッパ最大規模の都市鉄道建設プロジェクト

②ニューヨーク
・総合計画 PlanNYCとOne New York
・ハドソン・ヤーズ 米国史上最大の民間不動産開発
・更に高く伸びるマンハッタン
・ハンターズ・ポイント・サウスとドミノ・プロジェクト
・ルーズベルト・アイランドにおけるコーネル大学大学院新キャンパス
・コロンビア大学のキャンパス拡張
・セカンド・アベニュー地下鉄

③パリ
・グラン・パリとは
・パリが抱える二つの課題
・グラン・パリ交通計画 パリ都市圏を結ぶ新たな環状鉄道
・地域開発契約(CDT) パリ郊外における特色ある開発特区
・パリ市周辺におけるプロジェクト
・パリ市内 市内総面積の1割で新たなプロジェクトが進行
・2030年のイル・ド・フランス

/東京を猛追するアジアのライバル都市たち
①シンガポール
・チャンギ国際空港
・シンガポール地下鉄(MRT)・ダウンタウン線
・マリーナ・ベイ・エリア

②ソウル
・三つの都心
・江南エリアの国際交流複合拠点
・金浦国際空港周辺の麻谷地区都市開発事業

③香港
・「アジアにおける世界都市」
・西九龍文化地区
・西九龍終着駅
・香港珠海澳門大橋
・啓徳における開発(KTD)

④上海
・虹橋国際空港周辺開発
・上海ディズニーランド
・上海浦東国際空港の拡張工事

おわりに

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2016年2月22日月曜日

ウンベルト・エーコ


イタリアの作家、ウンベルト・エーコの訃報が報じられている。


恐らく、現代において読んでおかなければいけない作家として名前を挙げていけば、きっと相当上位で名前が出てくる作家であることはまちがい作家である。

そんな訃報に接し、家の本棚の片隅に佇む「フーコーの振り子」に手を伸ばし、「一体いつ読んだのだろうか」と思いをめぐらし、これを機会に未読の「薔薇の名前」と共にもう一度読みなおしてみるかと思いを馳せる。

「ももへの手紙」 沖浦啓之 2012 ★

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スタッフ
監督 沖浦啓之
原案 沖浦啓之
脚本 沖浦啓之
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宮浦もも:美山加恋
宮浦いく子:優香
イワ:西田敏行
カワ:山寺宏一
マメ:チョー
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「人狼 JIN-ROH」の沖浦啓之が12年ぶりに手がけた長編アニメーションということで手にした一作。父を亡くした少女が、母と二人で田舎に引越した際にひょんなことで見えるようになってしまった妖怪たちとの交流を通して、最後に書きかけの手紙を残した父親への気持ちの整理を描いていく作品である。

映像がどうのこうの以前に、母親役の優香の違和感のなさに比べ、メインででてくる3匹の妖怪の一つ「イワ」役の声優の西田敏行の声の存在感が強すぎて、なかなか物語りに入り込めないのは否めない・・・

キャラクターの動きの細かさや背景など、アニメーターとしてのこだわりは至る所に感じるが、全体的に間延びした感は否めなく、また原案と脚本も監督が行ったということで、物語や各キャラクターの設定がそれほど深く詰められていたかといえば、疑問を感じずにいられず、一つのテーマに対して、二つ三つのアイデアで立ち向かったという薄さは否めない。











2016年2月21日日曜日

「紙の月」 吉田大八 2014 ★★★

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スタッフ
監督 吉田大八
原作 角田光代
脚本 早船歌江子
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梅澤梨花(横領する銀行員):宮沢りえ
平林光太(梨花の不倫相手の若者):池松壮亮(いけますそうすけ)
相川恵子(今時の銀行員):大島優子
梅澤正文(梨花の夫):田辺誠一
井上佑司(副支店長):近藤芳正 
平林孝三(資産家で光太の祖父):石橋蓮司
隅より子(ベテラン銀行員):小林聡美
14歳の梨花:平祐奈
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2014年の日本映画界を語る上で忘れられないのがこの映画。様々な映画賞においてもかなりの受賞を得たことでもその名前が世間に知られることになった。

監督は「桐島、部活やめるってよ」で名声を集めた吉田大八。ヒット作の次に手がけたのは角田光代のベストセラー原作。7年ぶりに映画の主演を勤めたという宮沢りえの姿を始め、至る所で非常に独特な映像を見せてくれる監督である。

夫との関係が冷めつつある、地味な銀行員の主人公・梅澤梨花。外回りの営業として丁寧に日々の業務をこなしているが、夫とのすれ違いの中で徐々に日々をむなしく感じ始めた折に、訪問先の顧客の孫である大学生・光太と出会い、徐々に不倫へとはまっていく。無邪気な光太と過ごすうちに、徐々に気分が大きくなり、少しずつ銀行の金を着服するようになり、その金を使って光太と刹那的な快楽に溺れ、そのことで彼の気持ちをつなぎ止めようとする。さすが原作がよく創りこまれているだけあり、物語の設定に破綻がなく、あとはそれをいかに映像の世界として、小説以上の世界観を作り出せるか否か。

その中ですばらしいのはやはり主演の地味であるが、徐々にそして静かに自我を露にしていく梨花を演じる宮沢りえ。中年女性の哀愁や、大学生にとっては十分大人の女性として魅力的にうつる年齢を見事に演じてみせる。

そしてもう一人はこちらも主演といってよい光太役を演じた池松壮亮(いけまつそうすけ)。甘ったるく「梨花さーん」と呼ぶ、如何にも世間知らずの甘ったれ大学生という感じの演技は、役を飛び越えた不快感を感じさせるに十分な演技。なんでも10歳でミュージカル「ライオン・キング」のシンバ役でデビューした子役出身の俳優で、映画デビューは「ラストサムライ」というから、その演技力には納得。

その演技は十分見事なのは分かるが、どうもイケメンになったバカリズムという印象が強く、やはり骨格が似ていると声も似てくるのだろうか、非常に似た声も手伝いなかなかストーリーが入ってこなくなる。

宮沢りえの地味な銀行員が自らの女としての喜びのために、今までの人生であれば決して踏み越えることのなかった一線を越えてしまった後は、後は流れに流されるままに堕ちていく。それでも日常は淡々と過ぎていくのだということをじっとりした暗い空の下で撮影が行われたのかと思う映像で綴っていくのは非常に雰囲気のある展開である。

徐々に堕ちていく女と、徐々に離れていく若い男。そして臨界点に達して横領が発覚し、逃げ場を失った梨花が逃げ出し、ひたすら走る。途中までは徐々にストレスが溜まっていき、臨界点も近いのでは・・・という緊張感を感じるが、最後がやたらストレートな展開だな、と思ってしまうのは、それは映画というか原作の問題で、やはり映画として観るのなら、十分に素晴らしい映像作品といえるのだろう。
吉田大八