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世界遺産
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香港にはビザの延長や仕事の打ち合わせなどで来ていたので、なかなかゆっくり過ごす機会がなかったが、今回は手元にパスポートもあり、かつ時間もそこそこあるというので、せっかくだからとマカオまで足を伸ばすことに。
セントラル駅のマカオ行き専用のフェリー乗り場で出国の手続きなどをして、船に揺られること1時間近く。到着したマカオのフェリーターミナルで入国チェックなどを行い、観光案内所で中心部へいくバスを聞いて乗り込むことに。
どうやらマカオでは中国の携帯がつながらないようで、いきなり手足をもがれたような気分になりながらも、いかにも中心地という場所でバスを降りる。
どうやらここはマカオ歴史地区の中心に位置するセナド広場(Senado Square)らしく、ポルトガルによる統治時代の街並みを色濃く残し、またマカオ一番の観光スポットのセント・ポール寺院( Ruins of St. Paul's)までもここから歩いていくのが便利と言うこともあり、初めてマカオに来た観光客はとりあえずここに来るという場所らしい。
事前調査もほとんどなしに、ガイドブックなども持ってこなかった上に、携帯がつながらないという三重苦の為、久々に勘に頼ってメインの観光地を巡ろうということで、なんとなく路地を巡りながら道を進む。
その勘が随分外れていたようで、途中かなり大回りをしながら坂を上り見えてきたのはモンテの砦(Monte Fort)。上に上り、高くなった丘の上からマカオ市内を見下ろしながら、脇のマカオ博物館には立ち寄らず、隣の世界遺産にも登録されているというセント・ポール寺院( Ruins of St. Paul's)へと向かうことに。
1600年当たりにイエズス会にて建設されたというこの教会。当時のアジアにおいては最大のカトリック教会だったというが、時代が下って1835年の台風によって発生した火事の際に大部分が消失し、現在は正面のファサードのみが残る形となっている。
完成当時のこの教会には、日本でも馴染みの深く、カトリック教会の宣教師でイエズス会の創設メンバーの1人であるフランシスコ・ザビエルが、この場を拠点にアジアでの布教活動を行っていたという。日本国内でどこにいっても「○○立ち寄りの地」として名前が挙がる、空海や蓮如上人、それに松尾芭蕉のようにフットワークの軽い宣教師だったのだろうと想像を膨らませる。
そんな教会脇でマカオのB級グルメとして知られるポークチョップバーガー(豬扒包)でお腹を満たし、中国における歴史地区としての観光地であれば、こんなもんだろうと納得し、「007 スカイフォール」で描かれた水上カジノのように華やかな夜のマカオの顔は見なくて良いだろうと、さっさと香港に戻るために行きに乗ってきたバスのバス停へと向かうことにする。
行きのバスの終点として表示されているターミナルと同じ行き先のバスが来たので、焦って乗り込むが、やたらと乗車時間が長く、「あれ」と思いながら到着した終点で多くの人が降りていくので、その流れに乗って進んでいくと、「なんか、来た時と雰囲気が違うな・・・」と思いながらも出口と入り口は違うのだろうと思いながら、先を進み切符を買うことなく出国手続きの波にのまれる。明らかにおかしいと思ったときには既に逆側に到着してしまっており、そこには大量の中国人。これは明らかに何かがおかしいと、警備員らしき中国人に聞いてみると、明らかに中国人らしい横柄な態度と中国語で「すでに珠海市に入っているという」。
かなり混乱しながらも、どうやらマカオから香港に渡るフェリー乗り場ではなく、マカオと地続きの中国側の珠海市に渡る国境を越えてしまったようである。「これが携帯がつながらない場所での危険性か」と思いながら聞いてみるが、珠海市から香港に行くにはかなりの距離にあるフェリーターミナルにいってフェリーに乗るか、再度マカオに入ってマカオから香港に渡るフェリーターミナルに行くかだというので、悔しいが間違いがないように再度マカオへと入ることにする。
早めに観光を切り上げていたので良かったが、かなり時間をロスしてまた入ったマカオで、今度は節約のためにとバスになど乗らず、タクシーを捕まえてフェリーターミナルに向かってもらう。
20分ほどついたターミナルはやはり朝来たときの面影があり、フェリーチケットを買い込んで出国手続きをし、無事に香港へ向かうフェリーに乗り込み、安心しながら再度ウツラウツラとしながら、香港に比べ思った以上に中国だったマカオに別れを告げる。
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