2014年10月29日水曜日

韓国からのCD


韓国人のスタッフが「韓国に戻ったときに見つけたから」とCDをプレゼントしてくれた。

「以前に、バイオリニストのチョン・キョンファ(Kyung Wha Chung 鄭京和) のコンサートが良かったって言ってたから」とその弟に当たるチョン・ミョンフン (Chung Myung-Whun 鄭明勳) のピアノのCDを買ってきてくれたようである。

今年の初夏に指揮者でもあるチョン・ミョンフンのコンサートに行ったこともあり、「ピアニストだという彼の演奏がどんなものか気になっていたんだ」と喜びを伝える。

こうして身近にいる人が、自分が何を好むのかを知っていてくれて、さらにその世界に広がりを持たせようとしてくれることは、なんとも表現しがたい喜びだと痛感する。

国籍も会社での立場も関係なく、一個人としてどんなものを好み、それを共有することができること。SNSで「いいね」と押し合う関係よりも、決して多くは無くとも、こうして深いところで感性を共有してくれる人間とどれだけ付き合っていけるのかが、人生の豊かさに繋がるのだと信じながら、朝の出勤時に車の中で静かなピアノの音に耳を傾けることにする。

2014年10月28日火曜日

違和感と枠組み

日本の自動車業界の売り上げ実績が好調の様である。世界規模で展開する現代のグローバル経済にとっては、円安などの為替や各国の経済状況を踏まえ、それぞれの場所でのベストな対応を選びながら、全体としてどうプラスを生み出すかが求められる。その舵取りをする経営陣はまさにかつての戦国の舞台で活躍した軍師の様な役割とダブらずにいられない。 



もちろん、企業としてその製品である車の性能と価格が競合する他社と比べて優れているからこそ、各地の消費者に受け入れられているのだろうし、恐らく環境への負荷や燃費なども、他国製品に比べてとてつもない企業努力によって大きな先進性を手にしているのだろうと想像に難くない。

しかし、こういうニュースを耳にする度に、頭の中に浮かぶかすかな違和感。これだけ一企業が巨大化し、産業だけでなく、世界規模での経済や環境に与える影響が大きくなったグローバル社会。

その中で

モノが売れれば、
会社に利益が上がれば、
消費者に受け入れられれば、

それでいいということに感じる違和感。移動が活性化し、より多くの人間が都市を選び、都市に流れ込み、同時に地方の意味も変化した現代においては、時間と距離の概念自体も変化している。

その中において、広がりに限りのある一つの都市に対してどれだけの車があれば、同時に一つの国、そして我々が住む世界に一体総数としてどれだけの車があれば、人類として、都市居住者として、適正な生活がおくれるのか。

毎年毎年、前年比プラスの販売台数を掲げることは、積み重なり世界に溢れる車の数は右肩上がりに増えるだけ。徒歩から馬車、汽車から車へと移動の速度を変えては来たが、その構成自体は変わることの無かった歴史都市においては、これだけの数の車を都市の中に抱え込むのは限界に近づいているのが、路肩を埋め尽くす路面駐車の姿が示すモスクワや北京の現在の姿。

車が増えるのと同時に、道路や駐車場、そして環境への負荷低減装置が比例して都市に施設される訳も無く、ただただ、前年比で、上半期で、この四半期での売り上げを伸ばすためにより良い車を開発し、より良い販売ルートで客の手元に届ける。その在り方は既に限界に来ているのではないのだろうかと言う違和感。

自動車産業という環境に与え、そして人々の生活や都市の在り方に大きな影響を与える分野だありながら、同時に世界でも数少ない巨大企業が主たるプレイヤーとして市場を独占する状況だからこそ、その違和感はより強化される。世界企業として、自らの産業内部からの視線において競争を勝ち抜くことと同時に、トッププライヤー同士において、産業の外へと視線を投げかけて、一体どこが飽和点で、その数字の中においての競争へとどうシフトしていくのか、そして新しい世界の在り方とその中での車という移動手段の共存の仕方をビジョンとして描き出すこと。それこそが今後の世界の主役となる世界企業に求められる本当の能力なのだろうと思わずにいられない。

そんなことを思いながら、自らが身をおく建築という世界も同様に、資本主義を最も体現する産業の一つであり、その波は開発と言う名を纏いあっという間に世界の隅々までその触手を伸ばそうとしていく。今年訪れただけでもロシアから南アフリカまで、自然を切り刻み、「儲かるから」と作り出される建築物。資本主義にかけているのは、そのシステム自体を持続可能にしようとする全体への眼差し。局所での資本バランスのみに流され、人類が快適に住まう環境とはどのようなもので、その為にはどれだけの開発が必要なのかという総合的な判断と制御はされることなく、ただただ「市場の原理」と言うもてる者にとって都合のよいフレーズばかりが繰り返される。

自動車産業の様に、目立つトッププレイヤーと名指しすることの難しい業界であるからこそ、一体どんな枠組みが効果的なのかは難しいところであるが、アフリカの荒野に無尽蔵に作り出される新しい街の姿や、モスクワ郊外の巨大なオフィスビルの群れを目にすれば、誰もがこのまま負荷を地球に与え続ければ、この世界がいつかは悲鳴を上げて壊れ始めることは理解しているこの現代。一刻も環境との平衡状態を保つ有効な術を世界が共有する日が来ること、窓の外のスモッグに覆われた街の姿を見つめながら思わずにいられない。

学ぶことが目的の時間の価値

フランクフルトにてポルシェ・デザインのためのタワーを設計する国際コンペが始まる。世界各国からいくつかの設計事務所が招待され、数ヶ月に渡って案を練って提出することになる。

Porsche Design  Frankfurt

プロジェクトの数だけクライアントがいて、同じ数だけプロジェクトの要綱がある。どんな場所の敷地に、どのような規模の、どんな機能を持った建物が要求されて、どんな条件の中、何が求められ、何ができないのか。そして最終的にどんな提出資料を求められるのか。

クライアントが何を評価し、何を求めているのか。複雑な事象を平衡しながら進めていく建築設計の作業の中で、それぞれの与件を理解し、その間の関係性を見つけ出し、優先事項を自分達の中で整理していく。

と同時に、敷地固有の条件である方位や眺望、環境条件や周囲の開発状況などの経済による影響を読み解いていく。

そんな細かい情報を見落とさないようにと、英語で書かれた要綱に目を通すことが一番最初の作業となるのだが、英語を母国語としない我々にとっては、毎回のことであるが、この要綱の読み込みもまたかなりの作業となってしまう。

毎回必ず意味が不安な単語にぶつかり、その度にネットにて意味を調べる、文脈と確認していくことになる。その時に文脈だけ理解するレベルで流してしまうと、次に出会ったときに再度同じ作業を繰り返さなければいけないために、面倒でもメモを残して、後に見直し、記憶に焼き付けるようにしていく。

colloquiumやvicinityといった、何度か見かけたことがあるはずの単語は二度と調べる手間を取らせないようになんとか覚えようとするが、やはりこの歳での暗記はそれほど効率的にいかないこともあり、少なくとも数度見直して海馬に引っかかるように努力をする。

そんなことを繰り返している折に、英単語を覚えるために時間が費やせた学生時代が、どれだけ贅沢な時間であったかとふと思う。こうして仕事を進めなければいけない中で、同時に英単語も覚えなければいけない社会人には、覚えることが目的となる時間が過ごせることがどれだけ得がたいモノか。

そんなことを考えながら、少なくとも何年後かに同じ単語を調べるという無駄を犯さないように、少なくともこの中の幾つかは確実に記憶に取り込んでしまおうと気を奮わすことにする。

展覧会「城南计划前门东区2014群展」

夏から準備していた展覧会が開幕した。

北京の中心地、天安門の前にそびえる前門。その西側は大栅栏(Dashila)としてここ近年に様々な再開発が展開され、もともとの生活を残しつつも、アート・ギャラリーやアーティストのアトリエ、こじゃれたカフェなどが入り活性化に繋がっているが、逆の東側に位置する鲜鱼口(Xian Yu Kou)エリアを今後どのように開発していくべきなのか?という問いを世界中から9社の設計事務所に投げかけ、それぞれの回答としての案を展示するという主旨である。


胡同(フートン)と呼ばれる昔ながらの低層住宅が立ち並び、樹齢が数十年から数百年という大きな樹木がところどころに残りながら、各時代ごとの建築様式をまとった重要な邸宅や長い年月この場所に鎮座する寺院などがちりばめられ、非常に心地よいヒューマン・スケールの街区を作り出している。

しかし周辺地域の開発伴い、現行の低い容積率はあまりにも経済効率が悪いということで、現代社会の経済性に見合いながらも、それでも歴史を体現してきた重要地域にどのようにこれからの都市生活を投影できるかという設問である。

そんな訳で参加したのは下記の設計事務所

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BIAD Art Center
Jiakun Architects 家琨
KKAA 隈研吾
K/R
MVRDV
Position 有方
MAD Architects
Neri & Hu 如思设计研究室
URBANUS  
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夕方からのオープニングに行くと、普段は比較的オフィスで作業を進めることの多い自分でも、既に顔見知りとなっている建築家の顔もあり、非常に多くの人で賑わっていた。北京オリンピックの開幕式で舞を疲労したというダンサーで振付も行う人が立ち上げたダンス・カンパニーが会場の中で舞を踊りながら各展示作品の周辺を巡っていくというパフォーマンスがあり、その後関係者一同で前門が良く見えるレストランに移動して食事となる。

その中でもオペラハウスでのコンサートでよく顔を見かけるURBANUSの代表の一人である王辉(ワン・フイ)を見つけ、年明けに開催されるオペラ「アイーダ」のチケットを買ったことや、今年後半の注目演目などについて盛り上がる。

こうして仕事とはまったく関係ない好きなことを共有し、互いに情報を交換し合えることは、都市に生きる大きな喜びであるこだと理解しながらレストランを後にする。









2014年10月25日土曜日

ダンス 「Cloud Gate Dance Theatre Pine Smoke」 NCPA 2014 ★★★★★

恐らく現代において見るべき価値があるものが在るとすれば、間違いなくそのトップクラスに入るであろうこのステージ。そう思えるほどに美しい舞台であった。

かつてアルモドバルの「トーク・トゥ・ハー」を見た時に、映画の内容よりも、冒頭の印象的なモダンダンスの舞台と、それを観客席で見ながら、一人涙を流す中年の男。その舞台が世界的ダンサーであり振付師であるドイツのピナ・バウシュによる「カフェ・ミュラー」だと知るのは後になってのことだが、いつか大人になって自らも一人週末の夜に劇場に足を運び、自分の心を向き合うように言葉語らぬ美しい舞と向き合う、そんな時間を過ごしたいと誓った若かりし頃。

その思いを成就させてくれるような舞台にはなかなか出会うことは無かったが、今夜の舞台こそ、かつての思いと見事にリンクする素晴らしい時間と空間を体験させてくれた。

クラウド・ゲート・ダンス・シアター(Cloud Gate Dance Theatre 雲門舞集)は台湾を拠点として活躍する世界的振付師であるリン・ホァイミン(Lin Hwai-Min 林懐民)が率いるカンパニーで、中国語圏での初のコンテンポラリー・ダンス・カンパニーだという。

クラウド・ゲート(雲門)とは、中国で最も古いダンスの名前で約5千年前の古代の舞の様式を指すという。ダンサーは皆が氣功や書道などのトレーニングを受け、その動きもやはりどこかアジア的なしなやかさを感じさせる。

そしてなんといっても、このクラウド・ゲートはあのピナ・バウシュが愛してやまないといわれているカンパニーであり、どこかしら共通する雰囲気を感じ取らずにいられない。

今回の演目は「松烟(Pine Smoke)」と呼ばれ、舞台に繰り広げられるのは、常に形を変えて空気を一体化する煙の様に動きの速度を速めては緩めるダンサー達の舞。一時間強の上演時間は、その動きに圧倒されるうちにあっという間に終演時間を迎えることになる。

大人になるというのは、恐らくそれぞれの中に自分なりの大人の像を作り、いかにその像から偏差することなく過ごせるかが、その人の充実度に比例する。そして自らが作り出す像というのは、人生の中で見聞きした様々な小説や映像での断片をコラージュしてできるものと、現実の生活との間での平衡状態で作り出される。

日常の忙しなさと、汲々とする生活とストレスの中で、なかなか定常状態に落ちつかないそのバランス。そんな中このような素晴らしい夜を体験できることは、人生を過ごす上で心の中で貴重な楔となるだろうと思いながら席を後にする。

 Lin Hwai-min 林懷民 リン・ホワイミン


2014年10月12日日曜日

H26 2014 一級建築士製図試験 「温浴施設のある道の駅」

日常の生活の中で気がつかずに当たり前だと受け入れ始めていた風景の変化が、こうして試験の課題問題としてつきつけられると、「社会が変わりつつあるんだな」と改めて思うことになる。

この10年近くで地方都市に出向くと非常に多く目にすることになった新しい建築のタイポロジー。その一つが「道の駅」。そしてもう一つが「スーパー銭湯」。その二つを掛け合わせるようにして作られた今年の設計課題「温浴施設のある道の駅」。

どんな地方都市に行っても、街を出ようとすると幹線道路沿いにポンと出てくる同じような建物。看板をみずともなぜだかそれが道の駅だと分かってしまうほど、ある型ができてしまっている。スーパーもコンビニもあまりない地域においては、逆に道の駅が生活のインフラとして機能し、その為に通常の道の駅から更に発展し、フードコートを併設するなど並みのスーパーよりも充実した内容にまで変容したものも出てきている。

対して「スーパー銭湯」。こちらも訪れた街で少し時間ができたからと訪れてみると、全く知らない街に来たはずなのに、中の風景はほとんど同じ。まるでインフラと化したコンビニに来ているかのような錯覚に陥ることもある。そしてどこの街でもこの「スーパー銭湯」が流行っていないのをみたことがないほど、どこでも都市の娯楽のかなり上位に位置するようになっている。

この様に両者に共通するのは、その登場から数年が経ち、人々がそれに対してどのような反応をし、またどの様に使っていくかのやり取りを重ねながら、徐々に最適な型へと収束していった結果、こうして多くの場所で都市の見えない要求に適合し、ある一定の型として風景の一部になっていったこと。

これはある意味恐ろしいことである。かつては限られた技術や素材、工法がその土地固有の風景をつくりだし、調和の取れた街並みや心を和ませるような景色を作り出していた。しかし、現在はどこにいても瞬時に情報が共有され、人も物も境界の無くなったフラットな世界。その現代においても風景まで昇華する「型」となりうる建築のタイポロジーが生まれているということ。そんなことに思いを馳せずにいられなくなる課題文である。


さて、そんな設計条件を詳しく見ていくことにする。
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この課題は、ある地方都市の湖畔の景勝地に建つ􌓕道の駅」を計画するものである。本施設は、休憩、情報発信等のサービス施設に加えて、地域振興や地域住民の交流の場となるように、地域の特産品の販売を行う物販店舗や飲食ができるフードコートのほか、地域住民も利用できる温浴施設を設けるものとする。また、敷地に隣接する駐車場は、本施設の利用者だけでなく、湖畔を散策する者も利用することができるものとする。
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そして模範解答を見てみると、つまりは温浴で健康を維持し、フードコートで食を満たし、そして道の駅で消費をしていくというまさにワン・ストップ・サービス。コンパクトへという地方都市の流れに乗って・・・という思いもなきにしもあらずなのだろうが、へ敷地図に描かれた広大な駐車場をみると、実家のある地方都市にも広がる同じような光景が脳裏に浮かぶようである。

この点が示唆するのは完全に車社会となり、車無しでは生活が成り立たなくなっている地方の在り方。お風呂から眺める遊歩道の先に広がる湖畔の風景。それがこの施設のあり方をせめて差異化してくれるのだろうかとなんだか寂しい気持ちになりながら、今年の試験の総括を終えることにする。

2014年10月8日水曜日

「「夜のオンナ」はいくら稼ぐか?」 門倉貴史 2006 ★

街中を歩いていると、バスや看板広告で、「短時間、高収入、女性だけのバイト情報」などという文字を良く見かける。誰もが生きていく上でお金が必要で、誰かに養ってもらう以外では、どうにかして自分が生きていけるだけのお金を稼がなければいけない。

労働はつらいものである。ストレスや人間関係、面白くも無い仕事もお金の為に自分を殺して我慢しなければならない。それでも、月末に手にできるのはそれほど自分が欲しいものを勝ったり、好きなものを食べたりできるような余裕のある額ではなく、家賃や生活費を差し引いたら手元に残る額はたかが知れている。

そうなると、どうすれば収入を増やすことができるかと考える。何かの専門知識を身につけ、その特殊技能によって報酬を増やす。つまりは時間単位での収入を増やしていくか、もしくは時間自体を増やしていく。つまり時間ごとの報酬が決まっているのなら、働く時間を増やしていくしかない。昼間と夜で別の仕事を掛け持ちしたり、家に帰っても仕事をしたりと、どんどんと自分の時間を削っていくことになる。

専門知識は資格や免許など、取得するまでに多くの時間の学習が必要となり、同時にそれなりのお金の投資も必要となる。なによりもそこまでの忍耐が必要だ。これはつらい労働時間を増やすのも、体力的にも辛いし、自由にできる時間もどんどん削られる。これは面白くない。

そうなると、今度はどうやってその両方の問題をクリアできるか考える。つまり如何に時間当たりの報酬を増やし、短い時間にて十分な収入を得られるか。

こうなると、通常の経済圏の中でいてはどうにもならない。そこから一歩外にでることで今までの常識を外していくしかないとなる。都市伝説のように実しやかに囁かれる高額バイトの数々。自らの健康をリスクに晒すか、闇社会に足を染めていくか、犯罪に加担するか。

そんな数々の一般社会から外にある経済活動の中でも、極めて普段いる自分たちからの距離が近く感じられ、通常の職業となんら変わらないかのイメージに近づいてきているのが冒頭の広告。つまり水商売や風俗と言った性産業の夜の世界。

女性が様々な形でその性を売り物とすることで、通常では考えられない時間単価を稼ぎ出す。昨今、メディアで何度も繰り返し報じられる現代の「女性の貧困」の問題に関して、一つの繋がりとして一般社会から非常に見えにくくなっているために、その実態が把握しきれない部分が多いからと、手にとってみた一冊である。

しかしどうもこの一冊も統計学の観点から捉えただけであり、この本質を知るためには、なぜ女性達がその世界に入っていかなければいけなかったのか、もしくはあまりにカジュアルに女性がその世界に入っていくことになっている現代社会の現状や、何よりもその産業を裏で操っている様々な闇社会の実態、それらを総合的に描き出すには、社会学者や気骨のあるジャーナリストではないとできなく、とても新書として出版する本で費やせる手間と労力ではないのだろうと思わずにいられない。

このタイトルから世の中が期待するのは、いったいどれだけのお金がそれぞれの風俗や水商売に使われて、その中のどれだけの割合が女性に入り、お店に入り、そこからその裏にいるであろう組織に入り、そのお金がどの様に表社会に戻ってきて使われているのか。
またその業界に従事する女性の数だけでなく、この夜の世界の経済があるからこそ生きていけている人間の数。お店で働く男性スタッフや、運営側の人間、そのお店にスペースを貸す賃貸オーナーなどなど、いったいどれだけの人間が、一般社会とはかけ離れた経済単価の世界に依拠するために、どれだけ恩恵を受けているのか。

街中に当たり前に入り込んでいる性産業の風景がこの街、この国からなくなったとしたら、いったいどれだけの人間が路頭に迷うのか、生活に困るのか。駅前商店街が風俗街に変わってしまった北関東の太田市の様に、一般社会での経済概念から考えたら圧倒的に楽なお金の稼ぎ方をもたらしてくれるこの夜の世界。一度楽なほうに流れたら、二度と苦しみを伴う方へは戻れないのが人間。

女性を商品として自らの利権を守ろうとする運営側。世間体は悪いが自分が楽に稼げるなら見て見ぬ振りを続ける風俗ビルのオーナー達。そして事情はそれぞれであろうが、個人主義が横行し、かつてよりもよっぽどカジュアルに足を踏み入れていく女性達。

これだけの多くの女性が、何かしらの形で夜の世界に関わっているとしたら、自分の周りにも口にはしないけど実はそうだったという人がいるのかもしれないと思いながらも、やはり統計学的に数字で説得力を与えるよりも、自らドロドロとした世界に入り込み、外から見えない世界を描きだす、そんな本を読みたいものだと思いながらページを閉じる。

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序章 「夜のオンナ」のお金の行方
/目的に見合った金額
/ホステスたちの出生経路
/オンナの昼の顔と夜の顔

第1章 あなたが払ったお金は誰の手にわたるのか
/企業の交際費はいくら減ったか
/銀座のホステスの年収は3000万円
/ホステスがもらう大きな「手当」
/キャバクラの儲けはどこへいくか
/セクシーキャバクラという業態
/ホストクラブに使われるお金は1兆円
/ホストクラブの客の過半はホステスと風俗嬢
/芸者とコンパニオンの収入の違い
/夜に働く主婦の儲け
/女性パート・タイマーの稼ぎの総計は3~4兆円
/「昼クラ」へ向かう主婦の稼ぎ
/女性たちとパチンコ産業の関係

第2章 いちばん稼いでいる「夜のオンナ」は誰か
/時給ランキング第一位はあの仕事
/ソープランドで働く女性の取り分
/ソープランド営業はどこまで合法か
/「待ち行列理論」を応用した風俗調査
/ソープランドの個室をつくるためにはいくらかかるか
/日本全国のSMクラブの女性の稼ぎは年間1680億円
/なぜM女のほうが割高なのか
/ストーリー性を求められ始めた夜の仕事
/急成長するデリバリーヘルスの市場規模が2.4兆円に達した理由
/ピンクサロンで働く女性の給料は基本的に時給制
/ビデオ・ボックスの法的な問題点とサービスの中身
/新しいタイプの性風俗店で稼ぐ女性たち
/低迷を続けるストリップ劇場
/女子中高生らの援助交際相場は10万円以上になる
/東南アジアでの自動買春問題

第3章 日本の夜に稼ぐ外国人女性たち
/フィリピンパブは都会より地方で広がる
/アジアンエステでのお金のやりとり
/韓国エステの98%が違法行為
/日本国内での外国人売買春の市場規模
/摘発された外国人女性不法就労者の11%が売春を経験
/「ガラス戸の女」として働いていた外国人女性たち
/母国への送金を担う地下銀行の実態
/外国人不法就労者の増加は日本経済にマイナス
/ラブホテルは儲かっているのか
/1軒あたり20室、1日2.5回転が平均
/夜のビデオ、DVD業界はなぜ「セル」で設けるのか

第4章 外国では「夜のオンナ」はどうしているか
/米国の売春産業は地下ビジネスの5%を占める
/深刻化するキューバの売春問題
/売買春を「完全合法化」した国の狙い
/売春宿が株式上場を実現した国の名前
/公娼制度を廃止した台湾、台北市
/中国の人身売買の相場
/家族に収入の大半を送金するタイからの出稼ぎ女性

終章 日本の「夜のオンナ」をどうするべきか
/働く女性へのサポートが十分にできていない
/売春防止法は有効に機能しているか
/風俗産業に携わる女性の安全確保と福利厚生
/外国人労働者の受け入れ
/未成年の風俗産業からの保護
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「「夜のオンナ」の経済白書 ――世界同時不況と「夜のビジネス」」 門倉貴史 2009 ★

「消えた高齢者」「格差社会」「極点社会」などと不安をあおる様に現代社会の問題点としてNHKから定期的に発信されるメッセージ。

恐らく今年のキーワードは「女性の貧困」なのだと思わなければいけないくらい、今年は年初からいたるところから「シングルマザーの貧困」についてテレビで取り上げられたり、書籍で語られたりしている。

今まではサラリーマンの夫と専業主婦の妻に子供という標準的な家庭像を元に国が運営されてきたが、グローバル化の競争社会、効率向上の為に非正規雇用、女性の社会進出、核家族化の定常化、自由意志による結婚と離婚などなど、様々な要因が重なって世の中の様子は随分様変わりした。

サラリーマンの夫だけの収入ではなかなか家庭を支えられないのにも関わらず、女性側の意識が変わることはなかなか難しく、それでもやはり専業主婦として職場のストレスから離れて生活していきたいと思う人の数はなかなか減ら無い一方、仕事をする女性が増えて、自分で自由にできるお金もあり、自由にできる時間もあり、社会で認められる喜びもあるうちに、加えて自分にふさわしいと思う男性像も右肩上がりで上昇する。

都会にいれば、出会いは腐るほどあるという先入観も手伝って、結婚に踏み切る時期が遅くなるのは止む得ない。そういう層がいる一方、早く結婚して子供もできたが、夫が思ったようには家庭を大切に扱わず、もろもろの理由で離婚などして子供を育てるための十分な経済的余裕を持てない状態に陥る人々もいる。

男性の場合は、非正規労働者やホームレス、ネット難民などとしてすでに分かりやすい形で社会の弱者として何度も取り上げられてきたが、その背後でなかなか見えなかった女性に光を当てて、現代社会の一面として取り上げられる女性の貧困。

都会で一人暮らしする女性の貧困率。子供を抱えシングルマザーとして働きながら子供を育てる女性の現状。低賃金の溜めに親元を離れ、より良い機会をつかむことができない女性達。

そんな女性が、その経済的負担を少しでも軽くしようと、短い時間で高収入を得る方法として飛び込んでいくのが夜の世界。そうなると、この夜の世界の経済状況を理解しなければ、現在の女性の貧困の本質が見えないのではと繋がってくる。

この国ほど、水商売や風俗が当たり前の風景として街の中に入り込んでいる国も珍しいと思うほど、性産業が生活のかなり近い部分に存在する。甘い蜜に吸い寄せられる昆虫のように、夜な夜な闇の中で彷徨う男性の懐から流れ落ちる膨大な金が、どのように夜の世界で流通し、実際どこに消えて、どう使われているのか、そして彼女たちはそれで何を手にしていくのか。

そんなことが理解できる一冊かと思って手にしたが、統計学的な数字が並べられるだけで、本当に見たいドロドロとした闇の世界の支配者の姿。そしてその構造に気づかずにそちらの世界に足を浸していく女性の姿。そして夜の街の風景の裏に隠れる様々な利権構造を炙り出すには程遠い内容で少々がっかりとしてページを閉じることにする。

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■目次
はじめに
第1章 搾取される開発途上国の「夜のオンナ」たち
/開発途上国の男性優位社会が売春を促す
/タイの「夜のビジネス」はベトナム戦争の遺産
/サイクロンの季節になるとミャンマーで売春婦が増える理由
/東南アジア「セックス・ツーリズム」の仕組み
/カリブの買春ツアーの主要目的地ドミニカ
/美しすぎる売春婦には要注意
/ベトナムのカラオケ店は売買春の温床
/児童買春の問題が深刻化するフィリピン
/わずか5万円で売られる脱北者の女性
/中国の経済発展とチベットの売春ビジネスの関係
/中国で建設計画が浮上したセックス・テーマパーク
/インドの売春宿で「性の奴隷」にされるネパールの少女
/スマトラ沖地震に乗じて救済を装った人身売買が横行
/人身売買ビジネスは現代版の「奴隷貿易」
/欧州最大の性奴隷供給国モルドバ
/国際的な人身売買の中継地となるキプロス
/旧ソ連からトルコに流入した「ナターシャ」
/東欧諸国で売春が合法化された理由
/チェコに登場した世界初の「ゼロ円売春宿」
/コンドームの無償配布でHIV感染抑制に成功した国とは?

第2章 合法と規制の挟間で揺れる先進国の「夜のビジネス」
/先進国の「夜のビジネス」の仕組み
/米国デンバーで買春するとテレビで顔と名前が晒される
/「ハリウッドマダム」のスキャンダル
/エイズ対策担当調査官も顧客だった「DCマダム」
/下半身スキャンダルで辞職したニューヨーク州知事
/米国のアダルトビデオ市場は4222億円
/米国のポルノ雑誌市場は1100億円まで縮小
/ネットオークションに処女を出品、3億円の値が付いた女子大生
/英国でブームの「ドッギング」とは?
/合法化されたオランダの「夜のビジネス」はどうなったか?
/売春宿が株式上場したオーストラリア
/03年に売春を全面的に認めたニュージーランド
/「夜のビジネス」への規制強化に乗り出した北欧諸国
/ドイツでオープンした「セックス・アカデミー」とは?
/シニア割引を適用する売春宿が登場

第3章 日本の「夜のオンナ」最新事情
/締め出される「風俗案内所
/わいせつDVD販売に対する規制も強化
/児童ポルノは所持するだけでも罰金の対象に
/人身売買の「監視対象国」に指定された日本
/未成年者売買春の場は、「出会い系」から一般的な「SNS」へ
/無店舗型風俗の低価格競争
/営業禁止地域でも性風俗店が営業できるカラクリ
/お隣韓国では買春男性も摘発されるように

第4章 世界同時不況と「夜のオンナ」
/金融危機が「夜のビジネス」を直撃。エコ割引も登場
/カジノの収入減がセックス関連産業にも影響
/スペインで増加するサブプライム売春婦
/イタリアで増加する外国人売春婦
/ポルトガルとギリシャでも外国人売春婦が急増
/新型インフルエンザで売り上げが半減したメキシコの売春宿
/日本の「夜のビジネス」にも世界不況の影響が及ぶ
/ホステス→キャバクラ嬢→風俗嬢という玉突き現象
/外国人女性が在籍する安価な店に客足がシフト
/「裏ビデオボックス」の価格破壊
/AV女優のギャラもジリ貧
/風俗嬢の給料低下がホストクラブ業界にも波及

第5章 「セックス税」導入のススメ
/「タバコ税」「酒税」のように「ゼックス税」を
/「セックス依存症」という恐ろしい病気
/『カリヴァ旅行記』でも登場した「セックス税」構想
/売春合法化の是非
/「セックス税」をすでに導入しているドイツのケルン市
/1回5ドル。米国ネバダ州の「セックス税」導入案
/日本で「セックス税」を導入すると94億円の税収増

おわりに
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