ラベル グランドツアー の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル グランドツアー の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年6月3日火曜日

ベニス

二年に一度アートと建築で交互に開催されるビエンナーレ。その建築ビエンナーレに参加するために向かうイタリア北部の都市ベニス。

日本ではどちらかといえばヴェネチアの呼び名の方が一般的であるが、これは何の違いかといえば、イタリア語ではヴェネツィア(Venezia)と呼ばれるが、英語ではベニス(Venice)と呼ぶために、人によって呼び方が違うということらしい。

アドリア海に浮かぶ群島の街。夜の闇に浮かぶ怪しい仮面を纏った人々。キューブリックの遺作となった「アイズ・ワイド・シャット」で描かれるような、仮面を被った怪しげな儀式が本当にどこかの館で行われているのではと思ってしまうくらいの中世の雰囲気を現代に残す街。

イタリアといえば、ローマ、フローレンス、ミランにこのベニス。どの都市も建築を志すものとしては一生に一度は体験して見たい魅惑の都市たち。その中でもこのベニスは、中世からの都市構造をそのまま現代に残し、近代都市とはまったく違った空間のスケールと体験を与えてくれる。

大学院時代に敢行したグランドツアーで訪れた、短い滞在時間でできるだけ街中を歩き回った時から既に10年以上の月日が流れ、その間にまた何度も訪れる機会を与えてくれたのは、この街で開催される世界最大規模の建築展覧会であるベニス・ビエンナーレ。

日本人にとってベニスと言えば、須賀敦子になってしまうが、建築の世界で生きるものとしてはどうしてもビエンナーレが先に来る。一年ごとにアートと建築とで行われるベニス・ビエンナーレは世界中に溢れるビエンナーレの中でも圧倒的な歴史と知名度を持つ。

建築においては、2年後とに行われる展覧会のために、全体のコンセプトを決定するキュレーターが指名され、そのキュレーターのコンセプトに添って、各国のパヴィリオンを率いる各国のキュレーターと、テーマにそって展示がされる会場に参加する建築家などが、二年という歳月を掛けて掲げられたテーマを追求していくことになる。

新しい建築作品が次々と生まれるような背景にはない現在のイタリアだが、こうして建築界の進む方向に大きな影響を与えるアカデミカルなイベントを内に抱えることで、建築の歴史の中で重要な位置を確保し続けている。

そんなベニスの中心はもちろん観光客で賑わうサン・マルコ広場。しかしビエンナーレでこの街にやってくる多くの建築家にとっての中心は、街のはるか東の突端に位置するジャルディーニとその西側に位置するかつての海軍拠点であるアーセナル。

このビエンナーレに関わることで、幸福なことに満潮で海水に沈むサン・マルコ広場を体験することができたり、パラーディオとスカルパという時代を超えたイタリア出身の建築家の残した建築作品をじっくり堪能させてもらった。

そして展覧会期間中に街中をあるいていると、「久しぶり!」とかつての友人にばったり出くわすことができるのも、世界規模での展覧会が定期的に同じ場所で開かれることの利点であろう。

そして日本人で建築に携わるものとして、ベニスと言えばやはり陣内秀信氏。その著書である「ヴェネツィア 水上の迷宮都市」 から、古からの時間が流れ続ける魅惑の都市の魅力を十分に理解して街のあちこちに残る生きた歴史の遺産を散策しながら、迷宮の様に入り組む街を歩きながら、徐々に自分の身体を街に流れる時間と空気に同化していく。

そんな時代を超える空間体験の醍醐味も最も直接的に楽しむことができる都市である。今回も展覧会中心のスケジュールとなるであろうが、その合間に宝探しの様に街の彼方此方に足を伸ばすことを期待して空港からの水上タクシーに乗り込むことにする。






2011年8月15日月曜日

ヘルシンキ ①



フェリーに揺られすっかり熟睡をしてしまい、バルト海の旅を楽しむよりも、ここまでに溜まった身体の疲れを癒すことに成功し、すっかり元気になった頃に到着した早朝のヘルシンキ。港から見える薄暗いグレーの空に、アアルトの国に来たんだと実感する。

ゴロゴロと重い荷物を引きずりながら市内のホテルにチェックインし、さっそくイッタラなどアアルトゆかりのプロダクツを冷やかしにいき、その足でアカデミア書店を見学する。特徴的なドアノブのデザインが、今でも続く良き腕の職人が行き続ける国に入ったんだと思わずにいられない。

ヘルシンキ大聖堂を覗いて、サーリネンのヘルシンキ中央駅を通り抜け、キアズマことスティーブン・ホール設計のヘルシンキ現代美術館へ。「何故閉まってる・・・」と嘆くに嘆けない、こちらの国の適当なオープン時間。明日はユヴェスキュラにと決めていただけに、どうすればあの緩やかに交差するスロープ空間を実際に体験できるか・・・と頭を悩ませながら、となりの国会議事堂を過ぎてフィンランディア・ホールに向かうがこちらも改修中・・・悔しいからとまたドアノブと撮影し、これなら間違いないだろうというテンペリアウキオ教会へ。石の量塊の中から抉り出されたその強い形態に圧倒されて、これが信仰の力のなせるものだと実感。

バスに飛び乗り、アアルト自邸へ。ちょうど午後のツアーが始まる直前で、「アアルト」の発音が非常に特徴的なガイドさんの説明に耳を傾け、心地よさを突き詰めた、おおらかで優しい空間を堪能する。ちょうど日本で竣工した住宅とまったく同じ床面積を持つことで、どれだけ場の変化に差があるか?などと自分の中で歴史上の巨匠との力量比べに励んでみる。

中には入れないが、近くのスタジオ・アアルトもこっそり見てきて、すっかり満足で帰りのバスに。暮れかけた日の下で、中心通りを再度散策し、ウキウキと入った郷土料理のお店で出された伝統料理が余りに舌に合わないために、二人揃ってげんなりとホテルへと帰るアアルトの国初日。























2011年8月14日日曜日

ストックホルム ③



昨日のパーティーですっかり寝坊して遅めの朝食を取っていると、同じように眠そうな眼を擦りながらも朝食を逃すまいとやってくるパーティーの出席者に手を振る。別れを惜しみながらも、次の再会を約束してヴァドステナを離れまたストックホルムへと車を飛ばす。

すっかり慣れてきた平坦な道を快調に飛ばして向かう先はシーグルド・レヴェレンツの「聖マルコ教会 St. Mark's Church Markuskyrkan」。日曜ということもあり、ちょうど終わったミサのタイミングで、優しそうな司祭さんが快く内部を見せてくくれる。ミサでともしていたローソクの火を消す作業を一旦止めてくれて、巣晴らしい内部空間の写真を撮ることができた。

車を返しにイケメン・パラダイスのレンタカー屋へと市内中心部に戻り、中央駅を通り抜けて予約してあったアイスバーで強めのウォッカを胃に流しこみ、次の目的にへと向かうために港へと向かいチケットを片手にフェリーに乗り込む。

穏やかなバルト海に沈み行く夕日を見ながら、ここから出向していったバルティック海海軍はまさか極東の国で惨敗を記すとは夢にも思わなかっただろうと坂の上の雲に想像を膨らませながら、ムーミンの国に到着するまでの一夜を穏やかな船の中で過ごす。