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2017年6月19日月曜日

The Church of the Immaculate Conception, Farm Street(Farm Street Church) Joseph John Scoles 1849 ★



安藤忠雄のSilenceのあるコノートホテルから南を向くと、なんとも雰囲気のある教会のファサードが目を引く。その敷地内に広がる心地良さそうな庭園とその中心に陣取る巨木の姿に惹かれ、折角だからと内部を参観させてもらうことに。

1849年に竣工したその建物の設計はJoseph John Scoles。様式としてはゴシック・リバイバルという。月曜の朝ということもあり、教会の内部は周囲の賑やかなロンドン中心部とは思えないほどの静かさ。何といっても、教会の西に広がるマウント・ストリート・ガーデンズ(Mount Street Gardens)の巨木の枝が作り出す陰の下、ベンチに座りながら新聞を広げる老紳士の姿が如何にもロンドンらしく、その質の高い生活空間をうらやましく思いながら西へと足を向けることにする。













2016年11月7日月曜日

コンサート 「J.S. Bach」 サント・シャペル 2016 ★★★



朝から歩き通してホテルに戻って携帯の歩数計を調べると、驚きの2万5千歩。そりゃくたくたになる訳だと思いながらも、ネットにアクセスし調べるのは、今朝訪れたサント・シャペル(Sainte-Chapelle) 内部に行われるコンサートのチケット。事前予約締め切りギリギリに購入を終了し、寝過ごさないようにと意識を保ちながら少し身体を横たえる。

切れそうになる意識を何とか保ち、すっかり暗く冷え込んだ空気の中、今朝と同じサン・ジャックの塔の目の前のカフェにて今度はエネルギーをつけるために肉を注文して赤ワインで流しこむ。「19;30開演なので19時に来てください」という案内を真面目に受け止めてしまい、言われるとおりの時間に入り口に行くと、もちろん門は閉じられ、案内はフランス語のみ。さすがに不安になり、出口に待ち受ける重装備の兵士に聞いてみると、「その内門が開くから入り口で待っていろ」と。

客らしき人が来ては同じようなリアクションを取るだけで、悪戯に時間は過ぎても一向に門は開かず。スケジュールとは守るためのものではなく、あくまでも目安なのだろうと自分に言い聞かせながら、凍えるような寒空のした待つこと20分。やっと門が開き、20人ほどに増えていた客とともに中に。朝来ているばかりなので勝手知ったもので螺旋階段を上り外から差し込む光がなく、黒い壁として空間を囲う夜のステンドグラスの姿を眺めながら、よりステージに近い高いチケットの席と、より安いチケットの後ろの席に分けられ、さっさと後ろの席の最前列を確保して、外よりはましだがほぼ外という寒さの中開演を待つことに。

拍子抜けするほどほぼ時間通りに、バイオリンを片手にアーティストが登場し、当然のごとくフランス語のみで説明を少々し、早速演奏へ。暗く空に消えるいるような背の高い教会堂の空間に、バイオリンから奏でられた音楽が一つづつ上昇していくのが見えるような何とも不思議な演奏。1時間ほどの演奏であったが、13世紀この教会ができてから800年近い月日が流れているが、恐らく様々な時代においてもこうしてここで音楽を共有した人々は、同じような空間体験をしたのだろうと想像を膨らませていると、寒さを感じることなくあっという間に時間が過ぎてしまった。

当然のことながらアンコールも無いあっさりした終了であったが、先ほどよりも一段と寒さの増した夜のシテ島で、せっかくだからとライトアップされたノートルダム大聖堂を見上げて足早にホテルへと帰ることにする。


パリ1区












オテル・デ・ザンヴァリッド(L'hôtel des Invalide)通称アンヴァリッド(Les Invalides) リベラル・ブリュアン 1671 ★



7区をエッフェル塔に向かってあるいていくと、ポッとひらけた場所に出る。ここはナポレオンの墓が奉られているという通称アンヴァリッド(Les Invalides)、正式名をオテル・デ・ザンヴァリッド(L'hôtel des Invalide)という巨大施設の南に長く軸線として設けられた都市公園(Esplanade Jacques Chaban-Delmas)。こういう風景を見ると、「日本にはこういう意味でも都市計画は存在し得なかったんだ」と改めて納得させられてしまう。

西にエッフェル塔、東にモンパルナスタワーと二つの時代を象徴する塔を等距離に戴き、目の前に黄金に輝くドームを冠するのがパリでも有数の歴史建築物であるアンヴァリッド。元々は1671年に傷病兵を看護する施設として計画され、リベラル・ブリュアンの設計により建物が完成する。ナポレオンの棺が納められているドームの真下には、中央に巨大なナポレオンの棺が置かれ、それを取り囲むようにして様々な将軍達の廟が立ちならず。

そのドームの北側、セーヌ川側にはこちらも通称サン=ルイ教会と呼ばれるサン=ルイ・デ・ザンヴァリッド教会(St. Louis des Invalides)が併設しており、こちらはセーヌ川の北側に位置するシャンゼリゼ通りの脇に建つ、1900年のパリ万博万国博覧会のために建てられたグラン・パレ(Grand Palais)からの人の流れをがっしりと受け止める役割を果たしている。

敷地に入る前に、かなりの重装備を施した兵士たちによって安全確認を行われ、恐らく昨年のテロ以前にはここまで厳しくなかったのだろうと、こういうところでも風景が変わってしまったことを感じながら、長く外を歩いていたので相当に冷えてしまった身体を温めるためにドームに駆け込むが、チケットは脇のカフェの隣で買って来いといわれてまたしても寒空の中へと戻される。

パリに住むフランス人が、「パリの色はひたすらグレー。一年の3分の2はこんな雨模様。だから空もグレー。建物の屋根を覆うのはZinc(亜鉛屋根)でまたグレー。そして人々の服装もグレー。そんな街の風景で一つだけあるのが二つの金色。一つはアンヴァリッドでもう一つはフランス学士院。二つの屋根の金色だけがこの街の色さ」というように、このドームの上の金色はまさにパリの風景の彩を加える大きな役割を果たしているようである。



パリ7区











ナポレオンの棺
ナポレオンの棺
聖ルイ教会

栄光の中庭