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2017年8月8日火曜日

「さようなら、オレンジ」 岩城けい 2015 ★★★


第29回(2013年)太宰治賞受賞
第150回(2013年下半期)芥川賞候補作 (受賞小山田浩子「穴」)

ということで数年前に随分メディアで紹介されていた一冊。オーストラリア在住の専業主婦である著者の私小説的な物語の様であったが気になって購入し、少しずつ読み進めた一冊をやっと読みきる。

オーストリアの田舎町に住むアフリカからの難民である女性と、夫とともに移住してきた日本人女性を中心に、「母国語ではない言葉で生活が行われる場所で生きるとは」というテーマを主題に淡々と物語りは進んでいく。

恐らく、様々な理由で海外で生活をする日本人は現在世界中に数えられないほどいるだろう。望んでなのか、それともそうでなくとも、自分がその言葉以外で思考し教育を受けてきたことが、言葉という大きな壁のせいで自らのアイデンティティーを揺さぶるような経験は、誰もが必ず通ってくる道であろう。

外国に旅行に行った際に不自由なくやりとりができればいい。
語学留学などで、同じように第三国から来た人々と会話ができればいい。
仕事でやりとりができるくらい喋りたい。

求めるレベルと、そこに達するまでの厳しさは、人によってそれぞれだ。しかし、その言葉の環境で生活していれば、時間とともに上達するというのはまったくの希望的観測で、レベルを上げるためにはどうしても、学習と実践が必要だということも、外に出たすべての人が、どこかでぶち当たる事実。

それが「英語」という、どこの国でも外国語として真っ先に習い、そして成長とともに教育課程の中で触れてきた言語ではなく、それ以外の言語であるならなおさらのこと。

恐らく、オーストラリアに移り住み、20年近い時間をそこで過ごしたという著者は、きっと外国語と母国語、いつになってもネイティブの様には言葉を使いこなせない現実、その国の言葉でその国の人と交流しても、母国語で思考する自分の感情との間で必ず発生するギャップなど、「言葉」に派生する様々な葛藤に丁寧に向き合って生きてきたのだろうと想像する。

村上春樹の「遠い太鼓」や「やがて哀しき外国語」もまた、日本語で育った人々が、海外で生活する上でどこまでいっても付き纏うどうしようもない感情をうまく表現した本であったが、グローバル化を終え、国境を越えて生活することが人類史上かつて無いほど活発に行われる現代。その中でオーストラリア、日本人、アフリカ難民を「言葉」で紡ぎ、人が生きるとはどういうことか、人と交流するために言葉は何を助けるのかを丁寧に描いた一冊ではないかと思う。

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第29回(2013年)太宰治賞受賞
第150回(2013年下半期)芥川賞候補作
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岩城けい

2017年6月20日火曜日

AA School External Examination 2017


母校のイギリス・ロンドンのAAスクールという建築系の大学でエクスターナル・イグザミナー(External Examination)を引き受けて今年で三年目。

External Examinerというのは、イギリスの大学のシステムの一貫で、一年の終了時に国が定める(この場合はイギリス建築協会)の大学教育としての基準に、「学校が達しているかどうか?」と外部の専門家によって判定してもらうというシステム。なので一般的なレビューと言われる学生の作品を見て批評するものではなく、むしろ先生とその教え方に対してのチェックをする。

二日間にかけて、Intermidiateと呼ばれる1年から3年までのユニットを初日に、4,5年生を対象としたDiplomaのユニットを二日目に見ることになる。それぞれの人もExaminerは二人一組となり午前・午後それぞれ一つのユニットを審査していく訳である。

審査の内容としては各ユニットを率いるユニット・マスターが最初にその年のアジェンダや学生についての概要をExaminerに伝え、その後そのユニットの最終学年に属する学生が、およそ10分程で一年通して学んで行ってきたプロジェクトをパネル、模型、スクリーンなどを駆使しながら説明する。全員が終わった後に、学生を外に出して、ユニット・マスターに対して二人のExaminerがそれぞれにコメントをし、それを元に如何にユニットを良くしていけるかなどを議論し、最後の学生を再度部屋に呼び入れ、総括をあげるという流れ。

それぞれのExaminerが持ち寄った結果をそれぞれの日の最後に全てのExaminerと学長が一緒になって振り返り、学校としてそれぞれの学年として、また個別具体的にそれぞれのユニットとしてどんな問題があるかどうか、それをどう向上させられるかどうかなど、喧々諤々に議論をし、それを持って全てのユニット・マスターが待つ部屋に移動し、Examinerが一人づつ総括を伝えていくというもの。

External Examinerはイギリスやアメリカの大学でながく教鞭をとっているアカデミック畑の人と、建築家として実務についている人の間でおよそ半々のバランスで選ばれており、男女比もおよそ半々になるように考慮されているということ。

AA出身の人もいれば、学校のレクチャーやクリティックで縁ができて呼ばれた人もいるようであるが、現在の学長であるブレット・スティール(Brett Steele)は自分が大学院で学んだときの直接の先生であり、現在はザハ・ハディド事務所を率いるパトリック・シューマッハ(Patrik Schumacher)とともに、AAスクールの大学院におけるデザインコースであるAADRLを創り上げ、現在のアルゴリズム設計を牽引するまでに育て上げてた功労者であり、同時に卒業後もパトリック同様に何かとお世話になっている縁もあり、3年前にExternal Examinerとして声をかけてもらったら、それはやはり首を縦に振るしか無い訳である。

そのメンバーはというと、4年間勤めることもあったり、どうしても仕事の関係で日程が合わなかったりと、毎年数人違ったメンバーが入ることになるのだが、ほとんどのメンバーは数年来顔を合わせて、濃密な二日間をともに過ごしているので、すっかり顔なじみとなる訳である。

そして今年のメンバーは以下の通り。

Roz Barr:Roz Barr Architects
Patrick Bellew:Atelier Ten
Mary Bowman:Gustafson Porter + Bowman
Alison Brooks:Alison Brooks Architects
Pippo Ciorra:Fondazione MAXXI
Hernan Diaz:Alonso SCIARC
Tom Emerso:6a Architects
Homa Farjad:Farjadi Architects
Kathryn Firth:FPDesign
Yosuke Hayano:MAD Architects
Mariana Ibanez:Harvard University Graduate School of Design
Amanda Levete:Amanda Levete Architects
Vittorio Lampugnani:ETH Zurich
Alex Lifschutz:Lifschutz Davidson Sandilands
Fred Manson:Heatherwick Studio
Farshid Moussavi:Farshid Moussavi Architecture FMA
Florencia Pita:PITA & BLOOM
Keith Priest:Fletcher Priest Architects
Wolf Prix:Coop Himmelb(l)au
Elisa Valero:Ramos elisavalero arquitectura
Elia Zenghelis:Yale School of Architecture

「年代や男女比、実務とアカデミック、国籍などバランスを取るのが大変でしょう」と学校側の担当者に尋ねると、深くうなずくその姿に、このメンバーを調整するのがどれだけ大変が納得する。

今年は初日にKathryn Firthとペアを組みIntermidiateを、二日目にPatrick BellewとともにDiplomaを審査するのだが、Examinationの始まる前日の夕方17時に、来られる人が学校に集まり、学長のブレット・スティールと学校の担当者とともに明日から始まる二日間の審査についての流れの説明を受け、それぞれに必要な資料などが配布される打ち合わせがある。

今年は夏前に発表されたニュースで、ブレッドがこの夏をもって10年以上勤め上げたAAスクールの学長を辞め、母国のカリフォルニア大学ロサンゼルス校の建築学部の学長へと就任することが発表された為、次の学長を一年以上の時間をかけ、透明性を保ちながら外部の識者の意見をとりいれながら決定していくために、場当たり的に決めるのではなく、一年間の臨時の学長に就任することが決まった、長くAAで教鞭をとってきたサマンサ(Samantha Hardingham)からも、今後の手続きについて詳しい説明がされる。



こういう話を聞くと、教育機関に対する透明性が、行政や民間企業の天下り先として利用されがちな日本の大学施設と比べ、どんどんと差がついてしまうのが何とも納得できてしまうものである。

仕事の関係で、協同を模索していた事務所の代表であるキース・プリースト(Keith Priest)もたまたま今年からこのExternal Examinerを請けることとなり、ちょうどいいタイミングだということで、挨拶をして彼の事務所に訪れたり、大学院で一つ下の学年に属していたマリアナ(Mariana Ibanez)は、その後大学院での自分のチームメートと結婚したという縁もあり、再会を懐かしみ、彼女も現在教えるハーバード大学からこの秋からMITへ移動するなど、それぞれの近況を報告しあいながら、この学校で過ごした時間とその後に流れた時間の長さを改めて感じる機会となる。

打ち合わせの後は、Examinerとブレットがそろって近くにあるザハも好きだった有名な中華レストランへと移動となるのだが、英語を母国語としない自分にとっては渡された資料をできるだけ読み込んで明日を迎えないと大変なことになるというので、「ちょっとお先に・・・」と抜け出して、学校が手配してくれた近くのホテルの部屋でアカデミックな英語で書かれた各ユニットのアジェンダに電子辞書片手に向き合うことになる。









2014年10月28日火曜日

学ぶことが目的の時間の価値

フランクフルトにてポルシェ・デザインのためのタワーを設計する国際コンペが始まる。世界各国からいくつかの設計事務所が招待され、数ヶ月に渡って案を練って提出することになる。

Porsche Design  Frankfurt

プロジェクトの数だけクライアントがいて、同じ数だけプロジェクトの要綱がある。どんな場所の敷地に、どのような規模の、どんな機能を持った建物が要求されて、どんな条件の中、何が求められ、何ができないのか。そして最終的にどんな提出資料を求められるのか。

クライアントが何を評価し、何を求めているのか。複雑な事象を平衡しながら進めていく建築設計の作業の中で、それぞれの与件を理解し、その間の関係性を見つけ出し、優先事項を自分達の中で整理していく。

と同時に、敷地固有の条件である方位や眺望、環境条件や周囲の開発状況などの経済による影響を読み解いていく。

そんな細かい情報を見落とさないようにと、英語で書かれた要綱に目を通すことが一番最初の作業となるのだが、英語を母国語としない我々にとっては、毎回のことであるが、この要綱の読み込みもまたかなりの作業となってしまう。

毎回必ず意味が不安な単語にぶつかり、その度にネットにて意味を調べる、文脈と確認していくことになる。その時に文脈だけ理解するレベルで流してしまうと、次に出会ったときに再度同じ作業を繰り返さなければいけないために、面倒でもメモを残して、後に見直し、記憶に焼き付けるようにしていく。

colloquiumやvicinityといった、何度か見かけたことがあるはずの単語は二度と調べる手間を取らせないようになんとか覚えようとするが、やはりこの歳での暗記はそれほど効率的にいかないこともあり、少なくとも数度見直して海馬に引っかかるように努力をする。

そんなことを繰り返している折に、英単語を覚えるために時間が費やせた学生時代が、どれだけ贅沢な時間であったかとふと思う。こうして仕事を進めなければいけない中で、同時に英単語も覚えなければいけない社会人には、覚えることが目的となる時間が過ごせることがどれだけ得がたいモノか。

そんなことを考えながら、少なくとも何年後かに同じ単語を調べるという無駄を犯さないように、少なくともこの中の幾つかは確実に記憶に取り込んでしまおうと気を奮わすことにする。

2014年4月10日木曜日

ストイックさ

良く耳にするようになった「ストイック」という言葉。英語の「stoic」から来ているのだが、その語源はトア学派の哲学者の克己禁欲主義を信奉する人のことを指し、「自分の欲望を抑え情念に動かされることなく幸福を得ようとするさま」という。

この言葉に値する現代日本人として上げられるのが、かつてこのモスクワのサッカー・クラブに所属した本田圭介。2010年2月にモスクワを拠点とするCSKAモスクワ(チェスカ・モスクワ)に入団し、中心選手として活躍し2013年12月の退団まで約4年をこの地で過ごしたことになる。

このモスクワの地に数日滞在しただけでも良く分かるが、この地で外国人として生きることのハードルの高さ。グローバル化が進んだ世界では、世界中ほとんどの場所に行っても英語さえできれば、それなりの苦労は取り除くことが出来る。

しかしこのロシアにおていはその常識が通用しない。恐らく世界の数少ない英語がまったく通用しない国の一つであるのではないだろうか。このモスクワの状況を見たら、日本の英語教育がレベルが低い、効果が出てない、長いこと学習しても実際に話せるようになっていない、国際人が育っていない。などという議論が馬鹿馬鹿しく見えてくるほどである。モスクワのあとでは日本の英語教育は相当にレベルが高いと言わざるを得ない。

それほど、英語という言語ツールが通用しない場所、モスクワ。

新しい日常となる場所で、言語というハードルがあるのはどれだけ人間の行動を不自由にするか。恐らくチームが専属の通訳をつけて、家族のケアや移動時の運転も行ってくれていたのに違いないが、それでも自分が一人の人間として、その地で生活を営む上で言語が障壁となるのは精神的にも肉体的にもかなりの負担となる。

それを今回の滞在中に地下鉄やバス、街中での現地人への質問でどれほど思い知らされたか。そのストレスを抱えながらこの地で自らの職業的能力の向上、そしてキャリアアップを目指した彼の精神力と、それを支えた家族の精神力にはまさにストイックと言う言葉が相応しいと思わずにいられない。

言葉の次にはその地でのライフスタイル。ほとんどのヨーロッパの国では、首都クラスの都市になれば、ある程度の物資やサービスは揃っていると考えていいだろう。日本食材を買えるスーパーがあったり、日本人の経営する日本料理屋があったりする。そして外国人として楽しめるようなレストランやバーなどもかなり充実しているはずである。

しかしこのモスクワで夜に出歩いても、あまりそのような雰囲気は感じられない。それに加え、あまり生活の中での娯楽に関する面が見えずらい。恐らくロシア人が楽しむ程度には十分に多様な場所があるのだろうが、恐らく外国人でストレスを感じずに楽しめるような場所は他のヨーロッパ諸国の大都市に比べて圧倒的に少ないと思われる。

つまりはそのような他のヨーロッパ諸国の主要リーグに所属するサッカー選手とは、日常を送るというレベルで既に厳しさが違ってきてしまう。それをクリアした上で、職業人としてのサッカーの技能を高める必要がある訳である。

これは本当に凄いことだと、自らがその都市を体験した後に理解できる。

まさに「自分に厳しく欲望に流されない人」、「禁欲的」という意味にの「ストイック」な時間の過ごし方ができる選手に違いなく、それを家族としっかりと共有できている人間性を持っているのだろうと勝手に想像し、自らの日常の過ごし方を改めて振り返ることにする。

2014年4月8日火曜日

モスクワ大学 セブンシスターズ 1953 ★★★★


セブンシスターズも残りは長女一人を残すのみ。予定では、芸術家アパートの後にニコラーエフ設計のテキスタイル学校の寮や、シューホフ塔などを見歩いてから向かう予定だった最後のモスクワ大学だが、あまりにも疲労が蓄積してきたので、それらは明日に回してセブンシスターズだけでも今日中にコンプリートしようということでルートを変更して向かうことにする。

慣れない街で、英語が通用せず、高額請求を避けるためにローミングを切っているために地図アプリが使用できない状態では、事前に用意した地図とルートに沿って行かなければいけない。そこで目的地をスキップし、ルートを変えるというのはかなり命取り。

しかしここまで随分モスクワを回りながら、地下鉄やバスなどにも慣れてきたという自信から、きっと問題ないだろうということで向かう最寄り駅。本来ならここからバスで大学まで行くのだが、駅を出たら目の前に明からにセブンシスターズというタワーが見えているので、この距離感なら徒歩でもいけるだろうと判断し歩き始める。

見えているのでそんなに遠くは無いだろうとたかをくくっていたが、歩いても歩いても建物は近づいてこない。目の前に伸びるまっすぐな一本道。かなり多くの学生も駅に向かって歩いてくるので、徒歩圏内かと思うが、やはり一日歩き続けた脚にはかなりの負担。まるで遠近法を無視するかのような目の前のタワー。

それもそのはず。この最後のセブンシスターズであるモスクワ大学は、セブンシスターズの中でも一番の高さを誇る、235メートル(36階)。1775年に設立されたロシア最古の大学であり、もちろん国内最高学府。

その敷地も市内の南西部に位置し、モスクワ市内でもっとも高い場所であるァラヴィョーヴィ丘の上にある。中央に一段と高く聳えているのは大学本館。1988年まではヨーロッパ随一の高さを誇っていたという。

その建物の大きさも尋常ではない。廊下の総距離は33キロにもおよび、エレベーターも計100基以上あるという。その大きさの為に、世界最大の大学としてギネスにも載っているらしい。とにかく巨大。そして威圧的。その巨大さを思い知りながらヘロヘロになりながらやっと本館前に到着。

内部に入ろうとするが入り口で学生証のチェックをしていて入れない。しょうがないので周囲を散策し、とっとと退散することにする。さすがに歩いては帰れないということで、正門前のバス停に行き、目的の地下鉄の駅行きのバスを探す。

どう考えても行きたい地下鉄の駅名が行き先として書いてあるバスを見つけ、それが地図上の目的の駅まで行くのかを確認するためにバスを待っている学生に英語で聞いてみる。しかし数人試したが誰もが英語をしゃべれないし、意思疎通しようという意思すら持ち合わせていない。ロシア最高学府のモスクワ大学の学生にしてこのレベル。

そこにロシアのプライドと、世界の中での位置づけを感じて「ままよ」とあたりをつけたバスに乗り込む。目的の駅は先ほど到着した駅とは路線が違い、更に東に1ブロック行った先にある。願うようにしてまっすぐいけよと思っていたが、先ほど降りた駅の交差点で右折するバス・・・

焦って隣に乗り合わせた如何にも知的なビジネスマン風の男性に地図を見せながら、「このバスはこの駅に行くのか?」と聞くが、やはり英語を理解しないがなんとか意味は分かったようで、バスの中の路線図を確認して「行く」らしきことをロシア語で返してくれる。せめて「Yes」くらい話せればいいのに・・・と思いながら、彼の言葉を信じて願い続ける。

一度右折してしまったので、頭の中で想定している位置に行くためには、「再度左・左と繰り返し元の道にでてから右に曲がって目的地かも?」と希望的観測を持ちながら観察していると、早速左に曲がるバス。「これは当たりかも」と思っていたら、次の交差点であっさり右に曲がっていく。「左じゃないのか!」と思いながらも焦って次のバス停で飛び降りる。

まさに「nowehere」なモスクワ郊外で、疲労困憊した身体と相談しながら身の振り方を考える。「とにかくバスは信用ならない」ということで、これ以上不確定要素を増やすよりは、一番確実な徒歩で地下鉄の駅へと向かうことにする。

方向は分かっているので、それが一番確実なのは分かっているが、いかんせん、とにかく疲労が蓄積している。しかも郊外になればなるほど、地図の比例が変わるのか、どうやら1ブロックが極端に大きくなっており、頭で想定していた距離感よりも何倍もの距離を歩くことになる。

途中にまた発見するバス停。そこで待っている高校生らしき若者。あまりの疲労のために、行き先を確認し、その若者に「ここに行きたいのだけど、このバスは行くのか?」と聞いて見るが、案の定まったく意思疎通できず・・・ギャンブルはこりごりということで、再度足を進めることにする。

その途中で今オフィスで手がけている南京で進めているプロジェクトにやや似ている建設中の建築を見つけ、少々気分を回復して先を進む。

覚悟を決めて歩く。ひたすら歩く。疲労のために、何倍もの距離に感じながらも歩く。おそらくここだけで1時間以上歩いたと思われるが、知らない街でほとんど外国人の姿も見かけることの無いのどかな道を一人トボトボと進みやっと到着した地下鉄の駅。不慣れな街での公共交通を利用することを恐怖を痛感し地下鉄の階段を下りていく。















2013年6月29日土曜日

2013 National Conference – Material


先日参加したオーストラリア、メルボルンでのカンファレンスの様子が記事になってまとめられている。

2013 National Conference – Material

各スピーカーについて、結構長くコメントがしてあるので、カンファレンスを振り返るのになかなか便利であり、改めてほかっておいても多様に向かう世界の面白さに思いを馳せる。

2013年6月1日土曜日

メルボルン Melbourne Day 3


昨日のうちに、以前から予定に組み込まれていた今日の夕方のパネル・ディスカッションは「パネラーが壇上でディスカッションをして、会場から募集した質問などを纏めてスピーカーに少しだけ振るくらいだから」と聞いていたので、すっかり解放感に包まれながら良い目覚めをすることができた。

昨日は味わうこともままならなかった朝食も、このイベントに向けて仕上ていたダイエットも一段落ということもあり、たらふく平らげ、たまたま横の席に腰掛けたジョージに「頑張ってね」と声をかけてコーヒーを味わう。何とも味わい深い。

といってもイベントは朝9時から始まり、見たかったキャサリン(Kathrin Aste)のレクチャーがあるので急いで会場に。スピーカーが集まっている前列周辺に席を取り、Landhausplatzなどランドスケープから良質な都市空間を作り出す彼女達の作品をプレゼンに耳を傾ける。 


次のセッションは、アメリカからバージニア(Virginia San Fratello)。彼女はRael San Fratelloの主宰者であり、3Dプリンターの素材のパウダーに繊維を混ぜてコンクリート以上の強度を持つ素材を作り出したりと、アドバンス・テクノロジーを使いながら、マテリアルの新しい可能性を試みている建築家。

次はフィリップ・ラーム(Philippe Rahm)。フランスのRahm Architectesの主宰者でバリバリの環境建築の一人者。風、光、気温、湿度など人が快適と感じる目に見えない要素を設計対象としてプロジェクトを進める建築家。

午後のセッションは昨晩のディナーで向かいになって、いろいろとオーストラリア建築業界の話を教えてくれたティム(Tim Greer)。シドニーでTonkin Zulaikha Greerを主宰する一人。如何にも世話好きな人のよいおじさんという感じで、「シドニーに行くなら知り合いの若い建築家にぜひ会ってくれ」と紹介してくれる。プロジェクトも一つの場所で長く建築に向き合っている姿勢が感じられる非常に良質のプロジェクトばかり。

続いては、ジョージ(Jorge Otero-Pailos)。コロンビア大学で建築を教えながら、建築とアートの曖昧な作品を作り続けている建築家。レクチャーは「ダークマター」と銘打って、大気汚染など目に見えないが建築を風化させる物質もまたマテリアルではないかと話を進め、フィリップ・ジョンソンの「ガラスの家」に漂っていた違う年代の臭いを香水にしたりというプロジェクトを紹介するが、「やはり頭のいい人は面白いな」と思いながらも少々の悔しさを感じる素晴らしいプレゼンテーション。

ここまでくると既に脳はクタクタだが、次が最後のセッションだと気合を入れる。

最後はマティアス(Matthias Kohler)。スイスの名門ETHの建築学部の学長を務め、Matthias Kohlerの協同主宰者でもある。ロボットを使ったデジタル・ファブリケーションの第一人者で2008年ベニス・建築ビエンナーレのスイス館のプロジェクトなど、ロボットとアルゴリズムを使っての建築の可能性を追求している相当面白い人。

やっと終わったと思っていたら、スピーカー全員が壇上に呼ばれ、4人のパネラーと一緒にテキーラを一杯飲まされ始まるパネル・ディスカッション。ナダー(Nader Tehrani)が統括しながら、今回のテーマ「マテリアル」という観点から話をし、かくスピーカーに話を質問を降ろうとするのだが、最悪なことにほとんど質問の内容が分からないまま一番はじめに質問を投げかけられるアンラッキー・・・

「参ったな・・・」と思いながら、自分なりの言葉を捜しつつ、なぜこれだけ世界の様々な場所で、このような色々な建築家がそれぞれに「マテリアル」の新しい可能性を見つけようとしているのか?それは皆が無意識のうちに、この数十年で建築分野の中で巨大な力を持つ「環境」という建築すら飲み込み国境すら越えていく大きな概念によって、新たなる建築と環境との関係性に目をむけ、それがその境界線を定義する「マテリアル」へと辿り着いているのでは?などと意見を述べていく。

一度答えておけば、もう質問は来ないだろうとタカをくくり他のスピーカーの質疑応答に耳を傾けるが、ネイティブでも理解するのに相当苦労するのでは?と思われるような英語の言い回しに、母国語でない人にとってはハンデが大きすぎるのでは・・・と思いながらもなんとかパネル・ディスカッションを終了する。少なからずの敗北感を感じながらもとりあえず無事にイベントを終了できてほっとする。

最後は「Closing Party」ということで、会場近くのバーで出席者や聴衆も含めて一緒にお酒を飲みながら、最後の交流を楽しむことにする。ティムに紹介してもらったシドニー在住の若手建築家と明日シドニーのオペラハウスの前での再会を約束し、自由時間が無かったためにほとんど見ることができなかったメルボルンの街並みを少しでもということで、妻と二人でこっそりパーティー会場を抜け出して、夜のメルボルンを散策する。





















2013年5月31日金曜日

メルボルン Melbourne Day 2


朝一番のセッションでのレクチャーになるからとどうしても遅れることもできないし、できればその前に最終の確認もしたいしということで、朝食もそこそこに会場入り。

最終の調整で何枚か削除したプレゼン資料を担当者に渡して会場へ。好天に恵まれたこともあり、会場入り口は多くの人で埋められている。大ホールの一番後ろの席に座ってみるものの、どうにも周囲のせいで落ち着かないために、再度スピーカー控え室に戻ることにする。

会場では開会の挨拶などが行われているようだが、緊張を取り除くために廊下を歩きながら「ブツブツ」練習をしていると、担当者が「必要だったら静かな部屋を使ってください」と声をかけてくれるが、「歩きながらの方が良く考えられるから」と再度歩いてはブツブツを繰り返す。

そんなこんなをしていたらあっという間に時間が過ぎ、一緒のセッションでレクチャーをするスペインの建築家ホセ(Jose Selgas)と一緒に壇上にて流れの確認。どうにもマックで準備した彼のプレゼン資料がうまくいかないらしく、技術担当者とやり取りをしているので嫌な予感がしたが、主催者が駆け寄ってきて、「繰上げで最初にレクチャーしてくれないか?」と聞いてくる。

嫌なものから先に食べる性質なので、というわけではないが、どうせ緊張して時間を過ごすなら、さっさと終えて楽になってしまったほうがいいかということで、トップバッターで壇上へ。壇の上からは暗くて見えないかと思っていたが、比較的クリアに1200人の聴衆の姿が見えて、「ほぅ」と思いながら準備したプレゼンを開始する。

厳しいスケジュールなのできっちり40分以内で終えてくれ。と厳しく言われていたので、アイフォンで時間を計りながら、ポイントを明確に話していくと結構時間がなくなってくるが、最後はなんとか帳尻を合わせてほぼ40分ぴったしでレクチャー終了。大きな拍手の中ほっとした気分で壇を下りると、他のスピーカーから「良かったよ」と声をかけてもらってやっと一息。これが最初に終えてしまうものの特権だと、解放感たっぷりで他のレクチャーを耳を傾ける。

ホセはマドリッドをベースに活躍するSelgasCano Arquitectosの協同主宰者であり、自ら開発に携わる半透明のプラスチックを使ってのプロジェクトで知られる。のっぽさんのような風貌でどうも愛嬌がある人である。自らの設計事務所を森の中に設計した「office in the woods」はとても好きなプロジェクトだったので、彼らの作品だと知ってがぜん興味が出てくる。

セッションが終わるといろんな人にも声をかけてもらいながら、会場に併設された建材フェアの一角に出店している建築専門の書店のブースで、自分達の出版物への簡易なサイン会を行い、こちらで勉強する建築学生などが購入してくれて言葉を交わす。

そんなこんなでランチもそこそこに、主催者側がセッティングしてくれていた地元メディアからの取材を30分ほど受けて、午後のセッションを聴衆。

続いては、オランダからセザール(Cesare Peeren)はsuperuse-studiosを主宰し建築の作られ方に疑問を投げかけ、地球規模のスケールで建築だけに囚われず建材のリサイクルをテーマに設計を続けているようで、ジェット機の座席を再利用してホールを設計などしているらしい。

その次のエマ(Emma Young)は、オーストラリアをベースに活躍するPHOOEY Architectsの主宰者の一人であり、こちらもまた建材のリサイクルを一つの売りとして設計を行っているようである。

このセッションが終わると、また今度は地元のビジネス誌の記者から取材を受け、かなり厳しい質問にあたふたしながら、撮影などをこなしたらもうすぐに次のセッションが始まる時間。

本日最終のセッションは、カレイ(Carey Lyon)はLyonsというオーストラリアでも特に大きな設計組織のトップであり、如何にも地元建築業界の名士といった感じで、最近手がけたメルボルン中心地に位置する、RMIT大学校舎などのプロジェクトをプレゼンする。

その次はフランスからマニュエル(Manuelle Gautrand)で、Manuelle Gautrand Architectureの主宰者である女性。こちらもファサードに使う外装材に対して様々な試みを行っている建築事務所である。

セッションの最後には、ナダー(Nader Tehrani)が今日一日の統括をして、脳をクタクタにして一日目の全てのセッション終了。

「今日は皆疲れてるだろうから」という主催者側からの気配りで、本日の「Speaker Dinner 」はホテルにて行われることに。19時に1階のレストランに集まってきた面々は、今日でレクチャーを追えた解放感たっぷりのメンバーと、まだ明日を控えるメンバーで分かれているかのようにも見える。

流石に一日以上一緒にいるので、それぞれ顔と名前も分かってきて会話も弾み、お酒も進む。程よい疲労感と解放感を感じながらディナーを楽しみ、日本の様に締めの挨拶がある訳でなく、皆思い思いのタイミングで席を立っては部屋に帰っていくので、我々も疲れたからということで部屋に帰ってメルボルン二日目を終了する。