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2016年2月10日水曜日

ラムネ温泉館 藤森照信 2005 ★★★★


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所在地  大分県竹田市直入町大字長湯
設計   藤森照信
竣工   2005
機能   浴場・美術館
規模   地上1階・地下2階
建築面積 350.14m2
延床面積 426.28m2
構造   木造・一部RC造
彫刻   辻畑隆子「オンリーワン」
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早朝の便で大分空港へ。すぐに予約していたレンタカーを借りにいくが、すでにそこにはかなりの行列。看板を見ると、到着便ごとに相当数の人が借りに来る予定となっているらしい。外を見ると、立ち並ぶ他のレンタカー店舗もほぼ同じ状況。LCCなどこれほど移動が簡単になった時代には、レンタカーの需要は今後とも伸びる一方だろうなと思いながら手続きを済ませる。

今日は宿泊先の黒川温泉まで一気に大分を横断する。空港からの高速を飛ばしていくと、大分市手前で街の至るところから温泉の煙が立ち上る風景を見ながら、やはり別府の街の特殊性は際立っているなと思いながら大分市を抜け、山道を登って竹田市へ。昔ながらの雰囲気のする小さな温泉街が目的地の長湯温泉(ながゆおんせん)。非常に珍しいといわれる炭酸濃度の高い温泉で知られる温泉だという。

川沿いに温泉街を進んでいくとすぐに視界に飛び込んでくるのがその特徴的な黒いピラミッドの様な屋根。これが目的地のラムネ温泉館。路上観察学で知られる建築史家で建築家である藤森照信。

1991 神長官守矢史料館 (45歳)
1995 タンポポ・ハウス (49歳)
1997 ニラハウス・薪軒 (51歳)
2000 熊本県立農業大学校学生寮 (54歳)
2000 赤瀬川家の墓 (54歳)
2003 矩庵 (57歳)
2004 高過庵 (58歳)
2005 養老昆虫館 (59歳)
2005 ラムネ温泉館 (59歳)
2006 ヴェネツィア・ビエンナーレ 第10回国際建築展 日本館会場構成 (60歳)
2006 ねむの木こども美術館 どんぐり (60歳)
2009 ROOF HOUSE (63歳)
2010 空飛ぶ泥舟 (64歳)
2012 はま松ハウス (66歳)
2014 トタンの家 (68歳)

キャリアの中では中ごろの作品というところであるが、特徴的な屋根の銅板、外壁の焼スギ板張と白漆喰は他の作品でもお馴染みの作風である。合掌造りを思わせる様なプロポーションの屋根を持った受付には暖かそうな石油ストーブの横で数匹の猫たちが丸くなって眠っている姿が楽しめる。そこで受付を済ませ鍵を受け取ると、温泉のある西側の棟まで中庭を通っていくのであるが、程よいスケールの中庭は膝丈ほどの植栽で覆われており、その端っこにまるで案山子のように、明後日の方向を向いて済ましている犬の紳士が。何ともシュールで、なんともかっこいい。

調べてみると、すぐ近くの大分県日出町在住の彫刻家・辻畑隆子の作品「オンリーワン」。なかなか端正な表情である。その脇をそそくさと通り抜け突き当たった建物は今度は水平に広がるような屋根の真ん中に二本の塔が突き出しており、男湯と女湯に分かれているのだろうが、その上に何とも可愛らしい松が植えられている。なんでも長寿の意味を持つ松を「ラムネ温泉が長く栄えるように」と思いを込めて植えたという。

温泉は内湯と外湯があり、ラムネというのが納得のなんともシャワシャワしたこそばゆい感覚を皮膚のいたるところで味わえる。外湯は杉板の塀で囲われており、真っ青な空の下で寝そべりながらラムネの効用を味わうことができる。こんな快適な場所が生活環境のすぐそばにあれば、それこそ週末ごとに通ってしまうのも分からないではないし、それがあちこちにある大分というのはやはり豊かな場所だと再認識。と同時に、都会で毎日時間に終われ、仕事に追われて生活している我々は、このような生活を享受できる地元に人に比べて明らかに幸福度でいったら低いのだろうと思いながら、まぁそんなストレスもこのラムネの炭酸で流れていってくれとしばしリラックスしながら身体を横たえる。

こういう温泉施設は、こうしてその時に新しい意味を持った建築で応えることのできる力量のある建築家にできるだけ仕事を依頼してもらいたいものである。そうすれば、こうして建築を見に行きながら、かつ素晴らしい温泉も味わえるということで、帯同する家族も建築でなくて楽しみが持てるという意味でも非常にありがたい。恐らく建築を目的にこの場所に訪れる人は、温泉を目的に訪れる人の何十分の一なのかもしれないが、それでも、こうしてそれぞれの場所にあった温泉を楽しむ場として面白い建築が増えてくれるのを祈りながらお湯から上がることにする。






















辻畑隆子「オンリーワン」


2016年1月23日土曜日

起きた事故の先にあるもの

1月15日に起きた軽井沢スキーバス転落事故。乗客のほとんどがスキー旅行に向かう大学生ということと、低予算でツアーを請け負っていた旅行代理店、ずさんな管理のバス運行会社の実情が相まって、世間の注目を浴びる事件となっている。

その後徐々に様々な情報が出てきて、当日運転を担当していた従業員の経歴や、大型トラックの運転に関する経験と技能が十分であったのかどうか、うねるような峠道が続く上り坂を上りきったあとの比較的見通しのよいゆるい下り坂における、大型バスの制御の難しさなど、具体的に事故の原因も見え始めてきている。

と同時に、メディアでは様々な角度から規制緩和による過当競争による下請けのバス運営会社が低予算にて仕事を請けなければいけないこと、それで多発したバス事故によって最低価格が設定されたりと行政側による様々な対処が行われたが、それでも現場ではやはりできるだけ安く下請けに出すことで格安を売りにして客を集めるシステムは変わるはずがなく、今回も定められた価格よりも低い値段で発注され、それを受けざるをえないバス会社の事情もあり、それが結局は現場で働く運転手などの人々の労働環境や、人材の確保へとしわ寄せが来るという図式が見えてくるだけ。

そのほとんどが大学生だったというツアー客で、いかにも大学生だから少しでも安いツアーに参加してしまうのはしょうがないという報じ方が多く見えるが、おそらく今の時代、年齢に関係なくどの世代でも同じように少しでも「コスパ」を比較し、少しでも安い方にいってしまう、それは時代の流れであろう。

問題なのはその「コスパ」という言葉が、ただ単にどこからどこにいくか、どこから出発か、どんな宿か、そして幾らか、ということに終始し、主催するツアー会社がいったいどんな会社なのか、今までの実績がどうなのか、そして実際にバスを運行する運営会社がどのような会社で、どのような技能を持った運転手が、どのような安全体制のもと運営が行われているのか、などの安全面などに関する様々な要素は知ることができないし、また顧客側もそれを知ろうともしないし、いちいちそれに時間を費やすほど現代の社会はのんびりと過ごしていけない。

とにかく効率とスピードとコスパを追求する現代社会では、「それらの安全面などは市場に出す商品として最低限の基準としてクリアしていてくれよ」という暗黙の願いとなっているが、今回それがやはり守られていないし、守られるようなシステムになっていないのが分かった訳である。

そうなると少し値段が高くても、やはり大手企業が企画するツアーに参加して、安心を買うということに回帰する動きもでるのだろうが、そこで上記の内容をどう知ることができ、どう担保できるのか?

おそらく少なからぬ人が体験があるだろうが、大手レンタカーではない、新規参入のレンタカー業者で借りたレンタカーが何年も型落ちの車で、バックモニターがついてない、カーナビの地図が古くてナビがうまく機能しない、ましてやカーナビがうまく設置されておらず、運転中ゴロゴロと外れて危うく事故りそうになるなんて経験があったりと、結局やっぱり名の知れたところに戻ることになる。

引越し業者も同様で、ネットで比較し少しでもお得なところにと頼んだ中小の業者で、当日やってきたのはいかにも経験のなさそうな中高年の派遣作業員。現場で誰が指示を出すのかもはっきりせず、家具や壁への養生もずさんで、かつ運び方も慣れておらず、家具を角にガンガンぶつける始末。これでは大変なことになると自分で指示をし、最後に業者にクレームを入れると、「正社員の担当者が急に現場にいけなくなり、大変ご迷惑おかけしました・・・」と。

こうなると想定したサービスを受けられる金額はいったい幾らなのか?それを判断する能力が今後はより求められることになる。

と同時に、今回のバスの事故は、「即日配達します」など売りにする、さまざまなネットショッピングのために、数年前に比べ比較にならないほど多くの配送の需要があり、トラックとその運転手が必要とされるようになっている。

そこに押し寄せたのが、近年の「爆買い」に代表されるようなインバウンドの外国人旅行者。個人でくる若者に対し、ほとんどの外国人はツアーに参加し、大型バスであちらこちらへと送り届けられる。そこでも大量に確保されるトラックと運転手。

そんな時代の要請を正面から受けるようになったのがこのバス業界。人材確保と、車体確保が非常に難しくなり、そのためにできるだけ仕事を回していかなければいけないし、その為にできるだけ低価格でも仕事を請けることにつながり、大手で競争にも勝ち抜け通常価格で仕事を請け、従業員の労働環境を担保できる企業に対し、安い価格で受注することがダイレクトに従業員の労働環境の質低下に直結する企業に二極化していく。

この図式は、他に目を向ければ様々なところで同じ様相が見えてくる。たとえば航空業界。こちらも数年前に比べれば恐ろしいほどの人が、都市を越え、国を超えて移動するようになった現代。今まで飛行機に乗ることもなかった人々が、当然のようにして空の交通を利用する。

その需要にこたえるために、大手だけでなく、様々な新規参入の企業が航空機と、それを運行するためのパイロットの確保に躍起になる。路線を確保するためには、客が集まらなくても飛ばし続けなければいけないだろうし、その為に質の悪い労働条件で働かなくなる人もでるような二極化が起こるのは容易に想像つく。昨年から世界の各地で頻発する飛行機事故もこの流れの一環なのだろうと想像すると、LCCをどう選んでいくかも今後の世界では重要な能力となっていくのであろう。

こうして想像を膨らませていくと、起こるべくして起きた事故はこの世の中に多くあふれており、その先にあるのは、規制を強化するだけでは簡単には変わりそうもない構造的な問題。今のところ自分たちでできるのは、どこに危険性が潜んでいるかと想いを馳せる想像力を強化して、その選択には効率やコスパだけでない視点を盛り込んでいくことだろうか。

2015年2月19日木曜日

闇の中の移動

本来なら建築士講習が夕方遅くまでかかるので、翌日の早朝からと予定していた高知への建築ツアー。しかし、目的地と許された日程を考えるとどうしても回りきれないことが分かってくる。その原因は高知の南の果てに位置するどうしても見たい「海のギャラリー」。この建築の為だけに、片道4時間の運転をしなければいけず、建築はどうしても日の光の元で見なければいけないために、日が出ている時間を移動に費やすのはどうしても受け入れがたい。ではどうする・・・

とういう葛藤の中、定期講習の終えたその日の夜の最終便で高知に飛び、そのままレンタカーを飛ばして4時間運転し、深夜に目的の建築のある土佐高地市に入り宿泊し、次の日の朝一番から建物を回れば、日の出ている日中の時間を無駄にするのを防げるのではという結論に。

その為には、一日定期講習で疲れた後に、1時間半のフライトを経て、4時間と言う長距離のドライブをなれない道に行う体力的な負担。

そして、建築士講習が終了するのが夕方の17:20分。そして様々なフライトを調べても羽田発の最終高知便が18:50出発ということで、講習会場の新宿から羽田まで間に合わせることが出来るか、いくつものシュミレーションを重ね、「これはいける」と確信を持ち迎える当日。

分刻みのスケジュールで管理される定期講習はどう考えても予定よりも早く終わる様子は見られない。貸し会議室のビルの為に、縦動線となるエレベーターは相当な混雑が予想され、そこでの10分の遅れは致命的だと、昼休みに階段での会場脱出ルートを確認すると共に、主催側に講習終了後の手続きなどにかかる時間を確認し、会場から駅までの最適ルートを考慮して再度電車の乗り換えを確認する。

それでも、ベストなシナリオで18;30分に羽田に到着するのが良いところで、「これはなかなか緊張感のある移動になりそうだ」と訳の分からぬ冷や汗をかきながら、顔見知りの建築家に「終わったらすぐに出なければいけないので、先にご挨拶を・・・」と言葉を交わし、刻一刻と迫る定期講習終了の合図を待つ。

一人場違いな青色の登山リュックを背に、エレベーター待ちをするおじさん達を脇目に階段室へと飛び込み、転げ落ちないように駆け足で建物を後にし、雑踏で賑わう新宿西口を走り抜ける。

JRの西口改札に戸惑いながらも何とか予定より一本早い山手線に飛び乗るが、恵比寿で緊急停止した車内流れる「前方車両で、体調不良の為に倒れられたお客様の救護をしておりますので、暫くお待ちください」とのアナウンス。

「今じゃないよ・・・」と心の中でつぶやき、再度携帯で乗り換え案内を調べるが、「乗り継ぎとなっていた京急線が、この遅延で乗り継ぎが乱れたら間に合わないのでは・・・」と焦りながら、少しでも早く復旧することを祈りながら待つこと数分、やっと動き出した電車にホッとする。

予定とズレながらも何とか急行で羽田に到着したのは18:20分。機内での簡単な夜食と、長距離ドライブ用に眠気覚ましのガムなどを買い込み安全検査を抜けてゲートへ。搭乗すると朝から脳を酷使してきて、更に緊張しながらの移動を重ねてきたのですっかり疲労から睡魔に襲われ気がついたら高知空港の着陸時。

「最終便の予約客は営業時間を終えているが空港での待ちうけなどの対応をします」というレンタカーのスタッフさんに迎えられ、車にて営業所へと移動。「ここから土佐高知まではどれくらいかかりますかね?」という問いに、「今から行くんですか?」という担当者のリアクションにかなり大変な道のりになりそうだと気を引き締める。

通常、事前調査でのGoggle Mapで表示されるルート案内にて、どれくらいの距離でどれくらいの時間がかかるのかを把握している。今回の場合、距離が180kmとそんなに長くは無いのにも関わらず、所要時間が4時間半と感覚よりも随分長い時間がかかることをやや不思議に思っていた。

通常なら表示される所要時間より、相当時間を短縮する自信があるので、今夜もレンタカーの手続きを終えた20;30からならなんとか23時ごろには到着できるのではと、遅いチェックインになると伝えてあったホテルに再度電話をしておく。

南国市に位置する空港から、高知市の市街地を抜け、速度の遅い軽自動車に前方を塞がれる幹線道路で少々イライラしながら何とか市内を抜ける。「一体どこから高速に入るのだろう・・・」と思いながら、ナビに誘導されるままに一般的な道路を進む。「これはおかしい。下道設定になっているのでは?」と停車して再度ナビを設定するが、同じ道が最短時間で表示される。

「これが高知か・・・」と受け止め、遅い時間で道を行く車も少ない為に、できるだけ地元民と思われる車の後ろについていくのを繰り返しているうちに、土佐市を抜け、四万十市を超え、四万十川と思われる大きな川沿いの道を走り終え、左手に海を感じながら最後の山道を進む。

距離は近いのに時間がかかると表示されていたのはこのためか?

と十分に理解できる土佐清水市から足摺岬へと抜ける最後の峠道のドライブで磨り減った神経をなんとか持ちこたえながら峠を越えて目的地のホテルへと車を滑り込ませる。しょぼつく目を擦りながら、車内に忘れ物の無いことを確認してホテルへチェックインし、電話でやり取りしたスタッフと話をすると、「空港からこの時間に来たんですか?それは大変でしたでしょう」と苦労を理解してくれる人の言葉に少しだけ癒され、明日からの建築巡りに思いを馳せながらベッドへと身体を横たえるとすぐに眠りに落ちていく。

2014年2月5日水曜日

想定外に出合うこと

レンタカーを運転していると、CDなどを用意しているわけでもないので、必然的にラジオを流しながら運転する事になりがちである。

そんな状況の良いところを考える。現代社会に生きていると普段はテレビにしてもネットにしても、自分の好きなものだけを選んで録画し、録音し、見たり聞いたりしている。そうなるとどうしても自分の知っているものの中での選択になり、自分の好きなものだけに囲まれて生きる事になる。

テレビだって流しっぱなしのような見方が出来ればいいが、時間が無くて得るべき情報が明確であればあるほど、録画し広告は飛ばして見たりしてしまう。ネットにしても同じ行動様式となっている。

それに対してラジオは不確定そのもの。その地域ごとで受信しやすいラジオ局の運転している時間に流れている番組を聞き、流される自分のまったく知らない曲を聞く事になる。それはなかなかいいものである。

耳を傾けていたらなんとも印象的な曲が流れる。「これはいい」と思いながら、最後にアーティスト名と曲名を復唱するのを頭に入れて、信号待ちにアイフォンに記録する。

自分の好きなものだけを選んで生きがちになってしまう現代社会。こうして想定外に出合う時間を日常の中に持つのがある種の刺激であり、自分の成長にもつながるのだと再認識しながらハンドルを握りなおす。

2014年2月2日日曜日

ナビと車と身体

旅行に出てレンタカーで朝から晩まであっちこっち回る生活を数日間繰り返すと、新しい車とそのナビ、そして身体が最初は上手く馴染まない。バックミラーの角度やシートの位置、なんだかしっくり来ないまま運転を開始し、ビクビクしながら目的地を廻っていく。

シガーソケットにセットして使うUSB変換アダプターをセットし、iPhoneを充電しながら準備しておいた目的地を順にナビに入れていき、目的地に到着しては発信するを繰り返す。これが二日目、三日目となると、ブレーキやハンドルの重さなど徐々に身体に馴染んでくる。停まって、発信して、曲がってが違和感無く身体と繋がる様になってくる。

同じようにナビの音声案内も、始めはタイミングがつかめずに急な車線変更などを繰り返すが、こちらも二日目になると搭載されているナビの癖がつかめ、スムースに運転を進めることになる。

この様に数日間長い運転を共にする車とナビ。百回以上の乗り降りを繰り返し、身体と同調してくれば、いつも運転しているような気分にさせてくれる。移動時間に違和感を感じることなくスムースに目的地を廻っていくことにする。

2014年1月10日金曜日

旅行の手配と建築設計

中華新年が近づいてきた。

100を超える建築体験を10日ほどで行った昨年の夏以降。ある種の燃え尽き症候群に陥っていたと思っていたが、どうも心の奥のワクワク感がまたムクムクを起き上がってきたようである。

そんな訳で昨年、会津若松で大変な思いをしたのを肝に銘じ、日本での予定を整理し時間を確保し、巡礼先の候補地を探し始める。

そうして徐々に旅行の行程を決めていく中で、ふと思う。
旅行の段取りは極めて建築の設計作業に似ていると。

様々な要因を同時に考慮しつつ、その中でもプライオリティを持って決定していく。一箇所か二箇所だけの立ち寄りでその周辺に興味深いものがあればついでにというような、なんともほのぼのした旅行ならなんてことは無いだろうが、できるだけ濃密にストイックにと考えていくと、これはなかなか簡単ではない。

まずは、大体どこら辺に行くのかを絞り込まないといけない。一番最初は可能性が無限である。北海道にもいけるだろうし、九州という手もあるだろう。まず調べるのは、そこまで行くのにどのような方法があるのか?そこから選ぶのは大変なことであるが、決断しないといけない。

格安航空券ならどの様な値段でいけるのか?
その飛行機が到着する県の周辺ではどのようなスポットがあるのか?

そこで活躍するのが、自ら編集しているマップ。その中にマッピングされているのは以下の目的地達

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建築 歴史的建造物から現代建築まで。もちろんこれは欠かせない目的地。

寺社仏閣 現在では建築を凌駕するほどの魅力となった目的地。むしろ古い寺社を超えるくらいの力強い建築がないのが嘆かわしいと言うべきか

温泉 寺社仏閣と同様に、遥か古代の日本人と同じ空間体験をできるという意味で、長く愛されてきた温泉は流石に身体に沁みるものがある。立ち寄りでも出来るだけ違う温泉を体験する。

城 地形の建築化。現代では見えにくくなった、日本独特の地形と建築の関係性を感じる。

庭園 禅だけでなく、日本人が歴史の中でどう自然と付き合い、どう制御し、どう建築空間の中に挿入してきたかを身体で感じる。

繁華街 グローバル化を成し遂げた後の世界で、地方都市がどのように生き残り、どのように廃れていっているのか、その生の姿を見る目的地。 
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大体これらのスポットが常時アップデートされながらマップの中でその色を変えられるのを待っている。

これらの手がかりを元に、フックする目的地を中心に徐々に行き先を絞り込んでいく。その後、日の出と日の入りの時間を調べ、目的地の数から一日どれくらい回れるか?次の日の日程を考えてどこらへんに宿泊すべきか?などを検討し始める。

楽しむタイプの宿泊では決して無いので、値段重視であるが、できるだけ街の雰囲気を味わえるところを考慮しつつ、「宿で美味しいご飯を・・・」とはいかないので、できれば近くに雰囲気の良い地元の美味しいものを出してくれる、安い飲み屋でもあればとリサーチする。そして翌日の朝は日の出前には出発するようになるので、宿の提供する朝7時からの朝食はつけない宿泊プランを選択する。

こうして日ごとの大体のエリアを決め、宿泊のスポット、街の中心地か温泉街を決め、徐々にそれぞれのプランの骨格を決定していく。

次はプランを元にどこでレンタカーを借りてどこで返すか?無駄を無くす為に一方通行で乗り捨てがいいのか、もしくは違うルートを通ってぐるっと回ってくるのがいいのか、乗り捨てだけで値段がグンと高くなるが、ぐるっと回ってくるとかなり無駄を走ることになる。それぞれの高速代とガソリン代とレンタカー代。それに時間と体力の無駄を加味して考慮する。

ここまで来るのに登場するパラメーターはすでにかなりの数になり、その中で決める事は結構難しい。しかし悩んでいて決めれなく時間だけ過ぎていけば、飛行機も宿泊の値段が上がっていってしまう。

そんな訳で大体のルートを幾つか決めて、そのシナリオにそった交通機関とレンタカーを調べる。今回上がっていたのは、東京から宮崎に飛んで、宮崎、大分、福岡と走って、福岡から名古屋へと飛ぶルート。成田から米子に飛んで、倉吉、米子、松江、出雲、益田、津和野、下関、北九州、福岡ときて福岡から名古屋へ戻るルート。もう一つは成田から米子に飛んで、出雲、益田、津和野から津山に戻って米子へ戻るルート。

その中で心配なのが天候。昨年会津若松で酷い目にあったので、行く先の雪の情報、天気の状況には相当敏感になり、昨年の情報や出現率調べても、どうも良く分からない。行き先が市街地にあればいいが、山の上にある神社などになると、調べてみても写真では3月でも雪があったりとなかなか予測がつきにくい。

そんなこんなで困ったと思って雪の心配が少ない九州に心が傾くが、やはり式年遷宮後の出雲は捨てがたく山陰決行する事に。

そうなると更に一つ一つ細かくシュミレーションしていき、実現可能性を確認していく。飛行機が何時に到着してレンタカーを何時から借りて、どのルートで回っていくか。目的地の数が数なので、それぞれの美術館や庭園の開館時間、休館日、入館料などを調べていく。神社は安心だが寺も参観時間が決められているので忘れずにチェックする。神社も油断していると閉められるところもあるので、一応チェック。

早朝の早い時間にできるだけ中に入らなくてよい建築、神社などを回るようにして、美術館などが開館する9時以降に建築へ足を運ぶようにルートを設定する。温泉でも立ち寄り湯は昼の時間に限られている事が多く、また事前連絡が必要なところもあるのでこれもチェック。建築に関しては見学の申し込みが必要なところもあるので、それぞれにメールをする。

そして徐々に旅の「カタチ」が見えてくる。

今度はそれぞれのスポット間での運転の時間をNavitimeとGoogle Mapの二つでチェックし、現実味のあるルートかどうか、参観時間を考えて行けるのかどうかを検討する。それを元にそれぞれのスポットをカレンダーの上に時系列に並べていく。

日の出から日の入りまで埋まってきたら今度は体力と明日の予定を考えて、温泉地か中心地での宿泊の再度の絞込み。駐車場があるか別料金かなどを踏まえて、それぞれの料金をエクセルで計算し予算がどれくらいになるかを調べながら、徐々に決めていく。

その後各地方の自治体や観光案内所にメールして、地元に住まう人で無いと分からない雪の状況や服装などのアドバイスを聞き、事前連絡の必要な施設にメールをする。

ここまでくるとある程度の仕事量である。

そして大体シュミレーションでいけると判断できたら飛行機のチケットを購入。レンタカーを予約。宿泊施設を予約。さらに地方の美味しいお店をチェックしてマップに入れておく。繁華街と呼ばれるところもチェックして夜に時間と元気があればどこに繰り出せばいいかもマップに入れておく。寂れた地方の居心地の良さそうな居酒屋でもフラッと入り、常連と思われる地元の人と、他愛もない話をしながらうまい酒を飲めればこの上ない。

更にスケジュールを詰めていき、建築物はやはり日の下で見ないといけない宿命のお陰で、できるだけ移動の時間を日の出ている時間に当てないようにと、疲れているだろうが夕方から夜間にかけて長距離の移動を行うようにスケジュールする。その時でも、体力と危険がないか判断し、どこに時間と体力の余裕を入れておくかも検討する。

こうして予算が大体見えてくると各食事時にどれくらいを使えるのかが把握でき、上記の様に居酒屋で地場の料理をいただけるかもしれないし、懐具合によってはコンビニかどこかの定食で済ませる事になる。

数が増えてくるとバカにならないのが入館料や参観料。それに合わせて駐車場代もふんだくろうとする不届きな寺もあるので困ったものである。ガソリン代と高速代も計算し、それほど外れない予算表とスケジュールと睨めっこをしながら、後は予想不可能な天候にも恵まれて、予定通り事故無く回るのを祈るだけ。

妻には「かなり過酷な行程になるので、正直言って足手まといになるから着いてこないでくれ」と言うと、笑って「自分は東京でゆっくりするので、自由に行ってくれば」と送り出される。

出来上がった行程表と予算表を見ていると、本当に建築の設計に似ていると思わずにいられない。機能、周辺環境、自然採光、予算、素材、構造、法規、設備、経済性、クライアントの要望などなどあげたらきりが無いほどの多くの要因を同時に考慮して、その中で決断を繰り返していく。

その中で徐々に、徐々に建築の「カタチ」が見えてくる。形態なんて、最初からあるはずもなく、複雑に絡み合う様々な要因を、自分達の思考にそって整理していくなかで、少しずつ見えてくるものである。

起こるであろう問題の為に、どこに余裕を持たせておくのか。すべてピチピチの寸法で設計するのではなく、どこが外的要因に影響される余地があるのか、そういう見えない要因も考慮して設計しておく。それは旅も同じ。これは簡単ではないし、誰でもできるものではない。

シュミレーションを繰り返し、現実的な行程になればなるほど、カレンダーの予定表もより綺麗にオーガナイズされていく。より自然な形に整っていく。徐々に整理されていき、詳細が見えてくる平面図のようである。

そのカレンダーの奥で待っていく様々な風景を想像し、少しだけ気分を良くして本来の仕事である建築の設計に戻りながらも、次は次は暖かい時期になんとしても東北、北陸を巡りたいものだと思いを馳せる事にする。

2013年2月12日火曜日

雪国をなめたらあかん


今年の大河ドラマ「八重の桜」に刺激を受けたわけではなく、天地明察にも出てくるような藩祖・保科正之の影響のもと独特の文化を培った雪深き会津の地を前々から見てみたかったが中々機会に恵まれず、やや強行ではあるが決行した会津若松への旅。

リトル東京化し、ゲニウスロキを失い何物でもなくなってしまった数多の地方都市に並ぶことなく、古き良き街並みを残す数少ない街・会津。その土地独特の気候や地形に対して、長き時間をかけて適応され作り上げられて行った風景。その裏に見え隠れするその土地に暮らす人々の自然に対する眼差しと知恵。

歳を重ねれば重ねるほどそういうものに惹かれるようになり、少ない時間を費やして足を運ぶ先として比べても、薄っぺらい現代建築などでは到底及ばない圧倒的な期待感を持ってそこにいてくれる、そんな数少ない魅力ある街の一つ。

「八重の桜」でも描かれるように、幕末に会津では藩主・松平容保(まつだいらかたもり)が、徳川宗家に対して頑なまでに忠義を尽くすという藩訓を守り通し、時代の流れに抵抗しながら、戊辰戦争の一舞台としてこの地を歴史に名を残させることになる。

期待に胸を膨らませるというのはこういうことだと思いながら、午前で終えた打ち合わせから、予約をいれておいた地域一安いレンタカー屋へと足を運ぶ。

天気予報ではその日の夜半から明日にかけて東北では雪になる可能性があるとのことだったので、レンタカー屋で天気予報と会津地方に向かう予定を伝えるが、まずまったく天気予報を把握ししていないことに驚かされる。

次に万が一ということもあるので、スタッドレスもしくはチェーンの貸し出しについて尋ねるが、「そのような事はしておりません。あくまでも車の貸し出しなのであとはお客様自身で・・・」と、考えられないような返答が。

「誰もそれを望んでないが、もし雪で動けなくなったらどのような対応を取ればいいのか?」と聞くと、まったく分かってないようなバイトのおねーちゃんが「早めに連絡をいただければ、延長という形にできますので・・・」といけしゃーしゃーと言ってくる。空いた口が塞がらないとはこのことだが、嫌な予感は感じつつ、諦めて車へ。

「あれ、カーナビお願いしていたはずなのに・・・」とキョロキョロとしていると、如何にも頼りなさげに吸盤でくっつけられた外付けカーナビがハンドルの前方に設置されていて、「これになってしまうんですよー」と本当に申し訳ないと思っているのかどうかも分からない言い方で説明される。

心配しながらも行き先を設定し車を発信させる。信号で止まって再度発信するときの加速でいきなり「ゴロゴロッ」とカーナビが外れ、足元に落ちていき、コードにハンドルを取られてあわやの状態に。

「なんなんだこれは!」と思いながらも、運転を急に止めることはできないので、手を伸ばしてナビをとりあげ、腿の上においてそこからの指示にそって運転を続ける。赤信号で止まった間に、もう一度吸盤をこれでもかというくらいに押し付けて、これで大丈夫だろうと運転再開。しかし思ったよりも近かった高速の入り口の坂道で、あっさりと吸盤がまた「ポロッ」と外れて、奈落の底に落ちていくナビ。取られそうになるハンドル必死に確保する。

高速に入ってしまったので、止まることもできず、無理な体勢でナビを取り上げ、またもや腿の上からの指示に従い、なんとか一つ目のサービスエリアに車を滑り込ませる。レンタカー屋に電話して、危うく交通事故をおこすところだったと怒りをぶつけるが、「いつもお客さんにお貸ししているものなんですけど・・・すいません。」と、本当に申し訳なく思っているのかどうか、本当に適当な対応に望みも切れて、どうにか対策をと売店に足を運んで事情を説明し、売り子のおばちゃんかにテープを借りる相談をする。

「ガムテープ」は吸着力が弱いから・・・ということで、オススメの両面テープを借りることに。ハサミも一緒に借りて、車に戻って応急手術。ご丁寧にコードまでテープでくくりつけ、術前術後の証拠写真も収めて、これで二度と落ちることは無いだろうとテープとハサミを売店に返しにいくと、「眠気覚ましに」とカリカリ梅をサービスしてもらう。

東北道を飛ばして、郡山を左に折れて、阿武隈高地をいくつかのトンネルで超えると目の前に広がる雪景色。遥かに見えるのは奥羽山脈を形作る磐梯山などの山々。「ドノーマルのタイヤで大丈夫かな・・・」と不安が芽生えながらも、除雪されている高速の道を速度を緩めながら会津若松入り。

高速よりもよっぽど雪の残る下道にややビビリながらも、轍に沿って危なっかしくもなんとか鶴ヶ城に向かうが、轍から外れると雪の山で、スタッドレス仕様で無い車には、ちょっとのターンも一苦労。そんな訳で「市内で郷土料理でも・・・」と思っていた夕食も、狙っていたお店の駐車場に車を入れるのすらかなわず、かえって冷や汗をかくだけだと諦めてコンビニ飯となり、予約していた旅館までちょっとの坂道に完全にビビリながら車をすすめることになる。

この時点で雪国の恐怖は十分味わったので、旅館のフロントで明日の予定地を伝えて、「ノーマルタイヤ」の車で行けるかどうかを尋ねると、「とてもじゃないが無理ですね」というあっさりとした答え。「市内の車が多く通る道なら雪が溶けているからなんとかなるだろうけど、少し街から離れて山のほうにいけば、雪だらけでスタッドレスをはいてても厳しいだろう」という。

「そんなに厳しいのだろうか・・・」とやや疑いながら、天気予報に反してまだ振り出さない空模様を見ながら床につく。

目覚めてカーテンを引いてみると、素人には「積もったのか?」と思うくらいのかすかに降り続ける雪。準備を整えて、再度フロントで聞くと、やはり「市内の主要な道なら普通のタイヤでも行けるだろうけど、高速は規制がかかっているかも・・・」とのことで、雪道での運転のいろはを教えてもらい、車の中へ。

フロントガラスとサイドミラーに降り積もった雪を掃いてもらって、恐る恐る車を進める。旅館の入り口の坂道を一気に上るが、右に行くか左に行くか一瞬迷って止まると、タイヤは完全に雪をかんでしまって空回りし、ズルズルと後ろに下がっていく。焦って踏めば踏むほど下がっていく車を諦めて、平坦なところまでとりあえずコントロールする。

この時点で完全に考えが甘かったことを理解し、とにかく無事にこの土地をでることに目標をシフトして今度は一気に駆け上がり左にハンドルを切る。温泉地なので市内より高い場所にあり、緩やかだが下っている道に積もる雪に乗り上げてはハンドルを取られ、止まろうと思って踏むブレーキも「ガガガ」と滑ってしまってコントロールを失いながら、徐々に状況の深刻さを理解する。

それでも周囲に車がいない状況だから良かったが、市内に入ると、車が通り除雪されている道とそうでないところがあることを理解し、これに行かなければこの地に来た意味をなくしてしまうというさざえ堂にとりあえず向かって車を進める。

やや中心地より離れているので道に積もる雪の量も多くなり、駐車場に入るターンができず、ゆるい坂道で止まることもできずにいるのを、地元民の車は危険を察知し、さっさと迂回して抜いていく。途方にくれながらも、なんとか平坦なところでターンを決めて、強引に駐車場まで車を入れる。戻ってきたときに駐車場から脱出できるかどうか心配しながらも、通気性抜群の靴で靴下をびしゃびしゃにしながらさざえ堂に向かう。

参道も雪に埋もれ、明らかに危険な坂道を眺め途方にくれて、近くのお土産屋のドアを叩いて中のおじさんに事情を説明し、無事にたどり着けるか尋ねてみると、「一本奥の道ならなんとかいけるかもしれないが、今度は桜の季節に来てくなんしょ。」とこんなところで会津弁に遭遇し、意を決して坂道を上がっていく。「上にいっても、まだ誰も来てないから中には入れないよ。」というとおり、外観だけを見るだけに終わり、さっさと車に戻ってこの地を脱出しようと心に決めて坂道を降りていくが、ツルツルとすべって何度も転んで、お尻を濡らすことになる。

駐車場にもどって、なんとか車を脱出させて目指すは会津若松インター。途中の坂道で完全に止まれなくて前の車にあわやぶつかりそうになり、赤信号で止まろうとしても止まりきれずに信号の中に入ってしまっては発進したりと、雪国の運転の厳しさを身をもって体験し、すっかり青くなって高速手前に。

これは何かの規制がかかっているの違いない。というか、この状況ならば高速の入り口の坂道は上がれっこ無いと思い、手前のガソリンスタンドにつっこんで、事情を説明して、高速の規制について聞いてみるが、分からないというのでスマホで問い合わせることに。見事に磐越自動車道は80キロでチェーン規制という。

「チェーンは売っているか?」とスタンドで尋ねても、「いやー、無いですね。」との返答。そりゃそうだろうな・・・と思っていると、付き合いのあるオートバックスに問い合わせてみますよと、なんとも優しい店員さん。「在庫が無いらしいが、信号二つ先のイエローハットにあるようですんで、その車使ってもらっていいですよー。」と徐々にその店員が天使に見えてくるが、「開店が10時だっていうんで、ちょっと待っててください。」とのことで、邪魔にならない場所に車を移動させて店内で待つことに。

素泊まりにしてできるだけ朝早くから寺社を回ろうとしていた予定が裏目に出て、この時点でまだ8時過ぎ・・・コーヒー飲みながら他の仕事の手配の為に、何本か電話をかけ終わってもまだ9時前。「そういえば、チェーンっていくらするんだろう・・・」と思いつき、ネットで検索すると「4万円越えるやつから、2万円前後のものも・・・」なんて出てきて、チェーン規制って駆動輪だけでいいのか、それとも4本全部巻かなきゃいけないのか?などと、雪国生活に慣れてないために完全に焦りだし、例のイエローハットに電話して問い合わせ。

優しい感じの副店長が対応してくれて、事情を説明すると、開店前だけど対応してくれるから今から来ていいとのこと。ガソリンスタンドの店員に事情を伝え、「車使ってください!」といわれるが、先ほどの止まらないブレーキのトラウマが過ぎり、歩いていくことに。

ツルツルすべる氷道を踏みしめ、徒歩で10分ほどのイエローハットに。回転準備中のスタッフの方に事情を説明し、中に入れてもらい、電話で対応してくれた副店長につれられてチェーン売り場の前に。2万3千円のものと、1万3千円のものがあり、機能的にはあまり変わりは無いというので、もちろん安いほうでお願いする。結局駆動輪に巻けばいいということで、ちゃんと箱には2本入っているのを確認して、お会計。とんだ出費になってしまったが、雪国をなめた授業料だと理解して、結構な重量の箱を抱えて先ほど来た道を滑りながら帰っていく。

チェーンをつけるなんて、大学生時代以来のことだなと思いながら、手伝ってほしいオーラを出しつつ一人で始めるが、どうにも給油の客が続くらしく、二人いる店員さんはなかなか気づいてくれず、しょうがないので説明書を片手に車を降りてはチェーンを引っ張ってなどと10分ほどやってみるが、一向にはまる様子のないチェーン。

たまりかねて、一人の店員さんに「申し訳ないですが、手伝ってくれますか?」とお願いすると、客足も止まったようで二人して一緒に必死に手伝ってくれる。「自分達もチェーンなんてはめたこと無いですからねぇ」、と言いながら地面にひざをつきながら手伝ってくれる如何にも昔は悪かったぞという風体の店員さんの姿をみて、この時点で既にココロも満タンししてもらった気になってしまう。3人で汗をかきながら「あと少しなんだけどね」、などと前にだしたり後ろに引いたりとを繰り返すこと20分、やっと一本目がはまる。コツをつかんだ店員さんはその勢いで二本目もはめてくれて、「ガソリン入れてきますよね?」とさわやかに言われると、お礼のタイミングも逃しそうになる。

給油を終えて仕事に戻る彼らを捕まえ、暖かい缶コーヒーを渡しながらお礼を伝え、名前を覚えてスタンドを後にし向かうは高速入り口。そこまでたどり着くまでに、チェーンが無かったら何度事故っていたか・・・と思うような氷道を進み、チェーン購入が間違い出なかったことを確信するが、高速に上ると確かに80キロのチェーン規制がかかって入るが、道自体に雪は残っていない。

それでも外は吹雪なのできっとすべるところも出てくるはずだと、「チェーンつけて普通の道で50キロ以上出すと、チェーンが切れて危険なので必ず50キロを守ってください」とイエローハットの副店長にきつく言われていたので、頑なにその言葉を守り左斜線を走っていくと、スタッドレスをはいた地元の車が明らかに100キロ近く出してビュンビュン抜いていく。その姿を見て、「これは返って危険なのでは・・・」と不安になり、早速一つ目のサービスエリアに車を滑り込ませ、またNexco東日本に電話。

道に雪が無い以上、チェーンは外して通常走行した方が安全なのでは?

チェーン規制がかかっているのは、磐越道から東北道に合流する郡山まで、東北道は規制がかかっていないというが、それなら東北道で走っている車は更に高速で走っていることになり、この50キロ走行だと逆に危険度が増すのでは?

それなら、どのタイミングでチェーンを外すべきか?郡山手前で外したらチェーン規制に引っかかるのか?それとも東北道に入ってすぐに外せる場所はあるのか?

などなど、完全に雪国素人の質問を投げかけ、結局東北道合流口から200mにチェーン着脱場所があるので、そのままで言ってくださいという言葉に従うことにする。

油断して60キロくらいになると「ガクガクブルブル」とハンドルが踊りだし、いかんいかんとスピードを緩めて後続車に抜いてもらい、トンネル内も逆に危ないなと思いながらも、浸すらゆっくりと走行し、通常よりも何倍かけて見えてくる東北道合流口。

200mだからすぐそばだろう、という想いとは裏腹に、結局着脱場所が見つからず、8キロくらい先にやっと見つけるチェーン着脱レーン。生憎やんでいた雪もまた強く振り出し外は吹雪模様。それでも外さないといけないという思いで、膝もびしゃびしゃになりながら、前に出したり、後ろに戻したりとあれこれやるば、どうしてもワンタッチというくせにまったく外れないホックに冷や汗をかきながら奮闘20分。「カチッ」と音と共に、バサッと外れるチェーン。奮闘する間にチェーンのカギに突き刺さられたダウンジャケットから出てくるダウンの白い羽が飛び散る中での一人ガッツポーズ。その勢いにのって、反対側も5分ほどして外れることができ、雪解けのビチャビチャの道に並べて折りたたみ、二度と見たくないと思いながらトランク中に詰め込む。

「滑りはしないだろうな・・・」と恐る恐る合流する本線。そしてスピードを80キロへ。しっかりと路面を捕まえている様子のタイヤを感じ、やはり素人が雪国をなめたらとんでもないことになると反省しつつ、転んでただで起きるのは男が廃ると、予定変更で栃木の隈建築へと車を向かわせる雪の東北道。