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2013年7月21日日曜日

月夜見宮(つきよみのみや) 927年以前 ★★


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所在地 三重県伊勢市宮後
主祭神 月夜見尊(つきよみのみこと)
社格  式内小社
社殿の様式 神明造
創建  927年以前
機能  寺社
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本日訪れる伊勢神宮領域での最後の神社となるのが、この月夜見宮(つきよみのみや)。

伊勢神宮の外宮の別宮であり、朝からあちらこちらと回ってきたが、別宮の中で内宮・外宮の境外に位置するものではこれが最後の訪問地となる。

・内宮の別宮 10社
 荒祭宮(内宮境内)
 月読宮   
 月読荒御魂宮 (月読宮境内)
 伊佐奈岐宮 (月読宮境内)
 伊佐奈弥宮 (月読宮境内)
 滝原宮
 瀧原竝宮 (滝原宮境内)
 伊雑宮 
 風日祈宮 (内宮境内)
 倭姫宮 

・外宮の別宮 4社
 多賀宮(外宮境内)
 土宮(外宮境内)
 月夜見宮
 風宮(外宮境内)

もちろん外宮の別宮ということで、場所ももちろん外宮の近くに位置している。航空写真を見ても良く分かるように、住宅地に囲まれた中に、切り取られた人工性を表現するかのように、綺麗に四角に取り残された森。その中に祀られているのが、先ほどの月読宮と同様に月夜見尊。

外宮別宮としては豊受大神の魂を祭神とする多賀宮(たかのみや)、外宮の地主の神である大土御祖神(おおつちみおやのかみ)を祭神とする土宮(つちのみや)に次ぐ3位で、風宮(かぜのみや)より上位であるという。

通常、神宮の別宮は1の社殿につき祭神は1神であるが、この月夜見宮は月夜見尊と、その魂の月夜見尊荒御魂の2神を祀る。神様とその魂というので違いが良く分からないがとにかく表参道の鳥居近くに車を駐車させ境内へ。

ここまで参拝してきた他の宮の様に、広大な森を宮域として持っておらず、境内は比較的コンパクトになっている。その為か参道も90度に折れる形で左、右と折れると目の前に大きな木を中心軸として右に古殿地、左に社殿が見えてくる。先ほどの倭姫宮もそうであったが、どうも右・左と遷宮する場所には決まりがあるようで、今は左の古殿地が使われる期間ということだろう。

これで伊勢神宮の正宮・別宮に全て参拝したということで、やや長めに手を合わせてお参りをし、振り向くと右後ろになんとも雰囲気のある巨大な神木が待ち受ける。ここも夜中に一人で境内に入り込んだら、この神木が恐ろしい姿をした神様に見えるのだろうと勝手に想像し、伊勢を離れて次なる立ち寄り地に向かうことにする。













倭姫宮(やまとひめのみや) 1923 ★★★


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所在地 三重県伊勢市楠部町
主祭神 倭姫命(やまとひめのみこと)
社格  皇大神宮別宮
社殿の様式 神明造
創建  1923
機能  寺社
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月読宮からさらに北に走り、暫くすると左手に見えてくるこんもりした倉田山。坂道を上がって右に見えてくるのが神宮徴古館。左に見えてくるのが大江宏による設計の式年遷宮記念神宮美術館。その間を抜けていくと左手に大きな駐車場。炎天下の下坂道を戻って徴古館前入口から参道へ。

この倭姫宮(やまとひめのみや)。朝から巡ってきた滝原宮、伊雑宮、月読宮と同様に、伊勢神宮の内宮の別宮に当たる宮である。伊勢神宮本宮・別宮の中で創建が明確であるのはこの倭姫宮1宮のみで、1923年(大正12年)でもっとも新しい宮である。

主祭神の倭姫命は天照大神を祀る宮を定めるため、各地で候補地を探し辿りついた伊勢の地で伊勢神宮を創建したとても大切な神様である。それにも関わらず、明治以前は倭姫命を祀る神社は何処にも作られてこなかった。

ちなみに天照大神が最初に移ったところは、奈良県桜井市の檜原神社(ひはらじんじゃ)と言われ、檜原神社はその為に今でも元伊勢と呼ばれているという。

また倭姫命は日本武尊の叔母に当たり日本武尊の東征の際に天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を与えたと言われる。天叢雲剣は別名草薙剣(くさなぎのつるぎ)で知られており、須佐之男命(すさのおのみこと)が出雲国で倒した八岐大蛇(やまたのおろち)の尾から出てきた太刀で、現在三種の神器の一つに数えられ、名古屋の熱田神宮に祭られていると言われるものである。

そんな伊勢にとってとても重要な神への道。新しいと言っても既に90年はこの地に鎮座し続けているだけあり、参道は美しい木立の中を抜けていくとても気持ちのよい砂利道となっている。目の前に現れるのは綺麗に左右対称に配置された古殿地。右は空地で左に現在の社殿。いかにも神様がいるという雰囲気を感じ取れる。

拍手を打ち、手を合わせて参拝し、折角なので参道を一の鳥居まで戻ってみようと、曲がりくねる参道を戻っていくことにする。内宮・外宮から少し距離が離れていることもあり、境内の参拝客はそれほど多くは無いので、一人でこの森の聖域を十分に満喫することが出来る。

長い参道を歩ききり、やっと辿りつく一の鳥居。振り向くと、如何にもこの先は森の神が住んでいると言わんばかりの面構え。悪くない。と思いながら、横の車道を登り駐車場へと足を向ける。








月讀宮(月読宮)(つきよみのみや) 804年以前 ★★★


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所在地 三重県伊勢市中村町
主祭神 月讀尊(月読尊)(つきよみのみこと)
社格  式内大社
社殿の様式 神明造
創建  804年以前
機能  寺社
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猿田彦神社から北に向かって走るとすぐ左手に見えてくるこんもりした森。明らかに神域だと思われるその空間を入り口を目指して左に折れるが、表参道前の看板で「駐車場ご利用のお客様は裏にお回りください」という指示に沿って裏参道入り口前の駐車場へ。

駐車場脇の鳥居を潜ると、参道の途中に合流する形になり、木漏れ日の落ちる気持ちのよい砂利の参道を暫く進むと綺麗に4社並んだ姿が見えてくる。なんとも荘厳な風景。

この月読宮(つきよみのみや)は伊雑宮や滝原宮と同様に、伊勢神宮の内宮の別宮に当たる。宮域には同じく内宮別宮の月読荒御魂宮(つきよみのあらみたまのみや)、伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)、伊佐奈弥宮(いざなみのみや)があり、神明造の社殿が4つ見事に並ぶ姿を見せてくれる。

ちなみに各神社のご祭神は以下の通り。

月読荒御魂宮:月読尊(つきよみのみこと)
伊佐奈岐宮:伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
伊佐奈弥宮:伊弉冉尊(いざなみのみこと)

複数の社殿が並ぶ別宮は月読宮と瀧原宮のみで、こうして神様が一堂に会する姿は圧倒的である。向かって右から月読荒御魂宮、月読宮、伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮と並んでいるが、参拝は月読宮>月読荒御魂宮>伊佐奈岐宮>伊佐奈弥宮の順が正しいとされている。

最高神である天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟神の月読尊が祭神であることから、内宮別宮としては天照大神の魂を祭神とする荒祭宮(あらまつりのみや)に次ぐ順位で、内宮宮域外の別宮としては最高位の別宮である。

「天照大神の弟?」

となるが、『日本書紀』によれば、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)が、天照大御神を生み、次に月読尊を生み、夜之食国(よるのおすくに)を治めるようにと託したとされる。

今回は正宮境外の別宮を一気に回るのが目的なので、これで残すは倭姫宮と月夜見宮ということになる。

・内宮の別宮 10社
 荒祭宮(内宮境内)
 月読宮   
 月読荒御魂宮 (月読宮境内)
 伊佐奈岐宮 (月読宮境内)
 伊佐奈弥宮 (月読宮境内)
 滝原宮
 瀧原竝宮 (滝原宮境内)
 伊雑宮 
 風日祈宮 (内宮境内)
 倭姫宮 

・外宮の別宮 4社
 多賀宮(外宮境内)
 土宮(外宮境内)
 月夜見宮
 風宮(外宮境内)

4宮を順に参拝していくと、月読宮だけ微妙に高さが高いのに目が行く。もちろん境内には式年遷宮のための古殿地も用意されている。

現代に生きる我々の様に、「何月の第何週末は時間が空くのでそれに合わせて引越しをしましょう」なんていうカレンダーに支配される訳でなく、暦の生まれる遥か前から流れていた時間の流れを引き継いで、経済合理性などどこ吹く風かというばかりの長いスパンで準備をして行われる遷宮。

内外両宮の正宮の正殿だけでなく、別宮以下の諸神社の正殿を造替して神座を遷し、宝殿、外幣殿、鳥居、御垣、御饌殿など計65棟の全社殿を造替するという式年遷宮。内外の正宮だけだとばかり思っていたが、伊勢という領域すべてが生まれ変わる巨大な神事だと改めて驚く。

次は伊勢市内で内宮から一番距離のある別宮の倭姫宮に向かう為に参道を戻ることにする。

















猿田彦神社(さるたひこじんじゃ) 不明 ★


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所在地 三重県伊勢市宇治浦田
主祭神 猿田彦大神(さるたひこのかみ),大田命
社格  無格社・別表神社
社殿の様式 妻入造
創建  不明
機能  寺社
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やっとたどり着いた伊勢の街。今年の式年遷宮の為か、市内は溢れかえらんばかりの観光客の姿。内宮、外宮に行ったらさぞや凄い人だろうと思いながら、ナビに誘導されて見えてくるのは猿田彦神社の看板。

道を挟んだ大きな駐車場は内宮への参拝者が利用するものらしいが、車を入れて駐車場代の500円を支払い道を渡って見えてくる猿田彦神社の鳥居。何でもこの猿田彦神社。ご祭神である猿田彦大神は天孫降臨(てんそんこうりん)を啓行(みちひらき)したとされ、高千穂に瓊瓊杵尊(ににぎのみこと) をご案内した後、天宇受売命(あめのうずめのみこと)と一緒にこの五十鈴の川上の地に戻り、全国の開拓にあたったという。

その伝承からこの猿田彦大神は「みちひらき」の神様として有名で、ものごとの最初に出現し、万事を最も良い方向へと「おみちびき」する神様として信仰が厚いという。

自分の人生も良い方向へと「みちひらき」してもらおうと参拝をし、本殿の横から裏に回ると、ぽっかりと開ける場所に見えるのが御神田。綺麗な色に実った稲が、風を受けて左右に揺れる。

再度境内に戻ってくると、その先に見えるのが、本殿と向き合うように建つ境内社である佐瑠女神社(さるめじんじゃ)。境内にとにかく女性の姿が多く、猿田彦神社というよりは、こちらの佐瑠女神社への参拝に列を成しているところから、恐らく「恋愛成就」の神様なんだろうと想像する。

なんでもこの佐瑠女神社(さるめじんじゃ)。御祭神が天宇受売命(あめのうずめのみこと)といい、天照大御神が天岩窟(あめのいわや)にお隠れになった時に扉の前で舞い踊り、扉を開け大御神が再び現れることに成功した神と言うことらしい。

そんな所以の貯めに、芸能の神として信仰され、その後国猿田彦と夫婦となり、今でも同じ境内に神殿を構え祀られているという。そして器の大きい気の良い女性の象徴とされ、又縁結びの神様として厚く信仰を集める女神様だということ。

いつの世でも女性の一番の関心後とはやはり恋愛なんだなと思いながら、やはり女性の方がより神頼みという、物事を受け入れる能力に長けているんだろうと思いを馳せる。境内にチラホラ見える男性は、どちらかと言えば自分と同じく、本殿にカメラを向けるタイプの人間が多い。

20年というと新しい世代が社会の中心となるのに十分な時間であるのと同時、少女だった子供達が、素敵な恋愛相手に出会える事を願いに来る年頃になる時間でもある。次の式年遷宮の時もまた多くの参拝客を集めるのだろうと思いながら、次の参拝地へ向かう事にする。