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2014年2月22日土曜日

「東京家族」山田洋次 2012 ★

小津安二郎の「東京物語」(1953)へのオマージュとして、設定のほとんどは踏襲し、舞台を震災後の現代に置き換えて撮影されたこの山田洋次による「東京家族」。

ネットでもさんざん叩かれているようであるが、確かに何の為にリメイクしたのか良く分からない。田舎の離島に住まう老夫婦が成人して田舎を離れ東京で生活を送る3人の子供達に会いに来るが、既に家庭を持ち、東京での生活も長くなった長男と長女は、東京に住まうものとしての価値観で少々の煩わしさを感じながら両親に良かれと思う事をしてもてなす。

開業医を営む長男は、両親を東京観光に連れて行こうとする早朝に緊急の患者が入る為に出かけられなくなり、案内をキャンセルしなければいけない。美容院を営む長女は狭い家に両親を泊めて息苦しい思いをするくらいなら、少々高くても高級ホテルに泊まってもらって、美味しいご飯でも食べてもらおうと両親に勧める。昔からの旧友は息子が出生し大きな家に住んでいるといっていたが、それが見栄であり実は全然うだつの上がらない息子を情けなく思いながら、逆に田舎から出てきた男に「お前はいいな。息子が立派になって」と愚痴を言う。

ホテルの高級な料理が田舎から出てきた両親にとっては東京で望んで来た物ではなく、子供達が自分達との間に感情のズレを感じる両親だが、どうしてもそのズレは埋まる事が無い。そこに訪れる母親の急死。家族にとっての一大事においても、長女と長男にとってはあくまでも東京での自分の生活が基本にあり、そこから年老いた父親をどう助けるかの視点のみ。

それに対して父親と馬の合わなかった次男が彼女を連れて帰省をし、父親の身の回りのことを手伝うのだが、そこで少しだけ父親が子供に対する気持ちを語る。

つまりは、現代社会における家族がいかにバラバラになり、それぞれの生活、それぞれの住まう場所が基本として物事を捉え、家族を思う気持ちはあってもそれはあくまでも一方的な捉え方であり、それが如何に相手側にとっては痛みを伴うかを描こうとしているのだろうと想像する。

形を変えても、恐らく日本中のどこの家庭でもあるようなこと。成長する子供をいつまでも子供として、親の考え方から捉える両親。自分も家庭を持ち立派に都会で生活を持つものとして親を分かってあげようとする子供達。そして東京と地方という距離の問題。

はたから見れば十分に幸せな家族のはずが、それぞれのメンバーは不幸だと思わないにしても、恐らく外から見えてるような感情を持ってはいない。大家族が減り、忙しない日常を生きる現代人。同じ場所で同じ時間を過ごさない限り必ず起こるギャップ。家族よりも、日常を共有するもの同士の価値観が影響しあうのが人間である限り、家族といえばとも感情のすれ違いは当然ながら起こってくる。

その微妙なすれ違いを表現するためには、崩壊しきっている家族でも、逆に近すぎる家族でもダメで、仲はいいのだが、それでも各人が望むような完璧な関係にはなっていないそこそこの家庭が舞台である必要があったという訳だろう。

自分が望むと望まないに関わらず、両親と過ごせる時間には限りがある訳で、できることは少しでも共に時間を過ごし、それを自らが楽しむ事でしかないのだろうと思わずにいられない。

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スタッフ
監督 山田洋次
脚本 山田洋次
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キャスト
橋爪功 平山周吉
吉行和子 平山とみこ
西村雅彦 平山幸一
夏川結衣 平山文子
中嶋朋子 金井滋子
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作品データ
製作年 2012年
製作国 日本
配給 松竹
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2013年7月12日金曜日

ワクワク感



北京大学で博士号課程を教えているパートナーの奥さんが今年はサバティカルなので、その期間を利用してアメリカのスタンフォード大学で少し教えるので、パートナーも一緒に行って子供をサマースクールに通わせるためのを兼ねて3週間ほど夏休みとしてアメリカに行くという。

これは日本で住んでいたら一生見に着かないであろう考え方と習慣だと思わされる。

そんなことを思って妻に、「いつ、サバティカル来るの?」と聞いたら、しかめっ面をし「今がサバティカル中」と返ってきた。

なるほど、だからストレス・フリーで楽しそうに毎日を過ごしているのかと納得。

という訳で、他のパートナー達と居なくなる時期が被らないようにと、少々早めに我々も日本で夏休みでのんびりすることに決める。

いつもは仕事が絡んだりするのだが、今回は家族だけということにし、実家のある愛知に直接戻り、東京にも行かず、友人にも伝えないと心に決める。

そうなると2週間はかなり長い。どうやって過ごすかに想いを巡らす。


後期高齢者のカテゴリーに足を突っ込んだ両親の気分転換に、どこか近場に温泉宿でも一緒にいこうと実家を中心に半径100km圏内で、100名湯レベルの温泉地があり、魂が震えるような親密な神域が残るよき神社があり、実務の参考になる程度の現代建築があり、「教養」とか「文化」などの言葉では釣られなくなってきた両親と妻の興味を引くくらいの一般性を兼ね備えた観光地がある地域となると、それはそれはかなり限られてくる。中々絞りきれずにいるので、次に頭を向ける。

東京の実家に戻る妻の不在時に、フットワークの悪い両親と妻から解放され、好きなだけ山奥まで神域を求めていける時間を最大活用するために、4,5日の予定でレンタカーを借りることで、半径もぐっと200km圏まで拡大し、立ち寄り地を最大にできるのは一体どのコースかとより複雑なシュミレーションを開始する。自作のマップを前にして、「ここあたりに行ってからこっちにいって・・・」を繰り返す。

妻が東京から戻ってきた後に、二人でどこかゆっくりと・・・というので、ならばと上記の二つでカバーされてないエリアから候補地を探し、二泊三日で何が出来るか頭を抱える。

典型的な日本人らしく、新婚旅行以外これほど纏まって休みを取るということをしてこなかったので、行きたいところが止め処なく溢れ出てくる。

「この寺までいくのなら、あの神社も行けるか・・・」
「せっかくここまで足を伸ばすなら、ここを見ずに行くのは一生後悔するだろうな」
「こっちを優先させると、ここまで行くのは厳しいか・・ならこのあたりの滞在を一日伸ばして・・・」
「あー、この美術館はこの日は休館日か・・・」

なんてやってると、あっという間に過ぎていく時間。
止まらないワクワク感。

ニヤニヤしながらマップ上でシュミレーションを重ねている姿を見た妻が、「気持ち悪いよ」と言ってくるが、人生の時計も半分を回った後に一体どんな事にワクワクすることがあるというのか、と心の中でこっそり思う。

人格形成もとっくの前に終了している壮年期。ワクワクしようと思ってもそう簡単にはできるものじゃない。そのワクワクすることが、その人の人生の過ごし方を物語っているんだと改めて気づかされる。

そんなことを思いながら妻に、「少々厳しい行程が予想されるが、足手まといにならないように、しっかりと覚悟しておいて」と伝えることにし、再度ワクワク感と共にマップの上をあっちこっちに移動することにする。