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2013年11月22日金曜日

つがい


「愛」に関するダンスを見たからではないだろうが、街を歩いていると行きかう人の中でやはり一番目に付くのはカップルの姿。冬が本格的に始まるとその印象は更に強くなるばかりである。

二人が結婚して夫婦だとしても、彼女彼氏という恋人の関係でも、やはり目に止まる中で一番多いパターンが男女二人という姿である。

この「つがい」という特徴は動物界では見られなく、哺乳類の一部だけに見られる現象だと昔何かの本で読んだことを思い出す。それはつまりは、人類だけに許された理性の成せる業だということだ。

ある一人の異性に対して好意を持ち、互いに同じ感情を共有し、ずっと一緒に寄り添っていく。天皇陛下の火葬が発表されたばかりであるが、長きに渡って寄り添われてきた皇后陛下が共に埋葬されるのは恐れ多いと発言されたばかりだが、現世から離れた後も現世で契った「つがい」の気持ちは続いていく。

それが宗教による刷り込みなのか、社会を安定される為に人類の歴史の中で必要として発明された制度なのかは緒論あるだろうが、それでもやはり人間特有の理性が在るゆえのシステムだといえる事は間違いない。

その他のどんな動物でも、DNAの中で最上位にプログラムされているのは種の保存。人間の「つがい」の様な一異性に対する感情を持ち続けないようにインプットされ、刹那的に生きる事が、種としての子孫繁栄に繋がっていく。

人類が理性を手にしたと同時に失った発情期というプログラムが発動した時に、近くにいる集団の中の異性と結ばれ、そこで次世代をつくっていくことが、種の保存のためには都合がいいのは間違いない。

そうして考えると、動物とは違う人類としての特権を一番の形で発現しているのがこの「つがい」の風景。それは人類が理性の生物であるという証左。動物的に生きる多くの人間ももちろんいるのだろうが、街を埋め尽くす多くのカップルの姿を見ると、それでもなんだか嬉しくなるのはそういうことなのだろうと理解して家路を急ぐ事にする。

2013年11月3日日曜日

ブックオフ文化論

今日は文化の日。しかも日曜日。

しかしここではそんなことは関係なく、朝9時半から現在進行中の全てのプロジェクトのチェックをするために、パートナーと一緒に各プロジェクトの担当者を時間ごとに集めてレビューをする。その為に朝早くから電動スクーターでオフィスに向かう。

オフィスの自転車置き場にスクーターを入れようと思うが、その前にトラックが止まり、進入路を荷台から降ろした荷物で占拠している。その前にはイタリア人のスタッフが自転車にまたがり困った様子。

民度

という言葉が良く聞かれた2012年。その言葉が一体何を現すのかはよく分からないが、それがもし何かしらの文化的意味を含むのならば、民度の高さと言うのは、如何に自分以外の人のことを考えて行動できるか?なのではと思わずにいられない。

この国で生きていると、この国の国民にはその感覚の開きがとてつもなく大きいのに驚く。上記の例なら、「誰か作業中に自転車置き場に行く人がいるかもしれないから、通れるようにここは荷物を置かないようにしよう」とは考えないのだと想像する。それよりも、とにかく自分の仕事を終えることだけを考えて行動する。分母が大きいだけに、同じ比率でもそういう人間の数がとてつもなく多くなることになる。

それに比べ日本はかなりの所でそのルールが比較的しっかりしている。それぞれが属する組織に置いて、競争原理も働くのだろうが、人に迷惑にならないことがかなり基礎として組み込まれている。

これは建築現場にいってもよく感じることになる。日本の現場だとどんなに小さな現場の小さな工務店の職人さんでも、作業工程を考えて、他の職人さんに迷惑をかけないように非常に綺麗に養生を行い道具や建材を整理整頓している。これと同じことは決してこの国では期待できない。

しかしそれが一体民度というものなのだろうか?と考える。と同時に比率的に考えていけば、日本でもある一定数は必ず他人の迷惑を顧みずに行動をする人間も相当するいるのだとも思う。そんなことを思いながらなんとかスクーターと所定の位置に停めてオフィスの階段を上がりながら、それでも民度と言う概念が存在するならば、それはやはりその国の国民の読書量に比例するのだろうと考える。

恐らく世界どの国と比べても、日本の読書習慣はずば抜けていると思わずにいられない。この国では街中で本屋を見かけることも無ければ、電車やバスの中で読書に耽る人の姿を見かけることも少ない。それに比べて日本では電車に乗れば多くの人間がブックカバーをかけた小説に夢中になっている。一時間近く拘束される満員電車ではそれ以外できることがないというのもある種の強制要素になっているかもしれないが、それにしても日本人は良く本を読む民族である。


その民族の一員として毎回日本に戻るたびに心に決めることがある。「今回は本を買わずに、今ある本をまずは読んでいこう。それが消化されたら次に欲しい本を買う」と。しかし、その誓いも日本滞在中に必ず破られることになる。その誘惑は大概ブックオフの100円コーナーによってもたらされる。

東京に住んでいる数年の間、数ヶ月に一度は東京都内にあるブックオフの大型店舗を梯子していた。まずは近場の白金高輪から、五反田。渋谷、代々木、高田馬場に最後はなんといっても秋葉原。

まずどこに向かうかというと、小説の100円コーナー。ここの棚からならどれだけ手に取ってもいいという安心感から、気になったものはとにかく手提げかごへと入れていく。「あ」のコーナーから、阿川、芥川、恩田・・・と進み、上から下へしゃがんでは横にずれ、再度上へと向かっていく。タイトルと著者名を両方追いながらできるだけ焦点を合わせずにボーっと流していく感覚。

肩掛けバッグが邪魔になるほどの通路幅は恐らく普通の本屋よりも狭い通路設計になっており、その為に他の客の邪魔にならないように周囲にも注意を払いながら、なんとか時代小説ゾーンをクリアする。そして今度は新書コーナーへ。岩波、講談社・・・と追っていき、普段ネットで売れ筋のタイトルを調べておいて、頭に残っているタイトルが引っかかったら片っ端からかごの中へ。

その後余裕があれば一般小説へ。「あ」から始め、今度は値札を確認しながら再度一般の新書コーナーへ。大型店でここら辺までくると結構目が疲れるので休みを取りながら進めていく。

大きな店舗だとタイムセールなどがあるので、時間にも気を配りながら背表紙を追っていく。更に買って出てきたサービス券がもらえることもあるので、何冊からは境界線上として棚においてレジに向かうことになる。

そんなことを繰り返していると、どうしても考えることになるブックオフという文化論。古本屋というシステムから脱却し完全に新しい流通システムを作り出したブックオフ。それは本来なら自宅の本棚に永遠に眠り続けていたか、それとも捨てられることになっていた決して日の目を浴びることの無かったはずの本に光を当て、自宅の本棚が最終到着地でなくしてしまい、更にその先に流通のトンネルを作り出したその功績は非常に大きい。そしてそれが成功したのは上記にある日本に根付く読書文化であるのは間違いない。

全国展開をしながらも、本という物質を扱うためにローカルでモノが流れるシステム。更に面白いのは、顔の見えない個人が収蔵していた本の中で、その本を自宅に所有している必要がないと判断する人達がいることがこのビジネスの成立条件。

なんと言っても自分の様に本に線を引きながら読む習慣がついてしまった人間、つまり一度購入した本を、何があっても「売る」とか「手放す」ということを考えない人間ばかりでは成立しない。

「一度読んだからいいや」とか「面白くなかったから売ってしまおう」という考えの人がその本棚を解放し、本が流れ出す。その足が向く先は神保町や早稲田の古本屋ではなく、カラリと乾いた現代を代弁するブックオフ。

そこで面白いのは、東京に住んでいる人の本棚にあった本は、決して大阪のブックオフには並ばないということ。つまりはローカルの領域の制限が発生し、ブックオフの棚には、ある種のその生活圏の文化度が透けて見えてくるということ。

上記の様に本を手放さない人たちばかり住んでいる地域では、ブックオフ自体が成立しない。なのである程度の読書習慣を持った人達が多く住んでいる場所、もしくはそういう人が職場や乗り換え場として利用する場所であることが必要となる。

つまりはそこを生活圏内とする人たちの本棚から溢れてきた本たちがブックオフの本棚に並び、更にそこからも溢れて過剰となったもの本たちが100円コーナーに並んでいることになる。その地域の読書体験の濾過された結晶がこの100円コーナーに並ぶ背表紙かと思うと、なんとも感慨深く思わずにいられない。

そうして見ていくと、各店舗によって並ぶ背表紙は相当異なる様子を現すことに気がつく。欲しいと思っていたあの本が、A店舗では一般コーナーで350円だったにも関わらずB店舗では100円コーナーに置かれている。それはB店舗の地域に住む人たちがこの本に価値を見出してないからなのか、それともあまりにも多くの人が読み、売ったために供給過多に陥っているからなのかは、他に並ぶ本のタイトルを見れば大体分かるようになる。

本棚の前を移動しながら、そんな妄想じみたことを考えながら目の疲労を誤魔化そうとしているが、そんなことを繰り返しているうちに大体行きつけのブックオフの本棚の内容を網羅していく。そうなると本棚のラインアップが変わるのはなかなか頻繁には期待できず、それよりも違う地域に言ったら必ずブックオフに足を運ぶようになる。

川崎、川口、大宮、北千住、幡ケ谷、熊本に地元。場所によっては何年か前にバカ売れした誰でも読んだ様なベストセラーば何冊も100円コーナーに並び、その他は何十年も前の本くらいしか見るものがないといったところや、ほとんどが小中学生のマンガのリサイクル場となっているところがあるかと思いや、都内では期待できない思いもよらぬ掘り出し物を見つけることのできるところもあったりする。

そんな背表紙の群れを見ながら、その土地に流れる読書の習慣と培われた民度を思わずにいられない。そんなことを思いながら過ごし2013年の文化の日。

2013年7月16日火曜日

宗祇水(そうぎすい) ★★★★



街の真ん中に位置し、美しい水の街・郡上八幡を象徴するような名勝。
環境省の選定する水の郷百選の第一号に選ばれたというのも納得の名水スポット。


飛騨山脈で長い年月をかけて濾過され、栄養分をふんだんに溜め込んだ湧き水が川となり流れ込む合流地に位置する郡上八幡。長い歴史の中でその水を使って独特の都市空間を作り出してきた。

江戸時代に起きたという大火事の教訓を生かし、街中に防火用水として、また灌漑用水として張り巡らされたという用水路は、「水のある風景」として特徴的な街並みを作っている。

これらの用水路は特殊な方式によって各家庭にも引き込まれ、使用後は用水に戻され水田などで使われ浄化したのちに、再度川に戻る循環システムとなっているという。

その恵まれた水を利用するために生み出された「水舟」(みずふね)というシステムは、湧水を街中に引き込み、各コミュニティごとで管理をし、3段の段丘上になった水場を作り、上段から飲み水、中段は野菜や果物を洗ったり冷やしたりし、最下段は洗い物に使用するという。更にその先に川魚を泳がせた池を設け残飯などを食べさせ、水を綺麗にし川に戻しているという。しかもこのシステムは400年以上前に生まれ、場所によっては今も使われているという。


美しい水だけではダメで、それとどう生きるか?その場の地形を生かし、どうやって水のある風景を作り、自然の一部と成りうるか?その素晴らしい成功例を見せてくれている。

ちなみに宗祇水とは白雲水(はくうんすい)とも言われ、その名の由来は、連歌の宗匠として知られた飯尾宗祇がかつてこの泉のほとりに草庵を結んで、この清水を愛用したところから名付けられたという。

そうぎすい、そうぎすい・・・

川のせせらぎのような何とも心地いい響きだと、ブツブツ言いながら車に戻ることにする。 






2013年5月7日火曜日

若気の至りとかっこいいと思うこと

昨日の田村先生との話の中で、

なぜ今の若者が海外に行きたいと思わないのか?
なぜ日本よりも進んだ場所で、進んで学問を学んで経験を積みたいと思わないのか?
なぜよりより生活ができる場所があるのかと想像しないのか?

そんな内容が多くでた。
それについて考える。
なぜだろう?

まずはよく言われる言葉の壁。こんなものは真剣に勉強すれば半年ほどでどうにか生活できるレベルに到達し、あとは苦しみながら生活をし、仕事をしていく中でより見につけれるものであるのでなんの言い訳にもならない。

ではその異なる環境に飛び込むことに伴う苦しみ。言葉もそうだが、生活慣習の違う世界での生活は何かとスムースには進まない。しかも日本の様にサービスが過剰に行き届いているところでは、何もしないうちに誰かがやってくれたりしているから、そのギャップといったらとても大きくなってしまう。しかし人間は慣れる生き物であり、常に日本に視線を送り、比較することで時間を過ごさなければ、こんなのは数ヶ月もするうちに慣れてくる。素晴らしきかな人間の本能。

その次に、別に海外に行かなくても、日本に留まりながらそこそこの生活がおくれてしまうという事実。仕事を見つけるといっても、それは済んでいる都市、もしくは近くの大都市と日本という国が世界の全てになってしまう。また日本に居る限り、外国人よりも日本人であるだけで仕事の上でメリットがある。なぜなら日本語が喋れて、読めて、書けて、日本の慣習も分かっているから。

しかしこれもそう長くは続かない。生産労働力が減ってきて、労働も無しに株などの金融資産によって国内の資産の大半を所有しながらも、社会に支えられて貯金に回るだけの年金を給付され続ける大量の高齢者を抱えていくのにも拘らず、消費税を上げるという目先の目標だけを見据え、20年後の国の姿はあっちのけで、その金融資産を所有する人だけが喜ぶ「気」だけの景気を推し進めるアベノミクス。

国際競争力が本当の意味で強化される訳でもなく、世界で戦える人材が育つ訳でもなく、新しい価値観が生み出されるわけでもない問題先延ばしで、貯金の食いつぶし状態。どう考えても寿命を縮めるだけである。そうして訪れる外からと内からのガスのような圧力によって爆発するかの様に起きるであろうパラダイム・シフト。

その時に純粋培養された多様性を許容できない同一染色体を持つかのような人材は、獰猛でしたたかな世界の波にあっという間に飲み込まれることは目に見える。それでもあくまでもお人よしに、世界をテレビの先の世界と捉える人々。そんな中から少しずつでも出てこなければいけない、多様性を発現する若者達。


そんな風に考えると、世間で言われることは本質的な答えになっていない様に思われる。では、何が決定的な原因をなしているのか?

そう思いながら自分が海外に渡ったときのことを考える。別にそれが正しいとか間違っていると言うわけでもないが、何が違っているのかを考える。

そう考えると圧倒的に情報量が少なくて、分からないことが多いからこそ踏み出せる若気の至りが大きくあげられる。今では何か行動を起こそうと思ったときに、まずはネットで調べて見る。そうすれば、前例がいくらでも見れるし、ブログや何やらで良い例から悪い例までいくつでも見つけることができる。そうすれば、どうしてもポジティブなことよりも、ネガティブなことに目が行ってしまう。

通常考える国内での生活を捨てて渡ることで、実はどんな大きな保障を捨てることになるのか?普通20そこそこの若者は、そんなことは考えなくていいはずなのに、ネットという無尽蔵の情報の箱のせいで、若気の至りの一歩を止めてしまう可能性が大きくなったことは否めないのではないだろうか。

そしてもう一つは「かっこいい」と思えることが減ってきたこと。間違いないが、当時の自分は、海外で色んな国の友人と建築を学ぶことが、純粋に「かっこいい」と思っていたし、その後のことやそれ以上のことはまったくといって考えていなかった。恐らくこの「かっこいい」と思う感情が、現代の若者では働き方が違うのだろうと想像する。

小さい頃から無尽蔵の刺激を与えてくれるネットとメディア。外国人や外国の映像や動画も腐るほどにあふれており、クリック一つでいくらでも刺激を得られる。まるで自分がそこに立っているかのように錯覚させるような様々な技術も発達し、色んな場所で色んなものを見ること、色んな人と交流することよりも、もっと個人的、もっと細分化されたことの方が彼らにとっての「かっこいい」の向かう先である可能性。

この二つ、つまりはメディアの問題であるということ。そして教育の問題でもあるということ。このまま放置していくのか、それともまた新しい形で若者達がかっこいいものに後先考えずに若気の至りでつっぱしっていく時代が来るのか。それは新しいメディアと教育にかかっているんだろう。

2013年5月6日月曜日

結局は教育


以前よりETB研究会などでお世話になっている東京工芸大学の田村幸雄先生が、名誉教授を務められる北京交通大学にいらっしゃっているとのことで、せっかくの機会だからということもあり、オフィスの見学にいらしていただいた。

田村先生は、耐風工学という建築における風の研究の世界的権威で、国際風工学会 IAWE(International Association for Wind. Engineering)という世界的組織の会長を務められている、世界でも一線のエンジニアでいらっしゃる。

海外の大学でも客員教授を務められたり、国連や政府関係のプロジェクトにも参加され忙しく世界を飛び回られている様子だが、覚えていてくれて、わざわざ連絡を下さっての今回の訪問。なんともありがたいものである。

交通大学の博士号だという二人の付き添いの中国人学生と一緒に来られ、一時間ほどオフィスで進行中のプロジェクトなどについてご説明させていただく。

その後学生達は先に大学に戻るということで、先生と一緒に近くの中庭のあるレストランでランチをご一緒させていただき、昨日コンペも終了したということで、私も久々ののんびりしたランチを過ごせるということもあり、いろいろとお話を伺わせていただいた。

「教育者は太陽の様に常にさんさんと学生に日を見返り無しに与え続けるくらいの人物で無いといけない。」

そんな言葉を何かの本でかつて読んだが、まさに「こんな先生の下で勉強することのできる学生は幸せだろうな」と思えるお話ばかり。

話は我々のオフィスに世界中から来ているインターンの話から、日本人のインターンが一人もいないこと、それには日本の教育のシステムがそれを許容しないこと、また今の日本では日本国内で全てが完結するようなシステムになっているので、教授の顔色を伺っているのに忙しい学生はとてもではないが外に視線が向かないことや、その教授もまたなんとなく国内でそれらしく振舞っているが、国際舞台で注目されるような実績や論文を残している人物は本当に減ってきてしまい、全体の教育のレベルも随分下がってきてしまっていること。

中国やアメリカの学生は本当に熱心で、ホテルまで質問に追っかけてくるという話から、日本は昔からだが勉強に対して本当に熱心ではなく、学ぶことでスキルアップをして、更に高みの世界に自分を持ち上げるという意欲が無くなって久しいのではという話まで。

日本は効率的などといわれているが、本当はかつてからどの時代でも、どの年代でも、切り取って一個人でみたら決して世界で戦える能力のある国ではなく、ただ膨大な量の残業と戦後の幸運ににも助けられて経済が上昇していっただけであり、砂の上を自転車で漕ぐかのように、一度でも止まったら倒れてしまうという状況を認識しておかなければいけないという話。

日本という国をがんじがらめにしている「システム」。震災でも変わったのは津波に対しての考え方だけであり、あれだけの社会的インパクトを持ってしても、硬直したシステムが更新されることはなく、その奥底に潜む既得権益はしっかりと守られること。

世界の中での自分の立ち位置と世界との距離をしっかり把握し、日々更新される知識と技術の中で緊張感を持って過ごす10年と、システムの中で生活を保障されて、それなりの地位で安穏とする10年。その時間の後に歴然として現れている差。

世界でプロフェッショナルとして立つ上で最も必要なのは個人力であり、職能やスキルを伸ばすべき時間に、社内政治や人間関係など他のことに時間を費やなければいけない現代の日本のシステムでは、その個人力が養われる土壌が無いということ。

それらの全ては教育が変わらないといけないという同じ根っこを持つこと。大学も国も高校も小学校も、全てが教育を変えないといけないという危機感を持つこと。そこから新しい世界で生きていく人間が育っていくこと。

「ほどほど」の厳しさの教育環境の中で、「ほどほど」の内容を教える教授の下で、「ほどほど」の学生生活を送り、「ほどほど」の会社に就職し、「ほどほど」の社会人生活を送っていく。国に期待するのも「ほどほど」で、「ほどほど」の今の暮らしが維持できればいいという考え方。

その惰性で成り立つ時代はとうに終え、日本は労働力という貯金を使い果たしてしまった今、「ほどほど」から先に進む人間を育てていかなければいけないという危機感。そうでなければあっという間に訪れるであろうパラダイム・シフト。

などなど、久しぶりに「この時間が終わってほしくないな」と思えるようなとても有意義なランチタイム。

今の自分にできることは、やりたいとかつて願ったことができているこの場所で、無駄なことに目を向けず、ただ一心に前を向き、手を動かし、頭を働かせ、目を見開いて、どこに行きたいかの目的地を曖昧でも視界の片隅に捕らえながら、緊張感の中で毎日を過ごすこと。

そして、「システム」で守られることで得られる様々な甘い蜜。それは「システム」の中で真面目に生きている限り手に入れることができるであろう、厚生年金や様々な社会保障、そして大企業の福利厚生と安定した収入と安心の老後など。それらを秤にかけても決して見劣りしない生き方ができることが若者の目にも届くようにならないと、この閉塞感というモヤはなかなか晴れないのかと想いを馳せる。

2013年4月25日木曜日

立ち位置


たった1mだけども、その立ち位置が違うと、それから進む道がまったく異なったものになってしまう。

重要なのはその違いを理解していることと、自分の立ち位置を理解すること。

20代。やりたいことや夢を追いかけて、色んな場所に足を運び、色んな人に出会い、色んな挫折を味わいながら学び、次第に自分の能力を研いてゆく。

それと同時に、今まで分からなかったり理解できなかった自分が目指していることが、一体どれだけの知識や経験、能力を必要とするかを理解すること。

やればやるほど、学べば学ぶほど、経験すれば経験するほど、その距離感を実感する。雑誌や本で見ていた憧れていた作品を作るためには、どれほど長い行程を歩いていかなければいけないか。

たった一つの図面を作成するにも、一つの線、一つの曲線、その一つ一つに意味された建材、施工方法、コストなど様々な事柄を理解し、コントロールしつつ、誰かに意図を伝える伝達メディアとして美しい図面を描けること。

社会的存在である建築が、社会の中のルールに従うための法規的要求。その把握とその条件の中でよりよい設計を仕上る能力。

建築家は建てる人ではなく、描く人であるならば、構想したものを如何に建ててくれる人に伝達できるか。そのコミュニケーション能力。

一つ一つの素材が社会で売買される商品としての側面をもつならば、その総体としての建築がどうしても背負ってしまうコストの問題。それを如何に把握し、設計の中でのバランスをとっていくのか。

その中に身をおく時間が長くなればなるほど、自分が知らないこと、できないことの多さに圧倒されつつ、それでもできるのは、一段一段階段を登り、足を前に進め続けるだけである。

その世界に身をおいた時間が少なければ少ないほど、この見えない部分が多くなり、自分の立ち位置も当然つかみづらいものである。それは当然である。

人は皆、目にしたものが世界の全てになってしまう。ということは、自分の立ち位置を相対的に測る到達点までの長さがその行程の全てとなってしまう。その時に、本当に素晴らしいもの、本当に価値のあるもの、世界でもトップのものに触れながら自分の位置を相対化し、その能力を伸ばしていくのが幸せな職能人としての時間の使い方であるだろう。

そうでなく、つまらないものに出会ってその位置を相対化してしまえばしまうほど、簡単に得られる達成感と満足感に酔いしれ、浅はかな能力にも拘らず、自分が一人前だと勘違いすることになる。

そんな訳で、見据える到達点とそこから相対される現在の自分の職能人としての立ち位置について考えをめぐらせる。

その到達点へと辿り着く為には様々な道があるだろう。その道には決して近道などというものは存在しないだろうが、その道のりの困難さは様々である。自分の人生に何を求めるかによってその選ぶ道も違ってくる。楽な道をいくものもいれば、先の見えない厳しい道を選ぶものもいるだろう。

自分自身、設計の能力があまり無いと感じながらそれを受け入れることができず、それとなく流行のものを取り入れつつ、論点をデザインに持ってこないように言葉で濁し、自らのデザイン能力に干渉されることを避けるような緩衝地を設けて世間と接する。

そういう人たちは恐らく本当の意味での自分の意見はないからだろうが、あれやこれやといかにもそこらへんに落ちていそうな言葉を拾い集め、流行の本を読み漁り、必死に理論武装することになる。問題はそこに留まらず、そういう人間が大学などに入り込み、あれやこれやと学生を洗脳するので事態はもっと酷くなる。

本当に良いものを作り続け、本人が何も語らずとも、その建築自体が雄弁に語ってくれる。それが本来あるべき姿であり、それを体験した人々が様々な意味を発見していく。

その自信が無いからこそ、自分を権威の側において何の疑問を受け付けず、「これは評価されるべきものなんですよ」と言わんばかりに世の中に「作品」を発表する。情けないことに、メディアもまたそっち側にべったりなもんで、次々と「いかにも価値のあるもの」として流布されるこれらの作品群。

大きな会社や大きな組織という、日本を支えるシステムの中で自らに対して保障される範囲を大きくとりながら、「世間に対しては社会が変わらないと!」と声を上げながら、自分達はそれでも将来が安泰の年功序列システムが変わることは望まず、その為に職能を磨く時間よりも、そのシステムを安泰させることに心血を注ぐことになる。

そこそこの大学を出て、そこそこの会社に就職し、そこそこの生活を保障される。それが一番安心の時間の過ごし方。その過程でやっぱり人から「凄い」と褒め称える機会があれば、それに越したことは無い。

システムの中に身をおき、システムに守られる。守られ続けることで今度は失うことの恐怖を知る。どんなことがあっても、保障される給料、地位、生活レベル。それが無くなることへの恐怖。

少しだけ立ち位置が違うだけでも、少しだけその線を跨いだところで生きているだけで、何かあった場合には全て自らの責任で生き残っていくことになる。誰も守ってはくれない。大きな病気などしたものなら、あっという間に生活が吹っ飛ぶ。甲冑も着けずに弓矢の飛び交う戦場を駆けるかのように。

その恐怖。そしてその緊張感。

誰もができることなら避けて生きるべきその道。近代国家はその様な不安定な人々をできるだけ少なくすることを目的とし、様々な社会保障を成し遂げてきた。

現行のシステムはその線の向こう側で動いている。良い大学を卒業しても、設計の良し悪しという曖昧模糊な基準で勝負しなくて良い世界。それでいて世間に対して高い地位と大きな保障が得られる官庁へ行くのが一番。

その次は、どれだけやってもデザインというセンスが関わる世界では、その高い学歴だけでは特急切符にはならず、長い下積みと努力をし続けなければいけないということで、デザインで勝負したいと言いながらアトリエ事務所には足を運ばずに、様々言い訳を見つけて自分を納得させる手続きを踏み、エンジニアというどちらかというと時間がそのまま経験に転化され、その経験が能力に適切に反映され、問題と解法、そして解答が比較的一直線に並びやすい世界に足を踏み入れことになる。

組織設計事務所やゼネコンなどの大きな組織の中で大きな保障を得て、何年後の自分の姿をおぼろげに見据えられ、収入面でも安心して生活ができ、人生設計も同級生に劣ることなく計画しながら、アトリエではできないアプローチでデザインに取り組んでいるという風に自らのプライドも満足させる。

システムのど真ん中に位置する組織なだけに、どこかの大学で講師などをするツテも多かったりし、大きな仕事に関わっているという体で学生にも話をし、雑誌社などにも組織のつてなどから執筆する機会も出てくる。

誰かがシステムを保持する役割を持つことは必要である。これは決して悪いことではない。自覚的に自らを手厚い保障の中に身をおきながら、自分の心のどこかに引っかかる部分を残しつつ、それを必死に押さえつけ、あくまでも自分の努力で手に入れた地位だとし、職能を問われるような場局面には足を踏み入れずも、危険を冒しているかのようなそんなジェスチャーをすること。声だけ大きくなりつつも、足元を見るとしっかりとその線の向こうへとは踏み出そうとしない。

社会が成熟すればするほどその線のあっち側で物事は決まり回っていく。しかしその時間が長くなればなるほど、そのシステムは硬直し、前に進む力を失う。その時に必要なのが線のこっち側で何か分からないが、多様性の中で新しいことをやりだしている人々。そのエネルギー。

切れ目のこちら側とそちら側では、似た風景を見ているようでも、その過ごす意味はまったく違うこと。それを忘れずに、自分の立ち位置を再度確認しながら時間を過ごしていこうと心に思う。

2013年1月21日月曜日

引き出しに仕舞う


「仕舞う」:終りにする。片付ける。入れ収める、殺して始末をつけるの意味も。

仕事場でも、家でもそうだが、物に溢れた現代社会で生活をしていると、その空間はすぐに物で溢れ、ぐちゃぐちゃと秩序のない状態に陥ることになる。適度に整理整頓をして、捨てるものは捨てて、必要なものは分類して仕舞っておく。そうしないと生活が成り立たなくなる。

テレビでよく映される「ゴミ屋敷」。あんなによく溜め込めるな・・・と思っているこちら側の我々も、ちょっとしたきっかけで止め処なく押し寄せる情報量と物量に押しつぶされ、自らを律する意思があっさりとそれらの波の呑み込まれ、一見したところは違うが本質的にゴミ屋敷という状態になんてあっという間に陥ることになる。

それと同じことが情報社会に生きる我々の頭の中でも起こっている。

経験したこと、考えたこと、見たことなどをは通常整理されることなく、やりっぱなしのぐちゃぐちゃに散らかっている状態でほったらかしにされている。デジカメで加速度的に増加するデータは、秩序立てることなくパソコンのHDの容量の上限という限界に向けて、ただひたすら無秩序に保存されるだけ。

ぱっと見ただけで分かるような、散らかりっぱなしの家に住んでいる人が、何かを出そうとしてもすぐに出てこないように、頭の中でも知識や経験への回線は混線状態。
自らが経験し、見て、聞いて、感じたこと。自分の過ごした時間を自分のだけのものとして変換してくれるはずのそれらの要素を、一度立ち止まり、それを手にとって、どんなことをその時に考えたか、を再度考えながら、一つ一つ自分で考え、その考えに言葉を与えていく。そのものをもう一度別の視点で眺めて、その時に見えなかったものを見つけ出し、自分自身で理解し、消化していく過程。その一つがブログにという言語化と視覚化の作業。

それは一つ一つを整理整頓して、引き出しの中に仕舞っていくことと極めて似ている。

ぼーっと無策に忘れていくのではなく、いつでも引き出せるように、思い出せるように整理をしてから一度忘れておく。それが重要。

引き出しがあるだけでなく、それがどの様に分類され整頓されているか、独自のシステム構築も同じくらいに重要度を増してくる。その分類と検索システムがしっかりしている人と会話をすると、知識と記憶が極めて正確に引っ張り出され、しかも情報を組み合わせることが次から次へと新たなる会話を紡ぎだしていく場面に出会う。

その心地よさ。

加速度的に増加する情報、その波に溺れるのではなく、白旗を揚げるのでもなく、出来る限り自分の身体と脳を守るために、しっかりと仕分けをして仕舞っておくこと。それが現代を生き抜く鍵であろう。