2009年11月5日木曜日

「THE ハプスブルク」 国立新美術館 ★★★

写真の誕生までの人類史において、ビジュアル・メディアとして圧倒的地位を確立してきた絵画・肖像画。

娘の叔父で許嫁でもあるオーストリア・レオポルド公へ、マルガリータ・テレサの成長の様子をディエゴ・ベラスケスに描かせ、送り届けさせたスペイン国王フェリペ4世。

産業革命以前の時代、最速の移動手段であった馬車ですら、当時のスペインからオーストリアまでは何日間もかかったであろう。一枚の絵が描かれ、旅し、最後に届けるのは想像力。時間と距離と空間にしっかりと人が介在し、描かれる人物の視線、それを見つめる画家の視点、そしてそれを贈られ受け取るものが絵の中の少女に向ける視線。もの語らぬ一枚の絵が、様々な想いと想像力を身に纏い、何百年もの時間の中で、多様な意味を発し続ける。

インターネットによってもたらされた時間と距離と空間の零への収束。多木浩二が『都市の政治学』で言うように、現代を表象するのは拘束された無能な身体によって行程を切り落とされた飛行機による旅。その目的地は都市のリズムが変速される駅ではなく、どこでもない場所としての空港。

そんな零近辺の時間と距離と空間の感覚を身につけた現代に訪れるのは、ライフスタイルや美的意識の変容ではなくて、零をとなりに見つめる肖像画のもたらす新たなる想像力なのだろうか。


2009年11月4日水曜日

『銀の匙』から『チタンの匙』へ

普段何げなく使うテーブルに並ぶナイフやフォーク。それを手に取ると「これは何々さんとこで作ってる」とはぼ判るという鉄職人の街、燕・三条。「自分達は生まれてずっと鉄に囲まれて生きてきましたから」という職人気質な人達と一緒に携わってきたプロダクトが開催中のデザインタイドに出展されている。

企画は日本の工芸と技術を融合させて、世界に誇れるデザイン・プロダクトを世に出していこうという、日本をこよなく愛する丸若屋さん。http://maru-waka.com/

iPhoneというクラウドの世界に君臨するボーダーレスな商品に日本の伝統工芸と職人技を駆使した新しいカバーを創ろうというのが発端。

ひぐらの鳴く頃、関越道を北上し、磨き技術があまりにすごく、注いだ泡が壊れないために発泡酒がビールになるというエコカップでも知られる職人の街、燕・三条到着。煙管などの街の成り立ちを市の歴史博物館で見学していると、丸若屋さんの携帯にこれから向かう工場の方から電話がはいり「着かれたみたいですね」と。あるいみ町中監視状態の怖るべし職人ネットワーク。 街に入ると、板金、プレス、磨き、挽き物と、業種に分かれた様々なサイズの工場があちこちにみうけられる。お世話になってる工場で内部を見学させて頂き、今回肝になる工程をお願いしようとする別の工場に移動し、チタンによる今回のデザインの打合わせ。形状が複雑な為、なかなかこれという製作方法が思い浮かずにいると、二人の社長は「何々さんとこならできるかもね」と、おもむろに電話をかけだす。すると10分もしないうちに、また別の工場から人がやって来て、「うーん、難しいね」とあーだこーだと相談。そのうちまた電話を取り出し、別のとこから一人来ますからと、今度は叩きでやってくれる人が登場。ネットワーク社会というのを、人レベルで実現している姿に驚かされる。

頭を抱える皆を前に、最初に取り持ってくれた社長さんが言ったのは「見た瞬間、これはあーやって作ってるんだって分かる物をこの街で創っても何も面白く無い。俺達職人が悩んで、アイデア考えて、他の奴らがこれをチタンでどう作ったんだ?って思わせる物作らなきゃつまんないだろ?」と。モノ作りと消費されるように使われる言葉の先には、こうして日本を支える人達が沢山いることを目にして、何だか熱くなる思いがする。 その後、試行錯誤をしながらも、当初のデザイン案はプロトタイプ製作まで間に合わず、別案の展示となった訳だが、その過程の中で、モノ作りの街が、生産拠点が東アジアに移る時勢にどう翻弄されたか、一つのネジの意味や、若手職員の教育方針、街の今後の在り方など様々な話を聞かせて貰えた。

ご飯を食べながらだったが、この街の人は兎に角よく食べる。普通に夕飯を食べ、その後飲みに行き、じゃあ軽くと寿司をつまみ、最後にとラーメンを平らげる。どんなに遅くなろうとも、次の日の朝8時には工場での朝礼を欠かさない。豪快なほど日々しっかりとエネルギーを消費していく。

そんな社長さんが、「鉄というのは豊かさのバロメーターなんですよ。世界には限られた量の鉄しかないなかで、いろんな国がそれを買ったり売ったりして、製品に変えて、使わなくなったらまた再利用していく。国民一人当たりの鉄所要量はホントは豊かさの一番判る基準で、それで見たら日本は世界一なんですよ」と。『銃・病原菌・鉄』で展開される理論で見ても間違いないのであれば、こんどは鉄の再利用から生み出される新しい価値観をもった商品が、この職人の街からどんどん世に出ていき、日本の豊かさを実感させてくれるのだろうと楽しみは尽きない。

「存在感の無い匙を作りたいんです」と、くだんの社長が嬉しそうに見せてくれたのは今製作中という「チタンの匙」。人体に影響の少ない非鉄で作られた匙で食事をすると、なるほどモノの味がよく分かる。「ただ一番機能的に、食感を大切に作っただけです」と言われるが、そこから生まれる数ミリの厚みの違いや形状は間違いなく美しい。

中勘助の『銀の匙』の美しい存在感に対抗する『チタンの匙』の「軽さ」が21世紀の日本の食卓に並ぶ日も遠くはないだろう。