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2017年4月22日土曜日

「わたしは、ダニエル・ブレイク」 ケン・ローチ 2016 ★★★

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カンヌ映画祭(2016) 最高賞パルムドール受賞
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日本でも宮崎駿監督が引退撤回で再度長編アニメをと意気込んでいるように、海の向こうでも往年の名監督が現代の社会を憂い、再度映画の世界へと舞い戻ったことで話題になった作品。

その作品が、2016年のカンヌ映画祭で最高賞・パルムドールを受賞するというのだからケン・ローチ(Ken Loach)の作品はこれを機にちゃんと観てみようと良いきっかけになる。

ユーロ離脱で揺れに揺れた2016年のイギリス。緊縮財政政策で福祉にかける予算が減らされ、現場の職員には余裕は無くなり、それが本当に困っている一般市民へとジワジワと押し寄せるそんな姿が見事に描かれる。

ブレグジット(Brexit)に追い込まれたのは、移民問題とユーロ問題と言われるが、ヨーロッパにおいても移民に対して最高レベルの保障を与えてくれるイギリスは、国境を失ったEU内部の国々からの人々のもっとも望む目的地となった。彼らの福祉の為に支払われる膨大な税と、比較的低賃金でも自らの出身国での待遇に比べたら遥かによい給料が支払われる仕事は次々と移民の手へと流れていき、単純労働と呼ばれる職がイギリス人から奪われる。

国際政治の舞台において「寛容さ」を失わないために、ポリティカル・コレクトネスを保持していくことは、真綿で首を絞めるように、今までは何の疑問も持たずに仕事をし、それなりの生活を享受できた自国民の生活を苦しめていく。

リテラシィが低いことで本来得られるべき補助を得られなくなるのは、情報でもITにおいても同じことである。本来なら様々なところで公的な助成が受けられるのに、それを知らない為に自らとその子供たちを貧困のループに陥れてしまう情報の難民の様に、主人公の元大工のダニエルもパソコンとインターネットの使い方が不慣れな為、公的な補助を思うように受けられず、宙ぶらりんな状態で苛立ちだけが募っていく。

そんな中に福祉施設の受付で、同じようにトラブルに巻き込まれているシングルマザーと2人の子供と出会い、似たような境遇の者同士助け合いながら、それぞれに向き合っている厳しい社会の現実を描き出しながらも、互いにできるところで助け合うことで、「私は人間だ、犬ではない」という言葉に示される「尊厳」を描き出す。

これと同じことは、恐らく現在の日本の様々な都市でも見られ、シングルマザーで生活がままならないまま、子供たちも貧困や非行へと落ちていく姿や、情報にアクセスする余裕すらなく生活に追われ、それでも「自己責任」として周囲に助けを求めることなく社会から孤立していく人々。

この時期に、この内容で、こうして社会を描くことは、やはり社会派監督として映画の力を信じてのことであろうが、昨年あたりまで繰り返しの様に放送されるNHKスペシャルを見ているような思いになるのも、また事実。ぜひとも、日本でもこのような内容の映画が、テレビのドキュメンタリーとしてではなく、「映画」というメディアで作られる、そして多くの人がそれを通して社会の現実や問題に目を向ける。そんな時代が日本にも来ることを祈らずにいられない。
ケン・ローチ(Ken Loach)

デイブ・ジョーンズ(Davy Jones)
ヘイリー・スクワイアーズ (Hayley Squires) 


2016年3月4日金曜日

「隠された貧困 生活保護で救われる人たち」 大山典宏 2014 ★★

2008年に起きたリーマンショック。その影響によって顕在化してきた社会の中の格差。その結果年越し派遣村など様々な形で日常を過ごすことが困難な経済状況にいる人たちが世の中に認知されるようになると、大きな格差という括りの中で、「非正規労働者」、「子供の格差」、「女性の格差」、「漂流老人」などと毎年の様に新たなるカテゴリーが登場して世の不安を煽るかのようである。

その流れの中でこの数年特にスポットが当てられているのはシングルマザーなどの女性の貧困と、高齢者の貧困。結局それらは現在の日本が構造的に抱える問題が断片的に光を当てられ、世間に分かりやすいように、「決して人事ではなくあなたもそうなる可能性のある、すぐ横にある問題ですよ」と報じられているだけに過ぎず、それでも決して報道で取り上げられることのない貧困の在り方は別にある。

そんな普段の生活からは見えにくい貧困の在り方に真摯に向き合い光を当てようとするこの一冊。児童養護施設出身者、高齢犯罪者、薬物依存者、外国人貧困者、ホームレス・高齢孤立者、生活保護受給者と、様々な場所で槍玉に挙げられがちな人々をその背景から現状まで詳しく描き、その根本にある原因を描き出そうとする。

まるで受けやすいネーミングをつけて「○○格差」や「○○の貧困」と世間の注目を浴びてそれにより何かを得ようとするある一定の報道のされ方よりは、よっぽど好感の持てる内容だし、問題の在り処もよく分かる内容である。全体的に客観的に物事を伝えようとするために、インタビューを大量に使用しているのが読み物としてやや気になるが、それは真摯な著者の態度の現れであるのだと思われる。

以下本文より。

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メディアで伝えるのは、多くの人が共感する、わかりやすい生活保護者です。

第一章 児童養護施設出身者 
/児童養護施設の現状
約4万7千人

/自立援助ホームとは
義務教育を終えた15歳から20歳までの子供たちが働きながら自立に向けて生活をする場所
基本的には生活のすべてを自分の手で賄わなければなりません

第二章 高齢犯罪者 
/高齢犯罪者大国・日本
諸外国が3%前後 日本だけが10%を超えている

/孤立と貧困が犯罪を生む
犯罪を繰返すことで、家族や仕事、住いを失い、孤立していく高齢者の姿

第三章 薬物依存者
/「ダメ、ゼッタイ。」では防げない
自傷経験のない9割の生徒の多くは、薬物乱用防止講演など聴かなくとも、そもそも薬物には縁のない生活を送り続けるのではないか。そして1割のハイリスク群の生徒は、その様な公園を聴いても結局薬物に手を出す時には手を出すのではないか。

/居場所がない寂しさ
「ヒマだったから」
「淋しさ」や「誰からも必要とされていない感覚」

第四章 外国人貧困者 
約203万人
/同胞のきずな
多くは日本人の男性と結婚をした女性とその子供
母親は「日本人の子の母」として在留資格を取得し、生活保護を利用している

/何が問題なのか
日本人男性と結婚したフィリピンの女性が離婚して生活保護を利用する例が、近年の外国人の生活保護では最も大きな問題


第五章 ホームレス・孤立高齢者
漂流高齢者
/ホームレス地域生活以降事業
緊急一次保護センターと自立支援センター
ホームレスが付き三千円の家賃で入居しながら自立に向けて職を探す

/アウトリーチとハウジング・ファースト
アウトリーチ 職員が困っている人のところに足を運び、サービスを提案するところからかかわりが始まる

第六章 生活保護から見えるもの
/激増する生活保護
2008年 起きたリーマンショック
日比谷公園 年越し派遣村

/求められる自立支援
若い利用者の急増
就職活動に疲れて自宅に引きこもる若者、精神疾患の増加とそれに伴う自殺、崎の見えない中高年男性の再就職活動、アルコールやギャンブルへの依存・・・。中卒、高校中退などの低学歴者 四角や経験もなく、身体のあちこちに不調を抱え、コミュニケーション能力 
生活全体を立て直すところから始めないといけない

三つの対策
生活保護に至る前のセーフティネットを手厚くする
早期に脱却できる体制を整える
貧困の再生産を防ぐための手立てをする

/モノ扱いされる人たち
人をモノとして扱う
冷凍食品に農薬のマラチオンが混入

/承認を巡る闘争
承認という概念「愛・法・連帯」の三つの次元
人から愛されること
認められる経験
役割を与えられる
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■目次  
はじめに

第一章 児童養護施設出身者 「私のことを必要としてくれた」
/ドキュメント=隠された貧困① 児童養護施設出身者
>私のことを必要としてくれた
/家族に黙って家を出る
/乳児院、児童養護施設、そして里親へ
/親権の壁
/自立援助ホームへ
/生活保護は受けたくない
/私のことを必要としてくれた
/実家との和解
/繰返される虐待死
/厳罰化で歯止めを
/児童養護施設の現状
/不十分なケア体制
/施設出身者の厳しい状況
/施設出身者の追跡調査
/自立援助ホームとは
/重なり合う不利
/自立援助ホームと生活保護
/大人のことは信用しないぞ
/共依存の女の子
/死ななきゃいい

第二章 高齢犯罪者 「息子たちに手紙を書いています」
ドキュメント=隠された貧困②  高齢犯罪者
>息子たちに手紙を書いています
/元気をもらいたくて
/病気は大丈夫?
/入院患者に四人の刑務官
/夫と二人で工場を切り盛り
/なぜ刑務所に
/今は天国のようです
/高齢犯罪者大国・日本
/高齢者のモラルが低下した?
/無銭飲食や放置自転車を盗んで刑務所に
/孤立と貧困が犯罪を生む
/困ったら刑務所へ
/累犯障害者
/地域生活定着支援センター
/昔からやっていた
/他に行け
/男物の使用済みトレーニングウェアを盗む男性
/実刑はやむを得ないと考えていた

第三章 薬物依存者 「認めてもらえる場所がある」
ドキュメント=隠された貧困③ 薬物依存者
>認めてもらえる場所がある
/シンナーがあんパンと呼ばれていた時代
/たいしたことじゃない
/逃げ癖がつく
/逮捕されてもやめられない
/あなたが決めなさい
/「分かるよ」と笑われた
/三度目の再使用
/またカネか!
/八王子にもダルクを
/「ダメ、ゼッタイ。」では防げない
/居場所がない寂しさ
/厳罰化で覚せい剤を止められるか
/薬物依存の治療
/ダルク設立のきっかけ
/たった一つのルール
/ダルクの現状
/八王子ダルク
/窓口には自分の足で
/ダルクのこれから
/日本にもドラッグ・コートを

第四章 外国人貧困者 「なぜ、外国人なのに保護が受けられるんですか」
ドキュメント=隠された貧困④ 外国人貧困者
>なぜ、外国人なのに保護が受けられるんですか
/外国人が生活保護をもらえるのはおかしい
/外国人の誰もが受けられる訳じゃない
/同胞のきずな
/ヘルパー資格を取る
/夢は子供のこと
/あなた生活保護でしょ
/日本に根を張る外国人労働者
/リーマンショック後の就労・生活相談の増加
/外国人と生活保護
/何が問題なのか
/ふじみの国際交流センターの活躍
/多岐に渡る生活支援
/二人三脚の相談体制
/変わる外国人支援
/働かせるために呼び寄せる
/ようやく手に入れた普通の生活

第五章 ホームレス・孤立高齢者 「続かないんだよね」
ドキュメント=隠された貧困⑤ ホームレス・孤立高齢者
>元ホームレス
/三千円アパート
/ホームレス地域生活以降事業
/アウトリーチとハウジング・ファースト
/10万円で売れたロレックス
/保護申請はスムーズだった
/落ち着かなくてね
/人間関係はどこにでもある
/静養ホームたまゆらの悲劇
/構造的に生み出される漂流高齢者
/福祉施設からも締め出される
/施設増設は解決の切り札になるのか
/今ある住いを「支援付き」に
/ホームレス支援から始まった
/ケア付き就労とコミュニティビジネス

第六章 生活保護から見えるもの
/忘れ去られた生活保護
/激増する生活保護
/求められる自立支援
/制度の設計では解決できない者
/見えない人間
/モノ扱いされる人たち
/承認を巡る闘争
/インタビューを振り返る
/誰でも生きやすい社会に
/最後のセーフティネットの価値

あとがき
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2016年2月13日土曜日

「日本の大問題 「10年後」を考える ─「本と新聞の大学」講義録」 一色清 姜尚中 佐藤優 上昌広 堤未果 宮台真司 大澤真幸 上野千鶴子 2015 ★★


現役世代の人口減少、地方の衰退、東京への一極集中、少子高齢化、老人の貧困、子供の貧困、女性の貧困、中高年の引きこもり、ブラック企業、消費税の引き上げ、社会保障問題、コミュニティの分断、エネルギー問題、不安定化する天候、いつくるか分からない首都直下型地震。

あげればきりが無い現代日本の直面する問題。それぞれの問題は複雑に絡み合う社会の要因によって引き起こされており、簡単に解決方は見つからない。そしてそれらは目の間の問題を見ていても、根本的な解決には至らず、何十年というタイムフレームを踏まえて、将来この国がどの様な社会となるのが適切なのか?その将来ビジョンを明確に捕らえ、そこから逆算的に現在の問題に向き合うことが必要であるのは間違いない。

その時に、遠すぎず、そして近すぎない10年という時間単位は現在の社会が抱える問題を顕在化させるのに十分な長さを持ち、それでいながら手の届く未来として十分に想像でき、かつ自らの問題として捉える場所にいるのであろう。


「第1回 基調講義 一色清×姜尚中」にあるように、
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グローバル化と日本社会の問題
国境を低くして海外の「ヒト・モノ・カネ」を利用するしか生きていけない
グローバル化を進めていけば、一人ひとりの働き手が非常に激しい競争に晒されることは間違いありません 
ほどほどということがなくなります
競争に勝ったものは豊かになるものの、多くの敗者が出ることは確実
グローバリゼーションの波 英語とIT
世界で本当にグローバルな人材になろうと思えば、リベラルアーツ、教養教育がとても大事
幅広い教養のある人が英語やプログラム言語もできて初めてグローバル人材と呼べる
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内に留まっていても、外から押し寄せる圧力は止められず、移動が活発化するこれからの世の中では、否が応でも育ってきた背景の違う外国人とともになって社会の中で生きていかなければいけない。世界でも最高クラスに心地よい日本で育つ人にとっては、外との摩擦はそれだけで負担となるだけに、国として今後どのように若者の教育に取り込んでいくのか非常に興味深い。


「第2回 反知性主義との戦い 佐藤優」
それにしても、よく本読んでるなぁと思うが、「闇金ウシジマくん」でお金がどれくらい怖いものなのかを知るというのには、大変説得力を感じる。

「第3回 高齢化社会と日本の医療 上昌広」
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愛知県では名古屋市に医師が偏在する
医師不足の問題は、どこに医学部のある大学を作ったかということに非常に影響される
愛知県は江戸時代まで尾張と三河 戊辰戦争で、徳川御三家だった尾張藩が真っ先に官軍側に寝返った一方、やはり徳川譜代の三河諸藩は最後までまとまることができず、その結果、尾張には医学部が四つもつくられた、三河にはゼロ
旧三河には、日本でもっとも豊かな自治体の一つである豊田市があるにも関わらず、医学部が無いために医師を養成することができない

明治維新時における藩のポジションが影響。
江戸時代、現在の兵庫県に当たる地域の中心は姫路で、維新時、ここの施政者は徳川四天王筆頭である酒井宗家
それを理由に、明治以降、姫路は冷遇され続ける。いまだに姫路には医学部や工学部を持つ総合大学が無く、もちろん医学部も無い
和辻哲郎や柳田国男が出た 江戸時代の蓄積
最近では、姫路出身者でこれはという人物は出ていない
一県一医大構想 つまり、国土の均衡ある発展のための政策が国土の高度な不均衡をもたらしてしまった

これからの世代が生きていくうえで鍵となるのは、「自分の頭で考えられるかどうか」ということ。自分が今まで知らなかった環境で学び、働く機械は、自分の頭で考える人間を育てるためには非常に大切
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三河出身地だけに非常に興味深いこの話。そしてこれだけ予測の難しい世の中では、知識を持っているのだけでは十分でなく、それを組み合わせ、目の前の問題にどう対応できるかを自分で考えていける人。そんな人をどうやって育てていくのか。


他の章でも問題は、大きなフレームをなっているのはやはりグローバルな世界の中での日本の立ち居地と、そして日本人としてそこにどう関わりを持っていくか。多様性が混在することで、世界中に混乱が起きている現代。10年くらいでその多様性を許容する社会が世界中に出来上がるとはとてももじゃないが思えることはできず、それでもガラパゴスとして心地よい場所を国内に確保しつつ、そこから出て行かないということがよりいっそう価値を増すのとともに、それでもそこから外にでて、世界の中で太刀打ちしていく人材には、会社単位だけではなく、できるだけ国として大きなサポートを与えていくようにしていかないと、ほとんどの人が国内に留まる椅子の奪い合いになるのだろうと、なんだかぐったりしたように本を閉じることにする。


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■目次
第1回 基調講義 一色清×姜尚中
第2回 反知性主義との戦い 佐藤優
第3回 高齢化社会と日本の医療 上昌広
第4回 沈みゆく大国アメリカと、日本の未来 堤未果
第5回 一〇年後の日本、感情の劣化がとまらない 宮台真司
第6回 戦後日本のナショナリズムと東京オリンピック 大澤真幸
第7回 二〇二五年の介護:おひとりさま時代の老い方・死に方 上野千鶴子
第8回 総括講義 一色清×姜尚中
あとがき
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2015年4月27日月曜日

貧困の原因

「貧困」や「格差」が叫ばれて久しくなった現代の日本。

「絶対的貧困率」や「貧困線」などそれを定義するには様々な数字が並べられ、みんな自分が「社会の中でどのあたりにいるのか?」を知るために気をもむことになる。

収入は少なくとも、多くの友達に囲まれ十分に幸福そうに日常を過ごす若者がいたり、大きな会社で勤め上げたにも関わらず、老後一人で社会とのつながりを持たず、苦しみながら過ごす人がいたりと、「貧困」の定義はなかなか見えづらい。

「最貧困女子」の中でも語られるように、同じような低収入しかなくとも、ある女性は社会から孤立し、性風俗業界を渡り歩くことでなんとか人生を紡ぎ続ける貧困の日常にいるが、ある女性は地方で中学からの友達とつるみながら、お金が無いなりにうまくやりくりをしながらそこそこ幸せな日常を暮らしている。

その違いは何なのかと考える折に、作家の橘玲が非常に分かりやすく「貧困に陥る」とはどういうことかを説明している。



経済通の作者らしく、人の持ちうる「資本」を「人的資本」「金融資本」「社会資本」の三つとし、「人的資本」は如何にその人自身が社会の中で活躍する能力があり、仕事をこなし報酬を得る力を身につけているかとし、「金融資本」は収入や資産など、その人が持っているお金の多さを意味し、最後に「社会資本」とは、友人や地域とのつながりの強さや、困った時に助けてくれる家族や親類の多さを示す。

こうしてみると、地方でマイルドヤンキーと呼ばれる収入は決して高くは無いが、多くの友達に囲まれ、地域のつながりを強固に持っている人々は「人的資本」や「金融資本」は低いけれども「社会資本」は非常の高いので、貧困に陥ることなく幸せな日常を過ごせるとする。

今はまだまだ社会で認められてお金を稼げる段階ではないが、一生懸命勉強をし修行をしながら自らの技術や知識を磨いている若い世代は「金融資本」は将来的な「人的資本」への投資を行っている段階だとする。

そしてこれらの三つの資本をすべて失っている状態が「貧困に陥る」状態だと定義する。
と同時に資本を一つしか持っていないと、何らかの拍子にそれも失って「貧困」に陥るリスクが高いとする。

仕事を一生懸命しても、それがプロフェッショナルとして「人的資本」に繋がっていなければ、頑張って収入が上がっても、それは他の「資本」を構築していないので、何かしらの原因でその仕事を失ったら「貧困」に陥る可能性がある。

同じように、必死に仕事をして友達や家族とのつながりをないがしろにし、徐々に身の回りから近しい人がいなくっていると、これも何かの拍子に仕事を失ったりとする際に「貧困」に陥る可能性が高いという訳である。

つねに二つ以上、できれば三つの資本をバランスよく向上していくこと。適齢期に結婚をし、子供を作り、両方の親とも程よりつながりを持ち、昔からの友達とも友人関係を続けながら、仕事も自らの職業人としてのキャリアを意識しながら能力を向上させつつ、それが収入の向上と同調する。

そんなスーパーリア充「超充」がベストだということになる。そうはっきり言われるとハードルの高さにげんなりし、なんとも億劫になってしまう。

まぁなんだかんだ言いながら、「貧困」なんて相対的なもので、最終的には「自分がどう捉えるか?」によってしまうかなり主観的なものである。例えば同じものでも、ある人にしたら「こんな素晴らしいものを得られてなんて自分は幸福なんだ」と思う一方、ある人にとっては「こんなものしか得られない自分はなんて不幸なんだ」と。

旅行や、ファッション、食事、生活。すべてにおいてこの心理的な受け取り方の違いは発生する。それはその人が何をスタンダードとして捉えるか、どれだけのことを知り、経験して、物事のレベルを詳しく知っているかに拠ることになる。本や映画による疑似体験やそれによって養われた想像力によって補完されることもあるだろう。

それに自分の身の丈を十分に理解し、無理をして背伸びをしないこと。それによって、同じ量でも「これだけか・・・」と思うのか、それとも「こんなにも・・・」と思えるのか、それで幸福度は変わり、心理的な「貧困」からの距離を変化する。

そんな訳で「人」「金」「社会」という三つの資本を高める意識を忘れずに、なおかつ身の丈にあった日常を生きつつ「想像力」を養いながら生きるのが、あっちにもこっちにも潜む「貧困」の落とし穴に嵌らずに生き残る術なのだと納得することにする。

2015年3月7日土曜日

「日本を降りる若者たち」 下川裕治 2007 ★

大学時代に旅行で訪れたタイ。様々な国からのバックパッカーが集まるカオサン・ストリートの安宿に泊まり、これといった予定も無しに好きなだけ眠り、起きたらカフェで冷たいシェイクを飲みながら今日は何をしようかと考える。そして夜になれば、顔なじみになった友人と踊りに繰り出し、また新しい外国人の顔なじみを増やす。

そんな少しだけデカダンスの気分を味あわせてくれる非日常の時間で、日本とは全く違った生き方があることを知り、そしてその軽やかな空気をまとって大人として生きていく人々の姿を見ることで、世の中とその価値観の多様さを学ぶ。

でも、それがあくまでも日本と言う社会の外側で、こんな自由な生活が許容されるような寛容さは現代の日本には無いということ、そして如何にそれが心地よかったとしても、現実逃避の口実として価値観の多様性を持ち出すのは筋が違うと言うこともまた学ぶのが若者が大人になる過程の時間。

それでも、うだるような湿気の中で、服と皮膚の間に風を通すような軽やかな服装同様に、ストレスを感じさせず、軽やかに生きているこの街の人と、この街に集まる世界の人々の姿が、東京の風景にはいないキラキラして見えることは間違いない。


そんなかつての記憶を思い出しながら、先日放送されていたNHKのドキュメント72時間の「工場閉鎖の街で」という番組。岐阜県の美濃加茂工場が閉鎖されることになり、その場所を生活の礎としていた様々な人々の最後の3日間を追う内容だったが、その中でかつての従業員だった中年女性が、

「派遣を転々としてたどり着いたこの場所でリストラされ、いまさら実家のある故郷にも戻れないために、今後はタイのバンコクでコールセンターに勤める。そこでの給料は日本円にすると10万円ほどであるが、向こうでの暮らしならやっていける。もう日本に帰ってくるつもりはないです」

という言葉によって、タイという国のまったく違う側面を見せられた気がする。

派遣や貧困がメディアの中に定着したこの10年の影響で、日本の社会になじめずに、もっとのんびりとし、厳しい競争社会の無く、何より日本よりも生活費の安くすむ東南アジアへと渡る若者の数が増えているという報道がちらほら見られるようになった。

そんな状況を専門的に分析し、系統立てて俯瞰するのにちょうどよいかと思って手にした一冊。様々な理由で日本で生きるのが苦しくなった若者が、誰からも干渉されず、せかされず、ストレスの無いタイでの生活を求め、日本で短期間に派遣などでお金を稼ぎ、それが尽きるまでタイに滞在するという例をいくつか挙げていく。

期待していたのはこういう若者はどの時代にもいたのだが、それが交通革命と情報革命を経た現代において、タイという外国が住まう場所としての選択肢として距離の中に入ってきたことと、ネットなどの手助けによって、かつては非常にハードルの高かった海外への渡航や移住が、コストも労力もかからずに様々なサイトの情報を調べることで可能になったこと。

そして、その距離の感覚の近さはありながらも、やはり海外と言うことで日本の社会の日常から外にはみ出ることで、日本からの心理的距離を保てること。そんなことがかつてにはなかった大量の若者がこのようなライフスタイルを持ち出したということの基礎になること。

また、昔だったら苦しみながらも社会の中でなんとかバランスをとりながら、居場所を見つけていたのだろうが、なぜ現代においてはこれほどの多くの若者が、自分の居場所を見つけられないと思ってしまうのか。その社会側の問題や変化と若者側の変化の分析。

そういう多角的な分析を踏まえて、結局は世界が変わり、社会が変わり、人が変わった現代のある一点における現象から、現代という時代をどう炙り出すか?そのようなことを期待していたが、内容としては形は違うが根っこは同じような若者の例をあげるのに終始して、非常に消化不良な印象は否めない。

「深呼吸の必要」の中で、「あんたも結局東京から逃げただけじゃないんですか!」と詰め寄る若者の言葉に、そこにいる誰もが自分のことを言われたのではという表情をするシーンを思い出すように、誰もが生きにくい社会を生きながら、それでもそこで生きなければいけなく、そこから外に出ることは逃げたことだと思ってしまう今の日本の一つの描き方なのだと思いながら頁を閉じることにする。

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■目次  
序章   旅から外こもりへ
第一章  東京は二度と行きたくない
第二章  人と出会える街
第三章  ワーキングホリデーの果てに
第四章  留学リベンジ組
第五章  なんとかなるさ
第六章  これでいいんだと思える場所
第七章  死ぬつもりでやってきた
第八章  こもるのに最適な環境
第九章  帰るのが怖い
第十章  ここだったら老後を生きていける
第十一章 沖縄にて
付章   ラングナム通りの日本人たち
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2014年10月8日水曜日

「「夜のオンナ」はいくら稼ぐか?」 門倉貴史 2006 ★

街中を歩いていると、バスや看板広告で、「短時間、高収入、女性だけのバイト情報」などという文字を良く見かける。誰もが生きていく上でお金が必要で、誰かに養ってもらう以外では、どうにかして自分が生きていけるだけのお金を稼がなければいけない。

労働はつらいものである。ストレスや人間関係、面白くも無い仕事もお金の為に自分を殺して我慢しなければならない。それでも、月末に手にできるのはそれほど自分が欲しいものを勝ったり、好きなものを食べたりできるような余裕のある額ではなく、家賃や生活費を差し引いたら手元に残る額はたかが知れている。

そうなると、どうすれば収入を増やすことができるかと考える。何かの専門知識を身につけ、その特殊技能によって報酬を増やす。つまりは時間単位での収入を増やしていくか、もしくは時間自体を増やしていく。つまり時間ごとの報酬が決まっているのなら、働く時間を増やしていくしかない。昼間と夜で別の仕事を掛け持ちしたり、家に帰っても仕事をしたりと、どんどんと自分の時間を削っていくことになる。

専門知識は資格や免許など、取得するまでに多くの時間の学習が必要となり、同時にそれなりのお金の投資も必要となる。なによりもそこまでの忍耐が必要だ。これはつらい労働時間を増やすのも、体力的にも辛いし、自由にできる時間もどんどん削られる。これは面白くない。

そうなると、今度はどうやってその両方の問題をクリアできるか考える。つまり如何に時間当たりの報酬を増やし、短い時間にて十分な収入を得られるか。

こうなると、通常の経済圏の中でいてはどうにもならない。そこから一歩外にでることで今までの常識を外していくしかないとなる。都市伝説のように実しやかに囁かれる高額バイトの数々。自らの健康をリスクに晒すか、闇社会に足を染めていくか、犯罪に加担するか。

そんな数々の一般社会から外にある経済活動の中でも、極めて普段いる自分たちからの距離が近く感じられ、通常の職業となんら変わらないかのイメージに近づいてきているのが冒頭の広告。つまり水商売や風俗と言った性産業の夜の世界。

女性が様々な形でその性を売り物とすることで、通常では考えられない時間単価を稼ぎ出す。昨今、メディアで何度も繰り返し報じられる現代の「女性の貧困」の問題に関して、一つの繋がりとして一般社会から非常に見えにくくなっているために、その実態が把握しきれない部分が多いからと、手にとってみた一冊である。

しかしどうもこの一冊も統計学の観点から捉えただけであり、この本質を知るためには、なぜ女性達がその世界に入っていかなければいけなかったのか、もしくはあまりにカジュアルに女性がその世界に入っていくことになっている現代社会の現状や、何よりもその産業を裏で操っている様々な闇社会の実態、それらを総合的に描き出すには、社会学者や気骨のあるジャーナリストではないとできなく、とても新書として出版する本で費やせる手間と労力ではないのだろうと思わずにいられない。

このタイトルから世の中が期待するのは、いったいどれだけのお金がそれぞれの風俗や水商売に使われて、その中のどれだけの割合が女性に入り、お店に入り、そこからその裏にいるであろう組織に入り、そのお金がどの様に表社会に戻ってきて使われているのか。
またその業界に従事する女性の数だけでなく、この夜の世界の経済があるからこそ生きていけている人間の数。お店で働く男性スタッフや、運営側の人間、そのお店にスペースを貸す賃貸オーナーなどなど、いったいどれだけの人間が、一般社会とはかけ離れた経済単価の世界に依拠するために、どれだけ恩恵を受けているのか。

街中に当たり前に入り込んでいる性産業の風景がこの街、この国からなくなったとしたら、いったいどれだけの人間が路頭に迷うのか、生活に困るのか。駅前商店街が風俗街に変わってしまった北関東の太田市の様に、一般社会での経済概念から考えたら圧倒的に楽なお金の稼ぎ方をもたらしてくれるこの夜の世界。一度楽なほうに流れたら、二度と苦しみを伴う方へは戻れないのが人間。

女性を商品として自らの利権を守ろうとする運営側。世間体は悪いが自分が楽に稼げるなら見て見ぬ振りを続ける風俗ビルのオーナー達。そして事情はそれぞれであろうが、個人主義が横行し、かつてよりもよっぽどカジュアルに足を踏み入れていく女性達。

これだけの多くの女性が、何かしらの形で夜の世界に関わっているとしたら、自分の周りにも口にはしないけど実はそうだったという人がいるのかもしれないと思いながらも、やはり統計学的に数字で説得力を与えるよりも、自らドロドロとした世界に入り込み、外から見えない世界を描きだす、そんな本を読みたいものだと思いながらページを閉じる。

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序章 「夜のオンナ」のお金の行方
/目的に見合った金額
/ホステスたちの出生経路
/オンナの昼の顔と夜の顔

第1章 あなたが払ったお金は誰の手にわたるのか
/企業の交際費はいくら減ったか
/銀座のホステスの年収は3000万円
/ホステスがもらう大きな「手当」
/キャバクラの儲けはどこへいくか
/セクシーキャバクラという業態
/ホストクラブに使われるお金は1兆円
/ホストクラブの客の過半はホステスと風俗嬢
/芸者とコンパニオンの収入の違い
/夜に働く主婦の儲け
/女性パート・タイマーの稼ぎの総計は3~4兆円
/「昼クラ」へ向かう主婦の稼ぎ
/女性たちとパチンコ産業の関係

第2章 いちばん稼いでいる「夜のオンナ」は誰か
/時給ランキング第一位はあの仕事
/ソープランドで働く女性の取り分
/ソープランド営業はどこまで合法か
/「待ち行列理論」を応用した風俗調査
/ソープランドの個室をつくるためにはいくらかかるか
/日本全国のSMクラブの女性の稼ぎは年間1680億円
/なぜM女のほうが割高なのか
/ストーリー性を求められ始めた夜の仕事
/急成長するデリバリーヘルスの市場規模が2.4兆円に達した理由
/ピンクサロンで働く女性の給料は基本的に時給制
/ビデオ・ボックスの法的な問題点とサービスの中身
/新しいタイプの性風俗店で稼ぐ女性たち
/低迷を続けるストリップ劇場
/女子中高生らの援助交際相場は10万円以上になる
/東南アジアでの自動買春問題

第3章 日本の夜に稼ぐ外国人女性たち
/フィリピンパブは都会より地方で広がる
/アジアンエステでのお金のやりとり
/韓国エステの98%が違法行為
/日本国内での外国人売買春の市場規模
/摘発された外国人女性不法就労者の11%が売春を経験
/「ガラス戸の女」として働いていた外国人女性たち
/母国への送金を担う地下銀行の実態
/外国人不法就労者の増加は日本経済にマイナス
/ラブホテルは儲かっているのか
/1軒あたり20室、1日2.5回転が平均
/夜のビデオ、DVD業界はなぜ「セル」で設けるのか

第4章 外国では「夜のオンナ」はどうしているか
/米国の売春産業は地下ビジネスの5%を占める
/深刻化するキューバの売春問題
/売買春を「完全合法化」した国の狙い
/売春宿が株式上場を実現した国の名前
/公娼制度を廃止した台湾、台北市
/中国の人身売買の相場
/家族に収入の大半を送金するタイからの出稼ぎ女性

終章 日本の「夜のオンナ」をどうするべきか
/働く女性へのサポートが十分にできていない
/売春防止法は有効に機能しているか
/風俗産業に携わる女性の安全確保と福利厚生
/外国人労働者の受け入れ
/未成年の風俗産業からの保護
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「「夜のオンナ」の経済白書 ――世界同時不況と「夜のビジネス」」 門倉貴史 2009 ★

「消えた高齢者」「格差社会」「極点社会」などと不安をあおる様に現代社会の問題点としてNHKから定期的に発信されるメッセージ。

恐らく今年のキーワードは「女性の貧困」なのだと思わなければいけないくらい、今年は年初からいたるところから「シングルマザーの貧困」についてテレビで取り上げられたり、書籍で語られたりしている。

今まではサラリーマンの夫と専業主婦の妻に子供という標準的な家庭像を元に国が運営されてきたが、グローバル化の競争社会、効率向上の為に非正規雇用、女性の社会進出、核家族化の定常化、自由意志による結婚と離婚などなど、様々な要因が重なって世の中の様子は随分様変わりした。

サラリーマンの夫だけの収入ではなかなか家庭を支えられないのにも関わらず、女性側の意識が変わることはなかなか難しく、それでもやはり専業主婦として職場のストレスから離れて生活していきたいと思う人の数はなかなか減ら無い一方、仕事をする女性が増えて、自分で自由にできるお金もあり、自由にできる時間もあり、社会で認められる喜びもあるうちに、加えて自分にふさわしいと思う男性像も右肩上がりで上昇する。

都会にいれば、出会いは腐るほどあるという先入観も手伝って、結婚に踏み切る時期が遅くなるのは止む得ない。そういう層がいる一方、早く結婚して子供もできたが、夫が思ったようには家庭を大切に扱わず、もろもろの理由で離婚などして子供を育てるための十分な経済的余裕を持てない状態に陥る人々もいる。

男性の場合は、非正規労働者やホームレス、ネット難民などとしてすでに分かりやすい形で社会の弱者として何度も取り上げられてきたが、その背後でなかなか見えなかった女性に光を当てて、現代社会の一面として取り上げられる女性の貧困。

都会で一人暮らしする女性の貧困率。子供を抱えシングルマザーとして働きながら子供を育てる女性の現状。低賃金の溜めに親元を離れ、より良い機会をつかむことができない女性達。

そんな女性が、その経済的負担を少しでも軽くしようと、短い時間で高収入を得る方法として飛び込んでいくのが夜の世界。そうなると、この夜の世界の経済状況を理解しなければ、現在の女性の貧困の本質が見えないのではと繋がってくる。

この国ほど、水商売や風俗が当たり前の風景として街の中に入り込んでいる国も珍しいと思うほど、性産業が生活のかなり近い部分に存在する。甘い蜜に吸い寄せられる昆虫のように、夜な夜な闇の中で彷徨う男性の懐から流れ落ちる膨大な金が、どのように夜の世界で流通し、実際どこに消えて、どう使われているのか、そして彼女たちはそれで何を手にしていくのか。

そんなことが理解できる一冊かと思って手にしたが、統計学的な数字が並べられるだけで、本当に見たいドロドロとした闇の世界の支配者の姿。そしてその構造に気づかずにそちらの世界に足を浸していく女性の姿。そして夜の街の風景の裏に隠れる様々な利権構造を炙り出すには程遠い内容で少々がっかりとしてページを閉じることにする。

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■目次
はじめに
第1章 搾取される開発途上国の「夜のオンナ」たち
/開発途上国の男性優位社会が売春を促す
/タイの「夜のビジネス」はベトナム戦争の遺産
/サイクロンの季節になるとミャンマーで売春婦が増える理由
/東南アジア「セックス・ツーリズム」の仕組み
/カリブの買春ツアーの主要目的地ドミニカ
/美しすぎる売春婦には要注意
/ベトナムのカラオケ店は売買春の温床
/児童買春の問題が深刻化するフィリピン
/わずか5万円で売られる脱北者の女性
/中国の経済発展とチベットの売春ビジネスの関係
/中国で建設計画が浮上したセックス・テーマパーク
/インドの売春宿で「性の奴隷」にされるネパールの少女
/スマトラ沖地震に乗じて救済を装った人身売買が横行
/人身売買ビジネスは現代版の「奴隷貿易」
/欧州最大の性奴隷供給国モルドバ
/国際的な人身売買の中継地となるキプロス
/旧ソ連からトルコに流入した「ナターシャ」
/東欧諸国で売春が合法化された理由
/チェコに登場した世界初の「ゼロ円売春宿」
/コンドームの無償配布でHIV感染抑制に成功した国とは?

第2章 合法と規制の挟間で揺れる先進国の「夜のビジネス」
/先進国の「夜のビジネス」の仕組み
/米国デンバーで買春するとテレビで顔と名前が晒される
/「ハリウッドマダム」のスキャンダル
/エイズ対策担当調査官も顧客だった「DCマダム」
/下半身スキャンダルで辞職したニューヨーク州知事
/米国のアダルトビデオ市場は4222億円
/米国のポルノ雑誌市場は1100億円まで縮小
/ネットオークションに処女を出品、3億円の値が付いた女子大生
/英国でブームの「ドッギング」とは?
/合法化されたオランダの「夜のビジネス」はどうなったか?
/売春宿が株式上場したオーストラリア
/03年に売春を全面的に認めたニュージーランド
/「夜のビジネス」への規制強化に乗り出した北欧諸国
/ドイツでオープンした「セックス・アカデミー」とは?
/シニア割引を適用する売春宿が登場

第3章 日本の「夜のオンナ」最新事情
/締め出される「風俗案内所
/わいせつDVD販売に対する規制も強化
/児童ポルノは所持するだけでも罰金の対象に
/人身売買の「監視対象国」に指定された日本
/未成年者売買春の場は、「出会い系」から一般的な「SNS」へ
/無店舗型風俗の低価格競争
/営業禁止地域でも性風俗店が営業できるカラクリ
/お隣韓国では買春男性も摘発されるように

第4章 世界同時不況と「夜のオンナ」
/金融危機が「夜のビジネス」を直撃。エコ割引も登場
/カジノの収入減がセックス関連産業にも影響
/スペインで増加するサブプライム売春婦
/イタリアで増加する外国人売春婦
/ポルトガルとギリシャでも外国人売春婦が急増
/新型インフルエンザで売り上げが半減したメキシコの売春宿
/日本の「夜のビジネス」にも世界不況の影響が及ぶ
/ホステス→キャバクラ嬢→風俗嬢という玉突き現象
/外国人女性が在籍する安価な店に客足がシフト
/「裏ビデオボックス」の価格破壊
/AV女優のギャラもジリ貧
/風俗嬢の給料低下がホストクラブ業界にも波及

第5章 「セックス税」導入のススメ
/「タバコ税」「酒税」のように「ゼックス税」を
/「セックス依存症」という恐ろしい病気
/『カリヴァ旅行記』でも登場した「セックス税」構想
/売春合法化の是非
/「セックス税」をすでに導入しているドイツのケルン市
/1回5ドル。米国ネバダ州の「セックス税」導入案
/日本で「セックス税」を導入すると94億円の税収増

おわりに
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2014年6月26日木曜日

「弱者の居場所がない社会――貧困・格差と社会的包摂」 阿部彩 2011 ★

格差、貧困、孤立、孤独死、限界集落、極点社会、無縁・・・

この10年にわたる様々なキャンペーンのお陰ですっかり社会に定着したこの言葉たち。建築という社会を向こうにがっつり組み合って毎日の業務をこなす職業についていると、どうしても現代社会の抱える問題に目を向けなければならない。

細切れにされたそれぞれのテーマについて、少しずつ本を読み理解を深めて、やっとことの本質がおぼろげながら見えてきたこのごろ。また流行り言葉の一つとして、先進国であると叫ばれるアメリカからの言葉の輸入である「包括」「包摂」をテーマにしてこの一冊も、現代の社会を感じる必須本かと想い手にとって見る。

しかし・・・

アメリカでの研究が長かったのか、あまりに論点があやふやで、文章が稚拙に思えてしまったその内容。「承認」「排除」「包摂」に「包括」という、アメリカで使われ始めた言葉たちを、そのコンセプトとともに日本に紹介するという方式が全面に出すぎて、今まで様々なところで語りつくされた現在の貧困や格差に関する考察ばかりで、これといってなんら新しい現象も分析も提案も見られない。

やはりそれだけこの問題が複雑で一分野からの分析では捕らえられないのだろうと再認識してページを閉じる。
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■目次
プロローグ 社会的包摂と震災
第1章 生活崩壊の実態
/衣食住の崩壊
/公共料金、保険料、借金
/貧困は健康を蝕む
/震災の長期的影響

第2章 「最低生活」を考える
/「貧困」ってなに?
/貧困の定義
/「最低限の生活」に必要なおカネ
/ミニマム・インカム・スタンダード

第3章 「つながり」「役割」「居場所」
/社会的排除と社会的包括
/関係からの排除ーつながりがあるということ
/仕事からの排除ー役割があること
/場所からの排除ー居場所があること

第4章 本当はこわい格差の話
/排除と格差
/格差と人間関係
/格差とコミュニティ
/格差と健康
/格差の増幅
/日本の格差は海外でどう考えられているか?

第5章 包摂政策を考える
/ホームレスのかっちゃん
/これまでの社会保障を考える
/社会のユニバーサル・デザイン化
/ユニバーサル・デザインな働き方は夢か?

第6章 インクルーシブな復興に向けて
/阪神・淡路大震災の教訓
/震災後の社会政策を考える
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2014年3月24日月曜日

希少性を薄める

テレビを見ていると相変わらず、「格差」や「貧困」という内容で世間の不安を煽るような内容が流されている。「熟年離婚」や「介護」といった新しいものとくっつけての、新しい貧困のあり方を紹介し、誰でも貧困に陥ることはありうると警鐘を鳴らす。

その中で一点だけ気になったのが、親の貧困状態が子供の教育の機会の不公平を作り出していること。これは常識的に考えて、どの時代でも起こっていたことである。生活レベルの高い親は十分に子供へのケアを与えられ、また教育やスポーツなど様々な機会をも与えてあげることができる。得てしてそれらは時間と経済性という二つの余裕がないとできないことである。

しかし問題なのは、現在の教育システム。受験がある種テクニックの習得になっている状況では、如何にそのテクニックを身に付けることができるか、学校では教わらない内容が受験の現場で試され、その対策として塾に通って受験用に技術、テクニックを学ぶことができた子供のみ、優秀な学校に入学できる。

優秀な学校に入ることは、学歴を手に入れることと同時に、優秀なクラスメイト達と過ごす時間をも手に入れる。これが子供の生き方、時間の過ごし方に大きな影響を与えてしまう。どんなに素地が悪くても、一度そこに入ってしまえば、長年揉まれていくうえでそれなりに優秀な子どもになっていくシステム。

そう考えれば、塾に高い学費を払い、自分の子供だけには特別なテクニックを身に付けさせようと投資する親の気持ちも分からないではない。しかし、いくら子供や親がより高いレベルの学校に行きたいと望んでも、塾に通う経済性を持ちえない限り、自分ではそれを学ぶことができない。つまり親の経済性が大きなハードルとして子供の人生を決めてしまっている。

これは大きな問題である。酷い不公平な事態である。

経済性を持つ親は、できるだけ競争を楽にするために、より高い学費でより優れた内容の塾があればあるほど喜ぶはずである。愚かな自らの子供でも、お金さえ払ってその塾に通わせれば、そこに通うことができない一般の子ととの差を開けることができるから。

つまりは希少性をお金で買うことで格差の上への新路を進む現状。これでは同じ膠着した社会構造を保つだけで、何のイノベーションも起こらない。子供の能力とやる気にそって学ぶ可能性を与えてあげることができるのが健全な社会であろう。

ではどうするか?

それは価値を生んでいる希少性を薄めてやればいい。つまりは塾で高い学費を払ってでしか学ぶことができない知識、技術、テクニックを無料で公開し、誰でもそれを学ぶことができるようにしてあげればいい。なんともまっすぐな回答である。

それを実践しているのが東京大学の学生が立ち上げたNPO法人「manavee(マナビー)」。「地理的・経済的な教育格差の是正」を目標に、誰でも行きたい大学に行ける学習環境をウェブで無料にて提供するサービスを、ボランティアの大学生が教師を務めることで運営している団体だという。

社会の中ですでに「持つ者」となっている人々はその地位、利権を保持するために、できるだけ流動性のない社会を望む。硬直した社会が全体の利益になっている時代はそれでもいいか、変化が必要な現代のような時代には、さまざまな階層から新しい才能を持った若者が出てくる必要がある。

お金を払うことで、特権階級に居続けようとするお金持ち。その欲望をビジネスに転嫁する塾。ガチガチにビジネス化された教育制度の中ではじき出されて学ぶ機会すら得られない子供たち。

それを変える可能性のある大きな試みだろうと思われる。

そう考えると、ほかに希少性を薄めることで格差を解消することにつながることは多くある。本来誰もが発信者になることを可能にしたネットというのは、本来こういう目的につながるべきことであると思う。

このブログも、自分が若く建築を学び始めたばかりの時に、少しでも上の世代が何を考え、実際にどういう具合に設計実務の日々を送っているのか、その過程の中で何を見て、何を学び、どう職業的能力の向上につなげるのか。そんなことを知りたいと思っていたということは、今もどこかで同じように悩んでいる若者がいるはずで、ひょんな機会にその彼がこんなブログに目をとめて、少しでも建築家としての将来に明るい見通しを持つことができるようにと思っている。

百科事典が高価で特権階級しかある一定の知識にアクセスできなかった時代から、誰もが望めばどんなことでも知りうる時代に入った我々。覆い隠すことでは希少性を担保できなくなった時代には、新しい希少性によって価値を作り出していかなければいけない。

何を破壊し、何を新しい価値とするか。そしてその価値に自分がどう貢献できるかを考えながらテレビを消すことにする。

2014年3月7日金曜日

「下流同盟―格差社会とファスト風土」 三浦展 2006 ★★★★

一体どれだけ本を出版すれば気が済むのかと思えるほど定期的に郊外に関して本を出し続ける著者。そしてその内容も、やはりこの分野においては第一人者と呼んでよい内容ばかりなので、必然的に現代の都市、現代日本を考える上で手に取らなければいけないことになる。

モータリゼーションに大型店舗出店への規制緩和、新自由主義経済に支えられた大資本のスケールメリットで豊富な品ぞろえで便利で効率的な店舗が「どこよりも低価格」を打ち出せば、客の流れは必然的にそちらに向かい、イコールで地域社会を破壊していく。

そんな記念碑がファスト風土。その裏にあるのは、地域社会の必要性を真剣に考えることよりも、少しでも自分の生活が良くなることを考えて日常を過ごすだけの下流社会。

都市の時代に入った21世紀。数少ない勝ち残り、人を引き付けることができる都市以外では、住まう人をマーケットの数値としてしか見られず、その数値からはじき出される最大数の利益を生み出すために、地域社会や地域の将来などは顧みることなく、搾り取るように地域に入り込み、破壊していくグローバル化した新自由主義経済。

この世界で生きる中で、誰もその流れに背を向けることはできないが、少なくともどういうメカニズムでこの現象が日本全国を覆うようになっているのかを本文で見ていくことにする。

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第1章 下流社会とファスト風土 三浦展
/下流社会化とファスト風土化の根は一つ
「ファスト風土化する日本」
大型店の出店規制が緩和 血方の郊外農村部のロードサイドに大型商業施設が急増
ファストフードの様に均質

/自然と社会の四重の破壊
地域社会を4重に破壊
自然を破壊 
地域社会を破壊
中心市街地を破壊
「街の使い捨て」 自然、農村、市街地、旧郊外を破壊

/消費優先の価値観
古い流通制度 中間業者が多いため小売価格を上昇させるから消費者の利益にならない
郊外の大型安売り店の方が消費者の利益になる
消費者の選択だから当然だと俗流経済学者
それほど立派な価値なのか? 利益があるということは
同じものなら安い方が得だというだけの価値観
真理も、美も、正義も、利他主義も、消費者優位の価値観よりも低い価値なのだろうか

/24時間かの弊害=生活の不安定化
生活時間 24時間化 非正規雇用

/地域社会の流動化・匿名化・液状化
人間関係の流動化
道路網の整備とモータリゼーションの拡大
人とモノの移動を活発化する
地域社会を流動化し匿名化する
地域社会は液状化し、不安定になる
人々の大量の流入
なぜ犯罪は都市で多いかといえば、都市が流動的で匿名的な空間だからである。
こんな静かな街でなんでこんな凶悪な犯罪事件が?
静かな街ほど激しく変化したのである

/人間も大量生産品に見える
匿名性の感覚が肥大化する
ショッピングセンターにいる女の子一人くらい連れ去ってもいいだろうという感覚が生まれてくるのかもしれない

/ファスト風土化が生む都市伝説
現実と非現実の境界を曖昧化
都市建築家のアンドレス・デュアニー privatization
ルイス・マンフォード 「郊外居住とは、プライベートな生活を送ろうとする集団的な努力」
家の中に集中
関係こそが社会
街は社会を具体的名形で見せてくれる場
人間の関係が見えなくなる

/自閉的な私生活主義と青少年の社会化の阻害
距離的にはかなりの移動をしているが、心理的には閉じたプライベートな空間から外に出ていない
非効率で無駄の多いコミュニケーションこそが人間社会の基本

/体力の低下と下流化
体力と対人能力の不足した若者

/地域アイデンティティの危機とナショナリズム
土地の自然に制約
身分や職業がアイデンティティを決定

/ワーキング・プアが増加か?
「毎日低価格」を求める階層が確実に増えてきている

/ファスト風土は下流社会の温床
コンビニ
従業員の9割以上が非正規雇用者
製造業がアジアなどに移転 地方で製造業に従事していた人たちの仕事が無くなり、それを埋め合わせる形で大型商業施設の従業者は増加した
増えるのはほとんどが非正規雇用者

/本書の構成
太田市 構造改革特区第一号 英語教育特区
近年一大ピンク街
駅前商店街がピンク街に変わってしまった
壊滅した商店街の自然発生的な活性化 一番手っ取り早いピンク街化
年間100万円以上必要 一方、お金があれば国際的に通用する人間が育てられるという教育があり、金の為にセックスで稼ぐしかない人間が国内外から集まっている
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本書の重要な部分をほぼ網羅している感のあるのがこの第1章。

新自由主義経済の波に押され、大型店出店規制が緩和され、郊外のロードサイドに大型商業施設が波及する。その裏には「同じものなら安いもののほうが消費者の利益になる」という価格優先の価値観。それを成し遂げる為に、なりふり構わず資本の力が投下される。そして車に乗って郊外に向かう客の流れと、廃れる中心市街地。

消費活動を最大化する為に、消費が可能な時間を拡大し、すべてが24時間化され、それと同時に、その時間に働かなければいけない非正規雇用者も増加する。ワーキング・プアが増加し、彼らが望むのは「毎日低価格」。

道路網の整備とモータリゼーションの拡大は人とモノの移動を活発化させ、地域社会を流動化し匿名化するのを後押しする。留まることなく流動化する人間関係と地域社会。

怖いのは「良いモノをより安く手に入れられる」という消費者にとって間違いなく利益になることが、圧倒的な資本を背景にした利益至上主義の視点から攻められると、上記の様なスパイラルを生み出してしまうこと。誰が悪いわけでもなく、それが利益を上げることが最上位に持ち上げられた現代社会の必然である宿命。

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第2章 これがアメリカのファスト風土だ! 三浦展
/男女の格差から雇用の格差へ
二極化 主婦のパートタイマー

/ひどい風景と太った低所得者
高所得者ほど良い環境に住み、豊かな緑と綺麗な空気の中で健康を管理している
特に白人は肥満 低所得層ほど肥満気味

/無気力を生むファスト風土
/モールの格差
おしゃれでヘルシー
美と健康

/人生の意味の喪失
個人化 individualization
低賃金
「アメリカ大都市の生と死」
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なんでも最先端を行くと思われているアメリカへの著者の取材旅行のレポートとなっているこの章。見えてくるのは日本の先を行く格差と、下流といえども餓死する訳ではなく、逆に太っていく実体。その反面金持ちは金を払って時間を使い、健康と体型の維持に務める。

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第3章 ファスト風土化し下流化する地方 服部圭郎
群馬県太田市
/700m続く駅前の風俗街
風俗店に占拠 南一番街

/全国でも珍しい光景
北関東一の歓楽街
伊勢崎市と太田市が郡を抜いている
東京の吉原や大阪の飛田新地
渋谷の百件棚、川崎の堀の内、札幌のススキノ、名古屋の栄、福岡の中洲、池袋の西口、新宿の歌舞伎町、

/飲みと風俗のワンストップ・ショッピング

/二つの大型店が運命を変えた
1977 駅前ビルへのユニーの進出計画
人がいなくなると、「崩壊」は早まるものだ

/誰にも愛されなかった風土
郊外化とモータリゼーションによる中心街の空洞化、後継者不足のため商店主が店を占め、その店を賃貸に出す、商店主が不動産業者に転換する事による商業活力の衰退
愛着を持っていない
貸しビル業者
貸した店が毎月しっかり家賃を支払ってくれる事になって

/無計画な郊外開発
農地を次々とショッピングセンターへと転化
無計画な郊外開発
計画性の無い計画的な市街地の開発

/ファスト風土化する中心市街地
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この章が一番痛烈にファスト化した風景を作り出してしまったのは誰が悪いのか?を良く示しているかと思われる。その槍玉に挙げられたのが、太田市。駅前のかつての地域コミュニティの中心地が、「自分で商売をやりくりしていくのは大変だし、不安定だが、それを周囲からの目や羞恥心、罪悪感をかなぐり捨て、一番確実に定期収入に繋がるように商売を辞めて賃貸に土地を出してしまえばいいのでは?」と思った土地持ちのビル持ち。

恐らく最初は、厳しいからといっても地域を担っていく責任もあるし、周りも頑張っているから自分一人そんな道は選べない。

と連携をとりながら頑張っていたのだろうと想像する。それがあるとき、臨界点に達して、「テナント募集」の張り紙が張られるようになる。「○○さんのビル、ついに賃貸にだしたらしいよ・・・」なんて、顔の見える関係性の中でなかなかの罪悪感を感じながら、コミュニティから隠れる様に過ごす日々が続いたのではないだろうか。

そして募集してくる飲食店。そんなこんなで一度崩壊した堰は塞ぐことはできず、流れ込む洪水の様に、周囲のビル・オーナーも「なんだ、もう無理してがんばらなくてもいいのか」と良心を一緒に流されて貸しビル業へと転換していく。

そこで一度風景が変わる。

地域の関係性を持った駅前商店街が、チェーン店として全国どこでも同じ商品を同じサービスの元で提供し、その地位で可能な限りの利益をあげようとする企業群。街を巡回する人よりも、自分の店舗でできるだけ消費を促すようなメニューを揃える。そして束の間的に街には賑わいが戻ってくる。

そんな風に人の流れが戻ってくると、更に水の流れは増して、今度は更に高額な賃貸料が期待できるが、誰もがそこまでは・・・と弱腰になっていた「風俗店」への貸し出しを行うビル・オーナーの登場。

そうなるともう後には戻れない。人間の欲望と同じである。軽くお酒を飲んだ後、気が大きくなってその先の風俗店へ・・・・という「飲みと風俗のワンストップ・ショッピング」。

同じ条件でも飲食よりも風俗店のほうが高額な賃貸を望めることを覚えたビル・オーナー達は、すでに良心の呵責も罪悪感も感じないほどに地域社会からは断絶し、そこに見るのは、月々の家賃収入の数字だけ。その自分の利益最大化の為に街がどう変化しようと、「自分の責任ではない」と開き直る。そうなると誰も止めることができないままに、駅前商店街全てが風俗店に占拠されるという、全国的に見ても非常に稀な風景を逆に作り出してしまう。

しかし上記の様に想像力を働かせると、その風景の後ろに隠れるのは、苦渋の選択であったのかもしれないが、地域よりも自らの利益の最大化、安定化へと走っていたビルの数だけいるビル・オーナーの価値観が透けて見える。そしてその価値観の総体こそがこの街そのものである。

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第4章 嫌われるウォルマート 服部圭郎
/秋田で遭遇した巨大店舗
イオンスーパーセンター
世界最大の小売業

/ウォルマートとそっくり
24間営業で年中無休
エブリディ・ロープライス

/質素な経営者、愛車はフォード・ビックアップ
徹底したコストダウン

/スーパーセンターの後にはぺんぺん草も生えない
スーパーセンター誕生
生鮮商品、乳製品を販売する
ディスカウントストア
スーパーマーケット
ぺんぺん草も生えないほど略奪

/五つの悪影響
1 商品価格の低下
2 周辺小売業の淘汰
3 仕入先の経営の悪化
4 賃金の低下
5 ファスト風土化の促進

/嫌われるウォルマート
イオンはその地域でも最高レベルの賃金を従業員に払う
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風俗街とまではいわないが、現在日本全国で拡大するファスト風土化の勢力の筆頭といえば、間違いなくイオンであろう。パッケージ化され、全国何処でも投下することができ、アメリカのウォルマート同様、地域を多重に破壊していく、大型小売業者の宿命。

そうはいっても、イオンが悪いわけでもなく、こうしてイオンの弊害を理解しながらも、誰もが地元に帰ればイオンに車で向かい、イオンで生活必要品を買ってしまう事実。安いことと品物の豊富さ、そして利便性を兼ね備えるイオンの存在は、「地域社会が・・・」などという比較への思考を停止させるのに十分な威力を持つ。

現代社会からこうした郊外型の巨大小売店舗をなくすることは無理な以上、必要なのは、如何に彼らと共存しながらも、地域の個性を喪失することなく新しい形で地域を表すことのできる風景を作っていけるかにかかっているのだろうと思わずにいられない。

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第5章 日本のワーキング・プア 心の叫び 宮本冬子
/あるチェーン店の職場風景
自給1000円以下の労働に従事
セールス・アソシエイトSA 売り子

/ワーキング・プアが発生する理由
大企業の商品を買う意外に消費者に選択肢がなくなってしまっている

/有名コラムニストの体験取材
病気にかかっていたら即、アウト
人生を切り売りしている
切り売りせざるを得ないのが「ワーキング・プア」
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非正規雇用で不安定な状態で働くことの一番の恐怖は、「何かあった時」。もし家族に何かあり、介護が必要になった場合。もし自分が大きな病気をして仕事が暫く出来なくなった場合。そんな場合、非正規雇用ならなんの保護も与えられず、「残念だけどしかたないから」とクビにされるだけ。誰も働けない間の保障は与えてくれない。その為の蓄えも準備できるような収支状態ではないので、常に「何かあった時」に全てが終わってしまうことにおびえながら働くことになる。

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第6章 アメリカの下流社会 こぼれる若者たち 藤田晃之
/圧倒的な格差社会
/白人における格差

/「経済的に恵まれない者」に対する教育支援

/見えない貧困
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第7章 古いヨーロッパ・フランスは抵抗する 鳥海基樹
1 国土はフランチャイズ化されファスト風土が田園をむしばむ
/古いヨーロッパをむしばむアメリカ文化
/アメリカ化=グローバル化という図式
/グローバル化が加速する国土のファスト風土化

/ショッピングモールが狂わせる犯罪感覚
/中心市街地もフランチャイズ化されてゆく

2 マンジャンは提案する
/脱フランチャイズド・シティのための三つのコンセプト
都市計画を「現実の都市計画」「幻想の都市計画」「可能な事の都市計画」の三つに分類
道づくりの都市計画
通り抜けられる都市、
雑種都市

/セクト化の都市計画から道づくりの都市計画へ

/マンジャンは提案する
都市の高密化が必要
建築を集積させ人々がふれあって暮らす高密化と、単に建物の高さを競う高僧化は異なる
美よりも活力を好む事、速度よりも流動性を重視する事
さまざまな尺度で変化する異なった部分の集合体である事を認める価値観の転換が必要
雑種都市
パリのフォブール・サン・タントワンヌ界隈

3 都市計画もがんばっている
/それでもやはりフランスの都市と田園は美しい
同じ上流階級の人間同士が国を超えて交流している
異なる国の低い階層の人間同士は、一生出合うこともない
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この問題は、日本固有のものではなく、美しいコミュニティを保っているように見えるヨーロッパの何処の国でも、美しい観光都市のすぐとなりに、何の個性も無い殺伐としたヨーロッパというイメージを被せただけで、中身は上記のファスト風土となんら変わらない街がゴロゴロしていること。日本には少しだけ早く「高齢化」という要素がかぶさってくるだけで、解決すべき問題は世界規模であるという事実。

恐らく人類史上最も強烈な影響を都市に与えている現象であり、誰もがそれを良しと思っていない以上、何かしらの新しい提案がその流れを変えていくことになるだろうと予感する。

そしてそれは行政や市民の力もさることながら、建築家として行うべき提案が多く残されていると確信する。恐らく自分が死ぬまでには、何かしら新しい形の郊外都市が形成されているはずであるが、それが少しでも人類にとって美しいもの、幸福なものであるように、自分達にできることを必死に考えることにする。


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■目次
第1章 下流社会とファスト風土 三浦展
/俺は日本のプレスリー
/下流社会化とファスト風土化の根は一つ
/環境・エネルギー問題
/自然と社会の四重の破壊
/消費優先の価値観
/24時間かの弊害=生活の不安定化
/地域社会の流動化・匿名化・液状化
/再魔術化される世界
/人間も大量生産品に見える
/ファスト風土化が生む都市伝説
/自閉的な私生活主義と青少年の社会化の阻害
/体力の低下と下流化
/地域アイデンティティの危機とナショナリズム
/郊外の星条旗
/「華氏911」とショッピングモール
/ワーキング・プアが増加か?
/ファスト風土は下流社会の温床
/自由主義が民主主義を侵害している
/本書の構成

第2章 これがアメリカのファスト風土だ! 三浦展
/田園調布のモデル住宅地
/男女の格差から雇用の格差へ
/ひどい風景と太った低所得者
/市民意識の崩壊と人心の荒廃
/愛国者の楽園
/心の故郷
/悪い奴ら
/無気力を生むファスト風土
/モールの格差
/人生の意味の喪失


第3章 ファスト風土化し下流化する地方 服部圭郎
/700m続く駅前の風俗街
/全国でも珍しい光景
/飲みと風俗のワンストップ・ショッピング
/ファスト風土化の条件が揃った地域性
/開発される前は湿地帯
/二つの大型店が運命を変えた
/誰にも愛されなかった風土
/無計画な郊外開発
/ファスト風土化する中心市街地


第4章 嫌われるウォルマート 服部圭郎
/秋田で遭遇した巨大店舗
/ウォルマートとそっくり
/市場経済が生み出した「怪物」
/「ウォルマートもどき」の将来
/創業者サム・ウォルトン
/質素な経営者、愛車はフォード・ビックアップ
/情報システムの構築で急成長
/スーパーセンターの後にはぺんぺん草も生えない
/一週間の買物客は一億人
/五つの悪影響
/土地とエネルギーの浪費
/嫌われるウォルマート
/アメリカの「教訓」を活かすために


第5章 日本のワーキング・プア 心の叫び 宮本冬子
/あるチェーン店の職場風景
/徹底したコストダウン策
/「日の丸弁当」のフリーターも
/アメリカを追いかける日本
/ワーキング・プアが発生する理由
/低すぎる賃金と劣悪な待遇
/有名コラムニストの体験取材
/そして階級が再生産される
/日本に未来はあるか


第6章 アメリカの下流社会 こぼれる若者たち 藤田晃之
/圧倒的な格差社会
/アフォーマティブ・アクションの展開と苦悩
/白人における格差
/映画「ガンモ」が描く白人下流社会
/トレーラーハウスとウォルマート
/エーレンライクが経験した貧困のスパイラル
/「経済的に恵まれない者」に対する教育支援
/「Title I」に基づく支援
/ジョブ・コア
/見えない貧困
/日本は安泰か
/前途多難の可能性

第7章 古いヨーロッパ・フランスは抵抗する 鳥海基樹
1 国土はフランチャイズ化されファスト風土が田園をむしばむ
/古いヨーロッパをむしばむアメリカ文化
/アメリカ化=グローバル化という図式
/グローバル化が加速する国土のファスト風土化
/「フランチャイズ化される都市」
/マーケティング・オブリージュ
/巨大グループの戦略を暴く
/ショッピングモールが狂わせる犯罪感覚
/中心市街地もフランチャイズ化されてゆく
/国土はフランチャイズ化されファスト風土が田園をむしばむ

2 マンジャンは提案する
/脱フランチャイズド・シティのための三つのコンセプト
/セクト化の都市計画から道づくりの都市計画へ
/セキュリティの保障された環境の連続体から通り抜けられる都市へ
/マンジャンは提案する

3 都市計画もがんばっている
/それでもやはりフランスの都市と田園は美しい
/中心市街地の近隣商店街をまもる
/郊外大規模店舗を制御する
/都市計画も頑張っている

4 古いヨーロッパ・フランスは抵抗する

おわりに

本書をより理解するためのブックガイド
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2014年2月11日火曜日

分厚い最低保障

日本に戻っている間に、高校の同窓会の世話人が集まって、次回の同窓会の打合せと称した集まりを開いた。そこに国会議員となった同級生も来たので、「日本はこれからどうなっていくのだろうか?」について話をする。

彼が言うには、「多くの人が貧困だ、貧しいとか言うが、今の日本で餓死者がでているか?世界でこれだけ豊かで、死の心配をしなくて良い国は他にはない。それは政府が努力をしてきた結果に違いない」という。

高齢者の孤独死や、若年貧困層が生活保護を受給できずに貧困生活から抜け出せない問題などもちろんまだまだ個別ケースで貧困に関わる事は多くあるのだろうが、確かにそれも一理あると思いながら聞いていた。

普段から、日本人は朝から晩まで、大多数の人がドロップオフすることなく、全うなサラリーマンとして会社勤めをし、その真面目さでそれなりの知識を得て、しっかりとした社会人のマナーを身につけて仕事をし、社内や社外での人間関係に神経をすり減らしながら一生懸命働いている。朝の地下鉄や、終電で乗り合わせる人を見ると、誰もが疲れ果てているようにしか見えない。

それだけ真面目に働いているにも関わらず、ヨーロッパのどこかの国の様に、「経済危機だ」といいながら、夏には皆バケーションとして南の島に大移動する、なんという豊かさ。

一方日本ではあんなに一生懸命、真面目にあれだけ長い事働いているのに、家賃、健康保険、国民年金、光熱費、住民税等々、生きる事の必要経費でほとんど手元に残らない。その中でもできる楽しみを見つけて、文句も言わずに今日も電車に乗って通勤する。

そんな中で生きていると、やはり家賃や健康保険などが本当に適正な金額から外れ、必要以上に吸い上げられてしまっているのではと思いたくなるのが人の常。土地や建物を持つ者だけが、システムとして下部層からできるだけ多くのお金を奪っていく。そんな一面もあるのだが、彼の言ったことを考えると恐らく違った一面も見えてくる。

日本人が日本で生きていくうえで保障されている生活の基礎部分が世界に比べてどれだけ手厚いかという問題。しっかりと手続きさえ踏まえれば受けられる行政サービスは多様に渡り、生活保護もしっかりと需給条件さえ満たせれば、生活するのに十分な額が支給されるようになっている。

医療や高齢者介護、障害者や教育。それらの制度と維持すべき施設。そしてその分野で働いている人々への賃金。保障する最低基準の生活が、世界基準で見れば相当に豊かな生活になってしまっている事実。それほど手厚い保障が施される国。それを維持する為にどれだけ多くの税金が投入されていくことか。

もちろん本当に精査していき、現在の社会に適した内容に変更していく必要もあったりし、かかる費用を落としていける部分もあるのだろうが、もう一つの側面は、成長期に合わせて、人口が増えていく想定の中で様々な制度が作られてきた中、その前提がガラッと変わり、制度を維持するだけの力が国になくなってきてしまった以上、「今までのような手厚い保障を続けていく事はできません。それに健康的に生きていくには今よりも低い水準でも現代日本では十分可能なはずです」と政府は正直に言う時期に入ってきているのだろうと思う。

それに合わせて大幅に制度を変えて、教育や住まう場所は提供し多様性をもった保障の形を作りだし、これからの日本の国の規模に適した、多様な生き方を許容でき、かつての良き時代の利権を維持するだけの搾取構造から脱却し、適正価格を社会で見つけていけるような時代が訪れて欲しいと願わずにいられない。

2013年12月30日月曜日

「殺人鬼フジコの衝動」 真梨幸子 2008 ★

「貧困は連鎖する」

それを実感を持って理解させてくれる一冊。これを読めば、「なぜ貧困が連鎖してしまうのか?」を痛いほど理解でき、問題は「貧困そのものよりも、そのメンタリティーが連鎖する事」であると実感する。

貧乏はお金が無いから貧乏なのではなく、どんなにお金があろうとも、計画性も無く散在してしまえばいつまでも貧しい生活から抜け出せない。

と本書の中でも書かれるように、どんなに収入が少なくとも、しっかりと計画をして欲望を抑制し、分相応な生活を規律を持って続けられる人はいつかは豊かな生活にたどり着ける。

まさに真実。

その規律。計画性。メンタリティーを誰からも教わることなく、良い手本を一度も見ることなく大人になってしまう。刹那的な目の前の喜びだけを追う生活。

「将来、どんな大人になればいいか?」

の問いに対して、かつては「誰かの役にたつ人。社会に必要とされる人。人から尊敬される人」という答えが暗黙の了解として共有されていたが、いつの間にか「お金を稼ぎ、自分の欲望を満足できればそれでいい」になってしまった日本。

そのお手本の様に、小さな時からどう生きるべきかを教えられず、常に自分の視線から物を判断し、周囲に受け入れれらる為に小さな嘘を重ね、自分の心の中で大きくなる小さな欲望に振り回され、大人になっても欲望ばかりが大きくなる一方で何も大人になっていかない。

テレビをつければアイドル志望の数多の若い女の子が次から次へと出てきている。いくらネットの出現と共に、消費者にも多様化が進んだと言っても、これほどの多くの若い女の子が将来芸能界で生きていけるんだという思いだけで、大量に生産され消費されていくのは本当にいいのだろうかと思ってしまう。彼女達の中のほんの数人だけが、その後も光の当たる舞台にい続けることが出来るだろうが、それ以外の多くの子達は、それでも生きていかなければいけない。

虚構の世界で評価される自分を追い求めてきた光の当たる若かりし時代。恐らく世間よりも厳しい規律の中で日常を生きるということもあるだろうが、それでもやはり大人になるステップを何段か踏まずに時間を過ごしていることも事実であろう。

よほどしっかりした親や、周囲の大人がケアしない限り、用無しになって放り出されて、どうしていいか分からなくなってしまう子達も大勢いるのだろうと勝手に想像する。

同時に、現代日本ほど風俗産業やアダルト産業が肥大化し、様々なジャンルに枝分かれした社会も珍しいのだと思う。それだけ巨大化した産業で働く女性達。それを求める男性がいるから、という事ももちろんあるだろうが、それにしても、世間とはまったく違った労働と報酬がまかり通るその世界に、小さな自分の欲望を満足させる為に安易に足を踏み入れていく若い女性達。

そこから再生産されるように生み出される貧困が連鎖した子供達。そんな事をイメージさせる何とも嫌な気分になる一冊。「嫌われ松子の一生」を連鎖させるが、より一般性と現代性を持ちえているといえ、こういう世界は、実は自らの日常のすぐ隣に潜んでいるんだと少々ゾッとする一冊である。

2013年12月22日日曜日

「絶望の国の幸福な若者たち」 古市憲寿 2011 ★

最近様々なメディアでも目にするようになった若き社会学者。何冊か本が売れているという様子は知っていたが、どうにも腰が引けながら数年を過ごしてしまったが、どうやらこの世代のトップランナーであることは間違いないらしいので、とにかく知っておこうと手にした一冊。

若者である筆者自身が、おじさんが勝手に「最近の若者は・・・」とグチグチ言っているのに対して、「若者が若者の本当の姿を描いてやろう。彼らの視線が捉える現代の日本を描いてやろう。」という意欲作であり、そのためにはあまりにも曖昧に使われている「若者」という定義と「現代の」という定義をしっかりと統計学に沿って浮かび上がらせて、根本的には第六章の「絶望の国の幸福な若者たち」の内容が言いたかったこのという構成のようである。

もう既に「若者」というカテゴリーから足を抜いて、着実に「おじさん」のカテゴリーへと移り始めている自分であるが、「建築家」という職業的年齢ではまだまだ「若者」という払拭し得ない矛盾を抱える為に、社会学が捉える若者語りはどういう方向へ進んでいるのか見ていくことにする。

1章から5章までかけて語られるのは、「そもそも「最近の若者は・・・」と語られる、内向き、不幸、地元化、貧困、モノを買わないなどのそれぞれの要因について実際数字で検証すると何が見えてくるのか?」とおじさん世代が偉そうに言っている事が実は余りにも曖昧なイメージを元にしているということを論証し、そもそもそのおじさん達が若者であった時代と比べて若者自体が何か大きく変わったわけではなく、時代と国が変わったのだと一つ一つ論を進めていく。


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1950年の時点で日本の都市人口は4割に満たなかった。日本人のほとんどは農村に住んでいたのである。農村に住む若者と、都市に住む若者の生活スタイルはまるで違った。
企業としては一番人口が多い年代をお客様にするのが賢い。
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高度成長期を終え、右肩上がりの時代だから共有できた「中流の夢」が崩壊した後、生きる為に中央に向かわなければいけない人が減り、地元に残りながらも、それなりに楽しく、そこそこ幸せな日々が送れる現代。

縮小社会に向かう日本の今後を見据えるからこそ、その「幸せ」を支える生活の基礎自体が徐々に腐り始めていながらも、「今」の自分の状況をそれなりに「幸せ」だと定義して地元化の中で終わりなき日常を生きる現代の「若者」。

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なぜ車の販売台数が大きく減ったのか。日本の人口構造が変わって、高齢者が増えて若者が減ったからである。
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安全で確実な道を選んで生きる。
英語力が足りないために自由な交流ができているわけでもない
他人を押しのけてまでは成功を求めず、むしろ身近な仲間達を大切にする。
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不況だ、格差だと叫ばれている最近のほうが、バブル時代よりもよっぽどみんな留学しているのだ
「1マイル族」
「お金を使わない20代の若者」
「自宅から半径1.6キロ以内で暮らす若者」が増えている
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あくまでも高度成長期と比べた時の話だ。当時は農村人口が多く、地元で働き口の無い「二男三男」たちは都市にでるしかなかった。いわゆる「金の卵」というやつだ。
都会の企業は安価な労働力として農村出身の若者を求めた。その利害の一致が起こした人口移動。
大学も働き先も無い「本当の田舎」が減って、「そこそこの都市」が増えた
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自動車・家電・海外旅行離れ
若者は決してモノを買わなくなったわけではない。買うモノとそのスケールが変わっただけのこと
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これからの人生に「希望」がある人にとって、「今は不幸」だといっても自分を全否定したことにはならない
「今日よりも明日がよくならない」と思う時、人は「今が幸せ」と答えるのである。
自分達の目の前に広がるのは、ただの「終わり無き日常」だ
コンサマトリーというのは自己充足的
社会という大きな世界に不満はあるけれど、自分達の小さな世界には満足している
「今、ここ」の身近な幸せを大事にする感性のこと
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大学卒業後、一つの企業だけで働き、出世レースに明け暮れて、趣味と言えばゴルフとマージャンくらいしか知らない「お父さん」のほうが、僕から見ればよっぽど「内向き」に見える。
ムラに住む人の様に、「仲間」がいる、「小さな世界」で日常を送る若者たち。これこそが、現代に生きる若者達が幸せな理由の本質である。
多くの人が「仲間」と暮らすのは、何も起こらない退屈な日常だからだ。
日常の閉塞感を打ち破ってくれるような魅力的でわかりやすい「出口」がなかなか転がってはいないからだ
自分のつまらない日常を変えくれるくらいの「非日常」
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世界中何処にいても「故郷」とともに暮らしていけることを意味する
世界中を自由に移動できるのも、実際には限られた人だけだ
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おそらく若者を含めた、平均的な日本人はルイ14世よりも豊かな暮らしを送っている。
家の近所のレストランで世界中の料理を食べることが出来る
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原子力を受け入れたムラは活性化した。雇用は創出され、出稼ぎ労働の必要は無くなった。喫茶店や飲み屋、下宿宿などが出来てムラは活気付いた。電源三法交付金や固定資産税などにより、ムラには図書館や福祉施設などの立派な箱物ができるようになった。

原発を止めることは、原子力ムラの人々の生活の基盤を脅かすことになりかねない。
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ざっとこのようなことが5章までに語られる。その前提を踏まえ進むのが第六章の「絶望の国の幸福な若者たち」。

今の日本で叫ばれる「格差」や「貧困」の実の正体が見えにくくなってしまっているのは、日本が「社会福祉」で成り立っている国ではなく、実は「家族福祉」と「会社福祉」で生活が保護されているからだという点はとてもすんなり納得する。

「既得権益に居座る高齢者の勝ち逃げ」状態になっている現代の少子高齢化社会。「足りない労働力は解雇しやすい契約労働者や派遣労働者で補おう」という企業の勝ち残りのための已む無き選択の幅寄せは、ダイレクトに現役世代の若者へと向かう事になる。

会社への忠誠を誓わせる為に、終身雇用制と年功序列制で若いうちは給与は低いが、長く会社に奉公すればするほど将来的な給与も、様々な付加的な待遇や福祉も手厚くいただけるという制度は、必然的に雇用の流動化を妨げる。

社会を支えるエリート養成の場としての役割から、全入時代を経て、「大学進学率が急上昇してしまい」、そのあおりを受けて起こる「若者の就職難」。

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WiiやPSPを買えるくらいの経済状況で、それを一緒に楽しむことが出来る社会関係資本「つながり」を持っていれば、大体の人は幸せなんじゃないか
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というように、現代に生きるためには「経済的な問題」と「承認の問題」をクリアしさえすれば、そこそこ幸せな日常をおくれ、そのために「わかりやすい貧困者」がなかなか見えてこない。

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若者の貧困問題が見えにくい理由、それは若者にとって「貧困」が現在の問題と言うよりも、これからの未来の問題だからだ。若年層ほど世代内格差は少ない。20代のうちは給与格差があまりないからだ。

しかし正社員と非正社員の違い、優良企業の社員とブラック企業の社員の違いは、彼らに「何か」あった時に明らかになる。

病気なった時、結婚や子育てを考えた時、親の介護が必要になった時、社会保険に入っていたか、貯金があったかなどによって、取れる選択肢は変わってくる。

若者の貧困が顕在化しない大きな理由の一つに「家族福祉」がある。若者自身の収入がどんなに低くても、労働形態がどんなに不安定でも、ある程度裕福な親と同居していれば何の問題もないからだ。50代の家の平均貯蓄は1593万円、60代だと1952万円になる

働いている子供が家にお金を入れている場合もあるが、たいていの場合、その額は家族を支えるほどのものではない。家事をほとんど分担しないケースも多い。また親と同居している未婚者のほうが、同居していない人よりも生活満足度が高いという調査もある

日本の経済成長と共にストックを形成してきた親世代にパラサイト
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自分の近くの誰かの姿が思い浮かんできそうな表現だが、相当多くの若者が以上の通りにかなり親に「甘え」、自らの経済性以上のレベルの生活を享受し、それに何の疑問を持たず、自分で稼ぎ、その中でやりくりするという当たり前のステップを踏むことなく大人になってきている。すぐそばまで迫っている、「親がいなくなった後」の自分の生活に想像が及ばないのか、それとも怖くて目が向けられないのか。

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一度「いい学校、いい会社」というトラックから降りてしまうと、再びそこに戻るのは難しい。

かつての若者には貧困から抜け出すチャンスも多かった
現在はフリーターから抜け出すのが二重の意味で難しくなっている
フリーター経験者を正社員採用することを躊躇する企業が多い
当の若者が必ずしも正社員になりたがっているわけではない
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と描写される現代社会。確かにその理由は間違っていないだろうが、それは同時にその本人が、皆と同じように苦しみながらも、楽しくない毎日の仕事を我慢しながらもこなしていくというストレスのかかる生活から下りて、責任もストレスも少ない生活に入る事で確実に「気力」も下がることになる。それは、「生きる」ことへの「気力」でもあり、「がんばること」への「気力」でもあるだろうが、一度そこから下り、楽を覚えた身体と精神には、また元の場所に戻ることも、元の場所での仕事や生活で責任とストレスを抱えながら生きる事は、続けるよりもより大きな「気力」が必要になる。

つまり一度階段を下りると、なかなか戻れないのは社会だけでなく、人間の性でもあるのだろうと思わずにいられない。


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未来の「貧しさ」よりも、今現在の「寂しさ」のほうが多くの人にとっては切実な問題だからだ。恋人がいればいい。
「無いと不幸なもの」の一位は「友人」
「ブスなら化粧で化けられるし、仕事が無くても、不景気だからと言い訳できる。でも、「友達がいない」は言い訳が出来ない。幼少期から形成されてきた全人格を否定されるように思ってしまう。
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若者達の「二級市民」化は進んできている。「夢」とか「やりがい」という言葉で適当に誤魔化しておけば、若者が安く、クビにしやすい労働力だってことは周知の事実だ。
緩やかな階級社会へ姿を変えていくだろう。

Googleは「Googleで何を検索したらいいか」までは教えてくれない。提示される膨大な検索結果の中から自分で「正しい」情報を選ばないとならない。
そのうち、Googleから検索ウィンドウが消える日が来るかもしれない。過去の自分の行動履歴を元に、あらゆる情報はリコメンドされる。Amazonは、本の読むべき箇所までを推薦してくれるかもしれない。

一部のエリートは難解なNHKニュースを見続けるかもしれないが、多くの人はリコメンドされるままに「合コンで印象に残る自己紹介パターン」などのニュースを見続ける。
もうここまで来たら、江戸時代とあまり変わりが無い
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現代の情報社会に生きていると、情報革命が起こった初期の頃は、「ネット革命によって全ての人へ可能性がひらけた」とか、「生まれ持った経済性などの格差を取り除く可能性が生まれた」などと思われていたが、慣れてくるとそのツールをどう使いこなせるかによって、より格差を助長する役割を果たしてしまうものだと誰もが理解し始めた。

恐らく著者は、現代の日本の若者を見ていくにつれた、結局はそれも現代の社会の一現象に過ぎず、結局は世界全体で起こっている二極化の現象に他ならず、「緩やかな階級社会へ姿を変えていく」世界の中で、若者自らが「二級市民」化しているということを自覚せず、それでも「そこそこ幸せな終わりなき日常」を生きていることを指摘したいのだと次の言葉から読み取る。

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「日本」にこだわるのか、世界中どこでも生きていけるような自分になるのか、難しいことは考えずにとりあえず毎日を過ごしていくのか
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本来ならば、「日本」にこだわりながらも、世界中のどこでも生きていけるような職能を身につけて、常にその職能を向上させる日常を生きる事が出来る人か、それとも上記に示されたような「二級市民」化して終わる事なき若者として生きていくのか。

牙を剥いたグローバル資本主義世界が我々に突きつけているのはそれほど厳しい現実だと言う事だろう。

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目次
はじめに

第一章 「若者」の誕生と終焉
 1 「若者」って誰だろう?
 2 若者論前夜
 3 焼け野原からの若者論
 4 「一億総中流」と「若者」の誕生
 5 そして若者論は続く

第二章 ムラムラする若者たち
 1 「内向き」な若者たち
 2 社会貢献したい若者たち
 3 ガラパゴスな若者たち
 4 モノを買わない若者たち
 5 「幸せ」な日本の若者たち
 6 村々する若者たち

第三章 崩壊する「日本」?
 1 ワールドカップ限定国家
 2 ナショナリズムという魔法
 3 「日本」なんていらない

第四章 「日本」のために立ち上がる若者たち
 1 行楽日和に掲げる日の丸
 2 お祭り気分のデモ
 3 僕たちはいつ立ち上がるのか?
 4 革命では変わらない「社会」

第五章 東日本大震災と「想定内」の若者たち
 1 ニホンブーム
 2 反原発というお祭りの中で
 3 災害ディストピア

第六章 絶望の国の幸福な若者たち
 1 絶望の国を生きるということ
 2 なんとなく幸せな社会
 3 僕たちはどこへ向かうのか?

補 章 佐藤健(二二歳、埼玉県)との対話

あとがき
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