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2015年5月6日水曜日

「ルーズヴェルト・ゲーム」 池井戸潤 2014 ★

さすがに売れっ子作家といえども、毎作毎作フレッシュなアイデアが浮かぶはずもなく、それでも作品を出し続けるにはやはりある法則が必要となってくる。そしてそれがこの作家の場合は

①中小企業ながら非常に高い技術力を持っている
②プロフェッショナリズムを失い、数と規模の力を振りかざす大企業に攻撃される
③経営、職場、家庭など異なる場面で同時に危機が訪れる

と言ったところだろうか。

「社会人野球」という一年のある時期に必ずスポーツニュースで流されるその存在。ほとんどの人にとってはそれはあくまでもテレビの向こう側の存在で、自分の会社にテレビで聞くような強豪野球部を持っている企業は少ないのではないか。

そんな自分には全く接点の無い世界だが、同時に自分の働く会社に、時間の余裕のある週末に「自分のチーム」として応援に行ける、そんな野球部がある。そんな生活も悪くないだろうと思ってしまう。

そんな多くの人からの絶妙な距離感にある企業における社会人野球を切り口にし、「一番おもしろいゲームスコアは、8対7だ」というルーズベルト大統領の言葉をタイトルにして、中堅電子部品メーカーが社員の結束力と技術力を武器に大企業を最終的にはやっつける。

十分キャッチーな要素を持ち、さらに「半沢直樹」の大ヒットの後に同じ作家の作品とすれば、テレビ局はどうにかしてドラマ原作として使いたくなのだろうか。

しかし企業野球部員の会社における存在の在り方や、企業にとって収益を生み出さない野球部を抱え続けるのはどれだけの費用となるのか、どんなところでもより良い条件に移っていく人がいれば、条件を超えた何かで残る人間がいることなど、十分すぎる人間ドラマは散りばめられているが、やはりパターンを知った読者にそれを超える驚きと喜びを与えるにはいたっていないというのが多くの人の感じるところではないかと思わずにいられない。

2014年4月16日水曜日

「最悪」 奥田英朗 2002 ★★★★★

モスクワから戻ってきて、すぐに日本で進めている保育園のプロジェクトの打ち合わせの為に日本に戻る。国境をまたいでの移動は、空港での待ち時間に、飛行機の中で身体を拘束される時間を合わせ、必然的に読書がはかどる時間でもある。

そんな中で読みきったのが、大藪春彦賞や吉川英治文学新人賞など1999年に様々な文学賞で受賞候補に挙げられた奥田英朗の有名作。そのタイトル通り、読んでいても、「なんでそんな風にしてしまうんだ・・・」と心がムカムカするほどの登場人物の判断力の無さや行動内容。まさに「最悪」としか言いようが無い。

最近読むことが多かった、ある数人の主人公にスポットを当てるのではなく、多種多様の人物を平行して追うことにより物語を進行する群像劇ではなく、あくまでも主役は3人なので、読んでいきながら流れをつかみやすい。そして3人の転換も非常にテンポが良い。

一人目の主人公は鉄工所社長の川谷信次郎。鉄工所の社長といっても、「僕達急行 A列車で行こう」の瑛太の様なのんびりした感じでも、池井戸潤の描くような技術に裏打ちされた職人的な側面を描くでもなく、ただ真面目に、そして愚直に仕事に取り組み、家族を少しでも楽にできるようにと休日返上でも単価の低い仕事でもこなしているいいおっさんである。しかし、かつての田畑に囲まれた中に鉄工所があるという風景から、開発がされ周囲にはマンションが立ち並び、地縁で繋がってはいない新規の住民が周辺に住み着くようになる。

彼らは夕方以降や、週末での騒音は出さないようにと一方的に要求を突きつけてくる。それが如何にも外資系のサラリーマンという形で理論武装をして追い詰めていく。そこに近所付き合いや人情なんてものは入り込む余地は無い。

そんな苦情は区役所にも回っていき、お役所仕事として「形だけでも」なにかしらの結果を欲しがる役人から、どうにか約束を確約しようとされてストレスをかけられる。折りしも取引先の懇意にしてもらっている担当者から進められた設備投資の甘い話。その彼から紹介された通常の取引銀行ではない大手の銀行からの融資の話。その話が済むまでは近隣での騒音問題を抱えている会社とは知られる訳にはいかず、なんとか隠し通そうとする信次郎。

冷静に考えれば、自らの身の丈に合っていない設備投資であり、無理な借金をしてまでも行うことではないと分かるはずなのに、他の幾つものストレスが重なり、ある種の思考停止に陥り、とにかく設備投資さえ出来れば全てが解決すると盲目的に信じてしまう状態。その描写がなんとも素晴らしい。

建築事務所なんていう零細企業を行っていると、つくづく人間は属している組織の大きさによって自らの態度を決め、そして相手の組織の大きさによってとる態度を決めているのだと痛感させられる。決してその人の能力や人間性でではなく、あくまでも最終的にその人を守るであろう組織の大きさでである。

小さい、もしくはその人が知らない組織に属していれば、人はとことん攻め入ってこようとする。人が謙虚に下手に出ていけばいくほど、人は漬け込んでくる。何かこちらに非があると思われることを見つければ、これ見よがしに漬け込んでくる。その目的は最終的には金銭となることが多い。

建築設計を行っていても、時に適正価格というものを考えず、ただただ提示された額からどれだけ値引きさせることができるかが、自らの能力だと考えている人に出くわすことになる。恐らくそれらの人が生きてきた人生と言うのは、そういう中で能力が評価される世界だったのだと想像し、さぞやさもしい時間だったのだと思いを馳せる。

本来はその仕事の業務量がどれほどで、その中で専門的能力がどれほど関与し、手間と時間がどれだけ費やされての報酬額かを理解し、また取引をする企業にとって、この仕事でどれだけの利益が出て、企業活動の継続が可能である範囲かに思いを馳せることがいいのであろう。

しかい多くの人は、他の人はその金額を払っても自分だけは値引きをして欲しい。自分だけは恩恵を被ってもいいはずだ。それでもおたくも問題ないでしょう。という態度となる。この空気が強く現われたのは自由主義経済を進めてきた2000年代の後半。デフレの波が世の中を多い、本質を見ることなくただただ値段の問題へと還元されてしまう専門業務。それは何も残らないイナゴの大群の通った後の風景を思い起こさせる。

そんな思いを抱えながら世の中を眺め、なんとか耐え忍んできた身にとっては、信次郎がどうには現状維持の生活からなんとか上昇のスパイラルへと希望を描き、数多の可能性の中のベストなシナリオしか頭の中に思い描けなくなってしまったかが良く分かる。それほど、社会の下で必死に生きている人の姿をよく理解し描いた作品だと思わずにいられない。

二人目の主人公の藤崎みどりはかもめ銀行の銀行員。職場での淡い恋心や上司からのセクハラ、奔放な妹への心配、自分を目当てに通ってくる少し地方気味の老人顧客への対応など、まさに日常の中の些細なことではあるが、本人にとっては非常に大きな問題を抱えながら生きている。

最後の主人公は、チンピラの野村和也。パチスロで生活費を稼ぎ、水商売の女のヒモとなり、ヤクザの友人とトルエンの強盗を繰り返し、そこからヤクザに追われることにあっていく。

それぞれの状況が徐々に徐々に「最悪」の方向へと沸騰していき、あるとき急に沸点に達したかのように事態が動き出す。そしてバラバラだった三人があるところで運命に引き寄せられる。

三人が三人とも、なんで真面目に生きているのに、何で頑張っているのに、それなのにどうして俺だけ、私だけこんなに悪い方向に進んでしまうのか?どうして俺だけこんなに負担が大きいのか?なんで頑張っているのに人生がよくならないのか?という思いにかられながらも坂を落ちていくようにどんどん「最悪」へと嵌っていく。

まさに読んでいて、気持ちのよいものではない。それだけに描写が素晴らしいということである。恐らく日本人の誰もが、主人公の誰かのどこかに自分の日常を写し合せることができるのだろうと想像する。それだけ日本人は真面目で平凡に毎日をこなしている。それなのに、悪い方向へといってしまう。

あっという間に読み切れてしまうスピード感ある良作である。


2014年2月10日月曜日

「下町ロケット」 池井戸潤 2010 ★★★

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第145回(平成23年度上半期) 直木賞受賞
第24回山本周五郎賞候補
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情熱も技能もあり、中小企業でモノづくりに励んでいる熱い思いを持った技術者である主人公。そこに規模がすべてだと言わんばかりに、上から目線で指をつっこんでくる大企業。モノづくりの魂を忘れ、ただただ企業での出世争い、大企業に属しているだけで自らが偉くなったかのように振舞う悪者に、不器用ながらしっかりとしたプロフェッショナリズムを持ち、情熱とチームワークで立ち向かう。

そんな小説こそがこの作家の真骨頂だと思われる。直木賞受賞したためになかなか文庫版が発売されず、やっと書店に並んだ文庫を手にとりページをめくると、まさにそのストーリー。久々にアマゾンとブックオフではなく、書店で手にした文庫だけあり、あっという間に読みきってしまう。

何年か前に、友人の丸若屋の丸若君に頼まれて日本屈指のへら絞りの技術を持つという北嶋絞製作所さんと一緒になって、真球の形をしたアルミ製の弁当箱を作るというので、ちょこっと手伝いをしていた折に、「大田区の技術は凄いから、ぜひ見てください」と言われ打合せに同行した工場では、H2ロケットの先端部品など機械では最後の微妙な調整が行えず、数ミリ以下の調整を最後は職人の手作業で行うなどと教えてもらう。

Around the bento box project

北嶋絞製作所

恐らくこの小説のモデルになったのではと思えるような、技術をとことん信じて、その中でイノベーションをおこして行く日本のモノづくりの現場。

本書の中でも出てくる言葉

「いったん楽なほうへ行っちまったら、ばかばかしくてモノ作りなんかやってられなくなっちまう」

そんなことをきっと何度も何度も繰り返しながらも、それでもモノに向き合うことで前へ前へと進んで来たに違いない。そんなことを思い出しながら読み進めることができた。

しかしどんなに優秀で、どんなに真面目な技術者でも、自分で事業を持つようになるとどうしても経営者としての側面も持たなければいけなくなる。会社としての将来を見据えた自分の想いと、それとは別に毎日の生活を抱えた社員の思い。十年先の発展への投資か、それとも確実な数年先の利益か。その狭間で何の為に生きているのか分からなくなりつつも、投げ出す事ができない責任を抱えあんがら生きていく。

そして一歩会社をでれば、社会の中で別の役割も担っていかなければいけない。家庭に戻れば、仕事の大変さなど関係無しに、父親の役割をしなければいけないし、仕事のストレスで一杯一杯にも拘らず、子供の世話をしなければいけない。

契約打ち切り、特許侵害の訴訟、資金繰り、特許の買取の商談、社内の調整、家庭のごたごた。

毎日降ってくるのは問題だらけ。それぞれにそれぞれの関係者がいて、皆が皆その問題の当事者として必死に立ち向かってくる。それを全部一人で当事者として受け止めなければ行けない。「何で俺だけ、こんなにやらなければ、苦しまなければいけないんだ・・・」と思いながらも、「もうやってられない」と放り出しても誰か他の人が代わりにやってくれたり、やれたりすることでもない。

それが自分が選んだ生き方であるから。

建築なんていう、「問題をどう解決するか?」が9割の世界で日常を過ごしていると、まさに同じような気持ちで日常を過ごすことになる。一日にいくつもの問題の解決策を検討し、考えて、調整し、それでもうまくいかなくての繰り返し。

「わーーーーー」と叫びたくなる気持ちだろうなと相当に感情移入しながら読み進めるが、作者の作品にありがちな、登場人物の専門的能力が相当優れているとポイントに毎回驚かされる。日本では同い年の社会人がそれぞれの分野で、これだけ専門知識を理解し、それをフルに活用できるだけのネットワークを持ち、そして実現させる為の行動力を持っているのに毎回、背筋が伸びる気持ちにさせられる。

恐らく日本中の会社員が皆、このように熱い思いをもって仕事に向き合い、毎日、毎月、毎年、職業的向上を成し遂げながら、プロフェッショナルとして知識や経験だけでなく、それをどう実現させるかという社会的能力も向上させるような日常を送っているかといえば決してそうではなく、ほとんどの人間が楽な方に、少しでも楽をして稼げる方にと流れていってしまっているだろうと想像する。

そんな流れの中だからこそ、小説の中でも自らの背筋を伸ばしてくれる、緊張感を与えてくれ、自分の過ごしている日常を振り替えさせる優秀な人物にである事はとても重要な事であろう。いつの日にか自分達の建築が、同じように関係の無い世界の誰かが、専門的な価値を理解するのではなく、そこに注がれた情熱とエネルギーを感じ取り、日常の過ごし方の緊張感を感じる、そんな事ができたらきっとその建築は社会に受け入れられるのだろうと想像を膨らませる。

2013年10月31日木曜日

ドラマ 「半沢直樹」TBS 2013 ★★★★★

世間から遅ればせながら、流行のドラマをざっと見終える。

世間がこれほどまで熱狂したのに素直に納得。これだけの視聴率を誇ったというのは、今までドラマを見ることのなかった世代を完全に取り込んだのが大きいのだろうと想像する。その内容から言って、週末のコンパに期待を膨らませ一週間を過ごすようなOLさんが見るような内容でもなく、「社蓄」という言葉を自虐的に使っているような30代から50代までのサラリーマンの心をガッツリ掴んだ事は間違いない。

しかし中高生が見てもまったく面白くもないであろうドラマがこれほどまでに高視聴率をとるということは、結局テレビは大人が見ているんだと改めて思い知る。一週間、生きていくことで溜まる数々の鬱憤を発散させないと次の月曜日を向かえられない世の男性が、妄想の自分を投影させる倍返し。

原作著者の他の作品を見ても、相当取材を重ね、業界に深く入り込んで書いているので、そんなに突拍子もないことはないのだろうと思われる。なので返って思うことになる。エリートとして描かれるメガバンクの銀行員。この人たちは毎日こんなことばかりやっているのか?と思わずにいられない。そのほとんどが職業的向上には一つもつながらないことばかり。そればかりではなく、会社の利益を一つも生み出さない行為ばかり。これでどうやって会社が利益を上げられるのだろうかと思わずにいられない。

資料をざっと見ただけで、特許申請の甘さを指摘し、どう修正するかが分かるくらいなので、恐らく銀行員としては相当に優秀な設定なのだと思うのだが、時間を費やしているのは、まともな会社であれば会社にとっても自分にとってもプラスになることへのチャレンジであるのだろうが、描かれるのは本来必要の無いマイナスを少しでも減らすことばかり。

恐らく主人公の設定であれば、年収が1千万を超え、プラス、社宅や福利厚生に家族手当、使用できる経費や将来の退職金、厚生年金などを加味すると恐ろしいほどの年間報酬を手にしていることになる。本質の業務とは関係ないことで忙しそうなのにも関わらず、剣道をやる余裕もあれば、家で夕飯をしっかりと食している。

考えれば考えるほど、どうやって会社として利益を出し、これだけの報酬を何万という社員に保障できるのかと思わずにいられない。それほど、巨大企業というシステムがある種自動的に利益を生み出す構造になっているのだろうか。全ての社員が多かれ少なかれ同じように業務に追われながらも、属する派の社内政治に奔走し、足の引っ張り合いに精を出す。

一度でも失敗したら出向で、二度と銀行員には戻れないというらしいが、通常の世界なら失敗したら職を失うだけで、やはり世間とはかなり感覚がずれているのか、それとも一流企業とその他とはそれほど大きな格差が横たわっているのかと考えるとゾッとする。それどころか、それほど会社に不利益を与えたら、普通刑事事件となって社会的に抹殺されるだろうと思うのだが、それくらいの傷は隠蔽しておいた方がまだましという、とにかく一般人とは違った思考回路に驚くのみ。

研修や昇進試験、課せられるセミナーや日常業務の中で、それでも銀行員としての職能は上がっていくのだろうが、ある年齢から上になれば、その費やす時間の多くがこうした社内政治に向かっていくのが大企業のサラリーマンということか。

毎朝一時間以上電車に揺られ、ついた会社で神経をすり減らしながらこんな社内政治に振り回され、くたくたになってまた電車に揺られる。そんな日常で職業人としての能力向上なんて到底求められるものではないのだろうと想像を巡らせる。
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ジャンル テレビドラマ
放送期間 2013年7月7日 - 9月22日(10回)
制作局 TBS
原作 池井戸潤
『オレたちバブル入行組』
『オレたち花のバブル組』
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出演者

堺雅人
上戸彩
及川光博
片岡愛之助
滝藤賢一
笑福亭鶴瓶
北大路欣也
香川照之

第一部・大阪編
中島裕翔
宇梶剛士
壇蜜
赤井英和
石丸幹二

第二部・東京本店編
吉田鋼太郎
前川泰之
利重剛
駿河太郎
倍賞美津子
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2012年4月2日月曜日

「空飛ぶタイヤ 上・下」 池井戸潤 ★★★★


「下町ロケット」で第145回直木賞を受賞した池井戸潤の描く三菱自動車によるリコール隠しから三菱製トレーラーの車輪の運転中の脱輪による死亡事故を完全にトレースしながら、その背後で行われたであろう、大企業と中小零細との攻防。さらに脇を固める銀行の面々など、「鉄の骨」に負けず劣らぬ読み応えたっぷりの企業小説。 

こうして日本はダメになっていったんだなというのが分かるのと同時に、こんなに立派な人材が沢山在野にいる日本の可能性は低くないのにと理解する。

毎日毎日テレビで繰り返すように流されるニュースの一つ一つの後ろには、こうしていきなり当事者の役割を与えられ、大企業がそんなことをするはずがないという世間の偏見の為に、いきなり犯人扱いをされ、会社、家庭、地域とさまざまな場所で戦い続けなくてはいけなくなる事実。

それに対して、どんなことが起こっても、大企業というブランドに胡坐をかき続け、下々のことなど気にしてられないとマニュアル通りの処理をするなかで、それでも企業内部の政治を目的に日々を生きる人がいる事実。

生きることは綺麗ごとではないといいながらも、それでも魂を売ったかのように、生きる意味を日々の仕事の中では見失い、相対的に誰かと比べることでつかの間の安息を感じる人々を描写して、現代のひずみを描き出す。

「誰かが言わなきゃ変わらない。だが、それで変わるのは正しい組織だけだ。」

大きくなればなるほど、ちょっと動いただけでも周囲に与える圧力たるや強力で、それに振り回される周囲の景色は中から見ている分には滑稽ですらあるのだろうか。社会が良くなることよりも、いかに会社が生き残るか、ひいては自らが所属する部の利益が上がるか、そして自分の評価があがるかが重要で、全ては局所的な視線で語られる。

「今の世の中、商品を売ろうとするなら安くするか差別化するかのどちらか。差別化の最重要ポイントがブランドだ。」

昨今のブランディング理論で多く語られることだが、その中でも歴史ほど圧倒的に他を差別化するものはない。だからこその勘違い。

相対的にではなく絶対的に生きる為には、やはり毎日しっかり手を動かすことだと再認識できる一冊。




2012年3月11日日曜日

「鉄の骨」 池井戸潤 ★★★★



東京のスカイラインを作り出す高層ビルが立ち並ぶ景色。その景色に圧倒され自分もその景色作りを担いたいと希望を胸にゼネコンへの就職を希望するが、最終面接で担当役員から言われるのは、

「うちのような中堅ゼネコンに都庁の様な建物が建てられると思うか?うちが建てるのはそこらへんに建っているなんの変哲もないビルだけだ。それでも夢があると思うか?」と。

それでも答えるのは、

「なんの変哲もないマンションにも、そこに生きる人の夢が詰まっている」と。

このやり取りが心の琴線に触れない建築関係者はいないのではと思うほど、建築に関わる人たちのリアルを描いている。大学で名作と言われる歴史を彩る建築があたかも最上のものとして教育にそまって社会にでてぶち当たらる葛藤。

しかしそこで配属された部署で、いかに今まで教えてこられた、自分が知ってる建築の世界が実は建築のほんの一部分でしかないと学ぶことで、妥協ではなく、さらに上位の視点をもって建築に携わることの充実感。と割り切ることができるかの更なる葛藤のループ。

高度成長を支えてきたのは、間違いなく全国に待ちきらされた公共事業であって、それを束ねるゼネコンとその下にあまたぶら下がる下請け業者。その何百万という人への待遇を厚くすることでなりたってきた社会構造をたった一つの「談合」という象徴で表し、社会の変化から「脱談合」へと体制を変えなければいけない大きな転換点に立つ人々が、「悪か必要悪か」という視点だけでなく、会社の中で生きる一人の人間としての葛藤と、それを外から見る純粋な視点の暗喩として使われる彼女の葛藤も重なり、綺麗ごとだけでは決して物事を前に進めることができないと突きつける良書。

建築を学ぶ学生にもぜひ読んでもらいたい一冊。
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「鉄の骨」  池井戸潤 講談社文庫 2009 ★★★★

目次
第一章 談合課; 
第二章 入札; 
第三章 地下鉄工事; 
第四章 アクアマリン; 
第五章 特捜; 
第六章 調整; 
第七章 駆け引き; 
最終章
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第31回(2010年) 吉川英治文学新人賞受賞
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