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2018年1月26日金曜日

展覧会 「The Storytellers – Chinese Contemporary Art」 EU大使館 2018


北京を離れる友人夫妻の送別会で知り合ったのが、EUの中国大使をされている旦那さんとその日本人奥様。その繋がりで、大使館の裏にある大使邸で開催される展覧会のお誘いを受けたので、せっかくだからと少し早めに仕事を上がり向かうことに。

中国美術学院を中心に、比較的まだ若いアーティストの作品を紹介する展覧会らしく、一点、とても素敵だなと思える作品に出会う。大使夫妻に挨拶したり、10年ぶりになる知り合いに再会したりとしているが、どうにもこうにもその作品が気になるので、せっかくだからと その作家さんと話をし、担当ギャラリストにも詳しく聞いてみることに。

「こういうのは出会いだから・・・」と自分を言い聞かせ、思い切って購入することに。

新しい一年の日常空間に、自分が気に入った作品が一つあるというのを楽しみにして、
中華新年まで残り少ない日々をまた頑張ろうと気合を入れる。





2017年6月18日日曜日

ニューポート・ストリート・ギャラリー(Newport Street Gallery) カルソ・セント・ジョン(Caruso St John Architects) 2015 ★★★


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90年代にヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBAs)の筆頭として一躍時の人となったイギリスの現代美術家、ダミアン・ハースト(Damien Hirst)。

サメを丸々一匹ぶつ切りにしてホルマリン漬けにした作品などで知られる彼が長くスタジオとして利用していたテムズ川の南に、彼の作品を展示するのではなく、彼のアートコレクションを展示するギャラリーとして2015年にオープンしたのがこのニューポート・ストリート・ギャラリー(Newport Street Gallery) 。設計をしたのはカルソ・セント・ジョン(Caruso St John Architects)。ちなみにこのニューポート・ストリート・ギャラリーは2016年のスターリング賞(RIBA Stirling Prize)を受賞している。

ここもまたアドミッション・フリーなのがさすがイギリスだと思うところであるが、行われていたのはバルバドス出身のアーティスト、アシュリー・ビッカートン(Ashley Bickerton)の展覧会。


アート関係の建築を多く手がける設計事務所だけに、非常にシンプルであるが、展示空間としてしっかり機能しつつ、階段周りのディテールや天窓もしっかりとデザインがされており、スターリング賞受賞というのも納得させられる。

このギャラリーが面白いのはその展示だけでなく、ダミアン・ハーストによる「薬」をテーマにしたレストランがあること。立ち寄ってみると、壁紙も近寄ってみればすべてカプセルの表示でなりたっており、椅子やランプもビーカーが使われていたりと徹底して薬をモチーフにした空間となっている。ハーストらしい、社会に対してのブラックなメッセージが底辺にあるのだろうが、それでもなんとも発見に満ち溢れたワクワクした空間となっている。

ギャラリーをでて道沿いに少しいくとショップが併設されており、展覧会やダミアン・ハーストのグッズなどを購入することができる。スタッフに話を聞くと、この場所がハーストのキャリアにとってどんな意味を持っていたのかなど、なかなか詳しく話をしてくれるのもまた魅力的。

こうして周縁部に広がる都市としての魅力に、じっとりとロンドンの文化の力を感じながらホテルへと帰路に着く。


















2017年1月14日土曜日

展覧会 「美林の世界・韓美林八十歳大展」 国家博物館 2017 ★★★ 



妻が「ぜひ行きたい」と見つけてきた展覧会。中国国家博物館には一度も足を運んだことが無かったので、久々に青空の見える土曜の午後に訪れてみることにした。

韓美林(Han Meilin ハン・メイリン)は1936年生まれの中国で最も名の知れたデザイナー。グラフィックから、彫刻まで手がける作品は多岐に渡り、その規模もオリンピックのマスコットや中国国際航空のロゴなど国家レベルのものから、昨年日本でも話題に上った世界最大の関羽像の彫刻など、日本では考えられないスケールのものをつくりだしている人である。

その80歳を記念しての大々的な個展が行われているのが、中国で最も権威のある中国国家博物館。故宮博物館の前に人民大会堂と向き合う形で建っているこの博物館。その規模もそうであるが、そのセキュリティレベルも国家級。建物にアクセスするまでに長い列に並び安全検査を受けて、建物に入るために更に長い列に並んで入場までにおよそ一時間。天気が良い日だから良いものの、それでもお腹に貼ったカイロが無ければ相当身体が冷えてしまうだろうと思いながら、パスポートなどの身分証明書を見せれば入場が無料という点は非常に素晴らしいと感じながら中へ。

中は相当に巨大だと思っていたが、後に調べてみると国家博物館の総面積は65,000㎡。パリのルーブル美術館が総面積60,600㎡というから納得。とても一日で全部見ようと出来るものではないので、受付でなんとも見づらい地図を貰い、見に行く場所にあたりをつける。

今年は是非学ぼうと思っている書の展示と、目的の「美林的世界——韩美林八十大展」の場所を見つけ、鄧小平の巨大な像の前を通り抜けて上階の展示室へ。まずは韓美林からで、4つの展示室を使用し、書や水墨の要素を取り込んだ様々なポスターやグラフィックデザインは、その作品の数も手伝い圧倒的。部屋ごとに椅子などの家具や、巨大な彫刻など別のテーマの展示が見れつつ、80歳という長いキャリアが俯瞰的に感じられる展示になっており、充分楽しめる内容となっている。

書道の勉強の励みになるだろうと、2007年に出版された画集「天書」をショップで買い込み、最上階に位置する書の展示を一通り目を通し、一階の茶館で茶器を物色しながらウーロン茶で一息入れて、その脇に付属する書店で書道と漢字の歴史に関する本を購入し、「今年こそは再度中国語学習を・・・」と気合を入れてそろそろ暗くなりだした外へ向かうことにする。





2016年11月7日月曜日

「アートは資本主義の行方を予言する」 山本豊津 2015 ★★★



アートの世界で生きる友人と食事に行くと、如何に世界の各国が文化やアートを国家的戦略として見据えて育てているか、そして世界を俯瞰した際に現代におけるアート市場がどの都市を中心として回っているのかが話題にあがる。

そんな彼が「山本さんの本、読み終えたからどうぞ」と貸してくれた一冊。著者は日本で最初に現代アートを扱い始め、「もの派」などを世界に紹介した画廊として知られる銀座の東京画廊のオーナー。東京画廊は現在のように経済の過熱する前から中国でのアート市場とアーティストの可能性を信じ、世界に先駆けて北京の798アート地区にBTAPとしてギャラリースペースをオープンした画廊でもあり、世界を俯瞰する視点を持った数少ない画廊の一つでもある。

自分も東京画廊には縁があることもあり、ぜひとも読んでみたいものだと思っていたタイミングであったので、早速読み進めることにするが、ポイントとしては一般的にはよくその価値が分かりづらいと囚われがちなアートの世界が、実は非常に資本主義の本質を体現しており、希少性がいかに価値を決めていくか、そして中心に対する周縁の意味など、才能を持った限られた人間によって作り出される今まで存在しなかった作品に、いかに資本が流れていくのかをとてもわかりやすく解説する。

その脇で、東京で初めて現代アートを扱うようになった初代オーナーである自らの父親と、黎明期の画廊と社会の姿、そして海外から日本へ、そして日本から海外へと様々なアーティストが自らの画廊を通して社会に知られていくようになった様々な展覧会の意味。現在のアートの世界を動かす力までなった中国人アーティストとその市場にいち早く参与し、その現在の姿などなど、画廊という視点を通して見えてくる社会の姿を描いていく。

「美」とはなにか?

という喉元に突きつけられるような厳しい自問自答を毎日繰り返して長年過ごしてくる画廊主であるからこそ、最後は文化と美の本来的な意味に立ち返り本を締めくくるが、年々加速するネットショッピングのなかで見受けられる値下げ競争の姿に対し、まったく対極にあるように見えるアートの世界がいかに同じ資本主義の概念で説明でき、かつ存続しうるのかをすんなりと消化できるようになる、現代を生きる上でとても意味のある一冊であろう。

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■目次
第1章:資本主義の行方と現代アート――絵画に見る価値のカラクリ
第2章:戦後の日本とアート――東京画廊の誕生とフォンタナの衝撃
第3章:日本発のアートと東京画廊の歩み――脱欧米と「もの派」
第4章:時代は西欧からアジアへ――周縁がもたらす価値
第5章:グローバル化と「もの派」の再考――世界と日本の関係
第6章:「武器」としての文化――美の本当の力とは?

あとがき
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2016年3月11日金曜日

「トイレのピエタ」 松永大司 2015 ★


松永大司

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スタッフ
監督 松永大司
脚本 松永大司
原作 松永大司『トイレのピエタ』
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キャスト
園田宏(余命宣告される元芸大生): 野田洋次郎
宮田真衣(高校生):杉咲花
横田亨(がん病院でのルームメイト):リリー・フランキー
尾崎さつき(宏の元彼女):市川紗椰
園田智恵(宏の母):大竹しのぶ
園田一男(宏の父):岩松了
橋本敬子(がんで入院する子供の母):宮沢りえ
橋本拓人(敬子の息子):澤田陸
武田晴子:MEGUMI
金沢:佐藤健
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建築という仕事柄、普段からアートに関する人々と接する機会をいただくことがある。美術館のキュレーターや、アートイベントのダイレクター、それにギャラリストやアーティスト。

改めて思うのが、普段日常で会っている「アートを生業としている人々」は、厳しい競争というフィルターをすでに潜り抜けてきている人であり、その作品やキュレーション能力において、世間からある一定の認知を受け、才能を認められ、絵を描いたり、作品を残すことに時間を割くことを可能とした人であるということ。

その中でもキャリアの段階において、それぞれにまた厳しい競争があり、その中で再度ふるいにかけられ、残った人がより上のステージにて、より大きな自由を得て信じる「アート」を世に送り出すことになる。

アーティストとして特別な才能と技術を身につけるため、芸術大学や独自に学ぶ。しかしその後どうにかして世に出るためには、誰かの目に留まり、評価してもらい、展覧会などの機会を得ていかなければいけない。その為に採用されているのが全国に散らばる様々な分野のアートを手がけるギャラリーシステム。才能があると目をつけたアーティストとギャラリーが何かしらの契約を結び、製作を援助し、方向性を語らいあい、そして展覧会を企画して世の目につくようにし、活躍の場を広げていくことで、アーティストの作品の価値を高めていく。

絵がうまかったり、独特の完成があり作品のクオリティを高めることができることと、それを誰かに知ってもらい、自らの活動を支える収入に変換すること。その二つはまったく異なる能力であり、小さなころからずっと絵を描いてきた人に、ある年齢からいきなり後者の仕事もしろと言っても、なかなかうまくできるものではない。営業や広報、そして人との付き合い。そんな対外的な才能とは違って、深く自らに向き合う能力があってこそできる作品もあるはずである。

しかし、現実は社交的で人付き合いがうまい、人脈が広い、可愛かったり、イケメンであったりと、絵の才能とは違う部分での要素を持っていることが、「誰かに自分の作品を知ってもらう」という点を突破するには大きな力を発揮する。

学生時代は同級生からも一目置かれ才能があるとされた芸大生。卒業後、定職に付くこともなく、アルバイトのビルの窓の清掃を行いながら、徐々に絵を描くことから遠ざかり、もやもやした気持ちを抱えながらも、クラブに通い刹那的に日々を過ごしていく主人公。

そんな主人公が突きつけられたのはいきなりの「がん」と「余命」宣告。そんな折にであった日常に苛立ちながらまっすぐに感情をむき出しにしてくる女子高生。徐々に弱る自らの身体と、「死」を受け入れながら生きていく周りの患者仲間の姿、そしてそんな自分の深刻さを物ともしない様に振舞う女子高生の真衣に振り回されながら、徐々に自分の人生を振り返り、自分の周りにいる人々と再度向き合うことになる宏。

この主人公を若者に人気だというロックバンド・RADWIMPSのボーカルの野田洋次郎が演じたことで、大きな話題を呼んで、かつ様々な映画賞にてもいろいろな賞を受賞しているようであるが、地方から絵を志して東京に出てきて、自ら求める「アート」と作品制作以外のことで評価されるアートの現状とうまく着地点を見つけられぬまま、漂うように今を生きる若者の演技はやはり真に迫ったものがある。

「余命」という自らの命の残り時間を直視したときに、人が何に時間を費やすのか。そこにその人が過ごしてきた一生の本質が見えてくる。そして主人公が選んだのは、出会った人々との記憶をとどめるように、アパートのトイレに「ピエタ」をモチーフとした女子高生の姿を描くこと。

学生のように若すぎず、社会人としての責任を持つほど老い過ぎず、モラトリアムの中で向き合う自らの残された時間。そこにはなかなか惹きつけられるものがあったが、今度アート関係の友達にぜひともどれくらいのリアリティがあるのかと感想を聞いてみたいものである。



2016年2月16日火曜日

養老天命反転地 荒川修作 1995 ★★


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所在地  岐阜県養老町養老公園内
設計   荒川修作、マドリン・ギンズ
竣工   1995
機能   公園・アート
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木曽川とともに伊勢湾に流れ込む長良川、揖斐川(いびがわ)を併せて木曽三川(きそさんせん)と総称し、濃尾平野(のうびへいや)として広がる肥沃な平地を作り出す重要な河川であり、愛知県と岐阜県の県境を形成する境界線ともなっている。

愛知県の一宮市から木曽川を渡り岐阜県側の羽鳥市に立ち寄り、続いて木曽川、そして揖斐川を渡り向かうのは背後に濃尾平野の西に位置する養老山地が壁のようにそそり立ち、その一つである養老山(ようろうさん)の麓に位置する養老天命反転地(ようろうてんめいはんてんち)。

アメリカを拠点として活動した荒川修作がパートナーであったマドリン・ギンズとともに、構想を練った巨大なランドアートである。「養老の滝」でも知られるこの養老町(ようろうちょう)。豊かな自然を楽しめるように子供から大人まで遊ぶことができる広大な養老公園が整備されており、その公園内の一部が有料施設となっており、そこがこの養老天命反転地と呼ばれる地面がうねる様になっており、とても変わった建物のようなものが立っていたりして、身体感覚を呼び覚ますかのような場所となっている。ちなみに公園自体は無料であるが、この施設へは別途料金がかかり大人750円。なかなかのお値段である。

荒川修作は1936年生まれの名古屋市出身で、25歳時にすでにアメリカに渡っていたようである。日本国内でもいくつかその作品が残っており、この養老天命反転地が一番知名度が高いようであるが、建築作品として東京の三鷹市に作られた三鷹天命反転住宅もまた比較的良く知られている作品であろう。

1994年 「遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体」(岡山、奈義町現代美術館)
1995年 「養老天命反転地」(岐阜県養老町)
2005年 「志段味循環型モデル住宅」(愛知県名古屋市)
2005年 「三鷹天命反転住宅 In Memory of Helen Keller」(東京都三鷹市)

広大な公園は丘になっていたり、建物内部の床もうねっていたり、人が通れるギリギリの幅の通路があったり、人と通りすがることがほとんどできない道があったりと、自分の身体、そして他人の身体と嫌がおうにも向き合うことになる。そして斜めの床に身体を支えるのがどれほど大変かなどを感じる大人と違って、あちこちではまるでアスレチックのように走り回る子供たちの姿。

平日ということもあったのだろうが、訪れているのは若いカップルや、若い女性二人組。恐らく何かの情報番組や雑誌でしり、面白そうだということでやってきたのだろうが、驚いたことにかなりの人が駅から徒歩でやってきている様子。調べてみると近くに養老線の養老駅があり、名古屋からだと桑名で乗り換えて利用することができるようである。

遠くに一際高く見える伊吹山に見守られながら、芝生の上でお弁当を広げて食べている若い大学生たちの姿を見ながら、穏やかな風景だなとなんだかほっこりしつつ、恐らく東海地方で生活を持つ人にとっては、文化的に興味を持って訪れる場所になっているのだろうと思いながらも、恐らく運営的には非常に難しいのだろうが、なんとかうまく残っていってほしいと思う場所である。










養老天命反転地記念館
養老天命反転地記念館
養老天命反転地記念館
極限で似るものの家


精緻の棟


楕円形のフィールド