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2017年4月24日月曜日

Central Embassy_Amanda Levete 2014 ★★


クライアントの手配によって、非常に交通の便のいいロケーションにホテルを取ってもらったので、せっかくだからと朝早くおきて、持ってきたランニングシューズに履き替えてすぐ近くの敷地を見てまわったり、かつて訪れた時にも朝走りに訪れたルンビニー公園まで足を伸ばしたりとしてみることに。

以前は無かった風景の中心となっているのがこのCentral Embassy。すっかりスクンビット通りの新たなるランドマークとして人々に受けいれられている様子である。設計は毎年訪れているAAスクールのExternal Examinerでも一緒になるアマンダ・レブト(Amanda Levete)。上層にパーク・ハイアットが入るバンコクでも最高級に位置する商業施設ということである。

その特徴的な外装は小さな二種類の折れ方をしたパネルを折り重ねていくことで、施工精度が問題として見えてくるのではなく、それを呑み込む様な方式となっているようで、全体としてゆったりとした曲面をうまく表現していながら、特徴的なスカイラインを街に作り出しているのには感心する。

地下には街でも有名な美味しいといわれる屋台を招聘し、相当高級なフードコートとして人気を博し、何度にも渡って拡張した結果、今ではフロアの端から端まで料理を選んでいるとお昼の休憩が終わってしまう、そんな規模にまで拡大しているという。

初日はクライアントに連れられてこのフードコートにてランチをし、夜には上層階に位置するかなりお洒落なフュージョン・レストランにてディナーを取るなど、すっかりバンコクの都市生活の一部として定着している模様。

ちなみに、クライアント曰く、雨の多いバンコクでは、商業施設におけるテラスはそれほど価値を見出されていなかったが、この建物の成功でその見方もかなり変わってきているという。

二日目はさすがによりローカルなものをという要望を出し、この建物の向かいの道の地元の人でごった返すマーケットの中の小さなヌードル屋さんで、お腹に優しい味の麺を美味しくいただいた。


















2016年3月6日日曜日

「0.5ミリ」 安藤桃子 2014 ★★★


安藤桃子
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スタッフ
監督 安藤桃子
脚本 安藤桃子
エグゼクティブプロデューサー 奥田瑛二
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キャスト
山岸サワ(介護士): 安藤サクラ
片岡昭三(寝たきりのおじいちゃん):織本順吉
片岡雪子(自殺する母):木内みどり
片岡マコト(引きこもりの息子):土屋希望
茂(自転車をパンクさせる):坂田利夫
ベンガル(茂の友人の詐欺師):斉藤末男 
康夫(カラオケ店に泊まろうとする老人):井上竜夫
カラオケ店員:東出昌大
真壁義男(元教師):津川雅彦
真壁静江(寝たきりの妻):草笛光子
浜田(真壁家のヘルパー):角替和枝
真壁久子(義男の姪):浅田美代子
佐々木健(マコト引き取り育てる父親):柄本明
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物語としては、安藤サクラ演じる介護士をしている主人公の山岸サワが、寝たきりのおじいちゃんを介護している派遣先で、その娘から、「冥土の土産におじいちゃんと一晩でいいから寝てくれないか?」と頼まれるところから始まる。

介護問題、漂流老人、老後の性欲、引きこもり、痴呆症などなど、様々な社会問題に対して、ネガティブな視線ではなく、明るくポジティブにかつ、等身大の視線で現代の日本の社会を描き出す意欲作。

サワが食事を取るシーンで「なんだか見たことある場所だな?」と調べてみると、やはり高知市のひらめ市場。全編に渡り高知に移住したと言われる監督である安藤桃子の高知愛がじっとり感じられる映画でもある。様々な地方に足を運び、こうして映画などでそのロケ地として選ばれるのもまた、あまたある様々な都市や風景から、魅力的だと誰かが選んだことによるものであるし、そういう風景を共有し、また認識できるようになって行くのは、旅を重ねる楽しみでもあると再認識する。

それと同時に安藤桃子が移住した理由も納得できるほど、高知、特に高知市は海があり、山があり、歴史的な街並みも残り、場所としての豊かさがにじみ出る、そんな場所である。「桐島、部活やめるってよ」でも同じように、この高知市の穏やかな時間の流れと空気感がとても清清しい画を作り出していたのを思い出す。

元々の派遣先の家で依頼された「おじいちゃんと寝てくれない?」という夜に、そのおじいちゃんが暴走することで発生した火災と、その娘が別れた夫との間の現在引きこもりで一言も言葉を発しない息子との生活に悲観しての自殺が重なったことで、主人公は勤め先を失い、家も仕事も金も無い状況で街を漂う。そんな日常から少し外れ、社会にとっての異端からの視線に入ってくるのは、周囲から見るとややおかしな行動をとっている高齢者の男性。

少々痴呆が始まり、糖尿病のインシュリンの投与をしながらカラオケ屋で宿泊できるものだと勘違いして店員の東出昌大ともめる老人。自転車置き場でタイヤをいたずらでパンクさせて、木々に話しかける老人。元教師でプライドは高いが、女子高生への隠しきれない性欲に駆られ万引きをしようとしてしまう老人。そんな老人の後ろめたい気持ちに付け込み、なんとか同居をさせてもらいながら生活をしていくうちに、どの老人とも心を通わせていきながと言われる監督である安藤桃子の高ら、どう人生の最後の時期を過ごすかという大きな社会問題を描いていく。

現代の日本が抱える高齢化社会と独居老人、老老介護の問題などを抱える高齢者たちの問題を解決する方法を描く訳ではないが、分かりやすい悲惨な状況にある人の物語を描くことで世間の注目を浴びようとする作品とは一線を画し、あくまでも明るく、そして親身に人として向き合う若い女性、プラスその女性が飛び切りの美人で世間も「ああ、なるほどね・・・」と別の意図を汲み取るようなキャスティングではなく、絶妙などこにでもいそうという容姿の女優を持ってくることで、あくまでも人間同士の係わり合いのドラマとしているのは、非常に好感が持てる。

なので、途中まで、「これは何か新しい社会のあり方を、路頭に迷う若者と、孤独に苦しむ高齢者とのあたらなるマッチングによって示そうとしているのかな?」と勘ぐってみてしまうが、3人目くらいなると、そのような重厚なメッセージは含まれておらず、ただただ淡々と老人や社会で自分の居場所探しに苦しむ若者の脇を漂いながら生きていく主人公の姿を描きながら、現代の日本を描いているのだと納得できる。

最後にカラオケ屋の店員としてチョイ役で登場する東出昌大は、「ひょっとして高知出身で地元愛で出演したのでは・・・」と思って調べるが、そんなことはなく埼玉出身のようである。

カラオケ店に泊まろうとする康夫


自転車をパンクさせる茂

元教師の真壁義男

真壁家のヘルパーの浜田

マコト引き取り育てる父親の佐々木健
引きこもりの息子の片岡マコト

2016年3月4日金曜日

「隠された貧困 生活保護で救われる人たち」 大山典宏 2014 ★★

2008年に起きたリーマンショック。その影響によって顕在化してきた社会の中の格差。その結果年越し派遣村など様々な形で日常を過ごすことが困難な経済状況にいる人たちが世の中に認知されるようになると、大きな格差という括りの中で、「非正規労働者」、「子供の格差」、「女性の格差」、「漂流老人」などと毎年の様に新たなるカテゴリーが登場して世の不安を煽るかのようである。

その流れの中でこの数年特にスポットが当てられているのはシングルマザーなどの女性の貧困と、高齢者の貧困。結局それらは現在の日本が構造的に抱える問題が断片的に光を当てられ、世間に分かりやすいように、「決して人事ではなくあなたもそうなる可能性のある、すぐ横にある問題ですよ」と報じられているだけに過ぎず、それでも決して報道で取り上げられることのない貧困の在り方は別にある。

そんな普段の生活からは見えにくい貧困の在り方に真摯に向き合い光を当てようとするこの一冊。児童養護施設出身者、高齢犯罪者、薬物依存者、外国人貧困者、ホームレス・高齢孤立者、生活保護受給者と、様々な場所で槍玉に挙げられがちな人々をその背景から現状まで詳しく描き、その根本にある原因を描き出そうとする。

まるで受けやすいネーミングをつけて「○○格差」や「○○の貧困」と世間の注目を浴びてそれにより何かを得ようとするある一定の報道のされ方よりは、よっぽど好感の持てる内容だし、問題の在り処もよく分かる内容である。全体的に客観的に物事を伝えようとするために、インタビューを大量に使用しているのが読み物としてやや気になるが、それは真摯な著者の態度の現れであるのだと思われる。

以下本文より。

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メディアで伝えるのは、多くの人が共感する、わかりやすい生活保護者です。

第一章 児童養護施設出身者 
/児童養護施設の現状
約4万7千人

/自立援助ホームとは
義務教育を終えた15歳から20歳までの子供たちが働きながら自立に向けて生活をする場所
基本的には生活のすべてを自分の手で賄わなければなりません

第二章 高齢犯罪者 
/高齢犯罪者大国・日本
諸外国が3%前後 日本だけが10%を超えている

/孤立と貧困が犯罪を生む
犯罪を繰返すことで、家族や仕事、住いを失い、孤立していく高齢者の姿

第三章 薬物依存者
/「ダメ、ゼッタイ。」では防げない
自傷経験のない9割の生徒の多くは、薬物乱用防止講演など聴かなくとも、そもそも薬物には縁のない生活を送り続けるのではないか。そして1割のハイリスク群の生徒は、その様な公園を聴いても結局薬物に手を出す時には手を出すのではないか。

/居場所がない寂しさ
「ヒマだったから」
「淋しさ」や「誰からも必要とされていない感覚」

第四章 外国人貧困者 
約203万人
/同胞のきずな
多くは日本人の男性と結婚をした女性とその子供
母親は「日本人の子の母」として在留資格を取得し、生活保護を利用している

/何が問題なのか
日本人男性と結婚したフィリピンの女性が離婚して生活保護を利用する例が、近年の外国人の生活保護では最も大きな問題


第五章 ホームレス・孤立高齢者
漂流高齢者
/ホームレス地域生活以降事業
緊急一次保護センターと自立支援センター
ホームレスが付き三千円の家賃で入居しながら自立に向けて職を探す

/アウトリーチとハウジング・ファースト
アウトリーチ 職員が困っている人のところに足を運び、サービスを提案するところからかかわりが始まる

第六章 生活保護から見えるもの
/激増する生活保護
2008年 起きたリーマンショック
日比谷公園 年越し派遣村

/求められる自立支援
若い利用者の急増
就職活動に疲れて自宅に引きこもる若者、精神疾患の増加とそれに伴う自殺、崎の見えない中高年男性の再就職活動、アルコールやギャンブルへの依存・・・。中卒、高校中退などの低学歴者 四角や経験もなく、身体のあちこちに不調を抱え、コミュニケーション能力 
生活全体を立て直すところから始めないといけない

三つの対策
生活保護に至る前のセーフティネットを手厚くする
早期に脱却できる体制を整える
貧困の再生産を防ぐための手立てをする

/モノ扱いされる人たち
人をモノとして扱う
冷凍食品に農薬のマラチオンが混入

/承認を巡る闘争
承認という概念「愛・法・連帯」の三つの次元
人から愛されること
認められる経験
役割を与えられる
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■目次  
はじめに

第一章 児童養護施設出身者 「私のことを必要としてくれた」
/ドキュメント=隠された貧困① 児童養護施設出身者
>私のことを必要としてくれた
/家族に黙って家を出る
/乳児院、児童養護施設、そして里親へ
/親権の壁
/自立援助ホームへ
/生活保護は受けたくない
/私のことを必要としてくれた
/実家との和解
/繰返される虐待死
/厳罰化で歯止めを
/児童養護施設の現状
/不十分なケア体制
/施設出身者の厳しい状況
/施設出身者の追跡調査
/自立援助ホームとは
/重なり合う不利
/自立援助ホームと生活保護
/大人のことは信用しないぞ
/共依存の女の子
/死ななきゃいい

第二章 高齢犯罪者 「息子たちに手紙を書いています」
ドキュメント=隠された貧困②  高齢犯罪者
>息子たちに手紙を書いています
/元気をもらいたくて
/病気は大丈夫?
/入院患者に四人の刑務官
/夫と二人で工場を切り盛り
/なぜ刑務所に
/今は天国のようです
/高齢犯罪者大国・日本
/高齢者のモラルが低下した?
/無銭飲食や放置自転車を盗んで刑務所に
/孤立と貧困が犯罪を生む
/困ったら刑務所へ
/累犯障害者
/地域生活定着支援センター
/昔からやっていた
/他に行け
/男物の使用済みトレーニングウェアを盗む男性
/実刑はやむを得ないと考えていた

第三章 薬物依存者 「認めてもらえる場所がある」
ドキュメント=隠された貧困③ 薬物依存者
>認めてもらえる場所がある
/シンナーがあんパンと呼ばれていた時代
/たいしたことじゃない
/逃げ癖がつく
/逮捕されてもやめられない
/あなたが決めなさい
/「分かるよ」と笑われた
/三度目の再使用
/またカネか!
/八王子にもダルクを
/「ダメ、ゼッタイ。」では防げない
/居場所がない寂しさ
/厳罰化で覚せい剤を止められるか
/薬物依存の治療
/ダルク設立のきっかけ
/たった一つのルール
/ダルクの現状
/八王子ダルク
/窓口には自分の足で
/ダルクのこれから
/日本にもドラッグ・コートを

第四章 外国人貧困者 「なぜ、外国人なのに保護が受けられるんですか」
ドキュメント=隠された貧困④ 外国人貧困者
>なぜ、外国人なのに保護が受けられるんですか
/外国人が生活保護をもらえるのはおかしい
/外国人の誰もが受けられる訳じゃない
/同胞のきずな
/ヘルパー資格を取る
/夢は子供のこと
/あなた生活保護でしょ
/日本に根を張る外国人労働者
/リーマンショック後の就労・生活相談の増加
/外国人と生活保護
/何が問題なのか
/ふじみの国際交流センターの活躍
/多岐に渡る生活支援
/二人三脚の相談体制
/変わる外国人支援
/働かせるために呼び寄せる
/ようやく手に入れた普通の生活

第五章 ホームレス・孤立高齢者 「続かないんだよね」
ドキュメント=隠された貧困⑤ ホームレス・孤立高齢者
>元ホームレス
/三千円アパート
/ホームレス地域生活以降事業
/アウトリーチとハウジング・ファースト
/10万円で売れたロレックス
/保護申請はスムーズだった
/落ち着かなくてね
/人間関係はどこにでもある
/静養ホームたまゆらの悲劇
/構造的に生み出される漂流高齢者
/福祉施設からも締め出される
/施設増設は解決の切り札になるのか
/今ある住いを「支援付き」に
/ホームレス支援から始まった
/ケア付き就労とコミュニティビジネス

第六章 生活保護から見えるもの
/忘れ去られた生活保護
/激増する生活保護
/求められる自立支援
/制度の設計では解決できない者
/見えない人間
/モノ扱いされる人たち
/承認を巡る闘争
/インタビューを振り返る
/誰でも生きやすい社会に
/最後のセーフティネットの価値

あとがき
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2016年2月23日火曜日

「日本人はなぜ美しいのか」 枡野俊明 2014 ★



海外でもその庭園作品が知られ、随分とさまざまな場所で講演に呼ばれたり、作品を手がけていることで、建築に関わる人間であれば、禅僧というよりは、ランドスケープデザイナー、作庭家として認識している著者。いつか一緒にプロジェクトに関わることができたら良いなと思っている一人でもある。

そんな著者の名前を本屋で見かけ、「これは手にとっておかないと」と購入した一冊。京都などでよく見ることができる枯山水と呼ばれる庭園は、室町時代の禅宗寺院で発展された世界観であり、そのために禅僧であり、かつ作庭も手がける著者が何を語っているのかぜひ知ることができればと期待した一冊。

「日本人の美しさとは、しなやかな強さである」という著者。具体的な作庭への思想や方法論がかかれているかと思ったが、どちらかというと「日本人がどれだけ巣晴らしか」ということが主なトピックを占めているので、「あれ?」と思い調べてみると、驚くほどの著書を出版している著者・・・

個人のクライアントへの庭園プロジェクトが多いようであるが、一度ぜひその作品を実際に体験してみたいものである。

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■目次  
はじめに-「禅の庭」から見える、日本の美

第1章 外国から見たときの、日本の圧倒的な美しさとは
/なぜ私の仕事が海外から求められるのか
/スティーブ・ジョブズも、ビル・ゲイツも、禅に傾倒していた 
/贅沢と真反対の「禅」こそが、心の癒し
/西洋人の日本文化への憧れの根源とは
/「禅」と日本文化の密接な関係
/禅文化が花開いたのは、中国ではなく、日本だった
/西洋が好むのは完全な美、日本が好むのは不完全なる美
/移ろうのか、壊れるのか
/墨絵と油絵ー’その瞬間’を描くのはどっち?
/墨一色で、世界は無限に広がる
/いけばなとフラワーアレンジメント。何故ここまで違うのか?
/自我を形にする西洋の庭、無我をかたちにする「禅の庭」
/枯山水とは何か
/’自然を借りる’という、庭園の発想
/日本家屋の、理にかなった美しさ
/光と風を読みきった日本家屋ー京都の町家に見る
/日本家屋は「狭い」からこそ、凄い
/「椅座」ではなく、「床座」の文化が思索を深めた

第2章 まわりにある日本の美を再確認すべし
/食のシーンは、四季を感じるのにベスト
/食材の「添え物」には、日本人の知恵が詰まっている 
/四季に応じて、住いに季節を取り入れる
/企業は日本の美しさに目をむけよ
/禅の思想に最先端の技術を載せた・・・アップルにしてやられた!
/一品にこだわるがゆえに生まれる美
/日本人は繊細である
/味覚の鋭さも、日本人ならでは
/見えないところはど手を抜かない
/家事を機械まかせで、その間ダラダラする時間は美しくない

第3章 「禅の美」とは何か
/京都の庭はなぜ美しいのか
/日本の庭は「おもてなしの心」からできている
/「禅画とは、禅僧が描くもののこと」はまちがい
/禅文化の歴史と変遷に、「武士」の存在あり
/禅の美しさとは①-均斉がとれたときは、「終わり」である
/禅の美しさとは②-簡素であるからこそ、豊か
/禅の美しさとは③-「悟っている」自分に酔う人は美しくない。「枯高」を目指す
/禅の美しさとは④-たくまない。あるべきように。自然に
/禅の美しさとは⑤-「間」や「余白の空間」がなければ、日本の美は完成しない
/禅の美しさとは⑥-こだわらず、自由な心で生きる
/禅の美しさとは⑦-騒音や情報が消える、「静かな心」を持つ瞬間を得る
/日本人は美しい’遺伝子’を持っている
/美しさに理由を探しても意味がないー龍安寺石庭が教えてくれること
/「禅の庭」の正しい見方とは?
/’最高の贅沢’とは、何も持たないこと!?
/時代の流れや変化を取り入れてこそ、’本質’は守られていく

第4章 日本人の「心」とは
/日本人は、死後に「無形のもの」を受け継いできた
/古きよき風景を、子どもや孫に語り伝える。それだけでも日本の力になる
/茶の湯にみる「おもてなしの心」
/利休の発明
/和菓子や伝統工芸品にあらわれる、日本人の繊細な美意識
/日本人の「おもてなし」は、「無私の実践」である
/’白黒つけない’という美学
/「お蔭様」「お天道様」という言葉を見直すと気づくこと
/真摯さ、精密さ、正確さとともに「融通」が利くのが、日本人の美
/かつて日本人は、「質素」が心を満たしてくれることを知っていた
/四季の変化は日本最高の宝
/「月を愛でる」日本人の完成の豊かさ
/禅では「月は悟り」
/水の様に生きる
/無言の所作にこもるおもてなしの心

おわりにー日本人の美しさとは、しなやかな強さである
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2016年2月21日日曜日

「紙の月」 吉田大八 2014 ★★★

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スタッフ
監督 吉田大八
原作 角田光代
脚本 早船歌江子
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梅澤梨花(横領する銀行員):宮沢りえ
平林光太(梨花の不倫相手の若者):池松壮亮(いけますそうすけ)
相川恵子(今時の銀行員):大島優子
梅澤正文(梨花の夫):田辺誠一
井上佑司(副支店長):近藤芳正 
平林孝三(資産家で光太の祖父):石橋蓮司
隅より子(ベテラン銀行員):小林聡美
14歳の梨花:平祐奈
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2014年の日本映画界を語る上で忘れられないのがこの映画。様々な映画賞においてもかなりの受賞を得たことでもその名前が世間に知られることになった。

監督は「桐島、部活やめるってよ」で名声を集めた吉田大八。ヒット作の次に手がけたのは角田光代のベストセラー原作。7年ぶりに映画の主演を勤めたという宮沢りえの姿を始め、至る所で非常に独特な映像を見せてくれる監督である。

夫との関係が冷めつつある、地味な銀行員の主人公・梅澤梨花。外回りの営業として丁寧に日々の業務をこなしているが、夫とのすれ違いの中で徐々に日々をむなしく感じ始めた折に、訪問先の顧客の孫である大学生・光太と出会い、徐々に不倫へとはまっていく。無邪気な光太と過ごすうちに、徐々に気分が大きくなり、少しずつ銀行の金を着服するようになり、その金を使って光太と刹那的な快楽に溺れ、そのことで彼の気持ちをつなぎ止めようとする。さすが原作がよく創りこまれているだけあり、物語の設定に破綻がなく、あとはそれをいかに映像の世界として、小説以上の世界観を作り出せるか否か。

その中ですばらしいのはやはり主演の地味であるが、徐々にそして静かに自我を露にしていく梨花を演じる宮沢りえ。中年女性の哀愁や、大学生にとっては十分大人の女性として魅力的にうつる年齢を見事に演じてみせる。

そしてもう一人はこちらも主演といってよい光太役を演じた池松壮亮(いけまつそうすけ)。甘ったるく「梨花さーん」と呼ぶ、如何にも世間知らずの甘ったれ大学生という感じの演技は、役を飛び越えた不快感を感じさせるに十分な演技。なんでも10歳でミュージカル「ライオン・キング」のシンバ役でデビューした子役出身の俳優で、映画デビューは「ラストサムライ」というから、その演技力には納得。

その演技は十分見事なのは分かるが、どうもイケメンになったバカリズムという印象が強く、やはり骨格が似ていると声も似てくるのだろうか、非常に似た声も手伝いなかなかストーリーが入ってこなくなる。

宮沢りえの地味な銀行員が自らの女としての喜びのために、今までの人生であれば決して踏み越えることのなかった一線を越えてしまった後は、後は流れに流されるままに堕ちていく。それでも日常は淡々と過ぎていくのだということをじっとりした暗い空の下で撮影が行われたのかと思う映像で綴っていくのは非常に雰囲気のある展開である。

徐々に堕ちていく女と、徐々に離れていく若い男。そして臨界点に達して横領が発覚し、逃げ場を失った梨花が逃げ出し、ひたすら走る。途中までは徐々にストレスが溜まっていき、臨界点も近いのでは・・・という緊張感を感じるが、最後がやたらストレートな展開だな、と思ってしまうのは、それは映画というか原作の問題で、やはり映画として観るのなら、十分に素晴らしい映像作品といえるのだろう。
吉田大八









2016年2月9日火曜日

大宮前体育館 青木淳 2014 ★★★


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所在地  東京都杉並区南荻窪
設計   青木淳
竣工   2014
機能   体育館
規模   地上2 階・地下2階
建築面積 2,963m2
延床面積 5,763m2
構造   RC造・一部S造
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武蔵野・三多摩巡りの締めくくりとして、レンタカーの返却まで少し時間があるためにかねてより見てみたかった青木淳設計による大宮前体育館に立ち寄ることにする。三多摩地域から23区域に入るとやはりいきなり密度が変わった気がするが、環状線を北上して杉並の住宅街を抜けて到着するのは、かつての杉並区立荻窪小学校の跡地。移転を機に、地域住民の健康促進のためになる運動施設を作ることを決定し、槇文彦、妹島和世、山本理顕、仙田満、北川原温などそうそうたるメンバーを抑えて最優秀賞に輝きプロジェクトを手にした青木淳。

横浜出身で、東大を経て磯崎新の事務所に長く勤め、35歳で独立しその後はルイ・ヴィトンに代表されるように、ほぼ国内のメイン店舗すべてを手がけその建築におけるイメージを確立させ、また青森県立美術館をコンペによって勝ち取り、文化施設なども広く手がけている。

1997年 遊水館(プール) (41歳)
1997年 潟博物館 (博物館) (41歳)
1998年 御杖小学校 (42歳)
1999年 雪のまちみらい館 (43歳)
1999年 ルイ・ヴィトン名古屋ビル (43歳)
2000年 ルイ・ヴィトン松屋銀座店 (44歳)
2002年 ルイ・ヴィトン表参道ビル (46歳)
2003年 ルイ・ヴィトン六本木ヒルズ店 (47歳)
2004年 ルイ・ヴィトンニューヨーク (48歳)
2004年 ルイ・ヴィトン銀座並木通り店 (48歳)
2005年 青森県立美術館 (49歳)
2006年 白い教会 (50歳)
2006年 ルイ・ヴィトン香港ランドマーク店 (50歳)
2008年 SIA青山ビル (52歳)
2010年 青々荘 (54歳)
2012年 ルイ・ヴィトン博多店 (56歳)
2014年 杉並区大宮前体育館 (58歳)
2014年 三次市民ホールきりり (58歳)

そして2014年に完成したばかりのこの体育館。東京だけでなく、日本中にどこにでも広がるような小中学校を中心にした学区。その中心施設である学校が移転することにより、急に地域に浮かび上がる巨大な空白。そこに挿入されるのは地域のためになるべく運動施設。

コンペの概要や各段階の提案内容の変化を見ていくと、一体何が議論の中心で、行政側が求めること、地域住民の求めること、そして建築家サイドがそれにどう反応したかが良く見えて非常に勉強になる。

まずは何と言っても住宅街に対して運動施設という非常に騒音と振動を出す施設をどう融和させるのかという問題。既存のほとんどの同様の施設は、この問題のために昼間でも窓を開放することなく、遮音用のカーテンを閉めて室内で運動をしている何とも嘆かわしい状況ばかりだという。そのためにコンペ案からいかにコストがかかろうとも、大部分の施設を地下に埋め、なおかつ構造を入れ子の形にして振動を吸収するという、ほとんど音楽ホール並みの対策をとる方針が採られたという。そのために地上に出てくるボリュームは平屋だけで、大小の二つの楕円形が敷地に快適な抜けの空間を作っているようである。

受付で建築の見学の旨を伝えると、非常に感じのよい対応で、見学者の名札を渡してくれて、内部での写真撮影だけは禁止だと言われるが他は自由に見学してよいとのこと。設計者がいう、できるだけ圧迫感を与えないようにと設えられた3層吹き抜けの波打つ壁はそれなりに効果を出しているように見える。

楕円形の外周は曲面ガラスをつかうことなく、ギザギザの直線のパネルでつくられていたりと、至る所にコストをできるだけ抑える工夫が見えてくる。屋上もアクセスできるようになっており、外にでると周囲の住宅よりも幾分か低く抑えられているために、見晴らしもよく、同時に周辺の住宅にも、今までは見通すことのできなかった向こう側までの視界と、なんと言っても良好な日当たりをもたらしたのだということが良く分かる。

なんといっても印象的なのが、この施設が本当にいろいろな年代の人によって使われており、内部に非常に活気が感じられること。勧められて手にした冊子によると、使用料金も非常にリーズナブルであり、もし自分が徒歩圏内に住んでいたらきっと通ってみようかと思うだろうと思うような、そんな施設の運営の仕方である。

このように、各自治体ごとに外からはなかなか見えづらくても、少しずつ新しい社会の変化、地域の変化に対応しつつ、機能を更新し新しいコミュニティの核となる建築ができているのを見ると、東京の面白さ、都市の力強さを感じることになる。そしてこういう機能を担う建築として、決して派手ではないが、十分に要求に答えそれ以上のものをもたらしているこの建物の正当性に思いを馳せながら帰路へと着くことにする。