2013年6月23日日曜日

「神様のカルテ」 夏川草介 2011 ★★

北京で開催されている半年間の「园博会」。ガーデンの博覧会というが、半年間弱の開催にも関わらず相当な規模のものになっている。せっかくだからと妻と妻が相互学習をしている中国人の友人カップルと一緒に足を運ぶことにする。

しかし、会場が北京西部の相当遠い場所にあるから、家からたっぷり2時間ほど電車に揺られながら行くことになるのだが、早起きにも関わらず、揺れる社内で眠りをむさぼることも出来ずに、しょうがないのでとほとんど社内で読みきってしまった一冊。

「専門職」に就いている人間が、現場の現実と理想の狭間の苦悩を、自分を投影しつつ作り上げた第三者としての主人公の口を借り、世に問いかけるのはよくあるパターン。

作家としてではなく、一人の読書人として、今までの人生の文学的蓄積を存分に発揮し、「仕事」としてではなく、「喜び」として書き上げる一冊。それが感じられる、人生が濃縮されたような豊穣さを感じる。

1978年生まれという現役のお医者さんという作者。2009年に刊行されたということは、2007年には十分に書きあがっていたと想定すると、当時は29歳。順風満帆に24歳から研修医を終え数年を経たであろうその時期は、まさに主人公と同じように医者としてのキャリアとしても無我夢中な時期からやや抜け出した時期に違いない。

その年齢で医者としてどれだけの技能レベルに立っているのかは分からないが、もし建築家であるならば、社会にでて建築の実務に就くようになって6-7年。働く場所にもよって違うであろうが、まともに働く人なら、木造やRC造の住宅くらいなら一人で何とか設計から確認申請、現場監理までなんとか見れるようになっている頃かと思うが、同時に自分がどれだけ建築家として能力が足りていないか、建築のことをどれだけ知らないかを思い知りながら毎日を過ごしているころでもあるだろう。

それでも見えてくるかつて抱えていた理想と、毎日見つめる現実の風景とのギャップ。それに葛藤する気持ちと、グルグルと中々前に進まない自分のキャリアへの苛立ち。自らの職能を理系と文系の幸福なる融合を体現するものだと偏ったスター建築家崇拝に染まった教育をどっぷり受けながら、それなりに社会学や哲学なんかの文学体験も経てきているので、らしい文章は書けるようになっている頃合。

その時期に心の中を閉めつくす青臭い気持ちを建築の世界を舞台とした小説で表現するとしたら、一体どれだけ職能人としての自らの無能さを呈してしまうのだろうと感じるであろう恐怖。

しかし、職業人として感じる思いはその時々に変化して、その気持ちに向き合うことができるのは人生にその時しかないのであれば、そんな恐怖に絡められるよりも、思いに突き動かされながら言葉を紡ぐことは決して悪いことでもないのだろうと思える、心が暖かくなり、また松本城が見たくなる信州の物語。




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第10回(2009年)小学館文庫小説賞受賞作
第7回(2010年)本屋大賞第2位
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