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2020年4月23日木曜日

春の雪景色


実家での仮住まいの時間が長くなり、かつての自らの子供部屋がリモートワークのオフィスとなるなか、本棚に置かれっぱなしの小説の背表紙を眺めると、読書に没頭していた時期を思い出す。

そんな気持ちを取り戻すべく、読んでない本を探して一時期随分読み漁った吉田修一の「初恋温泉」を見つけ出す。恐らく読んでなかったはずと、一日一篇読み始める。

それぞれの篇には具体的な温泉と旅館名が書かれており、そこを訪れるカップルの話が納められているのだが、 青森の青荷温泉を舞台とした「白雪温泉」では、空港を出た際に感じる違和感が、雪景色に覆われた風景で音がなくなったような感覚から来るのだと始まり、雪深い宿に訪れた夫婦の一夜の物語が書かれている。

その話が印象深く、夜に妻に語って聞かせた次の朝、日課となった庭木の片付けを終えて市のクリーンセンターに向かう途中、前の車が少し不安定な運転をしているのに気が付く。「危ないな・・・」と思ってみていると、どうやら高齢の女性ドライバー。しかも、目的地が同じ様である。「なんとかかわして先につきたいな・・・」と思いつつも結局前後関係は変わらず到着。

最初の計量に際して、係の人から「何を持ってきたぁ?」と聞かれて、「ちょっと見せてくれる?」と通常のやり取りが行われているのを後ろから何気なしに眺めていると、運転席から降りてきたマスク姿のおばあさんが、トランクを開けて指を折りながら数を数えている。「ここは不燃は取れないよ。可燃しかダメだよ」という係の人の言葉に、窓口に向かうおばあさん。

「ここは不燃がダメなのを知らない人が多いからなぁ」と思いつつ眺めていると、どうやらうまくやり取りが進まない様子で、係の人が「あぁ、耳が聞こえないのかね」と。

昨晩の小説が頭の中で甦り、携帯をもって車を降りて駆けつける。携帯に「不燃」と打ちこみ、おばあさんに見せて、腕でバツを作って伝える。それでもうまく伝わらない様子なので、係の人が「中央センターなら全部取ってくれるから」と言うように、中央クリーンセンターを地図で表示して、「可燃と不燃」とタイプしてマルを作って見せると、どうやら分かった様子でトランクを閉めようとする。

大丈夫かな?と思いつつ、「市民病院の近く」と再度打ちこみ画面を見せると、ポンポンと腕を叩いて、マスクの上からでもそれと分かる笑顔でにっこりとうなずく姿からは「大丈夫だよ。ありがとう」と言ってくれているのが伝わってくる。

植木を出し終え、家に向かいながら、こんな状況でも力強く新緑に覆われ始める春の風景を眺めながら、昨晩白雪温泉」を読んで妻に話していなければ、恐らく気が付くことがなかったであろうことが、意味のある景色として見えたことに感謝しつつ、音がすべて吸収されてしまう雪景色のような世界でも、あんなに温かい笑顔と感謝があることに思いを寄せて、ごみを出しに来たのに、それ以上に大きなものをいただいた気がせずにいられない。

2016年2月17日水曜日

音と光に快適性

中国での日常から離れ、日本でしばらく過ごしてみると、日常の中での圧倒的な快適性の違いが身に沁みる。それが一体何に現れているかと考えをめぐらせて見ると、人々の振る舞いはもちろんであるが、それよりも音と光という目に見えないものへの気配り、制御が大きな影響を与えているのだと改めて実感することになる。

例えば空港について、入国審査を終えるまでに通る通路でも、ガラスなど硬く音を反射する素材が多く使われている空間の中で、歩きやすくそして音を吸収してくれる絨毯が大きく作用し、習慣の異なる様々な国の人が訪れ、時に周りの人を気にせず大声で話す人々がいても、柔らかな吸音面のお陰で落ち着いた空間が迎えてくれる。

どこかの空港であれば、ピカピカに磨かれた大理石の床にダウンライトが反射して目に痛い思いながら、大声でしゃべる人々の声が反響してさらに身体を刺すかのように迫ってくるのだろうが、ここでは窮屈な機内から解放されて、ほっとする空間が身体にも優しい。

夜になれば自分の存在を誇示するかのように、ギラギラと照らしつけるだけの照明ではなく、間接照明を多用し、必要充分な照度を確保しつつも快適な空間になるようにとの配慮が感じられる照明計画がいたるところで感じられる。

「自分、自分」と前にでるよりも、全体としてどのような落ち着いた空間にできるか、その周囲への配慮を、どれか一つの建物が無視することであっという間に壊されてしまうその雰囲気。そのような暗黙の了解がある種の風景を創り出しているのだと改めて実感する。

目に見えないものだからこそ、その後ろにある気配りや配慮がより差を生むことになり、モノが溢れ、そこの豊かさの差異化が見えづらくなったからこそ、音と光の快適性がより重要性を持ち出したのだろうと思わずにいられない。

2016年2月12日金曜日

宿のクオリティ

数日間、違う温泉地で、異なるタイプの宿泊施設に泊まってみると、それぞれの宿が何に重きを置いているのか、どこまで細かく気を配って接客をしているのか、もしくは商売っ気たっぷりにできるだけコストカットをし、それがサービスの質として出てしまっているのかが見えていないのかなどなど、様々なところを比較することができ、それぞれのサービスが価格に適しているのかどうか判断できることになる。

例えば、昨今の隣国から押し寄せる空気汚染に対応してのことだと思うが、旅館の各部屋に設置された空気洗浄機。もちろんこれもある意味現代における宿側の気配りであり、ありがたいことは間違いなのだが、その音がゴゥゴゥ鳴り響き、静かな宿での時間は見事に壊されることになる。

またこの空気洗浄機。ピカピカと青色に光ったり赤色に光ったりと、吸い込んでいる汚染物質の量によって自らのパフォーマンスを知らせてくれようとしているのだろうが、日常のリビングにあるならまだしも、こうして非日常の旅館に来て、夜寝ようと思っても視界の端でチカチカと光り続けるのはなんとしたものか。

恐らくこうしたことは宿側にとっては、日常の風景であるから気がつくのは難しく、そうなると客側の視点を踏まえて選ぶ機器を選択していくかというところまで気を回すのは、そうとうなレベルということになってしまう。宿のメンバーが客としてどこかで宿泊し、そのときにどんなサービスが心地よく、どんなサービスが過剰であり、どのようにして自らの宿泊施設に取り入れることができるか?そんな不断の努力を積み重ねていくしか、変化の激しい現代社会においては「サービスの質」を向上ではなく維持していくことすら難しい。そしてそこにどれだけ投資をすることができるか。

本日宿泊するのは阿蘇に向かい奥まったところにある温泉街、湯平温泉。その中でも随分おくに位置する旅館に宿泊したのだが、部屋数もスタッフで無理の無いように対処できるだけに留めておいて、自分たちが思う心地よいサービスを提供することができるようなシステムをどうやって作ることができるか。それをじっくりと考え込んだということがひしひしと感じることができる非常に気持ちの良い宿である。

それに比べ昨日宿泊したのは中津市の八面山金色温泉の宿。こちらはコストカットの影響なのか、全体的な商業主義の雰囲気は漂うにもかかわらず、全体的に手と視線が届ききっていないのが見てとれ、数度受付にいっても誰もおらず、頼んだものも部屋には届かず、食堂に食事にいっても係りの人はバックヤードから出てこず、食事の説明を頼むと厨房まで聞きに戻る始末。恐らく地元のパートのおばさん中心に運営が賄われており、正社員でないから宿泊客に快適な時間を過ごすためのサービスを教え込むための教育にも時間がかけられていないのが感じ取れる。

それならばこの二つの宿の価格が違うはずであるのだろうが、そういう訳ではない。そう考えると、湯平温泉の宿の経営努力は素晴らしいものだと思わずにいられないし、また何かの機会で宿泊する機会があるのなら間違いなく湯平温泉を選ぶであろう。

これは高級だからとか、大衆向けだからとか、働く人の質の問題だとかそういうことなのかと、そんなことを思いながらこれは建築の設計の現場でも同じであり、例えば、アマンや星野やの様な快適なサービスを提供することに対して高額な対価を貰うような宿があり、そういう場所で、客の要望を深く考え、一挙手一投足まで考えてサービスを提供し、それに対して喜びを感じるような若者が多くこぞってその様な高級志向のホテル産業へと就職をしていく。もちろん彼らは熱意を持っているから向上心も高く、学ぶことを繰り返して元々高い意識を持っていたのを更に高めていくことになる。

それに対して、最低限のサービスを提供し、安い宿泊料を売りにする施設では、ただただ給料の為に働き、そこでの喜びや自らの向上などはまったく気にせず、与えられた仕事を与えられた時間だけ行い、クビにならないようにこなして毎日を繰り返す。そんなスタッフが集まってくる。

これは異なるニーズをもつ宿泊客がいる限り、それに対応するバラエティをハード側が持つために必然なのであるが、今回のポイントはどの宿もいわゆる同じ価格帯であるにも関わらず、その実は酷い差があるということ。そしてその差はネットで見た限りでは見破ることはできず、そして恐らく一見の客が満足してリピーターとなるよりも、地元の客が気楽にこられるような場所にしていたほうがビジネス的にも都合がいいということなのだろう。

外からの見てくれは非常に良いが、クオリティという意味では大きな差があり、快適さという部分では比べ物にならない。そしてその質というのは、いくら一人ががんばったところで保てるものや達することのできるものではなく、そこで働く一人ひとりの意識の奥まで何を求めるのかが浸透して、付け焼刃ではなく長い時間の末ににじみ出てくるのものであろう。

2015年12月6日日曜日

清明上河園(清明上河园,Qīngmíng Shànghé yuán,せいめいじょうがえん) ★




北宋時代の開封はその首都として当時世界最大規模の都市として賑わいを見せたといわれる。その当時の様子を現在に伝えてくれるのが、北宋末期の画家である張択端(张择端,Zhāng Zé duān,ちょうたくたん) の手による画巻である清明上河図(清明上河图,Qīngmíng Shànghé Tú,せいめいじょうがず) 。長い巻物に描かれた水景と共にある当時の開封の様子は、その中に細かく描かれた様々な人々の様子を伴って非常に雰囲気まで伝わってくるもので、当時の街並みから人々の服装や風習などを伝えるものとして貴重な資料となっている。

オリジナルは北京の故宮博物館に所蔵されているというが、この絵は人気が高いようで、街のあちこちで様々な大きさのレプリカを購入することが出来る。建築の仕事をしていると、仕事の中で中国人が中国の風景として参照に出すこともよくあることからも、東洋らしい空間を描き出しているものとして中国国内でも親しまれている作品だということだろう。

その清明上河図に描かれた風景を再現し、北宋時代の街並みを体験できるというのがこの清明上河園(清明上河园,Qīngmíng Shànghé yuán,せいめいじょうがえん)という訳で。

そんな訳でこの開封に来たら一度は立ち寄らなければいけないような場所であり、入場料が100元とかなり高い気がするが、開場と共に多くの団体観光客が入口に並ぶ姿を見ても、現在の中国における人気スポットの一つであることは間違いない。

中に入ると、基となった「清明上河図」が壁に大きく石彫りで描かれており、その前にはジオラマでその風景を展示してあり、何となくこれから見る風景を理解できるようになっている。

ふむふむと思っていたら、あちらこちらで太鼓や銅鑼の大きな音が聞こえてくる。北宋時代の衣装に身を包んだスタッフが、あちこちで様々なパフォーマンスを披露しているようで、とにかくその音が大きい。「少し静かに観覧したいな」などとはここでは望めるはずもなく、どこにいっても「ジャラーン、ジャラーン」と「音が大きければ大きいほどいいだろう」と言わんばかりの顔で銅鑼を鳴らす若い踊り子や、その音に負けないくらい大声で話をしながら練り歩く団体客から逃げるようにそそくさと奥のほうへ向かう。

東京と呼ばれたころの開封では海上交通が盛んだったため街のあちこちにあった船着場である東京埠頭や、赤い太鼓橋で絵の中心でもある虹橋など、なんとなく絵に描かれた雰囲気は分かるのだが、やはりテーマパーク。なんといっても数年前に作られたコンクリートの建造物。そこには長い年月を経た時間の蓄積は感じられるはずもなく、もしてやそこで過ごした人々の息吹も皆無で、園の一番奥までたどり着いてはやっと静かな場所を見つけるが、期待していたような高揚感は発見できず、次に向かおうと出口を聞くが、掃除のおばさんに「入ってきたところからじゃないと出れないよ」と、広大な園を再度、引き返しながらどっと押し寄せる疲労を感じて次なる鉄塔へのバスを待つことにする。
























2014年6月3日火曜日

クエリーニ・スタンパリア財団 Querini Stampalia Picture Gallery カルロ・スカルパ 1963 ★★★★★



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所在地  ヴェネツィア(Venezia)
設計   カルロ・スカルパ
竣工   1963
機能   美術館
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ベニスで一番見たい建築と言えば、恐らく上がってくるのがサン・マルコ広場に面する、カルロ・スカルパ設計によるオリベッティのショールームの魅惑の階段と、そしてもう一つが同じくスカルパ設計によるこのクエリーニ・スタンパリア財団であろう。

ベニスと言えば、サン・マルコ広場を始めとした中世の素晴らしき都市空間が思い出されるが、建築家として思い出されるのは、後にそのスタイルがパラーディオ・スタイルとして西ヨーロッパに広がった16世紀を代表するアンドレア・パラーディオと改修やインテリアなど都市の中に埋もれる小さな建築に壮大な世界観を表現した20世紀のカルロ・スカルパ。

ベニス北西の街;ヴィチェンツァで活躍したパラーディオはその業績によってベニスでも重要な仕事を受注する。それが1564年のサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂、そして1578年のペスト終結の願いをかけたイル・レデントーレ聖堂。

ベニスの運河を走る水上タクシーを利用していると対岸に見えるのがこの二つの聖堂。ベニスの顔をして長い年月のなかで風景の中で重要な位置を占める建物を設計した中世の建築家;パラーディオ。そのパラーディオに対して古い建物の改修などで規模は小さいが、確実にベニスの都市の風景の高さを作り出すスカルパの建築。

カルロ・スカルパ(Carlo Scarpa)は1906年にこのベニスにて生まれる。驚くことに人生の最後は来日中の仙台にて1978年に迎えている。素材の扱いと、独特のディテールによって、小さな空間の中に無限の広がりを作り上げることに成功した建築家である。

重要な作品としては

アッカデーミア美術館 (ヴェネツィア)
ヴェネツィア・ビエンナーレの中央館(ジャルディーニ公園)
パラッツォ・フォスカリ、ヴェネツィア 1935 - 1956 (29歳-50歳時)
ヴェネツィア・ビエンナーレ・ベネズエラ館、 1954 - 1956 (48歳-50歳時)
カステルヴェッキオ美術館改修、イタリア・ヴェローナ 1956 - 1964 (50歳-58歳時)
オリベッティ社ショールーム、イタリア・ヴェネツィア、 1957 - 1958  (51歳-52歳時)
クエリーニ・スタンパリア財団改修、イタリア・ヴェネツィア、1961-1963 (55歳-57歳時)
ブリオン家墓地, at San Vito d'Altivole, Italy, 1969 - 1978 (63歳-71歳時)
ヴェローナ銀行増改築、イタリア・ヴェローナ、 1973 (67歳時)

つまりこのクエリーニ・スタンパリア財団のプロジェクトはキャリアの後期の作品となる。ベニス郊外に位置するブリオン家墓地に時間があれば足を伸ばしたいと思っていたが、イタリア人に聞いて見るととてもじゃないが数時間で足を伸ばせるような距離感ではないという。

ベニスで見ることができるスカルパ作品の中では恐らく一番の規模とクオリティであると思われるこのクエリーニ・スタンパリア財団。恐らくこのタイミングを伸ばすとチャンスが無いだろうということで、アーセナーレ(Arsenale)の会場に行く前に立ち寄ることにする。

密度の高い街並みの中にポッと開けた広場の片すみに、良く見なければ見逃してしまいそうではあるが、しっかり見るとなんとも特徴的なディテールをもったベンチと、そこから伸びる橋が目に入ってくる。人の手の痕跡が感じられる痛い程に角の立ったディテールで飾られた橋を渡りエントランスにたどり着くと、そこは既にスカルパ・ワールド。

凹凸に溢れながら、それが過剰ではなく豊饒な建築空間を作り出す素材の扱い。人が通り、触れる場所には必ず何かしらの素材の扱いがあり、視線が変わることによって体験する空間も変化する立体的な奥行きを持ったスカルパの建築を感じることが出来る。

内部は、美術館と図書館、それにバーが入っており、ショップと一緒になっているチケット売り場で聞いて見ると、「丁度このビエンナーレの開幕に会わせてスカルパの展覧会が明日から開催されるので今はそのスカルパ展の部分は見ることが出来ない」と言われる。他の美術作品の展示は見ることできるというが、なんとか見せてもらえないかとイケメンのイタリア人スタッフが頼み込むが流石にダメだという。

「今夜はSANNAの妹島和世さんが今夜展覧会のオープニング・イベントの一環としてトークを行う」という。何時からかを確認するが、どうやら今夜のスケジュールを考えると見に来るのは少々難しそうである。

多くの絵画が展示されている美術館部分をざっと見終えて、スカルパの手による中庭へと足を向ける。建築家であればスカルパがこの美術館の改修で一番時間を費やしたのがこの空間であるということを理解し、そのクオリティの高さに驚愕する空間でもあるだろう。

入口が低く抑えられその前に立体感を持って立ち上がるコンクリートの壁。その隙間からその奥に広がる豊かな空間が水盤の音と共に壁沿いに伝わってくる導入部。その壁のデザインに足元を走る水の流れ、そして背景となる緑の壁に、微妙に高さを変える足元のデザインに、3次元でのデザインの在り方を教えてくれるようである。

恐らくベニス大学の学生と思われる若者がこのバーでお喋りをしている。自分が学ぶ街でビエンナーレがあり、至極のスカルパ空間でこうしてお茶をできる。それがどれだけ豊かな体験として自らの身体の中に蓄積していくのか、恐らくまだまだ意識することが無いだろうが、これは建築家としての将来に大きな財産になるのだろうと勝手な想像を膨らませて中庭へと進む。

決して大きくは無い空間であるが、視線をどう受け止めて、どう流すか。人が視覚と聴覚によって空間をどう把握し、どう動き、その中で手に触れるものがどう変わり、目に見えるものがどう移ろい、そして移動するたびに見えてくる異なる水の扱いとその水音。

人が身体を動かす時にどう視線を移動させるのか。それを知り尽くしたかのように、必ず視線の先にはスカルパの手の痕跡を残すディテールが待ち受ける。同じくスカルパ設計によるジャルディーニのビエンナーレの中央館内部の中庭のデザインにも共通する部分もあるが、遥かにこちらの中庭のほうがより緻密にそして、効果的に設計が行われているのが良く分かる。

視点の高さと空間の奥行きとそれを受ける壁面の高さ。視点が変われば人が感じる空間の質も変化し、人が動けば見える世界も変化する。その移動の中でどう設計をするか。それを理解することと、それが実際に設計の段階で応用できることは同意ではないと言うことを建築家は実務の中で徐々に理解することになる。さらにそれが誰かの直截的な模倣ではなく、自分の設計として使えることは更に深い理解と経験が必要となる。

そこまでたどり着くためにも、まずはこの空間の豊かさを自分の身体で経験し、それを言葉ではなく理解し、そして何が自分達の設計に応用することができるか、その意味を焦ることなくじっくり考えながら、日々の設計に向き合うしかないと改めて理解することになる。