ミステリーを展開する上で自ら設定した物語の前提。
それをどこまで崩すか?
もちろん、前提が堅強であればあるほど、それが崩れたときの驚きは大きい。しかし、インパクトを狙うあまりに、なんでも崩してしまう前提でいいのかといえば、それでは読者との信頼関係が構築できない。
どこまでの破壊を良しとするか?
その絶妙な駆け引き。
それが許せるギリギリの境界線で成り立っているからこそ、ある1ページから以降は、今まで見ていたと思っていた風景が一気に「ガラッ」と変わってしまう。そんな印象を受ける、その1ページの存在。
その1ページから失踪するように暴かれる様々なボタンの掛け違い。文字によって、作者の意図に操作され、読者の頭の中で構築された世界が、実は大きく偏差してしまっていたと徐々に気づかされる。その楽しむかのような騙しあい。
登場するのは共に兄妹。
共に不幸を身に纏い、
共に近くて遠い家族への疑惑を抱え、
共に本当の世界が見えていない。
共にやまない雨の中で生きている。
雨の日に恐怖で見えたと思う龍の姿。
そこに恐怖を感じるのも、もしくはその後の希望を感じるの、
受け取る自分の気持ち次第。
「雨さえ降らなければ」と過去を見つめて生きるより、
「雨のせいで見えなくなってしまったものがある」ことを理解し、
「雨の後に覗く日の光」を信じて前を向く。
前半での伏線の仕掛け方、読者の思考の操作、複数の登場人物の交差の仕方、そして後半にて一気に回収される伏線達など、ミステリー作家としての作者のテクニックが確かなことが良く理解できる一冊。ではあるが、だからこそか読み終えた後に何か物足りない気分にも陥る一冊でもある。
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第12回(2010年) 大藪春彦賞受賞
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