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2013年1月7日月曜日

人日の節句


正月らしさの無い北京の新年。

それでもしっかりと、地球が太陽の周りを回転しているということが理解できるように、寒さも一段落し確実に次の季節に向かっていると思える一年最初の節句の日。

この国では古来より、正月の1日を鶏の日、2日を狗(犬)の日、3日を猪(豚)の日、4日を羊の日、5日を牛の日、6日を馬の日とし、それぞれの日にはその動物を殺さないようにし、7日目を人の日(人日)とし、犯罪者に対する刑罰は行わないことにしていたという。

また、この日には7種類の野菜(七草)を入れた羹(あつもの)を食べる習慣があり、これが日本に伝わって七種粥となり、平安時代から始められ、江戸時代より一般に定着する。江戸幕府の公式行事となり、将軍以下全ての武士が七種粥を食べて人日の節句を祝ったそうだ。

また、この日は新年になって初めて爪を切る日ともされ、七種を浸した水に爪をつけて、柔かくしてから切ると、その年は風邪をひかないと言われているそうだが、我慢できずに5日に切ってしまった足の親指の深爪具合を眺める。

兎にも角にも、一年の豊作と無病息災を願いながら、七草粥を食べる日。

風物詩として店頭にならぶ日本の七草は手に入らないが、それでもそれに近しい野菜をいれて作ったもらった粥を平らげ、今年一年に思いを馳せる。


2011年3月4日金曜日

桃(上巳)の節句 雛祭り




















あかりをつけましょ ぼんぼりに  
お花をあげましょ 桃の花
五人ばやしの 笛太鼓  
今日はたのしい ひな祭り

女兄弟がいなかったもので、雛祭りもあまり身近なものではなかったが、親友の娘が桃の節句に生まれたからといって、「ひなの」と名づけられ、しかも尋常じゃないほど懐かれてるとなると、流石に3・3にもいろいろ思うことがあるようになり、重ねた歳の多さを実感する。

川中島の決戦を前にし、妻女山の陣内で一枝の菊を愛でながら重陽の節句を祝った謙信のように、これは桃の一枝でも送ってあげないとと探してはみるが、さすがにこの寒さではまだ蕾を開けというのは酷なもので、代わりになにか絵本でも探そうかなと軌道修正。

紙の雛人形を海に流すことはできないが、家で四苦八苦して作ってもらった春らしい五目ずしと蛤の潮汁を味わいながら、桃の代わりに桜を愛でて節句を祝うことにする。

2011年1月7日金曜日

春の七草 人日の節句

せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ春の七草

五節句のなか、唯一、重日思想に乗らない1月7日:人日。

正月の暴飲暴食で完全に疲れた胃腸を労わり、今年一年の実りと、無病息災を願って、家族と共に土鍋を引っ張り出してコトコトと弱火で前夜より粥をゆでる。

初詣も終え、七福神めぐりを終え、厄落としを終え、賀状返しを終えて、忙しない日本の正月行事を一通りこなして、日常へと戻っていく7日の朝。「一年の計は元旦にあり」というが、気持ち新たに迎えた一年の始まりの7日間に行うことが、その一年の一番の理想の過ごし方であるということか。

そうでなくてもやるべきことは沢山ある日本の正月。やるべきことを教えて育ててこなかった子供達が、キレて、ひきこもり、他責的なうちになったとなげく日本の社会だが、その社会をつくった親達が、便利だとか、楽だとか、個の実現だとか、やるべきことをどれだけ放棄してきたのかと、鍋の様子を見ながら、正月のニュースを流すテレビを横目に見ながら思いを馳せる。

食欲をそそる出来上がった七草粥を写真にとって、遠くに住む家族に送り、向こうでも「そうだ、そうだ、作らなきゃ」と、今年も家族で季節を共有しながら一年を開始する。